沈む太陽
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第二章
しかし自分達はどうなのか、突き進む大海原を見ながら言う。
「ロイヤルネービーは違うぞ」
「七つの海を、世界を支配してきたんだ」
「スペインにもフランスも勝ってきた」
「ドイツにもな」
これまで多くの相手を退けてきた、その自負があった。
「ましてやこのプリンスオブウェールズに勝てるものか」
「日本のどの戦艦と撃ち合っても勝てる」
「絶対に沈まない戦艦だぞ」
「ましてや航空機になんかな」
ここでもアメリカ軍を馬鹿にした、あくまで彼等は油断しただけだというのだ。
彼等は自分達が負けるとは夢にも思っていなかった、沈められるとはだ。
それで彼等は悠然と海を進んだ、その彼等の上空に。
二発の爆撃機達が来た、そして一発の艦載機達も。
その彼等が空から来た、その攻撃はというと。
恐ろしいまでに当たった、一発また一発と。急降下爆撃は彼等が考えていた十パーセントに達すれば上出来だというものではなかった。
八十パーセントを超えていた、しかも。
二発の爆撃機の水平爆撃も的確だった、海にいる彼等に的確に当ててきていた。
「馬鹿な、これが日本軍か!?」
「空からの攻撃なのか?」
「攻撃が次々に当たるぞ」
「駄目だ、かわせない」
「どうにもならない」
彼等は炎と煙の中で呆然としていた。その中で。
「レパルスが沈みます!」
目の前で巨艦が断末魔の唸り声を挙げて沈んでいく、そしてプリンスオブウェールズも。
炎が消えず爆発が所々で起こる、その中で。
「総員退艦!総員退艦!」
「ボートを出せ!」
最後の命令が出された、誰もが呆然とする中でのことだった。
プリンスオブウェールズは沈みアジアのロイヤルネービーは全滅した、それは即ちイギリスが東南アジアを失うことだった。
チャーチルは電話でその報告を聞いた、その電話の向こうの相手に思わず問い返した。
「間違いないのか」
「はい」
相手も驚愕の声で答える、チャーチルもいつもの傲慢なまでの鷹揚さは消えている。
「双方共です」
「撃沈か」
「敵の航空機の攻撃によって」
「日本のだな」
チャーチルはこのことも確認した。
「本当か」
「はい、日本です」
「あの国の航空機によってか」
「二隻共撃沈されました」
プリンスオブウェールズもレパルスもだというのだ。
「不沈戦艦もまた」
「大英帝国の不沈戦艦が日本の航空機にか」
唖然としながら呟くしかなかった、さしものチャーチルも。
「そうなのか」
「あの、首領」
「わかった」
チャーチルは項垂れながら頷いた、そうして。
自分から電話を切ってその場に崩れ落ちた、チャーチルはこの時のこと後にこう言っている。
「この時程一人でいたことが有り難いと思ったことはなかった」
こう書いたのだ、チャーチルが。
そして彼は涙を流した後で一部の親しい者に漏らした。
「大英帝国の歴史は終わるかも知れない」
「負けるのですか、我が国が」
「まさか」
「勝ててもだ」
それでもだというのだ。
「大英帝国は大きく傷つく、そして」
「そして?」
「そしてといいますと」
「ロイヤルネービーも戦艦もだ」
イギリスの誇りであるこの二つもだというのだ。
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