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同士との邂逅

作者:日月
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二十一 疾風に勁草を知る

「な…なんでココに…?」
「連れて来てくれたんですよ」
「へ?誰に?」

ハヤテの視線の先が横島の背後へ向けられているのを見て、後ろを振り返る。
そこには横島の襟首を口に咥えている狼――破璃の姿があった。
「私とて木ノ葉の忍びです。里の危機にじっとしていられません…ごほっ」
そう言いながらハヤテは真っ直ぐに忍者達を見据える。
「屋敷から里に向かおうとした私をココへ先導してくれたんです。そうしたら貴方の姿が見えたので何事かと思い…ごほ」
ちらっと破璃に視線を向けながらも彼の注意は横島を追い詰めていた忍者達に向いていた。

「音忍の方ですよね?彼に何の用ですか、ごほ」
「ふん、木ノ葉か…。さっきのガキの援軍か?」
動けない横島を庇うように破璃が唸る。横島を追い詰めていた忍者達―音忍が逃がさないとばかりに目を光らせるが、その視線をハヤテが遮った。
「援軍ではありませんがね。彼には色々世話になったんですよ…ごほ、見逃してはもらえませんかね」
横島と破璃を全身で庇うハヤテに、音忍は何を今更といった表情を浮かべる。

「それは聞けない相談だな。奴は珍しい力を持っている」
「是非とも大蛇丸様に引き渡したい…それに我々が木ノ葉の忍びの言う事など聞くと思うか?」
じりじりとハヤテへ迫る音忍達。「それもそうですね」と溜息をつきながらハヤテは背中の鞘から刀を抜いた。
「ちょ、ハヤテさん!?」

困惑する横島の前で忍び同士の戦闘が切って落とされる。鈍く光る白刃を振り翳し、ハヤテはぼそりと呟いた。
「木ノ葉流―――――」
一気に踏み込む。二人の影分身を創り出した彼は、瞬時に音忍達の間合いに入った。それぞれが相手の死角を突き、刃を振るう。
「【三日月の舞い】!!!」

一閃する刃の光沢がまるで三日月のように美しく弧を描く。その剣術に思わず見惚れていた横島は、音忍達のうち三人がドサリと倒れるのを目にして我に返った。
「……っ、」
思わず大きく息を呑むが、戦闘に集中している彼らは横島のほうに見向きもしない。毒のせいか息が荒くなる横島の手の甲を、破璃が安心させるようにペロリと舐めた。
ハヤテが殺した三人の忍者達の身体から、まるで地面から湧き上がってきたかのような赤い泉が溢れ出す。
それを呆然と見遣ってから、未だ戦闘中のハヤテの背中を横島は眺めた。

一緒に同居していた時の穏やかな顔とは一変し、真剣な表情で刀を振るっているハヤテ。まるで別人のような彼の姿から思わず目を逸らした。
(これが…忍者か…)

三代目火影の記憶で知っているつもりだった。忍び世界の厳しさを理解したはずだった。けれど火影視点ではなく自身の眼で忍びの闘いを目の当たりにした今、横島は何よりも恐怖が先立った。
(こんな、簡単に、死ぬもんなんか)

横島とて何度も死ぬような境地に陥っている。けれどたった今まで横島を追い詰めていた者達があっさり息絶えるのを見ると、ゾクリとした怖気が彼の背筋を這った。
毒による寒気だと自身を誤魔化し、今更ながらとんでもない世界だと悪態をつく。同時に忍者一人にも歯が立たなかった自分の不甲斐無さに臍を噛んだ。





ぼんやりと忍び達の戦闘を眺めていた彼は、ふと気付くとハヤテに顔を覗き込まれていた。
「大丈夫ですか、ごほ…」
「そ、そっちこそ!もう終わったんスか?」
慌てて見れば、あちこちで音忍達が倒れている。彼らの刀傷から流れる鮮明な赤が横島の目に焼きついた。
頬についた返り血を拭いながら、ハヤテは横島の身体を支えようと手を伸ばす。その手を避けるように、横島は若干後ずさってしまった。

その行動だけで察したのであろう。横島と視線を合わせるように膝を折ったハヤテは苦笑を浮かべる。
「忍びは殺るか殺られるかの世界に生きています。甘さは必要ないんですよ、ごほ…」

その一言が耳に入った途端、横島は目の前の男が遠い存在に見えた。しかしながら心のどこかでその言葉を納得している自分がいた。
火影の記憶を受け継いでいる彼は至極自然に、ハヤテの言葉の意味を理解していた。

「わかってはいるんスけど…何も殺さなくても…」
それでも横島は視線を彷徨わせながらぽつりと否定の言葉を口にする。やはり甘さを捨て切れない彼は道化を被っていてもいなくても、[横島忠夫]なのだ。
場の空気が重くなる。血飛沫が散らばるその場所で横島の荒い咳が大きく響いた。

「どうしたんですか!?」
「その、ど…くを…」
「なぜもっと早く言わないんですか!?」
慌てて音忍達の死体を手探るハヤテ。何をしているかと問うと、毒を扱うならその解毒剤も必ず持っているはずとの答えが返ってくる。
なるほど、と木の幹に寄り掛かりながらおそるおそる死体を見ていた横島は、次の瞬間さあっと青褪めた。
(一、二、三………七、八。…八?…………八人!?)



ザシュッ!


何かが貫通する音がする。音がしたほうへ視線を向けると、死体を手探りしていたハヤテが死体の上に倒れ込んでいた。
「ハヤテさんっ!!??」
「く…まだ一人いたのか…」
死体に伸し掛かりながら肩に刺さったクナイを抜くハヤテの姿にほっと息をつく。安堵を感じると同時に横島は自責の念に駆られた。
(そうだ、シカ三角を襲っていたのは九人の忍者だったはずだ)

失念していた。横島が木の上から蹴り落とした九人目の忍者。彼がおそらく今ハヤテを襲撃した人物だろう。逃げるのに必死だったため相手の人数まで正確に数えていなかった。
肩を押さえているハヤテが横島の傍へ行こうと足を踏み出すが、途端手裏剣の嵐が上空から降り注ぐ。
「ハヤテさん!!」

毒のせいで痺れる身体を無理に起こして横島は声を張り上げた。ハヤテは今周囲に木がない場所――シカマルがいた所と変わらない場所にいる。
つまり潜んでいる音忍にとっては狙いが尤も定まりやすい絶好の地点にいるのだ。

助けに行こうと足に力を入れる。手裏剣の雨の中へ飛び込もうとした横島を破璃が引き止めた。行かせまいとする破璃に再び強く襟を引っ張られる。
咽ながらも助けなければと焦燥感が募り、横島は文珠を生成しようとした。けれど毒のせいでブルブル震える拳は霊能力を集束出来ない。サイキックソーサ―でさえ、霞となって消え去った。

「くそっ!」


どうして自分はいつも肝心なところで役に立たないのか。なぜ守ってもらってばかりなのか。
見守ると決意したばかりなのに。背中を押してやれるような奴になりたいと宣言したばかりなのに。
守りたい――――そう願ったばかりなのに。


咄嗟に腕で頭を覆うハヤテ。そしてその上から串刺しにせんとばかりに降るクナイと手裏剣の雨。それらが全て緩慢な一場面に見えた横島は、声の限りに叫んだ。

「チクショオォオォオ―――――――――――――――ッ!!!!」











刹那。クナイと手裏剣は何かに弾かれた。


木立の中、青白い光が閃く。
ハヤテだけを守るようにして張られた円状の膜。光を放つ【守】の字が横島の眼の端に確かに映った。
呆然とする横島と同様ハヤテも愕然と佇んでいるなか、その場を包み込むように淡く光る青白い光。
そしてふっと消える珠。
ソレを目にして横島ははっとする。

黒髪の子どもを助けるために使った文珠は二つ。一つは子どもの姿を隠す【隠】、そして【縛】の効果を成立させるため用いた【糸】と【専】。【専】の文珠は【隠】から炎の球を消すのに【水】に変えた。けれど【糸】の文珠はそのままその場に放置していたのだった。
そして今、彼らがいる場所はちょうど【縛】の文珠を発動させた場所。

文珠を生成できる横島は文珠の遠隔操作が出来る。遠くにある珠の字を変える事など造作も無い。
だから横島の気持ちに反応した文珠が【糸】から【守】に変わったのだ。


「ハヤテさんっ!!」
横島の呼び掛けにはっと我に返ったハヤテは、青白い光に動揺する気配を頭上の木から察した。
すぐさまハヤテはその気配のする木の上へ跳び上がる。キンッと刃物と刃物が搗ち合う音が空中にて響いた。
暫し続くその激しい音と誰かと誰かが衝突する気配を、木の幹を背に横島は目で追った。握り締めた拳にじわりとした汗を感じる。毒がいよいよ身体中を駆け巡り、はあはあと荒い息を繰り返した。
一際大きい刃音が木立の中で轟く。

そして一時の静寂。




緊張している横島の目前に、葉音と共にドサリと何かが落ちてきた。その者の額宛の模様を見て彼はほっと息をつく。
背後に現れた人物が見知った気配であると感じて、横島は後ろを振り返った。しかしその前に破璃がグルル…と唸り声を上げた。



横島の後ろには、音忍にクナイを突き付けられているハヤテが苦々しげな表情で佇んでいた。











「馬鹿が…俺が援軍を呼ばないはずないだろう…」

落ちてきたばかりの音忍が息も絶え絶えの様子でにやりと笑う。そして横島のほうに視線を向けると「よくも、あの時蹴り落としてくれたな…」と薄笑った。

二小隊である八人を待ち伏せ等から護衛する役目であるこの九人目の音忍は、距離を一定にとって後方を移動し敵襲に対応する。そして同時に旗色が悪いと察したら援軍を要請する役割も担っていたのだ。
援軍としてやって来た音忍がこの九人目を倒したハヤテの隙をついてクナイを突き付けたのである。
役目を無事終えた九人目の忍びは満足げな表情でガクリと首を垂れた。

「く…っ」
苦々しげな顔でクナイを突き付ける音忍の腕を振り解こうとするハヤテ。しかしながら今まで療養していた彼の体力はまだ本調子ではない。九人倒すのにいっぱいいっぱいであったハヤテには、援軍の音忍達を倒す力がもう残されていなかった。
「ふふ…この二小隊を相手出来るか?」
それでも足掻くハヤテを音忍は嘲る。気づけば横島とハヤテを取り囲むようにして八人の音忍が立っていた。


絶望的なこの状況で、言う事の聞かない身体を無理に動かした横島は態と明るい声を張り上げる。
「いや~皆さん、お強い!!御見それしました~!!」

この場にそぐわない突飛な言葉を口にしながらへらへら笑う横島に気を取られる音忍達。その緊張感の欠片もない言葉に、クナイをハヤテに突き付けている音忍の手が若干緩んだ。
その一瞬をついて破璃が音忍の腕に噛みつく。
「チッ、コイツ…」

破璃の鋭い牙が音忍の腕の肉を突き破る。急いで振り払おうとする音忍の鳩尾を肘で殴り、ハヤテが横島に駆け寄った。直後に彼は懐から何か注射器のようなモノを取り出し横島の腕に突き立てる。
何かの液体が体内に入っていくのと同時に、全身の倦怠感が薄くなり横島は随分と楽になった。ハヤテは既に死体から解毒剤を抜き取っていたのだ。

しかし破璃に噛みつかれている忍者の号令により音忍達は一斉に手裏剣を投げつける。横島とハヤテを狙ったその攻撃は確実に横島が凭れている木の幹へ向かった。
解毒剤を打たれたばかりで未だ身体の痺れがとれない横島は、回転しながら飛んでくる刃物を避けられなかった。
「…………ッ、」

意味の無い行為だとわかっていながらも思わず頭を両腕で庇う。串刺しになる自身の姿が明確な映像となって横島の脳裏に浮かびあがった。


死――-それは自身の世界で何度も体験し掛かっているものである。それなら馴れているかというはずもなく、やはり横島は死ぬ事が本気で恐ろしかった。しかしながら誰もが感じる恐怖対象である死に直面しつつも、なんだかんだと助かっていた横島は、どこか心の片隅で自分は死なないと思い込んでいた。
だがこれは…もうそんな次元では無かった。

(マジで死んでまう……ッ)
後悔ばかりが彼の脳内に押し寄せる。諦めの境地で横島は瞳を閉じた。




けれど痛みは微塵も襲ってこない。疑問を感じ、うっすらと目を開けた横島は息を呑んだ。
彼の瞳に映った光景は――――横島を庇うように両手を木の幹についているハヤテの姿だった。










口からぽたぽたと滴り落ちる、赤い液体。

ハリネズミのように手裏剣を背中に突き刺されたハヤテの身体がゆっくりと傾く。前屈みになった彼の体重が自身の身体に伸し掛かるのを横島は呆然と見上げていた。
ずしりとした重みを感じ、頬に生ぬるい液体が落ちてきた事で正気に戻る。
「は、ハヤテさ……」
ぱくぱくと口を開閉させる横島の耳に、音忍達の嘲りを含んだ言葉が届いた。


「馬鹿な奴だ。自身も毒を塗ったクナイに刺されているというのにその解毒剤をあっさり……」

その言葉を聞いて、至急ハヤテの肩を見る。そこには確かに横島の左足の傷と同じくどす黒い色の切り傷が出来ていた。九人目の忍者によるものだと即座に思い当っていた横島の耳は、音忍達の次の言葉を聞き逃さなかった。


「そんな間抜け面の男など放っておけばよかったものの……」
「ま、こんな奴が忍びたぁ…木ノ葉の里の暗部総隊長とやらも高が知れてるな」














            ―――――――――――――ぷちん
                             


                             頭のどこかで何かが切れる音がした。
 
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