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城宮さんの天下取り

作者:しゃぼん
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一章 Experimental Results
  No.3 フェロモンぱぅわー。

 
前書き
※何故かマジ恋がっつり参入してしまった気がする。
 キニシナイキニシナイ、キットチョイヤク。 

 
 凪はすっかり忘れていた。
 義姉が改めて自分に投与した薬を説明した際、あまりの専門用語の多さに目を回していたおかげで、すっかり忘れていたのだ。
 義姉が惹かれていなかった、という理由もあるのだろうが、女を引き寄せるフェロモンを出す、そんな薬が投与されていた事を、綺麗に忘れきっていたのである。
 そしてそれは義姉である楓も同様だった。
 実験は失敗して、特に効果はないものだと思っていたのだ。
 けれど確かに効果はあったのだ。
 何かしらの化学変化が起こったことで、女限定という訳ではなかったが、確かに引き寄せる為のフェロモンを、凪は発するようになっていた。
 おかげで凪は、現在川神市に向かって、全力で逃亡中だった。

「ヒヒヒヒ、俺とスピード勝負たあ、いい度胸じゃねえか! 『ハリケーン』舐めんじゃねえぞ!」
「ツラがきにくわねえんだよ! ツラがよお!」
「彼奴はワシ等『剃刀』の獲物じゃ! 邪魔すんじゃねえ!」
「ああ? あいつに最初に目をつけたのは『カイザー帝』じゃゴラアア!」
「嘘ついてんじゃねえ糞がッ! アレは俺達『爆走アヒル』がちっちゃな時から愛でてたんだよ!」

 なんだか見知ってる顔も混じっている気がするが、大まかに言えば、凪は湘南の不良たちに追われていた。
 始めは目と目が合ったという些細な理由なのだが、今ではこの有様である。
 追いかける側の理由は様々で、顔が気に食わない、雰囲気が気にくわない、なんだかついて行きたい、とりあえず食べちゃいたい等が上げられる。
 他にも理由は沢山あるが、何故か不良から追いかけられているのである。
 己の力量も、他人の力量も正確に知らない凪は、ただ逃げることしか出来ない。
 とはいえ、ただ逃げるだけと言っても、凪の魔改造された体のスペックはかなり高く、バイクから逃げおおせることも十分可能だった。
 故に、必然に、凪は無事逃げ切った。
 そして迷子になった。

「あれ?」

 当然の帰結とも言える落ちに、凪は首を捻るしかなかった。
 外に出たことのない凪は土地勘がない。
 地図を持っていても目印を探すのは一苦労で、凪はしばし交番にお世話になる。
 人の良いおじさんが交番で、ゆっくり丁寧に川神市までの行き方を教えてくれる。
 ただ、親不孝通りの名前を聞いて眉を潜めていたが、おじさんのマンションがそこにあると教えると、少し心配しつつも、送り出してくれた。
 そんな心遣いを見事無にし、一人で外に出た凪は、どこまでも純真だった。
 なんで追われたのか理解していないにもかかわらず、世界はそこまで冷たくないなどと考えていたのだ。
 何故こんな考えに至ったのか、それは義姉のひきこもり英才教育のおかげで、卑屈な頃の凪はある程度払拭され、ポジティブ思考を手に入れていたのだ。
 けれどポジティブ思考したところで、凪のフェロモンがなくなるわけではない。
 案の定、コンビニの前でうんこ座りしている不良と目が合い、凪はまた追われる羽目になった。

 それから幾度となく交番でお世話になったり、不良に追われたりを繰り返していると、ついには警官がマンションまで凪を送ってくれることになった。
 おかげで感動した凪がパトカーの扉を壊すまで、数秒とかからなかった。

「これ、経費で落ちるのかな……」

 落ち込んでいる警官を見て、凪は何とか慰めようと思ったが、現況である自分自身では何も声がかけられない。
 やはり力の制御方法を学ばなければいけないと、思いをいっそう強くして、凪はあさっての方向を見た。
 人はコレを現実逃避と呼ぶ。



◇◆◇◆



 優しい警察に全力で手を振り終わり、凪はやってきた場所に目を向ける。
 新築ではないものの、きちんとした作りがされている『マンション・人参』
 初めての一人暮らしに、少しドキドキしながらも凪が玄関へと近づくと、影からぬっと怪しいおっさんが出てきた。

「まさか警察に送られてくるとは、流石のおじさんも予想外だったよ」

 凪は義姉が言っていた親戚の特徴を思い出しながら、目の前の人物と比較してみる。
 隠れマッチョ、頼りない、よれよれの服、胡散臭い、おっさん。
 どれも当てはまっている。
 頷きながら凪はペコリと頭を下げ、失礼のない様に、尚且つ舐められないように挨拶をする。

「初めまして糞やろう」
「おいおい……大人しくて礼儀正しいって聞いてたんだが、おじさん耳がおかしくなったのかね」

 思っていたのと違う反応に凪は首をかしげる。
 確か義姉である楓が、「舐められたら人間終わりだ。お前も外の世界に出るんだから、コレぐらい憶えておけ」
 などと言ってわざわざ教えてくれたものだ。
 凪はまさかそれ自体が間違っているとは思わず、自分の対応に何か間違いがあるのだと考え、目の前の人物に質問してみる。

「何か問題があんのか? この死にぞこないが」
「……いやね、おじさんも最初は楽な仕事だと思ったんだけど、ずいぶんと嫌な仕事請け負っちゃったなってね」
「えっ……、なんというか、それは可哀想でいやがりますね。俺が拳貸してやりましょうか?」

 親戚である宇佐美 巨人は、崩れた口調を無理やり修正しながら、手を貸そうかと尋ねてくる凪を見る。
 若い美形。容姿だけは羨ましいが、他に力がある様には感じられない、けれど何処かおかしな感じがするのも確かだ。
 宇佐美は自分の目が役に立たないことに首をかしげ、どうでもいいかと締め括る。
 警察に連れられてきた時点でダメな子だ、というのは宇佐美も理解しているのだ。
 自分とて若い頃にやんちゃした身である。
 色々経験して色々痛い目を見るといいと、ついでにイケメンはもっと痛い目にあうといい、宇佐美は本心からそう思う。
 所詮今回の仕事は、宇佐美が仕事の一環として代行で管理しているマンションに、この親戚を住まわせるという事だけなのだ。
 宇佐美は結論として、これ以上この少年に関わらなければ問題ないと判断した。
 そして、宇佐美は凪に手伝ってもらう代わりに、物を要求することにした。

「手伝ってくれるのは有難いけど、おじさんそれよりも欲しい物があるんだよ。
 ほら、お前さん義姉に何か貰ってきたんじゃないか?」

 そう言われて凪は姉から貰い受けた者を思い浮かべる。
 エロ本は貰ったがその日に捨てたし、薬の投与はすでに最終段階に入っており、特にめぼしいものはもらっていなからなと、そこまで考えて凪は思い出した。

「これ親戚のおじさんに渡しておいてくれ」

 そう言って凪のリュックへと強引に何かを入れたのだ。
 きっとそれがそうだと思い、凪はリュックから見知らぬ薬と手紙が入った袋を取り出し、宇佐美に渡した。

「おお、これだよこれ。これさえあれば梅子先生や、キャバクラのあの子を落とせるマル秘アイテム」
「一つ言っておくがな、注意書き読まないと殺すぞ?」

 テンションを上げる宇佐美に対し、凪は日頃から楓に「私が与えるなら別にいいが、薬はきちんと注意書きを読め」と言われている。
 故に親切心で教えたのだが、宇佐美はそれに対し、恐らく何かあるのではと考えて手紙の中身を読み始めた。

 拝啓。
 エロ教師いかがお過ごしだろうか。
 そろそろ女の一人でも落とせたか?
 いや、私の薬を頼っている時点で終わっている。
 いいか、今回凪がお世話になるから特別に痺れ薬を渡そう。
 何、どうせお前の事だから女なんて落とせないだろう。
 だからそのまま既成事実を作ってしまえばいい。
 出来ちゃった婚ならお前にも見込みがあるはずだ。
 まあ、私ならお前から渡される一切のものを口に入れないがな。
 敬具 親切な親戚より。

 全てを読み終えた瞬間、宇佐美はゾクリと背筋を這うような薄ら寒さを感じ、現況だと思われる自分の前方へと視線を飛ばす。
 するとそこには絶対零度の視線を送ってくる凪の姿があった。
 凪の視力が良すぎた為に、横を向いて読んでいた手紙の内容が丸見えだったのだ。

「おいおい、そんな目で見ないでくれよ。おじさんだって大変なの。
 大体おじさんこんなもの頼んだわけじゃないんだよ」
「じゃあ何頼んだんですか?」

 酷い鬼畜が目の前にいる為か、口調が素に戻ってしまっている凪。
 けれどそんな素など知らない宇佐美からすれば、凪が静かなる怒りを抱いているようにしか見えない。
 宇佐美としては望んでいたものは来ないし、楽な仕事でもなかったし、ふんだりけったりである。
 とはいえ、実際凪は怒りたいのではるのだが、自身の義姉も無理やり色々するので、怒るに怒れない立場なのだ。
 せめて義姉だけでも改心させられていれば、大手を振って注意できるのだが、今の凪には冷たい視線を浴びせるのでせいいっぱいだったりする。

「そりゃあお前、梅子先生が惚れる薬をだな……おっと、これは言っちゃまずかったかな」

 宇佐美の発言で明らかに瞳の冷たさが増した凪だが、内心戸惑っていた。
 何せ義姉から投与された薬の中に、人を引き付ける薬が投与されていたのを、おぼろげではあるが思い出していたからだ。
 とはいっても、失敗したと言っていたので、凪自身はセーフだとは思うのだが、同罪であろう事は確かなのだ。
 とはいっても、凪が一番困惑する原因はそれではなかった。
 検体が自ら出てきたこの状況を、まったく生かさない対応に、楓という人間を知っている凪は困惑してしまったのだ。
 もしかしたら調子が悪いのだろうか、そう考えてしまうほどに、楓はチャンスを逃さない人物なのだ。
 であるならばどんなことが考えられるのか、もしかすると自分を預ける人に、あまり変なことは出来ない、そういった判断からなのかもしれない。
 そこまで考えて、どこかズレている凪は内心ほっこりしつつ、頑張って表情を引き締めながら、さらに頑張って普通を装い、対応を続ける。
 
「どうでもいいから。さっさと鍵をよこせよ」
「何も反応してくれないと、それはそれでおじさん悲しいなーなんて、ハハハ……」

 完全に凪にダメな男認定されていることに、毎度馴染みの反応とはいえ、流石の宇佐美でも何でも様になる相手の容姿ゆえに、今回ばかりは物悲しくなった。
 何故神様って奴はこんなにえこひいきするのかね、などと脳内でのたまいながら、宇佐美はため息をつく。
 そんな哀愁漂うおっさんの姿に、凪は少し心を動かされたものの、今表情を崩してしまえばそのままゆるい顔になってしまう事は確実だ。
 舐められない言葉遣いを使いこなすには、舐められない顔も必要なのだと、そう楓に教わった身としては、それを体現するしかない。
 正直に言えば、粗相をする前に早く鍵を渡して欲しかったのだが、宇佐美はそんな凪の気持ちを汲むような男ではなかった。

「親父」

 けれど宇佐美の義理の息子である源 忠勝が、あきれた顔をしながら近づいてきたことによって、状況は良い方向へと動き始めた。

「まだ鍵渡してなかったのかよ」

 ぶっきらぼうな口調はどこか義姉を髣髴される。
 そんな感想を抱きながら、凪は新しく現れた人物を観察してみる。
 短髪でワイルドな顔付き、年は恐らく凪と同じであろう。
 目の前にいる親戚のおじさんより、かなり頼りになりそうな雰囲気を醸し出している。
 何処かちぐはぐな家族に、凪は自分と似た物を感じた取り、少し表情を崩す。

「親父が悪かったな。ほら、コレが鍵と暗証番号だ。
 ついでにコレが俺の連絡先だ。暇じゃねえから無駄にかけんじゃねえぞ」

 忠勝は宇佐美から鍵をぶんどり、メモに暗証番号と自分のアドレスを書いた後、それを凪へと手渡す。
 動作や言動は失礼極まりないが、言葉に出さずとも節々から優しさが伝わってくる。
 そんな不思議な優しさを感じ、凪は苦笑しながらそれらを受け取り、慌てて表情を引き締める。

「ありがとよ」

 本当にこれでいいのかな? と今頃になって言葉遣いに首をかしげる凪だが、忠勝は特にソレに対しては何も言わず、部屋番号を告げ、親を引きずって去っていった。
 そんな後姿を見ながら、凪はほっと胸をなでおろし、やっぱりこれでよかったんだと間違った答えを胸に抱きながら、自分の部屋を目指す。
 新しい住いであるマンションは、防犯がコレでもかという程きちんとしており、玄関で暗証番号と鍵が必要になる。
 思ったよりもきちんとしたマンションだと思いながら、凪は新たな家である405号室へと歩みを進めた。

 部屋の中は1LDKで、キッチン、トイレ、バス付と中々豪勢であった。
 親戚価格で光熱費以外の値段がタダだというので驚きである。
 実際かかるはずだった料金も驚きの易さなのだが、不思議なことに住人がほとんど居ない。
 家を出る決断をし、家探しをネットでした為に、これほどの好条件の物件に人が住んでいないのが、凪は不思議でならない。
 もちろん理由は親不孝通りだからなのだが、凪は親不孝どおりが不良、もしくは犯罪の苗床になりやすい場所だと知らないのだ。
 治安が悪すぎる為に易すぎる物件、人生上手い話はないものである。
 この事を義姉である楓は知っていたが、検体が多い現地に行く凪を羨ましく思いこそすれ、決して危険だとは思っていなかった。
 それに加え、楓は一番凪の体を理解している。
 故に楓は話す必要性を全く感じておらず、凪はその事実を知ることがなかったのである。

「とりあえず荷解きしよっと」

 一人事実を知らぬ凪は、のんきに荷解きを鼻歌を歌いながら始めるのだった。 
 

 
後書き
※忠勝さんの高感度が最初から高いようです。
 俺得だよ。 
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