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城宮さんの天下取り

作者:しゃぼん
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一章 Experimental Results
  No.2 マッドな料理。

 
前書き
原作突入まで多少駆け足で行きます。 

 
 凪が城宮家に参入してからというもの、ここ数ヶ月、城宮家の台所には珍しい人物が立つようになっていた。

「今日は何にしようか……」

 マッドサイエンティストと名高い城宮楓、その人である。
 もちろん両親は既に海外旅行という名の逃亡を決行し、この場には存在していない。
 唯一の被害者である凪は、喉を鳴らしながら最後の晩餐を待っていた。

「とりあえずコレを入れて、砂糖の代わりに甘みのあるアレを入れて、身体能力向上の為にソレも入れよう。ああ、最後の隠し味としてアイツを入れてみてもいいかもしれない」

 ガクガクブルブルと震える凪は、さながら生贄にされる子羊のようである。
 一つ違う点があるとすれば、逃げられるのに逃げないことであろうか。
 義姉の愛情に、凪は己の優し過ぎる性格のせいで、それに応えるしか術を持っていないのだから、同じと言ってもいい気はするが。

「んー、見た目的にはハンバーグだろうか?」

 果たしてハンバーグに砂糖的な何かは必要なのか。
 しかし、いつも見た目がおかしいと感じているのは、果てして自分だけなのだろうか、と凪は首をかしげながら、今まで出てきた料理を思い返す。
 白米に突き刺さったサプリ、お茶の代わりに浸された抹茶っぽい色の何か。恐らくこれはお茶付けだったのだろう。
 そして味噌汁と見せかけた、四角形の豆腐ではない何かを、味噌の代わりに出汁に使ったと思われる紫色のカオス汁。
 サラダにかかった、唯一まともに見える楓特性、泡吹きソース(凪命名)。

 凪はあの味を思い出しただけで、体が勝手に拒否反応を起こしてしまいそうになる。
 時折襲う全身の激痛、楓とて一応心配はしているが、これもお前のためだと言って相手にしないのは、既に良くある風景と化している。
 凪は自分が何処かで間違ったような気もしているが、今までになかった、暖かい愛情のようなものを感じているが為に、現状を脱することが出来なかった。

 凪は物心ついた頃から孤独だった。
 極楽院という寺には同年代の遊び友達も、同じ境遇の子が引き取られて増えたけれど、それを同じくして凪をいじめる子も増えた。
 もちろん友達が居る時は孤独をあまり感じなかったし、虐めは嫌だったがそれでも満足していた。
 けれどまた一人、一人と親元に帰っていくのを見て、凪はいつも寂しがっていた。

 唯一同じ状況の子も、ついには凪よりも早く引き取られていった。
 性質の悪いことに、その子が皆の中心、というよりはガキ大将の中心がその子だった為に、極楽院は静けさを取り戻すことになった。
 騒がしかった日常がなくなり、また一人きりになった凪は、どこまでも孤独だった。
 寺の住職である婆様が気にかけはしたが、凪に声を届かせる事はついぞ出来なかった。

 耐え難いほどの孤独が、凪を蝕んでいくのが当時の凪にはわかった。
 まだ幼い子供だというのに、自分は駄目になるんだと、そう思っていた時期さえあった。
 そんな時に差し伸べられた手は、凪の心を温めてくれた。

 親がほしい、そう思うのはその年頃の子供にとって当然の事なのかもしれない。
 そして凪はその類に漏れず、いつも羨ましがっていた。
 それが向こうからやってきたのだから、嬉しくないはずがなかった。

 そして今、不器用でも自分の家族が、自分の為に料理してくれているのだ。
 凪に拒めるはずもない。

「うん、出来たぞ。見た目はデミグラスハンバーグ1号」

 鉄板においていないのに、沸騰しているかのようにアワがはじけているハンバーグ。
 それを見て凪は恐怖に慄きつつも、いつもより見た目はマシだとそう考え、他の品に目を移す。
 白米にサプリと思わしく錠剤が突き刺さっているのもいつもどおり、これはもう食べなれているので助かったと、凪は知らず知らずに息を漏らす。
 それを目ざとく見た楓は、もっといけるかと考えを改め、新たに一品追加する為に台所へと戻っていく。
 そんな楓に気づくことなく、凪はどうやって、アレを胃に流し込むか考え始める。
 食事は戦争だ、いつかそんな話を聞いた覚えがある。
 いや、実際今では昔の事のように思える極楽院で、食事は戦争だったのだ。
 とはいえ、今の状況とはまた違った戦場ではあったが……。

「匂いは普通だよね」

 デミグラスハンバーグの匂いを嗅ぎ、もしかしたらと期待を込める。
 最初の頃、料理の見た目すら酷すぎた為、こうもらしい見た目を見てしまうと、どうにも規定してしまうのだ。
 それでも最大限の注意を払い、凪は最もダメージの少ない錠剤入りご飯を書き込んだ後、お待ちかねのデミグラスハンバーグへとかぶりつく。
 肉汁が溢れてきた瞬間、凪は久々に料理という物を思い出した。
 食べ物ってこんな味だったっけと。
 あまりの美味しさにがつがつ食べた凪は、完全に油断していた。

 楓とて日々まずそうに、けれど笑いかけてくる凪を見て傷ついていないわけではなかったのだ。
 故に今回、試しに味を調えてみたところ、想像以上の結果をもたらしたことに満足していた。
 味を整えながらも、今回はキツめのブツを投与したのだが、ことのほか、凪がダメージを受けていないのだ。
 味は大事なのだな、と思いながら楓は成功を確信したのだ。

「ふむ、どうやら成功だったようだ。味さえ調えれば結構きついものもいけるな」

 成功を確信した楓は、限界点を見出そうと決め、新しい料理を凪に提供する。
 凪の目の前に出されたのは、泥の塊、泥団子だった。

「肉団子だ。美味しいぞ」

 確かに美味しそうな匂いはするが、見た目は完全に泥団子だった。
 凪はそれを見て今度こそ駄目だと思った。
 けれどそんな凪の思いに相反するように、美味しそうな匂いが凪の鼻腔をついてくる。
 ゴクリ。
 そんな擬音を鳴らしながら、凪はどうせ食べるのだからと、目を閉じてフォークを手に取り、ついには泥団子、もとい肉団子に突き刺して口にソレを運んだ。

「んぐっ!?」

 強烈な味が味覚を強く刺激する。
 今までとはまるで違った薬の味が全くしない食べ物。
 先程のデミグラスハンバーグも凄かったが、これはもっと凄いと、凪は素直に感じ入った。
 義姉はついに料理に目覚めたのだと、凪がそう確信するのも仕方ないといえる。
 そうして凪は幸せな絶頂をかみ締めながら、気絶した。



◇◆◇◆



 体中が痛い。
 まるで最初に義姉の料理を食べた時と同じか、それ以上だと思いながら、凪は体を無理に動かし、ベッドから体を起こす。
 いつも倒れた後は義姉がベッドに運んでくれるのだが、今回はそれ以外に特別な点があった為、凪はそれ以上動くわけにはいかなくなった。
 ベッドの脇で義姉が寝ていたのだ。

「次はこれと、それとこれを……」

 酷く不吉な寝言をのたまう義姉に苦笑しつつ、凪はゆっくり義姉の頭を撫でる。
 凪がこの家に来てわかった事はまだ少ないが、義姉が自分を決して嫌っていないことだけは、正確に理解している。
 自分に変な食べ物を食べさせるのも、凪自身の為だと教えてもらった事もある。
 だから凪はこんな義姉でも好いていた。
 若干シスコンのきらいがあるものの、異性としてではなく、弟として、家族として正しく好いていた。

 凪は義姉の頭を撫でるのに満足した後、重い体を引きずって、冷蔵庫に向かう。
 起きてから喉が渇いて仕方ないのだけれど、これは新しい料理のせいだろうか? そんな事を考えながら、凪は『義姉許可必須』と書かれていない普通のお茶を取り出し、グビグビと飲んでいく。
 ここ数ヶ月で、凪は己が大きく変わっていること自体は理解していた。
 とはいえ何処まで自分が強くなっているのかは、よく理解していなかった。
 何せ凪はココ数ヶ月、ずっと泡を吹いたり、気絶したり、三途川へ行ったり、気絶したりと家から出たためしがないのだ。
 運動もろくにしておらず、義姉に看病される日々の方が、普通に生活している日々よりもかなり多い。
 それに加え、力比べや喧嘩したりする相手も近所にいないので、実感する事が出来ないのだ。
 それでも凪は満足していた。
 今は温もりがある、それだけでもう凪の心はいっぱいだったのだ。

 とはいっても、外に興味がないわけではない。
 いつか外に出て、義姉や両親の役に立てればと、凪はそう思うのだ。
 義姉が守れる力をくれる間、自分は何も出来ないけれど、何かできるようになったのなら、何か成し遂げたいと、凪はそう思うのだ。

「凪、もう大丈夫なのか?」

 起きてきた義姉が、最近視力が悪くなったわけではないのだが、大人っぽい雰囲気を出すといって買った眼鏡を装着している。
 相変わらず何故そうなるのか凪にはわからないが、似合っているからいいかと、特に触れずに居るのが現状である。
 それに対して些か楓は不満を持っていたりする。
 何せ、義姉である楓自身が落ち着きがなく、両親から凪の方がお兄さんだな、と無神経なことを言われたからこそ、買って装着している物なのだ。
 だというのに、凪は相変わらずで、しかも特にコメントもしてくれない。
 だからといって拗ねる楓ではないが、少し悔しいのも確かなのだ。
 故に何かしてやろうか、と楓は思った。
 けれど外を見る凪を見て、流石の楓も自重した。

 眩しそうに外を見る凪は、楓に閉じ込められた籠の鳥を連想させるのだ。
 凪が苦しむのを見るのが好きなわけではない、だからといって、自分の知的好奇心が満たされるのは好きなのだ。
 今まで感じたこともないジレンマに、最近悩まされ続けている楓は、とても悪戯してやろうという気になれなかった。
 いつか、己の意思を通せるようにと、肉体改造を施してはいるが、本当にそれを凪が望んでいるのかもわからないのだ。
 それでも甘んじて実験を受けてくれている弟に、楓は心の中でひっそりと感謝している。
 そして感謝しているからこそ、最高の実験にしてやろうと意気込む。
 いつもより大量の薬瓶を握り締めて。



◇◆◇◆



 月日の流れが、凪には殊更早く感じた。
 日々気絶して、気づいたら次の日になっていたり、日々三途川へ行って知らない誰かと草船を流して遊び、目覚めると数日経っていたりと、凪に時間を感じる余裕などなかった。
 だからこそ、凪は今年の春、中学生になることに対して、驚きを隠せないでいた。
 小学校へは行っていないが、義姉に教えてもらって中学生の範囲までなら理解しているとはいえ、もう中学生という感覚が大きすぎるのだ。

 さて、ここで何故義務教育を無視できているのか、などと疑問に思うご近所さんも多いだろう、それは楓が天才だからと言えば、大抵のお偉方には通じる。
 城宮楓が天才だというのは周知の事実であるからだ。
 凪はよく理解していないが、様々な分野の研究チームから誘われ、悉くを断り続けている楓は、世界を変えるとまで言われている逸材である。
 けれど、楓は面倒くさい政府に強制されたり、決められた題材に対して実験を繰り返すよりも、自分の欲望が赴くままに実験する方が好きなのだ。
 故に楓は断り続けている。けれど今回弟になった凪の小学校へ通わせなくてもいい、という条件を下に何件か仕事を引き受けていた。
 その為凪は義務教育を無視できたのである。
 しかし、それももう限界に来ていた、というよりは、凪が城宮の家にとどまることが難しくなってきていたのだ。

 長年改造され続けた凪の力は常軌を逸していた。
 川神市には強さの壁を越え、人間をやめたものが何人か居るが、凪は体の構造自体が人間ではなくなっているのである。
 気を使わずに、それこそ本気で力を入れれば大抵の人間を、文字通り捻り潰せるほどやばくなっていたのである。
 けれど強大すぎる力は制御が難しく、凪は手加減が上手く出来ず、完全に外へ出られないようになっていた。
 そしてそれは家の中でも大きな問題になってきており、勉強するのもはかどらなくなっており、時には楓すら危険に晒すこともしばしばあった。
 故に、凪は決断するしかなかった。
 自分で家を出ることに。
 とはいえ、家を出たところで誰かに迷惑がかかるのは必定。
 力の扱い方を学ばなければいけないと、凪は川神市にある武道で有名な川神院に入ることに決めていた。
 幸いにもTVで紹介されていた為に、川神院への連絡先入手は然程難しくなかった。
 凪はまず様子見で電話をかけたのだが、電話口の川神鉄心に現状を話しただけで、なんと川神院に入ることを許されてしまった。
 その後、凪の行動は早く、荷造りを終えるとすぐさま義姉である楓に話した。
 事後承諾であったという事もあるが、化物揃いで有名な川神院に出すことに、義姉である楓は反対したが、流石にこればかりは凪も頷けなかった。

 例え仮初の家族だとしても、凪は両親と楓を大切に思っているし、愛している。
 だからこそ、家を出る決意をしたのだ。
 そして川神院に入って、守れる力を手に入れるために、自分を鍛えぬくと心に決めたのだ。

 そんな凪の決意を前にして、流石の楓も、凪が家を出る日を、少し延ばすだけに留める事しか出来なかった。
 けれど楓はここで一つ決意した。
 可愛い弟と一緒にいるには、そろそろ自分自身で行動しなくてはいけないと。
 だから楓は学校の教師になろうと。
 凪が帰って来た時に通うと思われる、尚且つ人体実験できそうな、そんな学校の教師なろうと決意した。
 それが保健室の先生であったことは、楓を知る人物なら誰でもわかっただろう。

「じゃあ姉ちゃん、行って来るわ」
「ああ、行ってこい」

 行くと決めたその日から、義姉に習った『舐められない言葉使い』をマスターした凪は、大手を振って城宮家を後にし、川神市を目指して旅立った。
 親戚がマンションを持つという親不孝通りを目指して。 
 

 
後書き
※薬の用法用量はきちんと守りましょう。 
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