ソードアート・オンライン ―亜流の剣士―
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
Episode3 今日の予定
――とまぁ、《生きてる》なんて大層なことを言っても何がどうってわけでもなく――
ずぞぞっとみそ汁っぽいスープを飲みながら、いまだ回転の上がらない脳でそんなことを考えた。その眼前で鍋やら食材やらをアカリが用意始めているのだが、視界に入っていても俺の脳はそれを行動と認識していない。
――ソロで居たときの日々マンネリ生活から抜け出したというだけの話で――
卓上に並べられた野菜と肉をアカリがテキパキと切り分け、次々鍋へと投下していく。すべての素材を入れ終え蓋をし、簡易式コンロを着火したアカリが満足げに腰に手を当てこちらを見たあたりで俺の手の器も空に。頭もようやく通常運転を始めた。
――日常の変化の最たるものがアカリが大体一日に一回は何かやらかしてくれるという――
意識がはっきりしたことでようやくアカリの先程からの行動を理解した。ついで焦げたような臭いが鼻についた。さらに続いて調理終了を告げる軽やかな音が宿屋の部屋に響いた。
「…えと、アカリさん?それは何を?」
「はいっ!今日こそちゃんと肉じゃがですっ…よ?あれ?」
俺の質問に元気良く答えたアカリの手が鍋の蓋を開けた。が、その中身はどう見ても炭化した食材の成れの果てで残念ながら肉じゃがではない。
ん~?と言いながら鍋の中をしげしげと眺めるアカリに呆れ半分、あと半分はアカリの不屈のチャレンジ精神への敬意を持ってその頭をワシワシ撫でた。
「アカリなぁ、お前の《料理》スキルじゃまだ出来ないって俺言ったよな?」
「えーっ、でもでも!前より数字が10も増えてたんですよっ!だから、もう大丈夫かなぁって思ったんですっ!」
ここで「はぁ…」とため息をつきそうになるのを懸命に堪えた。前にため息をついたときは途端にアカリの目に涙が滲み、苦労させられたものだ。
ここまで数ヶ月アカリと過ごし、彼女について気付いたことが幾つかある。まず、かなり礼儀関連をしっかり教えられているということ。欠伸をしそうになるとちゃんと手で口元を隠すし、箸やスプーンの持ち方が綺麗だ。次に基本的に誰に対しても敬語を使う。これは一度「俺、もしかしてアカリに怖がられたりしてる?」という疑問が沸き上がったときに確認したのだが、アカリ曰く「お母さんがお兄さん、お姉さんにはちゃんとした言葉で話しなさいって!」だそうだ。あとは朝は毎日お母さんがお味噌汁を作ってくれてたやら、土曜日と日曜日はコロというペットの犬の散歩係だった等々。
こんな細々なことまで聞く機会があった俺だから、朝のこの一幕で今日の予定が決定してしまったことはなんとなく分かった。
「まぁ、スキルの熟練度が上がったことはおめでとう。でも、やっぱりアカリじゃまだ無理みたいだからもうちょっと簡単な料理からにしないか?」
「でもっ!カイトさん肉じゃが好きだって言いましたっ!…だから、作ってあげたいなぁって……。ダメ、ですか…?」
アカリの顔が伏せられ、その声が揺れた。このままじゃそのうち嗚咽が聞こえて来るんじゃなかろうか。…こうなると、俺の選択肢はアカリを慰めるの一択だ。
「ダメじゃない、ダメじゃない!そう思ってくれるのは嬉しいよ。…それに次は上手くいくかもしれないし。だから、なっ?」
その言葉を聞いたアカリがぱっと顔を上げ、幼いその顔ではにかんだ。アカリについて気付いたことに一つ追加。彼女は表情がコロコロ変わるし、機嫌も良くも悪くもすぐ変わる。
…ついでに、今日の予定確定。
「そうですよねっ!次はきっと上手に出来ますよねっ!…でも、さっきのでおイモがなくなっちゃったんですよ。だからカイトさんっ!おイモ掘りに行きましょうっ!」
ページ上へ戻る