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英雄伝説 零の軌跡 壁に挑む者たち

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23話

支援課が旧市街での任務、不良同士の抗争阻止のために捜査を開始した。
その捜査で最初にやったことは聞き込みである。
古ぼけた旧市街の住民への聞き込み自体は難しくなかった。
旧市街の住民の多くは市内で働く低賃金労働者が主であり昼間は大人がほとんどおらず、話を聞けるのは仕事がなく家に居る者や主婦に子供であり、若い警官は気安く話せるようで。
また廃墟を勝手に占拠して暮らす住所不定者たちも、警官だと知らせると警戒したが、何年も占拠しており立ち退き要求などされないと知ると意外と簡単に話を聞かせてくれた。
多くの住民は抗争に巻き込まれなければ興味がなく、不良たちに歯向かう気もなければ生活を壊されるわけでもないので距離を置いていて不良たちの事情に無関心だった。
日常化した喧嘩がうるさいので何とかして欲しいと言う反面、大した被害があるわけでもないので止めてくれるだけで十分だからと余計なことをしないで欲しいと遊撃士が何度か仲裁を頼んだが、結局また始まるので要望は大喧嘩だけは止めて欲しいということだった。
不良同士の喧嘩が本格化する理由もいつも本気で喧嘩してるのでわからないと口を揃えており、そんな中でようやく旧市街の住宅街にある一番大きなアパルトメント、ロータスハイツの管理人であるタントス老人が事情通だと知り、話を聞くことが出来た。

「事情通だと言ってもずっと旧市街(ここ)に住んどるだけだぞ」

大型だがボロ屋でもあるアパルトメントの管理人としてこの旧市街を見てきた老人は旧市街の、そして不良抗争の歴史の一通りのことは知っていた。

「最近出来た青い不良のことは詳しくは知らんが、赤い不良のヴァルドは旧市街(ここ)生まれだからそれなりには知っとるよ。昔から喧嘩好きで有名だったしのう」

「サーベルバイパーが出来たのは3年前だそうですけど」

「人が集まりだしたのはその頃じゃな。今は赤と青でまとまっておるがほんの5年ほど前まではいろんな不良がいてのう。百日戦役の余波で取引が小口になってからここは寂れる一方での。食えない連中が大勢いたからその不満の捌け口に警察も来んようになったから喧嘩なんぞ日常茶飯事で治安は今よりもっと悪かった。ヴァルドはその中でも大人でも勝てないぐらいダントツに強くて気付けば周囲に人が集まり不良共のトップになっておった」

タントス老人は不良たちを迷惑な連中だと言いつつもヴァルドが不良抗争を終結させたことはサーベルバイパーが偉そうになりそれなりの苦労があったが結果的には良かったことだと語った。

旧市街(ここ)には市内での生活が成り立たん者が流れて来るからいろいろと訳ありな者が多いからのう。治安が悪く警察も来んから裏の仕事も横行しての。その手伝いで食い繋ぐ者も多かったんじゃが、それすらない連中は暴れて。そいつらに悪さをさせなくしたんじゃ。それで表向きの治安が回復して少しは倉庫を使う商人も増えてきて金も回るようになったんじゃが、2年前の緊張で商人との取引も少なくなり手強い青い不良も流れてきて、また抗争状態に逆戻りじゃ」

老人の言葉に残念さはあるものの不思議と不満や怒りなどは一切感じられなかった。
ほかの不良が逆らえない2強状態に入ったことで一般人に対して威圧的だったサーベルバイパーの注目がテスタメンツに向いたことで抗争以外の被害は出なくなっているので治安も悪くない。そもそも抗争自体一進一退で小規模なものがほとんどなのでこのままで良いとさえ言った。

「さすがに大喧嘩されるのは困るが、前に比べればマシじゃからの。旧市街はいろんな者がいろんな事情で流れて、また出て行く。どうせイザコザは絶えんじゃろうが、それもまた旧市街ということなのじゃ」

タントス老人から不良について聞けたのはこれだけだった。
ロータスハイツの廊下で少し考えをまとめるとこの旧市街が国際情勢の影響を真っ先に受ける場であることに改めて驚かされていた。
12年前の百日戦役前後は帝国が慌しくなっていた頃であり国境を接しているクロスベルは共和国が侵攻するのではないかと緊張状態になっていた。また2年前の不戦条約までは帝国が自治州併合のために兵を出す度に緊張状態が続いており、そのため物流が断続的な状態になってしまい大量の荷を長期保存する倉庫街は輸送時期が不透明で使い辛くなり荷が多くなれば倉庫代ばかりがかさむので貿易会社たちに敬遠されていく。
このため大型倉庫を利用しない小口の輸出入が増加して、クロスベルを通すだけで保管しない商取引が大勢を占めるようになっていく。
旧市街が寂れていった理由にはそんなクロスベルの商業取引の形態の変化にあった。その寂れた旧市街は一種無法地帯化しており、治安が悪いことから公然と違法取引が横行していた。
支援課としてはあのヴァルドが旧市街の治安を守っていたこと、この抗争自体がそれ以外の不良を抑えている必要悪になっていること、一般人さえ公然とこの場所で密輸が行われていたと知っているなど驚いたことばかりだった。

「スラム化し見捨てられ不良グループが幅を利かせる町か」

ロイドたちは旧市街の状況に圧倒されていた。不景気による治安の悪化、それを放置する警察。そのため不良が跋扈し、違法取引の舞台にもなっている。
しかも仕事がない者はそれを当てにして生活しており適度に治安が悪いほうが明確な収入がない住民たちははっきり口にはしないが現状維持を肯定していた。
警察の無能からこういう場が作られたことには警察に所属する者として責任を感じてしまう。かといって新人4人には何も変える力はない。
新人警官特有の潔癖さとどうすることも出来ない現実の矛盾に対面し、旧市街(ここ)の問題の巨大さに黙りこんでしまう。
皆のそういう空気を察したロイドはこれじゃ駄目だと皆を励ました。

「間近で問題に接して気負ってしまったけど、俺たちの目的は喧嘩の仲裁だ。今はそれに集中しよう」

ロイドの声掛けは空元気であったし、旧市街全体の問題に比べたら不良同士の喧嘩の仲裁なんて軽いさ、と現状を無視した発言でもあったが、問題の大きさに立ち止まるよりは今出来ること、やれることに向かうのだと皆は励まされた。

「情報も少しは揃ってきたんだ。何か思いつかないかな?」

多少経済に通じていたエリィは旧市街の構造を理解するとそこに利害を嗅ぎつけた。

「テスタメンツが現れた事で縄張りを取られたことが抗争の原因じゃないかしら?」

旧市街の治安を守っているサーベルバイパーがテスタメンツを抑えられず密輸業者などから貰っていた見返りがなくなったので本気の抗争が始まったのではないかとエリィは推理した。

「だが、不戦条約からもう2年だぜ?金が理由ならとっくに本気の抗争が始まってるぜ?」

「俺もそう思う。ヘッド同士はそこまで険悪な雰囲気じゃなかったしグループ同士の力もほぼ拮抗しているから小競り合いが続くわけで、あっ」

突然ロイドが言葉を詰まらせて考え始めた。

「どうしたんですか?」

「広場で喧嘩していた不良たちがお互いに罵っていただろう?汚い真似をしたって。利害でもない、日常茶飯事の喧嘩の延長でもない、不良同士の長い小康状態を打破する何かがあったんだ、それも最近」

3人は推理を披露したロイドの言葉に驚いていた。

「準備してまで徹底的に潰し合うというのも裏を返せば本格的な抗争の準備がお互いに出来てなかったってことになる。計画的じゃなかった、なにか偶発的な出来事があって行き違いが生まれてるんじゃないかな?」

尊敬の眼差しでリーダーを見つめる3人。
ロイドはリーダーとして責任感もありやる気のある熱血漢で理路整然と状況を説明し指示を出すなど頭も良いことはわかっていたが、捜査官として事件の真相を探り出す嗅覚があるのかは未知数だった。
新人警察官として現場経験のないなら出来なくても当然だと思っていたのだが、利害関係が原因でないと知るとすぐに不良同士の会話を思い出して状況を推察してみせた推理力には驚かされた。

「な、何んだ、的外れだったか?」

「いいえ、驚いただけよ。さすが捜査官だって」

「はい。そういえばそんなこと言ってました」

「良いとこ突いてると思うぜ」

「ああ。お互いの事情を突き止められれば仲裁が出来る隙があるんじゃないかと思うんだ」

だが、それを確かめるには問題があった。喧嘩は日常茶飯事過ぎて外部の人間からは何が卑怯だったかなんてのはわからない。お互いに本気で潰し合う動機は本人に尋ねなければ。
当事者がいるのは溜まり場だろうからこちらは4人に対して10人前後いるだろう。ついさっき戦って襲われる理由も十分にある。かなり危険であると言える。

「こちらが邪魔さえしなければ向こうだって抗争前の大事な時期だ。無駄に争うことはないだろうし積極的に敵に回ったりはしないはずだ。それでもさっき戦ってイラついてるから問答無用で来る危険があるのは変わらない。だけど手掛かりを得るには自分から動かなくては、状況は自分たちで変えなければならないんだ」

熱弁を振るって危険に挑む心構えを説いたロイドに3人は、少し呆気に取られながらも大真面目に言った臭い台詞に少し笑い、そして頷いた。

「遊撃士協会の時と同じでしょ?戦いに行くわけじゃない。それに不良グループはここの治安維持に一役買ってるのならもう強攻策は取れないわ。話を聞きつつ両者の間を上手く立ち回って仲裁するのだから危険は承知の上よ」

住民の願いも不良退治ではなく喧嘩の仲裁なので元々無理な鎮圧ではなく話が聞ける程度に信頼を構築するために不良グループに接触することに同意してくれた。

「どっちから聞き込みます?テスタメンツのあの宗教っぽいのは苦手ですが、サーベルバイパーよりは話せそうな感じがしました」

「あのワジってヘッドの方が落ち着いていたしな」

サーベルバイパーが見るからに暴力的な態度と言葉遣いをしていたのに比べるとテスタメンツは慇懃ながら冷静だった。

「じゃあテスタメンツから聞き込みを始めよう。ティオ、溜まり場の場所はわかるか?」

「はい。西側にある商店街のトリニティという飲食店です。営業許可も取ってますね」

「不良が集まる店、資金源かしらね」

「だろうな。真っ当な店なら抗争やってる不良と関わるのを避けるはずだ」

「店で争うと向こうも迷惑だろうから、少しは話が聞けるかも知れない。まずはテスタメンツからだ」 
 

 
後書き
旧市街って中心部の犯罪に比べると問題にならないぐらい小さいしほとんど空気になるので忘れがちだけど結構ヘビーよね。
実は普通の住民はクロスベル中心部の景気が良いので出入りが激しいから、雇用問題のほとんどは解決済みなんだけど、外に出て働きたくないから喧嘩に明け暮れる不良。その状況を利用して密輸する業者。それにくっつく住所不定者たちという構造は残ってるのでやばく見えるだけでさほどでもない。まあみんな犯罪者予備軍なんで雇われ人にはなれないのでオチは自営業になるのだけど。
でもこの旧市街、鉄道も近い、空港も近い、一応ミシュラム以外からの貨物船が使用する港湾区もあるから、その流れでルピナス川にも接していて警察の目の届かない寂れた倉庫街として密輸品の出入り自由で実に良い立地。
なぜかこのあと舞台にならないのよね。ここ。
もっとマフィア同士の抗争があるとか密輸の現場取り押さえるとか不良たちを絡ませた話は一杯作れるのに。
本筋とは関係ないからだけど。

原作でも思ったけど、最初だから壁を意識せずにぶつかった印象もないのよね。新人警察としてはもっと潔癖であって欲しい反面、クロスベル市民なら薄々感じている矛盾にどんどん直面させてやりたいとも思う。それが解決の一歩だし。
ロイドは兄譲りの突っ込む意思を持ってるからね。
というわけでクロスベルの矛盾、旧市街編、説明回でした。 
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