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甲羅の恋。

作者:石榴石
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こうらのこい。中






――あれ? 私、何してたんだっけ?

記憶の糸をたぐっていく。

今日は海の近くの公園に行ってたんだっけ?

そこで確か……。


――気づけばそこは、海が見える程の場所だった。

今は夏休みなのだから、海といえば人でいっぱいのはずだが、

この海には、人ひとりいなかった。

ここは田舎だからだろうか。

それとも、ここはあまり知られていない場所なのだろうか。


「あ、気が付いた?」

ここにいるのは、私たち二人だけだった。

私はパラソルの下のベンチに寝かされていた。

彼の黒い瞳の中に私の姿を見つけ、体を起こした。


「あの……ごめんなさい、私一体……?」

「ここが一番安全だと思って。大丈夫。何もしてないから。」

「!?」

彼は悪戯っぽく笑った。

「あははっ。冗談だよ。ごめんごめん。」

私はさっきと同じぐらい、顔が熱くなった。

でも今度は、彼の事をとても不思議な感じに思う。

――この気持ちはなんだろう。

心臓の音もさっきよりは比較的、穏やかに感じた。

潮風は、心地よく肌をくすぐる。


私はふと、そばに濡れたタオルが落ちているのに気が付いた。

起きた拍子に落ちたのだろう。

「あ……あの、これ、ありがとうございます。」

「ん?あ、ああ。もう大丈夫みたいだな。よかった。」

そんな風に心配されたり気遣って貰えたのは初めてだった。

胸の辺りが暖かくなる。


「そういえばお前、名前は?」

先に訪ねたのは、彼だった。

「…………。」

「ああ、悪い。俺の名前は――」

その時の言葉は頭に入ってこなかった。

「思い出せない……。私の……なまえ。」


「ちょっとこっちおいで。」

「え?」

唐突だった。

「いいから。」

彼は私の手を掴んだ。

私が立ち上がるのをゆっくりと見守った後、波の音のする方へ向かった。

手を引かれるまま、私は彼の背中を追いかけてゆく。


防波堤に囲まれた海で行き止まった。

普通は泳がない、釣りのできそうなくらいの底のみえない海だった。

不思議そうに彼の顔を見ていると、彼は海に飛び込んだ。

「え!? ちょっと!?」

深く潜ったのか、彼の姿がしばらく見えず、静けさだけが残った。

私は少し不安になった。


海の中を心配そうに見つめていると、こっちに向かってくる影が見えた。

「えっ!?」

次の瞬間、私は息ができなくなった。

必死に水面を目指そうとするが、どうやったら良いのかわからない。

体の中の酸素が逃げていく。

気持ちばかりが焦る。

(どうしよう! 助けて!!)


「――あれ?」水面を探す彼は私を見つけられない。

「……もしかして泳げないのか!?」

彼が再び海に潜った頃、そこにはもう私の姿はなかった。





 
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