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アマガミフェイト・ZERO

作者:天海サキ
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十三日目 十二月三日(土) 後編

「なんだ!?」
「檻が崩れていく……あれは、バーサーカーっ!?」
「見つけたぞ! 二人いっぺんに仕留めてやるっ」
 水の檻が崩壊し、太陽の光が乱入者を照らす。黒いマントを纏う少年魔道師ウェイバーベルベットが、真紅のバーサーカーと共に乗り込んできた。二人は銀色の巨大な円盤の上に乗り、海上に浮かんでいる。
「邪魔スルモノ、滅、滅、滅ッ!」
 咆哮を上げたバーサーカーが、突進する。銀の円盤が二つに分かれ、疾走するバーサーカーの足の動きに合わせて動き、海面に足場を作っていく。バーサーカーが炎の剣を抜き、キャスターに切り掛かる。
 キャスターが水流の細いレーザーを撃ち出し、対抗する。だが獄炎を纏う狂戦士の重鎧は、レーザーを難無く跳ね返す。火を纏う重戦車が一瞬で距離を詰め、炎の刃がキャスターの首に振り降ろされる。三叉の槍で受け止められたが、間髪を入れず、強烈な蹴りを繰り出すバーサーカー。
 素早く避け、距離を取ろうとするキャスターを追う。足元の海面が破裂しそうになったが、銀の円盤が危険を感じ取り、敵の攻撃を押し留める。
「クソったれっ!」
 忌々しげに、キャスターが顔をしかめる。
 ふんぞり返り、ふんっと少年魔道師が勝ち誇る。
「ヴォールメン・ハイドラグラム。通称ヴォーメ。今は亡き我が師が作り出した、魔法の水銀だ。しかも僕が更に改良を加え、今では意思すら持つ! さぁ、ヴォーメお前の力を見せてやれっ」
 ウェイバーの声に反応するかのように、バーサーカーの足元の円盤から、無数の銀の糸が四方八方に広がった。銀糸は勝手に格子模様を作り、海面に薄い銀の膜を作っていく。
「海を封じるってか。させるかよっ」
 海の上を滑るように移動しながら、キャスターが銀の膜に無数の光球をぶつける。だが銀膜はびくともしない。ウェイバーが、耳障りに哄笑する。
「今、ヴォーメはバーサーカーに貸与してあるんだよっ。バーサーカーの魔力で強化されているのさ。そんな攻撃にはびくともしないっ!」
「ふん、なめんじぇねえよ」
 キャスターが新しい術を展開する。海面に再び魔法陣が現れ、中心から、棘もつ鱗に覆われた巨大な蛇が現れた。
「食らい尽くせっ」
 人間なんて簡単に丸飲みに出来るくらいの巨大蛇が、口をがばっと開け、銀膜に牙を立てる。だがヴォーメは、すすっとバーサーカーの近くまで退避し、蛇の口から逃れる。
「そのままバーサーカーの動きを止めろっ」
 大蛇が長い身体をくねらせながら海上を這い、バーサーカーとキャスターの間に壁を作った後、狂戦士に襲いかかる。だが炎の大剣が蛇の頬を強打し、大蛇の頭が海面に打ちつけられる。盛大な水しぶきをあげながら、大蛇がそのまま沈んでいく。バーサーカーが今は動かなくなった大蛇の身体を前にして飛び上がり、キャスターに迫る。
「ちぃぃ、仕方ねぇ」
 三叉の槍を構えるキャスター。だが天から何物かが飛来し、二人の間に入った。大蛇の身体の上に立ち、赤い槍でバーサーカーに打ちかかる。
「こいつの相手は、一人だときついぞ、キャスター」
「ランサーじゃないの!」
「セイバー手伝え、二人でこいつを止めるぞっ」
 戦いを傍観していたセイバーが顔に難色を浮かべた。だが肩をすくめると、ランサーの下に飛んで来た。
「おお、セイバー、恩に着るぜ」
「キャスター、貸しにするわよっ」
 それだけ言った後、セイバーはバーサーカーに神速の剣舞を叩き込んだ。

「はぁい、ひびきちゃん、助けに来たわよぉ」
 砂浜でサーヴァントの戦いを見届ける二人のマスターの下にも、新しいマスターが現れた。輝日東の女神、森島はるかだ。
「はるか!?」
「先輩、どうして!?」
 驚愕する二人を見て、はるかがグーサインをする。
「ふふふっ、ランちゃんとね、探偵ごっこをしてたのよ。あの黒いマントの子を探してたの。ランちゃん、なんだか気になるんだって」

 三対一のバトルは、留まる事を知らないのか、どんどん激しくなっていった。今やキャスターは、ランサーとセイバーのサポート役も兼ねている。ランサーの海上での足場を、キャスターが作った。そのお陰でランサーは海の上であっても自由自在に動けていた。ランサーとセイバー、二人の名手の波状攻撃が、バーサーカー相手に繰り出される。
「……やはり、勘違いではないのかっ」
 バーサーカーと切り結ぶ中、ランサーの顔が歪んだ。
「キャスター、セイバー、仮面を狙うぞ!」
「どうしたの!?」
「正体に心辺りがある。確かめたいっ」
「解ったぜ、大将!」
 キャスターが無数の光弾をこれでもかというくらい、バーサーカーに向かって打ち出す。ランサーとセイバーが、被弾するのも気にせずに一旦距離を置く。セイバー、ランサーのスキル〈対魔力〉が、キャスターの光弾を無効化するからだ。バーサーカーには〈対魔力〉は無い。
光弾の弾幕が、バーサーカーにぶち当たる。眩い光が何度も瞬き、狂戦士の動きが一瞬止った。だがダメージを与えられているようには見えない。しかし、ランサーとセイバーがバーサーカーの前後から迫る。ランサーの紅い槍が、フルフェイスの紅い兜に狙いを定め、繰り出される。だがバーサーカーの燃え盛る剣が、紅い一撃を弾く。ニ撃目の黄槍は、間一髪でかわされ、直後ランサーの腹に燃える拳が叩きこまれた。拳の先から爆発が起こり、ランサーが吹き飛ばされる。
 後ろから紅い兜に向かって、剣を振り降ろすセイバー。だが身体を屈めたバーサーカーが振り向き、灼熱の剣で攻撃を受け止める。今度は剣が爆発し、セイバーが宙に浮く。反撃をしようと立ち上がったバーサーカーは、しかし何かを感じ、背後を見た。先ほど吹き飛んだ筈のランサーが、もう眼前に迫り再び攻撃を繰り出していた。
「へっ足場ならな、どこにだって作れるんだよっ」
 キャスターがランサーを水柱で受け止め、柱をそのまま足場にして、ランサーを再び跳躍させたのだ。
 バーサーカーが全身から炎を吹き出して目くらましを作り、距離を取るために跳躍しようとする。
「同じ手は食らわないっ」
 キャスターが海から水球を打ち出し、バーサーカーの炎を掻き消す。バーサーカーの飛ぶ方向を見極めたランサーが槍を繰り出す。紅と黄の二槍がフルフェイスヘルムを直撃した。吹き飛んでいくバーサーカーの兜にひびが入った。落下地点にヴォーメが、素早く銀の大地を展開する。少しふらつきながら立ち上がるバーサーカーの、兜のひびがますます大きくなる。三人のサーヴァントに向き合った時、兜がぱりんっと割れた。
「えっ、女の子?」
 赤みを帯びた金髪が、兜の下からふわぁっと溢れ出た。続いて、二十歳くらいの凛々しい面立ちの少女の顔が現れた。

「……やはり、おまえだったのか、セイバー! 騎士王としての誇りはどうしたのだっ」
「え? 騎士王って、まさか嘘でしょ!? あの子がアーサー王だというの!?」
 深紅の重鎧に身を包んだバーサーカーの正体、それは前回の聖杯戦争のセイバーであり、伝説に名高い騎士王アーサー・ペンドラゴンであった。
「邪魔スルモノ、滅ス滅ス滅滅滅滅滅滅滅」
 咆哮するバーサーカーの瞳は憎しみと怒りで尖り、ギラギラした真っ赤な輝きを放っている。崇高な思いを胸に秘め、澄んだ泉のような青い瞳の騎士王アーサーの姿は、ここには無い。
「正体が解ったところで、僕のバーサーカーが最強である事に変わりは無いっ。やれっ、三人まとめてぶっつぶせっ」
 狂気に捕らわれた美少女が、炎に包まれた長剣を高々と掲げた。

 騎士王アーサー・ペンドラゴン。正義と騎士道の体現者にして、ブリテンの伝説的な王。万民が望む理想の主君。その正体が少女であった事を知る者は殆どいない。どんな運命の悪戯だろう、ブリテンの繁栄の王として産み落とされた子供が、女の子だったとは。そしてどれほどであっただろう、伝説の王の誕生を仕組んだ魔法使いの嘆きは。だが、彼女の身体には、紛れも無く王の資格が備わっていた。そして彼女自身もまた、人々の希望たる王となる事を望んだ。それだけでは無い。王となったアーサーは、予言通りブリテンを繁栄の極みに導いたのだ。
 アーサー王と円卓の騎士。彼らが居る限り繁栄は限り無く、厄災からは無縁であると誰もが信じていた。そしてアーサー自身も、己の正体を偽って王となる事を望んだのは、間違いで無かったと信じていた。しかし誰が予想しただろう、その嘘故に円卓の騎士がバラバラになり、邪悪が再び息を吹き返す事を。その嘘故に、国を二つに割る壮絶な内乱が巻き起こり、円卓の騎士は分裂し、次々に倒れて行くという事を。そして最後には、アーサー自身も死に至るのだ。かくして、アーサーの時代にはローマ帝国までも統治していたブリテンの黄金時代は終わりを告げた。
 アーサー王たる彼女は、がむしゃらに生きた。だがその終着点は友と友が殺し合う、凄惨な結末だった。彼女はその現実を認めたくなかった。なんとしてでもその結末を覆したかった。なぜなら、彼女には耐えられなかったのだ。己を殺して続けて来た道の果てが、このように残酷な結末で有る事に。
「例えばのう。もし、おぬしが、普通の少女として生きる事が出来たとしたらだ。それでもぬしは、王として生きたかえ?」
 生前の彼女にそう問いかけたのは、一人の魔女。聖なる神が認めぬ邪法にて、アーサーの血を受け継ぐ子を、己が身に宿した女。父は違うが同じ母から生まれた、血の繋がった姉でもある。
「……その問いは無意味だ。なぜなら、私には選択肢など無かった。私には聖剣を抜く力があり、皆が約束の王を待ち望んでいた。私はそれを受け入れた。それだけだ」
 だがアーサーは気付いていなかった。無意識に、その状況を想像する事を拒否していた。答えを出せないであろう自分自身に気付くのを避けたのだ。気付いてしまえば、彼女は強く生きられないから。
 全てが、彼女が王として生きる事を肯定していた。彼女は、己が身に課せられた使命を果たす事が正しい道だと信じた。普通の少女として生きる道など、考えもしなかった。だがそれならどうして、アーサーは先の問いに、王として生きると答えられなかったのだろう。
 選んだ道が正しいと信じたアーサー。生前の彼女に降りかかる数多の邪悪を目にしても尚、彼女は信じ続けた。血を分けた姉に宿る我が子。全ての傷を癒す、聖剣の鞘の喪失。妻である王妃と最も信頼した友の離反。成長した我が子によって分断された王国。死にゆく仲間。自分にまでも刃を向けた息子。そして、呪われた日に毒蛇によって始まってしまった最終決戦。
(私は、正しい道を選んだ。神に祝福された生き方をした。私は間違ってなどいなかった。……本当に?)
 決戦の果てに、実の息子の息の根を止めた、血まみれの手。そして自分の腹部に深々と刺さった、我が子の剣。
 ブリテンの民全てが望み、神に約束された道が、こんな形で終わっていい筈が無い。
それゆえにアーサーは冬木の聖杯を望み、サーヴァントになったのだ。しかし第四次聖杯戦争で、彼女の身に降りかかったのは地獄に等しい運命だった。
(ああ、黒い無数の手が私を呼んでいる。……私に、騎士を捨てろと? ……侮るな。私は騎士王アーサー。断じて狂気に飲まれたりはしない。……しない。……私が騎士で無ければ、皆が死ぬ事は無かったのだろうか。私が騎士であったばっかりに、我が友はことごとく命を散らしてしまったのでは、無いのだろうか)
「例えばのう。もし、おぬしに他の生きる事が出来たとしたらだ。それでもぬしは、王として生きるのかえ?」
(……解らない。今は、もう解らなくなってしまった)
「ならばのう。一度、ただの人として生きてみてはどうかえ? 悲嘆し、憤怒し、憎悪する人として、生きてみるのもまた悪くないぞえ。うくくっ、せっかく永久にも等しい時があるのじゃ。変化を試さねばの」
(……不要だ。今の在り方そのものが、私にとって贖罪だ。贖いきれぬ罪を背負った私が、楽になれる道など、選べる道理がない)
「うくくっ、その逆じゃよ。更なる苦しみを求めるが故によの。堕ちる事は、お主にとって何よりも芳しい痛みになるじゃろう。さぁ、受け入れい、アーサー」
(……ああ、黒い無数の手が、私に絡みつく。私は……、きっと、振り解け、ない)
「さぁさ、次なる宴を楽しもうぞ。わらわの願望の為に、存分に踊ってたもれ、我が妹よ。救いの王たるお主が、この世に真なる狂気を呼び覚ますのじゃ。うくくっ、安心せい、お主の苦しみ、無駄にはならぬ。闇に眠りし真の創造主が、最高の祝福を下さるであろうさ」
(……ワレヲ邪魔スルモノ、滅ス。聖杯、邪魔スルモノ、滅ス。滅滅滅滅滅滅滅滅滅)

 輝日東湾の上で繰り広げられている、狂戦士と三人のサーヴァントの死闘は、いよいよ最終局面を迎えていた。
 真紅のバーサーカーが、炎に包まれた長剣を高々と掲げる。
「見せてやれ、お前の最強宝具をっ」
 勝利を確信するかのように、黒マントのウェイバーが傲慢な笑みを浮かべた。
「……まさか、凶化してなお、使えるのか伝説の聖剣をっ」
 ランサーが驚愕する。
「聖剣っ!?」
 セイバーとキャスターも緊張を顔に漲らせ、身構える。
「距離が有り過ぎるっ。止められんっ」
「アァァァァ、エクゥゥゥゥゥス……」
 紅蓮の長剣から、灼熱の燃え盛る輝きが天へと迸った。膨大な輝きは、赤い魔天楼のごとくそびえ立つ。バーサーカーが、己の持つ狂気そのものの究極兵器を解き放つ。
「カリバァァァァァァァ」
 赤い魔天楼が、禍々しく明滅しながら高速で落ちて来る。それは古代に地上の獣全てを焼き払った巨大隕石のごとく、逃れ得ぬ破滅の化身として海上の三人に襲いかかる。
「ちっくしょう。なんだよあれっ! あんなんくらったら一瞬で消し炭じゃねえかっ。陣地なめんなよっ」
 憤るキャスターが三叉槍を振りかざし、厚い水の壁を幾重も展開する。
「俺の魔力を持った水、目いっぱい集めてぶつけてやるよっ」
 水の壁、いや今や水で出来た大隕石が、滅びの炎の巨大隕石に向かって、高速で打ち出される。
「名付けて、スーパートリトンスペシャル! 食らいやがれっ」
 赤く輝く巨星が水の巨塊と激突し、強烈な衝撃波が巻き起こる。凄まじい二つの力が、互いを押し切ろうと激しくぶつかり合う。だがウェイバーの笑みは崩れない。
「そんなもので、バーサーカーの宝剣を止められるものかよっ。奴らをぶっつぶせ!」
 水の球が、ぶつぶつと泡立ち始め、真ん中から徐々にへこんでいく。三叉槍を掲げ、魔力を球に注ぎ続けているキャスターの顔が、歪んだ。
「押し負けてるわよっ」
「んなこたぁ、見りゃ解るっ。だが、これが限界だ……。くっ、だ、駄目だ、砕かれるっ」
「いったん引くしかあるまいっ。キャスター、波の力で範囲外まで全員を移動させれるかっ」
「出来るが、水球が消えちまうぜっ。間に合うか解んねぇぞ!」
「だがやるしかあるまいっ」
「キャスター、私が時間を稼ぐわ」
 セイバーが衝撃波に抗いながら前に出る。
「まったく、ほんと不愉快。こんな形で、私の由来を晒さなければならないなんて」
「どういうことだ、セイバー!」
「私の特性で、少しの間は受け止められると思うわ。だからその時間を使って、逃げる準備をしなさいって言ってるの。でも私もちゃんと助けるのよ、キャスター」
「へへっ、解ってるよ。後が怖そうだからな」
「セイバー、恩に着る」
「別に礼なんていらないわ。まずはあのバーサーカーを倒さない事にはね。さぁ、始めるわよっ」
 水球が消え、バーサーカーの宝剣が凶悪な勢いと取り戻し、三人に襲いかかった。赤い輝きの前にセイバーがその身をさらす。セイバーの身体が魔力で発光し始め、盾を構えてエクスカリバーを迎え撃つ。
「これで、終わりだぁ」
 バーサーカーの宝剣が振り降ろされ、巨大な水しぶきがあがった。衝撃波と共に海が左右にもの凄いスピードで割れた。
「……滅滅滅滅。邪魔モノ、滅」
 宝剣の輝きが消え去ると、後には何も残っていなかった。 
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