真剣で覇王に恋しなさい!
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第12話
「はーっはっはっはっはっはっ!!! ついに目覚めの時がきたぞ!」
溢れる喜悦と気力を開放し、俺は高らかに大笑した。
王を出迎えているかのように世界全てが震撼し、大気の震えは俺の出現を讃えている喝采のようだ。
やはり王の降臨とはこうでなくては!
「そしてこの溢れんばかりに漲る力!」
「やぁ清楚ちゃん、すごいな。この力じゃもう壁なんて完全に越えてるじゃないか……」
無礼にも話しかけてきたのは川神百代。俺を見るなり仲間を連れて一度は逃げたくせに何たる言い草だ。
しかもこの俺に向かってちゃん付けだと?
「違うな、間違っているぞ無礼者め。俺の事は覇王と呼べ、百代」
「……っは、呼び捨てにされちゃったよオイ」
「貴様今、闘気を剥き出しにしたな? 王たる俺になんたる無礼な」
だいたい百代なんぞに構っている場合ではない。
こうして俺が出てきた以上、まず最初にやるべき事は他にある。
「故に邪魔だ。とっとと消えろ」
「邪魔だと言うなら腕ずくでやってみるといいさ」
手を伸ばせば触れる距離まで近づく百代。
「王の命を無視するとは、まったく――」
「いいじゃないか清楚ちゃん。戦ろうよ」
しかも二度目のその呼び方。
もはや命も惜しくないか。
「いいだろう、いい加減に目障りだ。二秒で決着を付けてやる」
「勝負するってことだな? よぉしいくぞ! 川神流、無双正拳突きぃ!」
何だ。その欠片の捻りも無いただの突きは。
警戒にすら値せんぞ。
「とっとと俺の視界から消え失せろ!」
「ぐっ!?」
俺のカウンターを食らって百代は星になった。
まぁ、寝起きの運動程度にはなったが。
「さて、いつまでうじうじと隠れ潜んでいるつもりだ? この愚か者め」
気配は背後、校舎内へと続く扉の内側。
これでも大人しく待っていてやったつもりだったが、いつまで王を待たせるつもりだ?
「さっさと出てくるがいい、柳司」
「……くっ」
俺の言葉を受け、柳司は扉を開いてその姿を表した。
どうした? 俺の威光を受けてでかい図体に震えが走っているじゃないか。
「久しぶりだな柳司、何年振りだ?」
「……毎日会っている相手に、久しぶりという言葉は使わない」
「んはっ! そう言うな。俺にとっては久しぶりなんだからな」
かつて一度だけ目覚めた時に会って以来だろう?
あの時に貴様がたった一人だけ俺に味方していたからこそ、こうしてわざわざ話す機会を設けてやっているのだ。
王たる俺にこうまで気を使わせる人間なぞ二人とおらんぞ?
「さて、貴様に言いたい事は幾つかあるが、それはまた後だ。俺はグラウンドにいる連中に礼を言わねばならん」
仮にも俺を目覚めさせた連中だ。
俺の天下になった時には褒美でもくれてやらねばな。
「待て!」
「なんだ柳司、俺に向かって『待て』だと?」
俺は柳司に覇気を向けるが、奴はそれを意に介さずゆっくりと拳を構えた。
生意気にも俺に反逆しようというわけだ。
「……この俺に向かって拳を構えるか、柳司。お前自身の言葉を撤回するつもりか?」
確かに貴様は言っていたはずだ。
いつか俺の味方になったのと同じように、どうなろうと貴様は俺の味方になると。
「撤回するわけじゃない」
「何?」
「清楚だろうが、項羽だろうが、どっちでもいい。お前がはしゃぎすぎているなら、その頬を引っぱたいて正気に戻してやるだけだ……いつかの時の様に」
面白い事を言う奴だ。初めて会った時を思い出すかのようだな?
だがしかし、王を引っ叩くなどと言う奴には仕置きが必要だ。
「それにどうせ邪魔が入る。話は後回しだ」
「待っ……げふっ」
「俺が後回しと言ったのだ、お前はそこで蹲っているがいい」
俺を止めようと手を伸ばした柳司を蹴り飛ばし、俺はグラウンドに向かって跳躍する。
そこには驚愕の表情を浮かべる者たちの姿があった。
「驚く事は無いぞ貴様ら、俺は礼を言いに来てやったのだ。天下統一を為した時には褒美をくれてやろうとな」
「て、天下!?」
「そうとも、俺は覇王だからな」
手始めは日本、そこを足がかりにしてこの世界の頂点に立つ。
「葉桜先輩の人格は残っているんですか?」
「勘違いしているようだが、どちらも俺に変わりない。俺は清楚であり項羽なのだ。随分長い事表に出る事は無かったが……今こうして俺は俺となった」
それも貴様らのおかげでな。
「しかし手始めに日本を獲るにしても何から手を付けるか……政府に対して降伏勧告でもすればいいのか? いや、いずれにしても俺に付き従う兵士が要るか」
「お、おいちょっと……」
「黙れ俺の思考の邪魔をするな」
こちらに口を挟んだ島津岳人をひょいと掴んで、学園内にあるプールの方へと高く放り投げる。
王の言葉に口を挟むなど言語道断だ。
しかしそれを見た他の面々も俺へと敵意を剥き出しにする。どうやら愚か者は百代や島津だけではなかったようだな。
「いいだろう。貴様ら、覇王の威光を刻み込んでやる!」
『ちょいと待ちな清楚……いや項羽』
「……まったく邪魔ばかりが入るな。その声はマープルか?」
『目覚めちまったんだね項羽、一旦帰っておいで』
帰る? 帰るだと?
俺の邪魔をした上にそんな的外れな事を言うとは、耄碌したか?
「その必要はない! 俺は目覚めたばかりで力に満ち満ちている! このまま日本を落としてくれよう!」
『馬鹿を言うんじゃないよ。さっさと帰ってきな』
「この俺に馬鹿だと!? いくらマープルでも許さんぞ! 俺は馬鹿じゃない、断じて馬鹿じゃないぞ!」
『別に許してもらわなくても構わないね。これが最後の警告だ。帰ってきな』
帰ってこい帰ってこいとうるさいな。
俺が帰ったらそれから何をするつもりだ?
『新しく教育カリキュラムを練り直さなきゃならないからね。ちゃんと勉強してもらうよ』
「何だと? 勉強? そんなものは自分の名前が書ければ十分だろう!」
『……こりゃ、話が通じそうに無いね。その鼻っ柱を折る必要もありそうだ』
なんだと?
『川神学園の皆、よーく聞きな! 3年S組の葉桜清楚が暴走した。彼女を取り押さえたものにはあたしの私財から報酬を出すよ! 九鬼の従者部隊序列二位のマープルが確約するさね!』
「……んはっ」
面白い。力ずくで俺を連れ帰るつもりか、マープル。
しかも王を賞金首にするとはな。
普通なら投獄を越して処刑だが許してやろう。百代一人では肩なら師にもならなかったところだ。
「川神の戦士達よ、遠慮せず俺に挑むといい。武にて語ろうぞ!」
戦えぬ者をまた一人プールへと放り投げ、俺は目の前の戦士達に覇気を飛ばす。
見事それに耐えてのけた戦士達に俺を挑む資格を認め、その三人を含めた学園全体に向けて宣言する。
「さぁ来るがいい! そして覇王の威光を刻み込め!!!」
***
葉桜清楚が項羽である。
この事実を川神にいる腕利きたちに流すよう指示した後、マープルは軽くため息を付いた。
本来の予定とは大幅にずれてしまった事もそうだが、それはもう項羽の強さを顕示するデモンストレーションを行うという事に切り替えている。
問題は、屋上で一度ノックアウトされた赤戸柳司の事。
「やれやれ、こんな事ならさっさと正体バラしといた方が良かったかもねぇ」
「まぁ、今の彼の実力では到底項羽には太刀打ちできないでしょうからね」
マープルの言葉に同意を示すように、彼女の前に立つ九鬼従者部隊序列42位の桐山鯉もそう告げる。
彼は赤戸柳司がヒューム・ヘルシングに模擬戦と称して月に一、二回ほど鍛錬をつけてもらっているのを知っている。
故に、項羽の強さの足元にも及ばない事はよくわかっていた。
「ま、柳司がどれだけ食い下がるかはよしとして。明日あたりには柳司にも正体をバラしとこうかね」
「よろしいのですか?」
「元々は抑止力の予定だったんだ。何も問題なんかありゃしないよ」
マープルは、昔に一度だけ項羽が目覚めた時の事を思い出していた。
あの時に一度、赤戸柳司には項羽を止めた実績があるのだ。
正体をバラす事で赤戸柳司が本来の力を発揮できるようになれば、まるで同じようにとは行かずとも、元の鞘に収まるはず。
マープルの頭にはそんな考えも存在していた。
「いっその事さっさとくっついちまえば暴走しなかったかもしれないねぇ」
「それはそれで覚醒した時に問題があるとは思いますが」
確かに。
互いの正体を考えれば、桐山の意見も妥当だった。
「とにかく、今回の事はトラブルが川神学園の外に出るまで従者部隊はノータッチでいくよ」
「いつでも動けるように通達しておきます」
あの覇王が、いつまでも学園の中にとどまっているはずが無い。
それが簡単に予想ができるが故の桐山の発言だった。
彼らが九鬼の本部から『二台』の車両が飛び出していったという報告を受けるのは、それからすぐ後の事である。
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