真鉄のその艦、日の本に
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第五話 蹂躙
第五話 蹂躙
「ミサイル一基、向かってきます!」
人民解放軍第三艦隊旗艦「福建」のレーダーにも、二神島から飛来するミサイルは探知される。CICでは、迎撃シークエンスが進められていく。
艦隊司令の張は、CICのスクリーンに映る、飛来するミサイルのマーカーを、葉巻をくわえながらじっと、不敵な笑みを皺の寄った顔にたたえながら見ていた。
――――――――――――――
どうする?
長岡は自問した。
この統一戦線が放った噴進弾を、自分達の噴進弾で撃墜すればこちらに攻撃の意思なしと見てくれるだろうか?
いや、だめだ。
自分達の位置から、統一戦線の噴進弾に対空噴進弾を撃っても、統一戦線の噴進弾を自分達の噴進弾が追いかける形になる。
とても追いつかない。そこまで噴進弾同士に速力の差はない。それに、建御雷から噴進弾を撃った時点で、中共艦隊としては、畳み掛けるように噴進弾を撃ってきたと判断するだろう。中共艦隊が、自分達に向かって飛んでくる噴進弾を「いや、あれは先行するミサイルを落とす為のものだ」そんな理解をしてくれる訳がない。
「航空隊、森機が噴進弾の排除に向かいました!」
CICに響いた風呂元の高い声に、長岡はハッと我に返る。大型のスクリーンには、中共艦隊に向かって動く赤の光点に、友軍を示す黄色の光点が追いすがっていた。
「いけん!噴進弾諸共迎撃されるぞ!」
届かないと分かりつつ、長岡は叫んだ。言葉が口を突いて出た。それと同時に、中共艦隊の緑のマーカーから、赤の光点がいくつも表れた。
「中共艦隊、迎撃行動!対空噴進弾を発射!」
――――――――――――――――――――
体が、コクピットのシートに押し付けられる。翼が軋む。Gが森の体を絞り上げていく。こめかみに力を入れていないと、ブラックアウトに入ってしまうだろう。
雷電改をフルスロットルで飛ばし、森は統一戦線のミサイルに追いすがった。部下に援護の指示も出さず、単騎で向かった。
森には確信があった。
この噴進弾(ミサイル)は、中共艦隊をけしかける為のもの。
中共艦隊に、建御雷を襲わせようと、統一戦線が組んだこれは罠だ。
こんなに早く中共艦隊がこの海域に展開したのも、もしかしたら統一戦線と中共艦隊の間に何か関係があるのかもしれない。
しかし、先にこちらがこの噴進弾を破壊して、中共艦隊に大義名分を与えなければ、建御雷を攻撃はできまい。
雷電改の射撃レーダーが、統一戦線のミサイルを捉える。コクピット正面のヘッドアップディスプレイに、照準マーカーが出始め、うっすらと肉眼でもミサイルの形が機体正面に見える。
つかまえたぞ。
それほど、このミサイルは速くない。ロックオンされるまで、操縦桿のトリガーを引くのを待つ。ピピ…ピ…と計器が特有の音を立てる。
そのロックオンの音をかき消すように、警報音が響き渡る。対空ミサイルのアクティブレーダーだ。自分自身がロックオンされている。
もう中共艦隊は迎撃を……
少し遅かったか。
森はミサイルを追うのを断念し、自機の回避行動に移ろうとする。しかし、目の端に映ったレーダーには、自機の後ろに、自分に追随しようとする機影が映っていた。
津村の機体だ。
こちらもフルスロットルで、森についてきていた。
バカ、ついてこいなんて命令は出してないだろ…
森は、そう心の中で呟くと、機体を旋回させるのを止めた。
自機が機を旋回させて、中共艦隊の対空ミサイルを避けると、そのミサイルは、自分の後ろの津村の機に向かう事になる。それを防ぐため
森は自機に、中共艦隊の対空ミサイルを引きつける。針路を変えず、自分の前を飛ぶ統一戦線のミサイルもろとも
飛来する中共艦隊の対空ミサイル群に突っ込んで行った。
俺のこんな、独断専行は、真似するなよ津村。
お前は、まだまだ若くて、働き盛りのパイロットだ。
女が欲しけりゃな、もう少し、上手にナンパしろよ。
目の前に、パッと火球が広がる。ミサイルが爆発したらしい。
向かってきた中共の対空ミサイル?目の前を逃げていた統一戦線のミサイル?
そんな事はもう分からない。
翼が、灼かれた。
―――――――――――――――――――
「目標の撃墜を確認。敵艦には次の動きはありません。」
福建CICでは、東海第三艦隊司令の張が待ってましたとばかりに、席から立ち上がり、マイクを持つ。
「全艦につなげ」
通信員が、東海第三艦隊全艦への回線を開いた。ごほん、と咳払いをしてから、張が語り始める。
「こちら艦隊司令、東海第三艦隊全艦へ。我が艦隊に対したった今、眼前の日本軍飛空艦艇からのミサイル攻撃及び艦載機による攻撃行動があり、それを排除した。この日本軍の行動は、我が艦隊への明らかな攻撃の意思と、また我が人民共和国への明らかな敵意を示すものである。これより我が艦隊は、我々そして我が領海の脅威を取り除くべく行動に移る。全艦、目標は二神島空域の日本飛空艦艇。総攻撃を開始せよ!」
張が言い終わると同時に、福建のCICが活気に満ちる。艦長の命令が下り、対艦ミサイルの発射管制、支援ヘリへの連携支持などが連続する。
程なくして、東海第三艦隊のフリゲート艦5隻の甲板のランチャーにミサイルが装填され、艦隊前方、二神島、そこに居る建御雷にその砲口を向ける。本来艦自身のレーダーの範囲外に居るはずのそれにミサイルを誘導すべく、日本側の領空にまで食い込んで展開した福建の艦載支援ヘリコプターのレーダーが建御雷を捕捉し、フリゲートのデータシステムと情報をリンクさせる。
ブシュゥーーーーー
独特の音を響かせ、煙をたなびかせながら、フリゲートから対艦ミサイルが次々と撃ち出される。何本、十何本もの矢が、東海第三艦隊から放たれ、それは誘導されて、二神島へと誤りなく飛んでいく。
「最新鋭の飛空艦とはいえ、5隻もの対艦ミサイル一斉発射を防げるかな?」
張は席に戻る。椅子に深く腰掛けて、福建CICのスクリーンを愉快に見ながら、新しい葉巻に火をつけた。
―――――――――――――――
「ちっ、中共っ艦隊っ!!ふ、噴進弾っ噴進弾発射多数!!かかか数は20ぅっ!!」
建御雷レーダー手の山本の声が裏返る。森機の撃墜に、言葉を失っていた建御雷CIC。容赦ない中共艦隊の対応を報せるその声に、一瞬時間が止まる。
「対空迎撃戦闘!!一基残らず叩き落とせッ!でないと死ぬぞッ!!」
「間」ができたCICの全員に、田中が檄を飛ばした。人が死んだのを悲しむ暇すらない。次から次へと「死」は迫る。それは無慈悲に迫ってくる。
「機関始動!全速回避!」
建御雷のエンジンが急激に唸りを上げ、その巨体が二神島から浮き上がる。どんどん加速していき、敵のミサイルと距離をとる。
「艦長、まだ山犬と機甲部隊が島に…」
「後で必ず回収する!今は回避行動が優先だ!」
田中は通信員の風呂元と中野に向かって怒鳴る。
「通信士、中共艦隊に、こちらからの交戦の意思はない事を伝えろ!先ほどの噴進弾は我々のものではないという事もだ!」
「は、はいっ!」
中野の顔も、いつもとはまるっきり違い、真剣で、そして焦燥感に溢れている。当たり前だ。命がかかっている。
「艦長、この噴進弾は杭州級の電探圏外から放たれています!ヘリによる支援により誘導されているものである事は明白です!航空隊にヘリを排除させれば…」
「それはできん」
長岡の提案を田中は退けた。
「噴進弾を破壊するのは最低限の防衛行動だが、中共ヘリ部隊を撃墜してしまえば、それはもう戦闘だ。向こうも被害が出た分、絶対に引き下がらん、こちらも後には引けなくなる。」
「こちらには死者も出ています!向こうは人が乗った戦闘機でも平気で撃墜したんですよ!」
「真っ向からぶつかり合う形になったら、『死者が出た』そんなものではすまん。中共は日本に太平洋への玄関口を塞がれとるんだ、日本への侵攻の口実に、我々がなったらどうする」
田中も森と同じように、この中共艦隊のこの海域での展開の早さには疑問を抱いていた。それに併せて、統一戦線の近海に展開した中共艦隊へのミサイル発射、それに呼応し先に向こうが撃ってきたという大義名分を得て「待ってました」とばかりに建御雷に襲いかかってくる中共艦隊。全てが仕組まれているような気がする。
統一戦線が、世界随一の規模を持った反米国家である中共に、この日本を差し出そうとするのは、考えられない事ではない。建御雷と中共艦隊との戦闘をきっかけとし、中共と日本の軍事的均衡状態を崩して戦争を誘発する為に、誰かが描いた絵ではないかというような気もしてくる。だったら、その絵に安易に乗っかる訳にはいかない。
田中は、納得いかない顔をしている長岡を怒鳴る。
「20基の噴進弾攻撃なぞ、退けてみせろ!訓練通りやればこなせる数だろうが!」
――――――――――――――――――
津村は、訳が分からなかった。目の前で森の雷電改が炎に包まれた。森は、中共艦隊に向かって飛んでいく噴進弾を撃ち落としに向かったのだ。それは見ていたら分かる。中共艦隊を守ろうとする行為である、それは。
なのに何故、中共艦隊からの噴進弾で森が死なねばならないのか。意味が分からない。
別にそんな好きな人では無かった。
いちいち堅いし、冗談あんまり通じないし、ちょっとした事ですぐ頭を小突いてくるし。暇してたらだいたい「機の整備を手伝いに行け」とうるさいし。
でもどうしてか、悲しい。悲しいというか、虚しい。
あんなにあっさりと。
この世から消えてしまうなんて。
命令を受けて、中共艦隊のミサイルを迎撃する。向かってくるミサイルをロックオンし、対空ミサイルを撃った。体が覚えている動きだ。
パイロットに感情はない。
パイロットは、戦闘機の最も高価な部品である。
―――――――――――――――――――
「噴進弾5基撃墜を確認!15基飛翔中!」
「対空戦闘、諸元入力、対空弾撃ち方始め!」
「うちーかたはじめーー!」
山本の報告に、本木の指示、それに対しての復唱が続く。CICのスクリーンには、海域の俯瞰図、建御雷を示す大きなマーカーに、15の光点が追いすがってくる様子が見てとれる。中共艦隊とはそう距離は離れていない。航空隊の迎撃では5基を堕とすのが精一杯で、すぐにミサイルによる迎撃ラインに移行する。建御雷のミサイル誘導システムの上限は一度に18基。15基ならミサイルによる迎撃で対応できる。
建御雷艦体基部甲板のVLSが、一斉にその口を開ける。15の砲口。その中には、87式対空噴進弾がその弾頭を太陽の光に煌めかせる。
一斉に噴煙を巻き上げて、15基の対空迎撃ミサイルが、垂直に飛翔する。そこから、飛来する目標群へと進路を変え、ブースターからターボジェットエンジンへと動力を切り替えて水平飛行を始める。
「中共艦隊、さらに噴進弾を発射!また20基!20基発射しています!」
山本が叫ぶ。スクリーンには、中共艦隊のマーカーからさらに20個の光点が現れる。
長岡は不自然に思った。杭州級のミサイル誘導システムの能力はそう高くはない。支援ヘリからの情報伝達で艦自身の射撃レーダーの範囲以上の距離から攻撃しているのだが、追尾誘導できるのは一斉に4基が限度のはずだった。
スクリーンの光点の軌道を見ると、先に発射した20基は、回避行動により位置を変える建御雷に合わせてそのコースを変えてはいなかった。
「現在飛翔している迎撃噴進弾を全て自爆させろ!先の20基は囮だ!追尾誘導されてるのは後の20基だ!」
砲雷長の本木が、目を見開いた。建御雷のCICが凍りつく。
航空隊が後の20基の迎撃に向かう。全てを撃墜する事はできない。
建御雷は先ほど撃った20基を自爆させ、射撃レーダーの照準を設定し直して、もう一度対空噴進弾を放つ。しかし、プロセスに無駄が生じた為、ややその迎撃に遅れと隙が生まれた。
建御雷の対空ミサイルと、中共艦隊の対艦ミサイルがすれ違う地点。微妙な照準のズレが、亜音速ですれ違う物同士をぶつけるという行為においては命取りになる。
幾つかの対艦ミサイルが、対空ミサイルをかわして、防衛ラインをすり抜けていく。
「敵噴進弾3基、なおも直進!」
建御雷は火砲による迎撃を開始する。艦左舷上下に設置された速射砲。艦左舷から飛来するミサイルに対し、次々と弾を撃ち出す。
その弾は、ある地点で大きな火球となり、強力な熱放射を起こす。一発の攻撃範囲が広い、焼夷榴弾三式弾だ。これで熱のベールを作って、対艦ミサイルをせき止めようとする。
しかし、一発のミサイルは、その熱放射のベールをかいくぐって、さらに建御雷に向かい直進してくる。
「チャフ展開、対空防御!総員衝撃に備えぇーー!」
田中がマイクに叫び、自身も身を床に伏せる。
CICの全員がコンソールや床にうずくまり、着弾の衝撃に備える。艦内各部で、同じように全員が身を伏せ、何かにつかまり、頭を守る。
建御雷はアルミ泊を放出しミサイルの撹乱を試みながら、近接防御火器による最後の迎撃を行う。近接防御火器…20mmバルカンは一分に3000発のペースで弾を打ち出し、弾幕を張る。
しかし、その射程は僅か数km。
ミサイルにその火線が対峙するのは僅か数秒。
その火線は、建御雷総員の祈りを込めたにしてはいささか頼りなく
のたうち回るように回避運動する建御雷の左舷のどてっ腹に、中共艦隊のただ一基のミサイルが飛び込んでいった。
――――――――――――――――――
「中共艦隊に建御雷を襲わせて何がしたいの?もうこの根拠地はどのみち破滅よ。建御雷が堕ちたくらいではもうどうにもならないわ」
遠沢に睨めつけられ、銃口を向けられても、和気は愉快な顔をするだけである。
「「「この根拠地は終わるな。しかし、代わりに始まるものがある。その為に必要な事だよ。」」」
――――――――――――――――――
建御雷の装甲に、中共艦隊のミサイルが突き刺さる。それは装甲に亀裂を生み、そして爆発する。
広がる炎、爆風、破片。
それらが対艦ミサイルが命中した部署に居た乗組員に襲いかかる。
体が弾け飛び、燃えて灼かれる。悲鳴を上げる間もなく死んでいく。体に火がついた曹士は、声にならない悲鳴を上げてのたうち回った。
「助けてくれっ!だずげでぇぇぁあああああああ」
破片を喉にもらって血だまりを作りながらピクピクと痙攣している者、人の形すら保てずにそこらに物の破片と共に転がっているもの、その死に方はそれぞれだ。
「被害報告!各所被害を報告せよ!」
CICで、強く打ち付けた頭をさすりながら田中が起き上がり、艦内放送で指示を送る。
<艦左舷、第三甲板、居住区を中心に火災発生!!>
<対抗電子機器沈黙!>
<チャフ弾庫に損害!>
<死者傷者多数!救援を!救援…>
各所から、まるで悲鳴のような報告がCICに入ってくる。長岡は目が回るような感覚がした。頭を打ったからではない。こんな事態は想像できなかった。想像していなければならなかったはずだが、自分の想像力が足らなかった。被弾。自分の艦の乗組員が死んでいく。この装甲の厚いCICに篭る事を許されない、下っぱ、下っぱの曹士達が体を千切られ、燃やされ、吹き飛ばされて死んでいく。自分達幹部の責任である。
「弾薬庫閉鎖!消化班、火災鎮火にあたれ。負傷者は救護室へ、重症者を優先させろ」
田中からの指示で、消化担当の曹士達が耐熱服を着込みホースを抱えて被弾した箇所に向かう。
「◯×△□◎!!$÷8#9#8*→☆!!」
訳の分からない声を上げながら、ひたすら床に伏せった仲間を揺さぶり続けている曹士が居た。救護班の曹士が、そこに駆け寄る。
「どうした!?ここも火災が来るかもしれん、早く退避するんだ!」
「€×===\*4(」54×々!〆々〒=3々€2!!」
喚く曹士が揺さぶっていた仲間は、腹部から大量に血を流して事きれていた。顔が火傷でただれている。そして、喚いてる曹士自身は、救護班の曹士の言う事が聞こえていない。恐らく衝撃で鼓膜が破れたのだろう、だから自分自身の声も上手く発音できていない。
救護班の曹士は、床に伏せった遺体にすがりつく曹士を引きはがして連れて行く。
「ちくしょう…ちくしょう…何でこんな目に……くそったれ…中共めぇ…」
救護班の曹士の目には涙と、そして怒りと憎しみの色が浮かんでいた。
―――――――――――――――
「「「お前達がここに居るおかげで、建御雷は二神島近海から退く事もできない。仲間を見捨てて、尻尾を巻いて逃げ出せるような艦長ではあるまい。建御雷は追い詰められる」」」
和気は、基地入口に居た山犬の通信兵を殺し、それだけでなくその通信機に細工をしていた。「現在交戦中、任務遂行難航す」建御雷からの通信に、この答えしか返さないようにしたのだ。建御雷が撤収しようとしても、これで死に絶えたはずの山犬を待ち続ける事になる。勿論、不自然さにはさすがに気づくだろうが、全滅の確認をとるその手間をかけさせるだけでもいい。その手間が命取りになるやもしれない、それで十分だ。そして、今は目の前に遠沢が居る。なおさら、撤収できない。敵の機動甲冑を倒してひとまず補給に建御雷に戻るはずだった機甲部隊も、今は二神島の森林で遠沢を捜索している。これらを全て収容しながら、中共艦隊の攻撃を凌ぐのは至難だろう。
「わたしは、上戸局長の命令通り、お前たちを殲滅しにきた。山犬ができないようならわたしがやる。山犬の人たちも助けられれば良かったのだけど…」
遠沢はキッときつい目をつくる。
「その任務は遂行する。犠牲をどれだけ払っても」
和気はヒュウと口笛を吹いた。
「「「それはそれは立派な事だな。殲滅、か。殺す為ならどれだけ殺されてもいい。やはり東機関だな」」」
数人の和気が、遠沢に飛びかかった。
遠沢は、小銃で、飛びかかってくる数人の和気の首筋、皮下装甲が脆い弾丸一発分の弱点を正確に次々と撃ち抜いた。山犬に撃たれとも切られてもビクともしなかった和気が血を噴き出して倒れる。
遠沢と距離をとってその光景を見ている和気達が、ニヤリと笑った。
遠沢のそばで倒れ伏した、飛びかかって撃たれた数人の和気の体が、一斉に爆発する。
その爆発は遠沢を巻き込む。
「!!!」
遠沢の体は爆発にズタズタにされる。体が宙に舞い、叩きつけられる。
それと同時に残りの和気が、吹っ飛んだ遠沢に全力で向かう。
遠沢の体は、右手左足が吹き飛び、破片で腹部が何箇所も裂かれ、顔は咄嗟に目を瞑った姿のまま、煤で黒く汚れていた。そのズタズタの遠沢の体を、和気達は両腕両足を掴んで拘束した。致命傷を負ったはずの遠沢を拘束したのである。
すると、煤で汚れた遠沢の瞼が動き、その目が開く。体の傷は、みるみるうちに塞がっていく。右手が、左足が、再生を始める。
「「「Hソイル原液の効果の一つ、生命力の異常なまでの伸張。自爆して吹っ飛ばしたくらいでは死なず、いくらでも再生できる。細胞一つが生き残ってるだけで全体を再生できるような奴も居たな。」」」
遠沢は掴まれた両手両足を振り払おうと抵抗するが、和気達の拘束から逃れられない。
単純な力は和気の方が強いらしい。それに、和気四体がかりで、小柄な遠沢を取り押さえているのだ。かなうわけがない。
「「「そして、再生に加えて、Hソイルに適応した人間はそれ以外に何か力を持っているはずだが、お前の力を見せてみろ!さあ!」」」
「うぐぅぁあっ……」
左腕を持つ和気が、その腕を思い切り捻じり上げる。加減はない。すぐに遠沢の関節は悲鳴を上げ、そして外れる。右腕を掴む和気は、肘関節を逆に折り曲げた。ぼきっ、と音がする。
「ぁあぁああああああ」
うめき声を上げて苦しむ遠沢を、和気は嬲り続ける。実に楽しそうに。
「「「おい、何だそれは?何て非力なんだ。俺もポンコツかもしれんが、お前もポンコツだな。俺以上にポンコツだ。ただの若い女でしかない!ハハハハハハ」」」
地下に、遠沢の呻きと、和気の笑い声が響き渡る。この二神島基地には、この2つの人格以外には、誰も居ない。
「「「なぁお前、何故この大きさの島がずっと無人島になってたと思う?それはなぁ、ここ地下五階のこの設備、これは俺たちのような複製人間を作るプラントだったからだ。世の中の目を欺きながら、戦う為だけの人間、戦って死ぬ為だけの人間、それを作るここは設備だったんだ。ポンコツ共の工場だよ!」」」
複製人間は、和気を見れば分かるように、ある程度の成功を見た技術である。それが何故幸せ草エキスによる強化人間にとって代わられたかというと、これは寿命に問題があったからだ。それなりの人間はできる。しかし、早死にする。その短い寿命を使い潰すかのように機械改造したり、体の中の余計な機能を廃したりなど、さらに非人道的な試みがなされ、さらに手間をかけて運用されるようになった。複製人間を改造したりするのは心が痛まないという事だろうか。こうして金をかけて造り改造される複製人間より、普通の人間を薬物強化する方が、年数も保つし、何より安い。こうして、複製人間は作られなくなった。
和気はその複製人間と強化人間の切り替えの過渡期に作られたものである。試験管の中で成長促進されて人生の中の幼少年期をすっ飛ばされ、需要が無くなった事による廃棄処分に反発して脱走し生を求めた、その命のリミットは確実に迫ってきている。
「「「このポンコツの生まれ故郷でポンコツに嬲られて、優秀な強化人間であるお前は何を思うんだ?自分が駆逐した存在に痛ぶられて何を思うんだ?言ってみろよ!」」」
和気の叫び声が響く。その言葉の中身から遠沢は、自分に対しての憎しみと同じくらい、和気の和気自身への憎しみを感じた。自己を肯定できない、悲しい存在。不完全な存在として生まれてしまった事への思いが滲み出しているような気がして、遠沢は痛みに顔を歪めながら、しかし、哀れむような目で、和気を見た。
地下五階。和気の叫びを、遠沢以外に聞く者は居ない。
六話に続く。
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