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三年坂の女

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第二章

「英語のものも日本語のものも」
「そうですか」
「実はスコットランド語への翻訳も進めています」
 赤城に対してにこりと笑ってこうも述べた。
「何時かその言葉でも読める様になって欲しいですね」
「先生のお国の言葉で」
「私はスコットランド人です」
 微笑んでイギリス人ではなくその国の人間だと言う。
「ですから」
「それで、ですか」
「そう考えています。それではですね」
「この池田屋の跡地の次の場所ですね」
「今度は確か」
「はい、清水寺に行きまして」
 これまた京都の観光地である、その高い舞台から見る景色も寺の境内もかなりの美しさを誇っていることで有名だ。
「そこから八坂神社に行きます」
「凄そうですね」
「清水寺から八坂神社まで歩きますが」
「何かあるのですか?途中で」
「坂を下ります、石の階段の坂です」
「その階段の坂を下って八坂神社まで行くのですね」
「そうです」
 その通りだとだ、赤城はストーンリバーに答えた。
「そこは産寧坂といいます」
「産寧坂ですか」
「そこも観光地で幕末の舞台の一つです」
「ここと同じくですね」
 明保野亭事件である、土佐藩と会津藩の悶着の話だ。
「そうなのですね」
「そうです、その舞台でもありますので」
「中々面白そうですね、そこも」
「ではまずは清水寺に行き」 
 そしてだというのだ。
「その坂に行きましょう」
「彼等と共に」
 ストーンリバーはここで生徒達を見た、皆彼等にとっては愛すべき生徒達である。その彼等と共にであった。
 清水寺の美しさを堪能しその産寧坂に入った、そこは狭く曲がっており左右に家々が立ち並んでいる。そして緑が家と家の間に多くある。
 どの家も古の日本の家だ、ストーンリバーは狭い坂の左右にあるそういった家々と石の階段を見て隣にいる赤城に言った。
「いや、こうした場所もですね」
「いいですね」
「日本ですね」
「はい、大袈裟に言えば」
 そうなるとだ、笑って答える赤城だった。
「そうなります」
「そうですか、この坂も日本ですね」
「同じ石でも西洋のものとはまた違いますね」
「はい、西洋の石造りより小さく」
 ストーンリバーは石の階段を見ながら話す。
「そして滑る様な」
「滑りますか」
「そんな気がしますが」
「じゃあ気をつけて下さいね、実は」
 赤城はストーンリバーの今の言葉に怪訝な顔になった、それでこの話をはじめようとした。
「この坂はまたの名を」
「またの名を?」
「はい」
 言おうとした、だが。
 その直前にだった、ストーンリバーはその石の階段で滑ってこけてしまった。それでだった。
 尻餅をついてしまった、痛みは大したことがなかった。だがこけてしまったので。
「やれやれですね」
 苦笑いを浮かべて全く、という顔になった。ここで。
 その彼の前に不意にだった、女がいた。見事な黒と赤の、何処か蝶を思わせる振袖姿の艶やかな女であった。 
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