イドメネオ
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第一幕その四
第一幕その四
「その方は」
「女神なのでしょうか」
「女神ではない」
イダマンテはそれは否定する。
「しかし女神に等しい」
「女神にも」
「では平和と愛を尊ぶ方なのですね」
「その通りだ。だから諸君」
ギリシアとトロイア、二つの世界に向けた言葉だ。
「今ここに和睦を。最早敵同士ではない」
「何を言われるのですか」
しかしここで一人の女がやって来た。紅蓮の服に身を包み黒く長い髪と強い光を放つ黒檀の輝きを持つ目を見せている。顔は白く鼻も高い。眉は上がり鋭利だが整った美貌を見せている。その彼女がイダマンテの側にまでやって来たのだ。
「イダマンテ様、何を」
「エレクトラ王女、どうしてここに」
「トロイアの者達が集められるのを見て気になり来たのです」
こう険しい顔でイダマンテに答える。
「もしやと思えばやはり」
「戦いに勝てばそれでいいではありませんか」
「いいと仰るのですか」
「そうです」
彼は毅然としてエレクトラに答えた。
「後は怨みは必要ありません。許しだけが必要なのです」
「それはギリシアを侮辱する行為です」
「それは違いますが」
「あくまでそう仰るのですね」
「そうです」
イダマンテも引かない。しかしここで大柄で長い服に身を纏った男がやって来た。細長い彫りのある顔に黒い髪と目をしている。彼は急いでイダマンテの側にまでやって来た。
「アルバーチェ、どうしたんだい?」
「殿下、恐ろしいことが起こりました」
「父上に何かあったのか?」
「それですが」
「まさか」
「海の神ポセイドンが」
「ポセイドン神がどうかされたのか?」
ポセイドンはオリンポスとはまた別に海の世界を支配している神である。その気性は雄大でかる荒々しくまさに荒ぶる海そのものの神である。
「あの牛を殺されたことを怒っておられます」
「あの牛をか」
「そうです。ミノス様が譲り受けられたあの牛を」
それはかつてポセイドンからクレタの祖であるミーノスに贈られたのだ。しかしその牛は先立ってテーセウスによって殺されてしまった。ポセイドンはそれを怒っているのだ。
「巨獣を放たれその津波により」
「まさか」
「はい。艦隊は何とか無事でしたが王の乗っておられる艦は」
「何ということだ、いかん!」
彼は血相を変えてすぐにアルバーチェに声をかけた。
「すぐに父上及び生存者を探しに行く。よいな!」
「はい!」
「まだトロイアを滅ぼされた悲しみは消えない」
イーリアは去って行くイダマンテ達を見つつ呟く。
「けれどあの方の悲しみは。見ることができない」
「王が亡くなられた」
イーリアも去り一人になったエレクトラは言うのだった。クレタの者達もトロイアの者達もイダマンテとイーリアについて姿を消してしまっていた。
「天は何もかも私に対して悪く仕組まれる。イダマンテ様が国も何もかも御自身の意のままにさえたなら私には希望が何もなくなるのでは?私はギリシアの名誉が消える時を見ることになるというの?」
暗い顔で呟いていた。
「トロイアの女がクレア王の隣に座す。新婚の床に入り私はそれでもあの方を愛することに。偉大なるクレタの王を仰ぎ見るだけ。そしてあのトロイアの女を。それは」
目に暗い光が宿った。
「それは耐えることができない、私は感じる。心の中に恐ろしい復讐の三柱の女神を、これ程大きな苦しみを味わえば愛も慈悲も同情も心から消えてしまう。私からあの方を奪ったあの女よ、私の心を裏切った人よ、思い知るのだ。私の怒りが招く復讐と残忍を」
こういい残し彼女も宮殿の後を前にする。人々は海辺に集まっていた。断崖を前にして打ち上げられている船の残骸を見ていた。
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