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とある碧空の暴風族(ストームライダー)

作者:七の名
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幕間
  Trick-02_なんか青く晴れた空、碧空(へきくう)みたい

僕の名前は信乃。

今年で3歳になります。

僕の家は、武術の道場をひらいています。

“そーごーかくとーじゅつ”とか言って、剣や棒や武器を使ったものからいろいろあります。


僕は道場の後継ぎということで、3歳の誕生日から
師範の父上に直接修行を見てもらっています。

「こら! 足が下がっているぞ!」

「ひゃ、はい!」

後で知ったことだけど3歳児にここまでの修行は虐待に近いと思う。
1日の半分を修行されられているよ~。

「よし! 今日はここまで!」

「・・はい」

激しい運動をしたので、僕は肩で息をしていた。

「うん、今日もよく頑張ったな」

父上は優しく僕の頭を撫でた。
修行以外だったら優しい父上だ。


「おや、修行は終わったんですか?」

家に戻ると台所から母上が顔を出した。

「うん!」

僕は元気よく頷いた。

母上は僕に近づいてタオルで頭と顔の汗を拭いてくれた。

「お父さんは真面目だから子供の信乃ちゃんにも手加減ができないんですよねー」

母上は冷めた目で一緒に入ってきた父上を見る。

「うっ! で、でも、大事な跡取りなんだから今から鍛えた方が・・」

「大事な跡取りならもう少し一般的なことを教えた方がいいと思いますよ。
 どっかの誰かみたいに愛の告白で土下座をすると恋人ができなくなってしまいますし」

「た、頼む姫、それはもう忘れてくれ(泣)」

父上がうなだれたようにうつむいた。

優しいが強い、そんな父上も母上には絶対に勝てない。

見た目は比べるまでもなく父上が強そうなのに。

一見すると中学生にも見えるほど母上は幼い見た目をしている。
(場合によっては小学生でも通用する。しかも頭に大きな黄色のリボンを
 着けているから余計に幼く見える)
本当は父上と同じで20歳くらいだけど、僕とも父上とも一緒に歩いていたら
兄妹(僕と一緒だと姉弟)扱いされる。

父上の方は普通の20歳くらいと同じ見た目、ただしとってもかっこいい。
自分の父上と贔屓目で見てもかっこいいと思う。

実際に家族3人で歩いていても女の人達が父上に一緒に遊びに行こうとよく誘ってくる。(逆ナンと言うらしい)
その女の人達は僕と母上を妹弟として見るので
「兄妹の仲がいいんですね」「可愛い妹さんですね、素敵なお兄さんですこと」
とか言ってくる。
夫婦だと説明したときはロリコンをあわれむ眼で見られるのは毎度のこと。

そんな2人は高校生の時に出会った。その愛の告白に父上は土下座をしたのを
良くからかわれている。2人は高校を出てすぐに結婚した。
僕もその1年後に産まれた。

僕の家は道場をひらいていると言ったけど、家には父上の父上、僕のおじいちゃんは
いない。

父上も母上も両親が共にいない。小さい時に亡くなったそうだ。

さらには親戚関係は全くない。父上の父上が家族とケツベツして道場をひらいたのが
今の家にある道場。
母上も両親が亡くなったときに脳に怪我をして、引き取られて育てられた。
引き取った人も家族はいないみたいで、本人は今は世界中を旅しているらしい。

僕はその人に一度も会ったことないけど、母上にどんな人か聞いてもよくわからない。
赤いだの、強いだの、糸が効かないだのとよくわからない説明しかされない。

親戚がいない代わりに道場の門下生の人たちが僕の親戚みたいなものだ。
3人しかいないけど、みんな僕を可愛がってくれる。

とくに一番弟子の小日向さんは同じ年の子供がいるようでとくに可愛がってくれる。


まぁそれはともかくおなかが減った。

「母上、お昼ご飯はまだですか?」

「もうできてるですけど、その前にお風呂に入ってくるですよ~」

僕と父上は一緒にお風呂に入って汗を流し、その後に母上の手料理を食べた。



「こんにちわー」

お昼すぎ。

母上に糸の使い方を教えてもらっていたら玄関から大きいけど元気のない声が聞こえた。

「はいはいですよ~」

玄関に向かう母上について僕も付いて行った。

扉を開けると一人の青年が立っていた。

大人し目の色の背広にネクタイをしてない格好。

「あ! 師匠じゃないですか!」

母上は弾かれたように笑った。

父上や僕の前では優しい笑みを見せるが、こんな笑顔は珍しい。

「ひさしぶりだね、元気にしてた?」

「はい、私共々家族全員が勇気凛々ですよ」

「・・・ひょっとして≪元気満々≫じゃないかな、それ」

「そうとも言います。あ、信乃ちゃん。この人は私が前に住んでいたアパートで
 お世話になった人です。信乃ちゃんもあいさつするですよ」

「はじめまして、西折信乃です。3歳になります」

「・・・姫ちゃんの子供なのにしっかりしている・・・」

「師匠、失礼ですね」

母上は『師匠』と呼んでいるけど、すごい人なのかな?
全くそうは見えないけど。

体は大きいわけでもないし鍛えているようにも見えない。
“はき”も“おーら”とかも感じないのに。

「これ、おみやげ」

「八橋ですか。京都を離れていたんでひさしぶりに食べたかったところです。
 まさに甘辛牡丹餅です」

「≪棚から牡丹餅≫ね」

「遊びに来たって感じじゃないみたいですし、何の用事があってきたですか?」

「いや、潤さんが賢者の石を見つけてね。それを聞いた別の依頼人も欲しいと
 せがんできたのを僕に依頼の横流しをされたんだ。
 この近くにあるって情報だからついでに寄ってみたんだよ」

「なんとまぁ、お気の毒に」

「みいこさんや崩子ちゃんもみんな元気にしているよ。よろしく伝えてくれって
 言われた。そっちはどう? 子育ては大変?」

「大丈夫ですよ。あの人も手伝ってくれるし、信乃ちゃんがいい子ですから」

そう言って母上は僕の背中から抱きついた。ちょっと恥ずかしい。

「仲がよさそうで良かった。あ、時間がないからもう行くよ」

請負人(うけおいにん)は大変ですね。今度来るときはゆっくりしていってください。
 家族みんなでおもてなしするですよ」

「うん、楽しみにしておくよ。それじゃあ」

『師匠』さんは楽しみにしておくという言葉とは逆にあっさりと帰っていった。
なんだかさっぱりした人だ。



同じ日の夕方

「こんばんわー!」

今日はお客さんの多い日だ。

母上は晩御飯の準備で手が離せないので僕が玄関に向かう。

「いらっしゃいませ」

「おや、信乃くん一人でお出迎えかな? 偉いね」

「小日向さん、どうぞあがってください」

小日向さん。父上の一番弟子の小日向さんは僕を実の子のように可愛がってくれる。
今日は奥さんも一緒で僕たちと晩御飯を食べに来てくれた。

ん? 奥さんに抱っこされている子供がいる?

「小日向さん、その子は?」

「そういえば会うのは初めてだったね。
 僕たちの子供の小日向 美雪だ。信乃くんと同じ3歳だよ」

「かわいい女の子でしょ? 仲良くしてあげてね」

奥さんが膝をついて僕と美雪ちゃんの目線を近くする。

小日向さんの奥さんが言っていたように可愛い女の子だ。
僕はちょっと顔を赤くして照れてしまった。
あら、あの子も顔を赤くして顔をそらした。

「おや、照れてるのかな。信乃くんも」

「ち、ちがうよ!」

僕は台所へと走って逃げた。




キングクリムゾン



そして僕は8歳になった。

時間がいきなり飛んだのは何かの幽波紋のせいだということにしよう。


僕は今まで通り、父上との修行に明け暮れてた。
実戦は一度もないが総合格闘術の技の型だけは全て覚えた。

ただ、3歳の頃との違いといえば母上の計らいで普通どおりに過ごす時間を
多くしてもらった。

さすがに一般常識がないのはダメだし、6歳からは小学校に行くようになったし。

あと、小日向さん家の美雪が良く遊びに来てくれた。

ほぼ毎日遊んでいて、昔は美雪ちゃんと呼んでいたが今は呼び捨てにするほど仲がいい。
小学校も同じになってからは毎日一緒に帰っている。

たまに夜遅くまで遊び過ぎて、気付いたら2人で寝てたことも何度か。
母上が布団をかけてくれるけど、同じ布団で仲良く眠った。

両親は僕たちが一緒になったらいいのにとよく言うけど、すでに一緒に遊んでいるよ?


8歳になってしばらくして、僕は急に変な夢を見るようになった。

ローラースケート・・・じゃない、A・T(エア・トレック)を着けた人たちが
すごい動きをするのを見る僕自身の話。

あまりにも毎日みるし、妙に本物っぽいので父上に相談してみた。
たかが夢のことだけど夢は現実の鏡、実は気付かない悩みがあるかもしれない。
人生の先輩の父上なら何かアドバイスを貰えると思って聞いたのだけど・・・

「そうか、お前もついに見るようになったか」

父上からは意外な言葉が返ってきた。

僕たちの一族は代々、前世の記憶を持って生まれてくるらしい。
その記憶の技術を総合格闘術に組み込んで

その記憶は9歳、いや(きゅう)歳になると完全にみることができる。
(なぜか玖に父上は強くこだわってた。なんでだろ?)

父上の前世は江戸時代にいた最強の剣士らしい。
どおりで剣術の稽古が特に厳しいわけだ。

とにかく、この夢は玖歳になったら完全に制御できるようで、夢に出てくるも
出てこないのも自由にできるようになる、とのこと。

だから気にしないでいいと言われた。

ただ、A・Tを使っている人がとても楽しそうでかっこよかったから、
父上には内緒で夢に出てきた修行を始めた。

夢の僕が特にあこがれた人、その人がやっていた変な訓練。
見た目は腕立て伏せ、ただし足のつま先は浮いた状態でやるという変わったものだ。

手の平と床の間に真空を作ることで、手と床がくっつくらしい。
腕立て伏せをするのはこの真空状態を保つためだ。

1カ月も練習しても、1秒しかくっつくことができないが、それでも風を操れるように
なりたいから成果はなくても続けることにした。



新しい学年にも慣れ始めた頃、僕はクラスにたくさんの友達ができた。
だけど、人見知りな美雪はクラスでは居心地が悪いので、学校が終わると
一緒に帰るためにすぐ僕の所に来る。

これは同じクラスだった1年生のころから始まって、別クラスになった
今でも変わっていない。

しかし、今日は授業が終わって30分たっても来ない。

一緒に帰りたいというよりも、いつもと同じ事が起きないことに気持ち悪さを
感じて僕は美雪のいる、階が一つ下にあるクラスに向かった。


クラスを覗いても美雪の姿は見当たらない。

丁度教室から出ようとしている女の子に聞いてみたら

「小日向さんは・・・・佐々木君がちょっと連れていったみたいよ」

佐々木って・・・確かクラスで一番かっこ良くてモテる奴で、最近ちょっかいを
出すから嫌だって美雪が言っていたな。

でもこの女の子、難で言い難そうにしてたんだろ?

「なんか・・・・無理矢理手を引いていったけど・・・・」

その時、僕は頭が熱くなるのを感じた。

「どこいったかわかる!?」

「え、いや分からない「佐々木の行きそうな場所は!?」 校舎裏で
 集まっているって聞いたこ「ありがと!!」 って行っちゃった」




「いいじゃんよ。かっこいい俺が告白してあげてんだぜ、俺と付き合おうよ」

「・・・・ぃ  す」

「あん? 聞こえねぇぞ?」

「ぃ ゃ 」

「いやって聞こえたんだが気のせいだよな、ああん?」

「いやです!」

「てめ、ちょっと可愛いからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」

「キャッ!」

 パシン!!

「間一髪。美雪、大丈夫?」

殴ってきた拳を美雪に届く前に手を伸ばして止めることができた。
本当に校舎裏にいたけど、全力で走ってこなかったら間に合わなかった。

こいつ、女の子相手にグーで殴ってきたよな? それも本気で。

骨の一、二本なら折ってもいいかな。かなりイライラする。

「んだ? 愛の告白を邪魔するってひどくね?」

「脅迫の間違えだろ、ゴミ屑くん?」

受け止めた拳を潰すつもりで握る。

「イッテ!」

ゴミ屑くんはすぐに手を引いて後ろに逃げた。

「信乃・・・ う・・ヒック、うわーん!」

美雪は後ろから抱きついてきた。いや、腰に泣きついてきた。

「なんだよお前?」

「こいつの家族だ。それとさっきの脅迫の答えだけど見ての通り美雪は嫌がってる。
 見なくてもさっき『いやです!』って言ってたな。
 それとも自分がふられたことも理解できなかった? ごっめ~ん(笑)
 この状況も理解できないほど馬鹿だったとは知らなかったよ。
 もう一度ちゃんと言うよ。

   消えろ    」

「ふざけんな!」

ゴミ屑が殴りかかったが、美雪が腰に抱きついているから身動きが取れない。

格闘術を使って手だけで倒すか。

『信乃、この総合格闘術は暴力に使ってはいけないよ』

!! 父上の言っていた事がこんな時に思い出すなんて!

確かに力の使い方は考えなければならないと解るけど、この場合は使っていいよね!?
美雪を殴ろうとしたし骨を折るくらいなら、でも父上の言葉が頭から離れない!

ってもう拳を振りかぶってやがる! どうする?

何をしていいのか思いつかず、僕はがむしゃらに本能で両手を胸の前に強く合わせた。

 パァンッ!!!

合わせた手からゴミ屑くんに向かって突風が吹いた。

「ウォ!?」

吹き飛ばすほどの威力はなかったが、急に吹いた風に驚いてあいつは尻もちをついた。

これって・・・・夢に出てきた空さんやイッキさんが使っていた技!?
腕立てで修業はしてたけど全くうまくいかなかったのに?

僕は内心驚いていたが、それを顔には出さずに

「もう一度言う。消えろ」

実戦がない僕で殺気が出ているか分からないけど、今の全力の威嚇の睨みをきかせる。

ゴミ屑が尻もちをついていたので、見下す格好になった。

「ひっ! お、覚えてろよ!」

昔すぎる捨て台詞をはいて逃げていった。


さて、腰にくっついている小動物だが・・・

「大丈夫か?」

腰にまわした美雪の腕を優しく開いて動けるようにし、美雪を正面から見る。

僕も屈んで目線を合わせ、そして美雪の頭を撫でた。

泣いているときの美雪はこれが一番泣きやむ方法だからね。 なでなで。

「ん。信乃、ありがとう・・」

「どういたしまして」

泣きやみ始めた美雪に今一番の笑顔で応えた。
本当はゴミ屑くんを殴れなかった分の怒りが少し残っているが、美雪が泣きやんだから
良しとしますか。

「あれ?」

「どうした?」

「信乃の目・・・・」

美雪が僕の顔に手をやって顔を近づけてくる。

ゴミ屑も言っていたのを聞こえたけど、美雪は相当可愛い。
もう少し友好的ならクラス(もしくは学校)で一番の人気者になっていると思う。

ただ、人見知りであまりしゃべらないから『深窓の令嬢』と言う小学生につかない筈の
あだ名でひそかに呼ばれていたりする。

そんな可愛い顔をゆっくりと僕に近づける。手で顔を捕まえられてるから逃げられない。
てか近すぎない? キスされる?・・・あれ、頭が真っ白に・・・

「信乃の目が青い」

「へ?」

妄想の世界に旅立ちから呼び戻された。
ただし僕の目を美雪が凝視しているからかなり近いまま。

「信乃の目が青いよ、ほら」

美雪はカバンから手鏡を出して僕に渡した。
小学生でもやっぱり女の子は身だしなみには気を使うんだね。

手鏡で自分の顔を見ると本当に青色をしていた。

「きれいな色。なんか青く晴れた空、碧空(へきくう)みたい・・・」

そうえいば国語の授業でそんな単語が出てきてたな・・・じゃなくて!!

「な、なんで!? 僕って外国人なの!? え、どゆこと?
 思い出せ、父上が先祖が外国人とか言ってたっけ? いやそんなはずは」

目を強く閉じて集中して記憶を探る。

「信乃落ち着いて!」

美雪に肩を掴まれて強く揺すられた。気分が少し悪くなるくらい揺さぶられた。

「うぉ!? は、はい、落ち着きました」

「とにかく、なんで青くなったか・・・あれ? いつもの黒になっている」

「うぇ?」

もう一度鏡を見ると瞳の色が黒色に戻っていた。

「・・・・・なんだったんだ?」

「ん?」

夢幻と思いたかったけど、さすがに2人とも同じものを見たから間違いじゃないはず。

あ! そういえば美雪が襲われて落ち込んでいたシリアスな場面だった。

僕の目のせいで美雪がそれを忘れているのかな?
うん、だったら思い出さないように適当に誤魔化してみるか。

「よし、それじゃ帰ろうか! 今日は早く帰ってきなさいって言われているし!」

「ん♪」

僕の差し出した手を掴んで美雪も立ち上がった。



明るくふるまって襲われたことを忘れさせる作戦とはとりあえず失敗した。

あの時は明るい返事をしたけど、少し歩いたところで僕の腕にしがみつきながら
美雪は体を震わせた。

それでも美雪は歩くのをやめなかったから僕も気にしないふりをして歩き続けた。

帰り道はずっと腕にくっついて美雪は離れなかった。
泣きやんだが目は赤く腫れていてずっとうつむいている。

腕にくっつかれた状態で帰ったから周りに見られて恥ずかしかったけど、
それよりも今の美雪を離すことができなかった。

「ただいま」

「おかえりなさい、信乃ちゃ ・・って美雪ちゃんどうしたんですか!?」

「学校でちょっとね。でも僕がいるから大丈夫だよ。すぐに部屋に行くね」

「・・・おやつは?」

「うん、食べる。けど・・・・」

「わかったです」

今は美雪をどうにかしたほうがよいと母上も察してくれたみたい。

僕の部屋に入ってから、2人とも畳に座る。ちなみに僕の部屋は和室。
そして美雪が体重を預けるようにして僕に抱きついてきた。

泣いてはいない。体を震わせてもいない。

共に小学生同士なので身長の差はない。だから美雪の頭は僕の頭の横にある。
どんな顔をしているか解らないけどそんなのは関係ない。
僕はただ美雪の体温を感じていた。

美雪の頭を撫でる。美雪もただ僕の存在を感じるように抱きついている。
何もしない、数分の沈黙は少し悲しい感じだけど幸せな時間が過ぎた。


「ん♪

 信乃、愛しています♪ 結婚してください♪」

「はいはい、大人になっても両想いのままだったらね」

「ん♪ だ~い好きだよ♪」

いつものやり取りをして美雪は僕から離れて正面に座った。
笑顔に戻っている。やっぱりこの笑顔は僕は大好きだ。

「はいは~い。おやつを持ってきたですよ」

タイミング良く母上がおやつを持ってきてくれた。あれ? のぞかれてた?

たぶん部屋の入り口で待っていたのかもしれない。母上に「大好き」のやり取りを
聞かれた? 少し恥ずかしい。

「姫母さん、ありがとうございます♪」

「お礼なんていいですよ。可愛い娘のためですから」

いや、あなたの娘じゃないんですけど。小日向さん家の子供ですが。

「信乃ちゃん、美雪ちゃん。この数日のことですけど、本当に大丈夫ですか?」

美雪の様子を見て大丈夫だと思ったのか、母上は今言わなければならない心配事を
聞いてきた。

「うん、大丈夫だよ。料理も家事もいつも手伝っているからやりかたはわかる。
 心配しないでいいから」

母上が言っている数日のこととは、僕たちの両親が家を離れる期間のことだ。

小日向さん(美雪のお父さん)は外国によく行く仕事をしているらしい。
取引先で我が家の総合格闘術を話したら大いに盛り上がり、その人が主催のパーティーで
見せてほしいと言われた。
父上は自分たちの術が世界に広まる事を喜び、即決で返事をした。
そして師範の自分と弟子全員の参加を伝えたのだ。

問題はパーティーの日のタイミングの悪さ。

本来なら僕と美雪も参加するはずだった(子供だけ置いて行くわけにはいかない)が
海外に行ったことがないので当然パスポートがない。
パスポートの発行は1週間ぐらいでできる。
だけど依頼を受けてパーティの日までは一週間もなかった(無茶苦茶だな取引先の人)

母上も美雪のお母さんも一緒に言って手伝わないといけないので日本に残る事が
出来ない(だめな父親たちだと母上たちは嘆いていた)
誰かに僕たちの世話をお願いしようと考えたのだけど、親戚関係がないに等しいので
誰もお願い出来る人がいない。
父上の弟子たちも、その家族も都合が悪くてそれも不可。
最終手段的に母上の前に住んでいたアパートに人たちに聞いたけど、みなさん都合が
悪くて連絡を取る事も出来なかった。

それを聞いて僕たち2人は自分たちだけで残る事を決めて両親たちに伝えた。

最初は渋ったが、結局は2人だけでお留守番に落ち着いた。

そしてその出発が今日となる。

「でも、子供2人だけは・・・」

「心配なのはわかりますが、僕たちよりも身の回りの世話が必要なダメな父親たちを
 心配した方がいいですよ」

「そうですよ、姫母さん♪」

「それを言われると立つ瀬がないな」

「ほんとですよ師範」

母上の後ろから、そのダメな父親たちが顔を出した。一緒に美雪の母上もいる。

「最低でも、数日分の家事をすることなら僕たちは問題ないですよ?」

皮肉をこめてダブル父親に笑顔を見せた。家事を手伝わない典型的な亭主2人に。

「尊敬する師範にそんなことを言うとはダメな次代の師範だな」

「師範は尊敬してます、父上も家族として尊敬しています。
 ただし私生活の一般常識のなさには・・・・・・」

「黙り込んでいないで何か言ってくれ。美雪ちゃんも明後日方向を見ないで!」

うん、美雪も同じ認識らしい。

「ははは、師範も子供のことになると型なしです。
 それにもう時間ですよ。他も弟子たちも家の前で待ってます」

「わかった。それじゃ、2人ともいい子にしてなさいよ」

「信乃くん、美雪をお願いね。美雪も信乃くんに迷惑をかけちゃダメよ」

「2人とも仲良くしてくださいね。今夜の晩御飯は冷蔵庫に入れてありますよ」

「わかりました。そちらも気をつけて。世界に父上のすごさを披露してください」

「いってらっしゃ~い♪」

そう言って父上たちは出発していった

人生最後の別れの言葉を言って。




そう。次の日に僕たちが見たニュースで、父上たちが乗っているはずの飛行機が
墜落したことの報道がされていた。


数日間の捜査、救出作業もむなしく乗客乗員全員の死亡が報告された。

両親たちの葬儀は国の役人と言う人が代理として指揮してくれた。
僕たちはただ参加しただけ。そばに座っているだけでなにもやることはなかった。

美雪はずっと泣いていたが、僕は泣かなかった。

いきなりすぎて頭が追いつかない。泣いている美雪をあやすことすら忘れていた。


そして僕たちは孤児院に預けられた。これも役所の人たちが準備してくれた。
親族関係がない僕は当然のこと、美雪もなぜか一緒の孤児院に来た。
あれ、美雪って親戚関係なかったっけ?

小日向さんも駆け落ち結婚だと聞いてことがあったからそれが理由かな?

そんな今の状況ではどうでもいいことを思いながら
僕は新しい生活の事“だけ”を考えて両親の死から目を背けた。



つづく








「これでいいんだな」

「ああ。ナオ様がニシオリの傍系血筋を捜せと命令したときはどうしようかと
 思ったが、タイミングよく死んでくれて良かったぜ。
 まさか子供の存在を隠ぺいしているとは、いくらナオ様でも考えないだろう。
 むしろ葬儀を手伝ったことで褒められるかもしれないぞ」

「ナオ様のことだ、見つからなかったでそれで構わないし死んでいても何も思わないよ。
 葬儀のことも同じで何も思わない。それが機関の頭をしている人だからな。
 だけど子供を残しておいていいのか? その子供も血を継いでるんだろ?」

「問題ない。やつは右腕にアオの痣を持っていたが、子供の方はどこにもなかった。
 役人のふりをして数日間は一緒に住んで服の下も確認したがアオはどこにもない。
 ゴミの血筋だから、薄れでアオがでなかったんだろ。
 生きていても機関の幹部をやる資格はない。
 はぁ、まったく。一族の裏切り者の面倒をみなければならないとは虫唾が走る。
 あの子供も殺してやりたいが、直様に知られたときが恐いからな」

「確かに。保険として生きていてもらうか、私達の関与しない所で勝手に死んでほしい。
 残りの仕事は子供2人の存在を、ニシオリとの関係性を全て隠ぺいして
 終わりだ」

 
 

 
後書き
今回は『とある』関係の事は一切ない、信乃の昔のお話です。
戯言成分が多いです、むしろ100%、みたいな!
信乃の昔話を考え始めたら、結構書けたのですが
A・T成分が少ないことに気付きました。
ご了承ください。自己満足です。姫ちゃんが掛けて満足です。

現在(2013/8/15)、姉妹編を書き終えて合宿編を書いているのですが、どうにも
信乃過去編が並行して書く事が出来ないです。信乃の過去なんてどうでもいいかな(笑)
そして合宿編のあとはどうやってストーリーを書こうかな?、と迷っています。


作中で不明、疑問などありましたらご連絡ください。
後書き、または補足話の投稿などでお答えします。

皆様の生温かい感想をお待ちしています。一言だけでも私は大喜びします。
誤字脱字がありましたら教えて頂くと嬉しいです。
 
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