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とある碧空の暴風族(ストームライダー)

作者:七の名
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幕間
  Trick@01_西折信乃はダメな人間じゃない



これは幻想御手事件から数日後の話




学園都市のとある学生寮。
その学生寮の前にタクシーが止まった。

「なんだ普通の寮じゃない♪ 信乃が住んでいるから特別に変なのがあるかと思った♪」

タクシーから降りたのは少女。名前は西折美雪。
そして反対側からは、この寮に住んでいる信乃が降りた。

両手で松葉杖を突き、ゆっくりと歩く。


数日前に起こった幻想御手(レベルアッパー)事件。
その戦いで足に溜まっていた負担から、信乃は病院に入院していた。

入院は二週間の予定だったが、美雪の薬と介護をすることから入院(なんきん)の必要が
なくなり本日から自宅療養することになった。

「荷物は私に任せて先に行って♪ 4階だったよね?」

「・・・・・」

信乃は何も答えずに階段を上っていく。


二人は幼馴染であり、両親を同じ事故で亡くしたあとは家族のように過ごしていた。

しかし4年前に信乃は飛行機事故、社会上は死亡したことになっている。

紆余曲折の果てに信乃はこの学園都市に来た。

美雪の方は死んだと思っていた人物と会えた喜びから、積極的に信乃に関わっていたが、
信乃はそんな美雪から距離をとるように冷たく接していた。


「へ~、一人暮らしの男の部屋としては片付いてるね♪
 でもきれい好きの信乃だから当然か♪」

一人暮らしには十分な広さ。殺風景で何もないというわけではなく、
きちんと片付いているので余計に広く感じる。

部屋に入って美雪は感想を言ったが、信乃は何も反応せずにベッドに横になり
目を閉じた。

別に眠たかったわけではない。

だが眠っている相手にわざわざ話しかけては来ないだろうと信乃は考えてそうした。

信乃を見て少し悲しい顔をした美雪だが、すぐに気を取り直して台所に向かった。

「待っててね♪ 栄養ばっちりでおいしいご飯を作るから♪♪」




「ごはん、できたよ~♪」

信乃は呼ばれてすぐに起きた。

ご飯を作っている間も寝ていたわけでなかったので、すぐに立ち上がり
松葉づえを使って台所のテーブルへと向かう。

「あ、ご飯持って来るからベッドから立たなくても・・」

美雪の言葉を聞き入れずに信乃は台所の椅子に座った。

「・・・もう、せっかく『あ~ん』ってやろうと思ったのに♪」

そんな冗談にも反応なく、ご飯を黙々と無表情で信乃は食べす進めた。



翌日

午前6時ごろ

美雪は目覚まし時計を使わずに目を覚まし、朝食の準備に台所へ向かった。

美雪は信乃と同じ寝室で、床に布団を敷いて寝ていた。

美雪は『介護のためだよ♪』と言いながらも顔を赤くしてが、言われた信乃は無反応。

朝食は和風に雑穀米と焼き鮭、味噌汁に野菜炒めで他に副菜が3品。
栄養バランスも取られている。

「おはよう♪ ってもう起きてるじゃん♪」

7時半、美雪が寝室に入ってきたときには信乃は上半身を起こしていた。

「・・・・・」

信乃は無言で美雪の横を通り過ぎて洗面所へと杖を使いながら歩いた。


その後の食事も無言。食後はすぐにベッドに戻って目を閉じる。

美雪は食器を洗った後、血圧など信乃の健康状態を調べてノートPCへと入力。
一応、医者の代わりとして自分が側にいることを忘れていないようで、その表情は
先程までとは違い真剣なものだった。

「体調に異常なし。足の血行もいいみたいだし、筋肉組織内の血の塊も半分以上は
 抜けた。このままだと2週間もかからないみたい。

 うん♪ 順調に回復してる♪」

診察後にはいつもの無邪気な笑みを信乃へと向ける。

信乃は無表情、いや、少し悲しそうな顔をして美雪を見返した。

美雪はその表情に気付いたが表には出さずに

「それじゃ、お薬を塗るよ♪」

そう言われて信乃は立ち上がり、自分でズボンを脱いだ。

下半身は下着一枚。ちなみにボクサーパンツ。

ズボンを脱いだ後、再びベッドに横になる。

女性の前でそんな恥ずかしい状況でも信乃は目を閉じて無反応を通している。

「ん~昨日も言ったけど、もう少し嬉し恥ずかしのリアクションはないの?
 私は医者として研修を受けたから平気だけどさ~」

美雪は呆れたように言って、少し赤い色の塗り薬を信乃の足に塗り始めた。

信乃は薬が効かない体質。
だから漢方薬のように素材の特性を利用した薬を作っている美雪が世話をすることになった。

この赤い薬もとうがらしの成分で血行を良くしたり、その他の成分で足の回復を
速めている。
昨日から塗り始めたが、効果は高くてあと数日あれば歩ける状態になるだろうと
美雪は思っていた。

信乃と薬の相性がいいのかもしれない。

薬が信乃に効果を示して、一番うれしいのは美雪だった。
自分の作った薬が、薬の効かない信乃に効いている。

塗り込みながらマッサージをするその顔は満々の笑みが浮かんでいた。

ただ男の素足をマッサージしながら笑っている姿は少しいだけエロいと作者は思った。



さらに翌日

昨日と同じように信乃の食事作りや身の回りの世話(掃除洗濯の家事を含めて)をして
美雪は過ごしていた。

信乃は家に帰ってから一度もしゃべっていない。

信乃の無反応に気にすることなく接している美雪。

そんな状態を先に破ったのは信乃の方だった。


「うん♪ 足は回復してるね♪
 これなら明日から杖なしで歩いてもいいよ、絶対安静解除だよ♪」

時刻は9時過ぎ。この日最後の薬を塗り終えた。

信乃はズボンを穿いてベットの上へ、横にならずに座った。

そして美雪の顔を見る。

「・・・どうしたの?」

信乃が美雪の顔をまともに見るのも初めてだろう。
美雪は戸惑いながら言った。

「どうして俺につきまとう?」

「・・・好きだからに決まってるじゃない。もちろんLikeじゃなくてLoveだよ」

言っている内容はふざけていても、口調はいつもの調子と違って真剣だった。

「たしかに俺も子供の時はそうだったし、おまえにもそのことを・・好きだと言った。
 だけど、それは子供の戯言だ。もう四年も経っているし、俺は一度死んだんだから
 無効だし時効だろ。・・・ 俺の事を気にする必要はない。」

二人は小さいころに結婚の約束をした。子供の遊びのような受け答えだったが、
二人は真剣に一緒に暮らしていきたいと思っていたし、愛し合っていた。

「無効にするかどうかは私が決めることだよ」

「どうしても諦めてくれないのか?」

「どうしても諦めるつもりはないよ」

「・・・・俺が半年間、“いろいろあった”のは話したよな」

空白の4年間。
数ヶ月前に美雪、御坂美琴、美琴の母である御坂美鈴の3人と再会した時、信乃は
自分に何があったかを簡単に説明していた。
特にひどかった半年についても。

その時に話した内容が原因で、美琴からは一時的に怖がられていた。

「うん、戦場で戦っていたって・・・急にどうしたの」

「いいから聞け。その話、付け加えると戦場で百人以上の人を俺は殺した」

「殺したのも聞いた。人数は初めて聞いたけど」

「そんな人殺しと一緒にいるのか?」

「好きで殺したわけじゃないでしょ? 信乃の今の顔見たらすぐにわかるよ」

「・・・そんな顔に出てるのか俺?」

「無表情だよ。でも、私は分かる。これは勘とかじゃなくて、信乃を一番見てきた
 人間としての確信」

「そうか、大量殺人者が理由で俺から離れることはないか・・」

「琴ちゃんも、鈴姉ちゃんもそれは同じだよ。琴ちゃんだって今まで普通に
 話してくれるじゃない」

「そうだな」

「なんで、私には冷たいの」

「・・・・俺は戦場でな・・」

美雪の質問には答えず、信乃は戦場でのことを話し始めた。

「戦場でたくさんの人を見てきた。

 気が狂った大人  俺よりも小さい年齢で銃を持った子供たち

 我が子を抱いたまま死んでいる母親  女を犯す対処としか見ていない男


 そんないろんな経験のせいでな、精神と体に異常が出た。
 特に精神がおかしくなった」

「精神が?」

「そう、精神が。

 普通なら焦る状況に陥っても、逆に冷静になる。
 冷静になれるのではなく、なってしまう。状況を抜け出すことしか考えられない。

 人の死や怪我を見ても、恐怖を感じない。あくまで怪我を直すことと、死んだ人を
 あとで葬ることだけを考える。どんなにグロテスクな死体に対してもだ。
 バラバラの死体を見つけてもパーツが全部そろうかどうかの方が気になったこともある。

 殺される前に殺すことをしてきたせいで、反射神経のスイッチができた。
 傷を負わされていても、そのまま怯まずに攻撃できる体になった。
 人間の生存能力である反射を、生きるために上書きした。

 女の人のひどい死に方、殺され方を見てきたせいで、性欲が一切ない。
 例え裸の女が迫ってきても何も感じない。特に困る事はないけど
 人間の三大欲の一つが消えたということは人として欠落してるんだ。

 俺はそんな奴に、欠陥製品になったんだ」

「・・・・」

「だから、お前の側に居たくない。俺を男として、恋愛の対象として見ているおまえの
 近くに居ると、お前まで不幸にする。」

信乃はここで話を切り、美雪の様子を見た。

うつむいていて表情は見えない。

信乃は美雪の事を大事に思っている。ただ一人の家族として大切にしたい。
だからこそ自分から離したかった。

この話で自分を気味悪がって距離を置いてほしい。そして普通の幸せを手に入れて
欲しかった。


うつむいた美雪を見て、自分の思惑が成功したと信乃は思ったが

「勝手に決めないで」

「え?」

呟く声で、しかしはっきりとした怒気を含めた声が美雪から聞こえた。

「信乃のそばにいて、私が不幸だなんて、勝手に決めないで!!」

「!!」

美雪は怒鳴りながら、信乃の胸倉をつかんで押し倒す。

そのまま馬乗りになり、下にいる信乃に顔を近づけて睨んだ。

目には大粒の涙が幾つもこぼれて信乃の顔に落ちてくる。

「自分が嫌われたくないから避けてたと思ったけどそんなふざけた理由だったの?
 私が不幸になる? 笑わせないで!
 私は自分のために信乃のそばにいるの! 信乃を見るのが幸せ!
 信乃の世話をすることが幸せ! 私の料理を食べてくれることが幸せ! 

 信乃のそばにいることが幸せ

 なのに! なのに何よその理由!? ≪嫌われたくない≫って理由だったら
 少し距離を取ったりして時間をかけてその考えを直そうと思ったのに・・・・
 だから偶然会った時だけしか関わらないでおこうと決めたのに・・・・

 私が信乃を嫌がるわけないでしょ!
 例え嫌だったとしても、その時ははっきりと言う!
 来ないで、近づかないでってはっきりと言う!

 だけど私の気持ちは違う! 信乃のそばにいたいの、好きなの!

 どんなに信乃が嫌がってもそばにいる! 私は自分勝手な人間なの!
 どんな人間になろうとも変わらない、ずっとずっと側に居続けてやる!」

怒鳴って疲れて、美雪は肩を上下させて息をしていた。

息が吹きかかる距離にある美雪の顔。

熱い息と一緒に気持ちの熱さが伝わる。

「はははは・・・・まさかそう言い返されるとはね・・・・」

信乃は泣きそうな顔で笑った。

嫌われる覚悟で話したのに、まさか何の偽りもない真っ直ぐな言葉で『好き』と返ってくるとは
思わなかった。だから余計にうれしい。

「それに、信乃はそんなダメな人間じゃない」

美雪は胸倉をつかんだ手を緩めた。

「琴ちゃんから聞いた。足が壊れる理由にになった事件のことも、佐天さんのことも。
 だから自分をダメな人間って言わないで。

 たとえ信乃自身でも、私の愛する人をダメに言うのは許さないよ。

 西折信乃はダメな人間じゃない。
 お願い、これ以上自分を嫌いになるのはやめて」

胸倉から手を離して信乃の首に腕をまわし、抱きついて耳元で続きを囁いた。

「お願い」

信乃は何も言わない。

ただ、抱きついている美雪の髪を撫でた。


いつのまにか美雪の寝息が聞こえた。




翌日の朝

美雪はカーテンからの光で眼を覚ました。

なぜかすっきりしていた。昨日、あれだけ怒鳴ったから心が晴れたからなのか、
または、ぐっすりと眠れたおかげで今年一番に熟睡した気分だったからだろうか。

美雪は上体を起こして背伸びをする。

まだ覚醒していない目で見たものは自分の使っている布団。

眠っていたのになぜか布団が目の前にある。

そしてようやく気付いた。自分が今、ベッドの上にいることを。
自分がどこで寝たかを。

信乃のベッドで、しかも信乃の上に乗って眠りについた。

「/////あ・・//////」

途端に顔を真っ赤にさせて自分の隣を見た。

信乃がいると思っていたが、そこには誰もいない。
だが自分以外の誰かがいたことを示すように、シーツに皴が寄っている。

「信乃は? って朝ごはん!!」

美雪は急いで台所へと向かった。

「おはよう」

寝室の扉を開けて目にしたのは、お茶碗をテーブルに置くエプロン姿の信乃だった。



「いただきます」

「い、いただきます・・・」

信乃の表情をうかがいながら美雪は味噌汁のお椀を持つ。

昨日はあんなことがあったのに信乃に変わった様子はない。
いや、自分を無視していないだけでもかなり進展したと思うが、今の信乃は
4年前に一緒に過ごしていたときとまったく同じ。
男女が同じベッドで寝たのに、何か思った様子は一切ない。

美雪は思い出しただけで顔が赤くなるっていうのに。

赤い顔のまま味噌汁をすすった美雪は、久々に味わう信乃の料理で考えていたことを忘れた。

「おいしい・・♪」

「それはようございました」

献立は今までの美雪のものと大差ない。だが、味は決定的に信乃の方がおいしかった。

女のプライドとして少し複雑な気持ちになったが、それよりも信乃の料理を
また味わえたことの方がうれしくて笑顔がこぼれた。

「・・・ご飯のあとに、大事な話がある」

「うん♪」

その話がどんな内容だろうと、今の幸せを感じる方が美雪には大事だった。




食器も洗い、信乃と美雪は台所のテーブルで向かい合っていた。

「さて、今後のことについて提案がある」

「うん」

美雪も真剣な表情で返事をする。

「今の俺には美雪と一緒に、恋人として過ごすつもりはない。
 だけど、美雪は諦めないだろ?

「うん、もちろん」

「即答かよ」

「うん、もちろん。大事なことだから2回言いました」

「左様ですか・・・

 とりあえず俺はお前から逃げないことを約束する。
 だけどさっき言った通り恋人関係はない。

 だからキスとかはしてくるなよ」

「うんわかった♪ でもA・T(エア・トレック)を使い続けるなら
 これからも足に怪我をするでしょ♪

 だから私は信乃の隣で監視して一番に治療するために一緒に住むからね♪
 断ってもダメ♪ これは氏神さんからの依頼だよ♪」

「・・・・・あのカエル医者、余計な手回ししてんじゃねぇーーーー!」




つづく
 
 

 
後書き
水着話より少し前の話。
信乃と美雪がいつの間にか和解していたので、和解話を書いてみました。

作中で不明、疑問などありましたらご連絡ください。
後書き、または補足話の投稿などでお答えします。

皆様の生温かい感想をお待ちしています。一言だけでも私は大喜びします。
誤字脱字がありましたら教えて頂くと嬉しいです。
 
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