| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

オテロ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一幕その二


第一幕その二

「助かったぞ!」
「沈んでいない!」
 こう叫ぶのだった。
「助かった!トルコ人達は逃げていく!」
「ヴェネツィアが勝ったんだ!」
 それが見えた。人々の間で歓声が起こる。
「船が来たぞ」
「ああ」
 勝利を収めたヴェネツィアの艦隊が港に戻って来た。多くの船が傷を受けているがそれでも港に戻って来たのだった。
「網に掴まれ!ロープを投げろ!」
 船乗り達が船の中から叫ぶ。
「ここで力を込めろ!」
「もう少しだ!」 
 港に向かってロープが放たれる。港の者達がそれを受け取って繋ぎ止める。
「戻って来たぞ!」
「オテロが!兵士達が!」
「英雄が!」
 そして一人の軍人が彼等の前に姿を現わした。見事な黒と金の上着に黒いズボンを穿き白いマントを羽織っている。漆黒の肌に引き締まった顔。短い縮れた髪を持っている。逞しい身体をしている。その彼が今ヴェネツィアの者達に対して姿を現わしたのだった。
「喜べ!」
 彼は剣を思わせる張りのあり引き締まった声で彼等に告げた。
「高慢な回教徒達は海に沈んだ。栄光は我等の上にある。彼等は海の底に沈んだ!」
「勝利だ!」
「勝ったんだ!」 
 それを噛み締めまた叫ぶ人々だった。
「奴等はいなくなった!」
「レクイエムとして怒涛の激しい攻撃と暴風の輪舞を受けて海の底の恐ろしさを味わうのだ」
「そして我等は勝利を!」
「オテロ万歳!ヴェネツィアの獅子万歳!」
「ヴェネツィアに栄光を!オテロに栄光を!」
 皆オテロとヴェネツィアを祝う。しかしその中で一人金色の髪に青い目を持つ気品のある男が海に身を投げようとした。それをイヤーゴが止めた。
「ロデリーゴ殿、お止めを」
「しかし」
 イヤーゴに顔を向けて言う。思い詰めた顔で。
「私はもう」
「女との恋で身投げしても何にもなりません」
「しかしだ」
 彼はそれでも言う。周りでは兵士達が船の荷を下ろし武器が戻されていく。嵐は何時の間にか収まり兵士達が松明を持って照らし人々は薪に火を点けて暖を取る。やがて底に酒が運ばれ居酒屋も騒ぎだしたのだった。イヤーゴはその中にロデリーゴを誘いながら親身な顔をして彼に囁くのだった。
「デズデモーナですな」
「そうです」 
 ロデリーゴはその名に頷く。
「彼女はもう」
「あの黒い肌の男の妻」
 オテロのことである、
「美しいあの人の唇はあの男の厚い唇と重なる」
「何ということだ」
 ロデリーゴはそれを聞いて身震いする。
「恐ろしい。悪夢だ」
「私は貴方の友人です」
 親しげにまた囁く。
「ですから申し上げます。あの方は貴方のものになります」
「まさか」
「本当です」
 にこりと笑った仮面を被っていた。
「私は嘘は申しません」
「しかし」
「私もまたあのムーア人が嫌いです」
 目だけが本当のことを語っていた。口は笑っているがその目はにこりともしていない。闇の中でランランと光っていた。
「それにあの男も」
 酒盛りの中に入っているカッシオを指差し憎々しげに語る。
「憎んでいます。本来私が副官になる筈だったのにオテロが勝手に決めてしまい」
「旗手に」
「私こそ副官の地位に相応しい。あの様な書記官あがりに」
 昔から戦場を巡ってきた男としてそれが許せなかったのだ。彼はずっと軍人として生きてきているのだ。そのことに誇りも持っていたのだ。
「だからです。私は」
「はい」
 ロデリーゴに話し続ける。だが二人は街の片隅に入った。そこで誰にも気付かれずに話をするのだった。悪魔が囁く様に。
 その間も街の人々は騒ぐ。最早乱痴気騒ぎに近い。
「さあ祝おう!」
「さあ歌おう!」
 皆杯を手に歌い合う。
「この素晴らしい日を」
「勝利の日を」
「さあロデリーゴ」
 彼等のその中に話し終えたイヤーゴが親しげにロデリーゴをその中に導き入れた。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧