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ラ=トスカ

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第一幕その五


第一幕その五

「ああ、これかい?」
 カヴァラドゥッシの方もそれに気が付いた。
「うちの使用人がおやつに持って来てくれたんだけどね。生憎お腹は減っていないんだ。逃げて来て疲れているだろう、良かったら食べてよ。中身は割りと豪勢だよ」 
「いいのかい?」
 その言葉にアンジェロッティは喉を鳴らした。
「ああ。是非食べてくれ」
「有り難う」
 礼を言うと籠を手に取りアンジェロッティは礼拝堂に入っていった。一方教会の扉の入口からはカヴァラドゥッシを呼ぶ声と扉を叩く音が喧しい程聞こえて来る。
「待ってくれ、今開けるよ」
 苦笑しつつ扉を開ける。
 慌しく一人の女性が入って来た。茶の波がかった長い髪と琥珀色の瞳を持つ艶やかな女性である。肌は雪の様に白く赤のドレスと良く合っている。その唇は紅であり右手には花束がある。やや高めの身体は非常に均整がとれその美しさは芸術の女神ミューズを思わせる。この女性こそ当代一と称せられる歌姫でありマリオ=カヴァラドゥッシの恋人であるフローリア=トスカその人である。
 トスカは北イタリアヴェローナ近辺の貧しい羊飼いの娘として生を受けた。彼女が幼い頃に両親は流行り病で死んだ。他に兄弟も親戚も無い彼女はヴェローナにあるべネディクト派の修道院に引き取られた。ここで彼女は教育を受け聖書と信仰、そして賛美歌をしった。
 彼女が十歳になった頃であろうか。修道院のオルガン奏者が彼女の美しい声に気付いた。それから特別に歌の訓練を始めたがそれにより彼女は声だけでなく歌い手としての才能も素晴らしいものだとうことが解かった。やがて修道院の誰もが彼女は歌手に相応しいと思うようになった。
 その歌はやがてヴェローナ市民の知るところとなり祭日になるとトスカの歌と声を聴きに市民達が大勢で賛美歌が歌われる教会に来るようになった。その中には高名な音楽家も含まれていた。とりわけ作曲家チマローザは彼女の美声と歌、そして艶やかさに魅せられてしまった。完全にトスカの虜となってしまったチマローザは彼女に自分の作品を歌って欲しいと考えるようになった。そしてこの修道女をオペラ歌手にしようと修道院に掛け合ったがこの美しいが善良で人を疑う事をしらない娘を心配した修道院の僧達は彼女が神に仕える身である事を楯に取り譲らない。だが諦めるという事を知らないチマローザは修道院を脅したり宥めたり、挙句には騒ぎの好きなヴェローナの市民達を巻き込んだりしたので遂には市議会まで動きヴェローナを二分する大騒動にまで発展してしまった。
 この騒動はすぐにあちこちに知れ渡りローマ法皇ピウス六世の耳にも入るようになった。話を調停する為法皇はトスカの歌声を聴くことにした。そしてサン=ピエトロ寺院の法皇の間にてトスカは自らの歌を法皇に披露する事となった。
 法皇は彼女の歌に聞き惚れた。歌が終わると彼女にこう言った。
「貴女の歌声は私の心を和ませたのと同じ様に多くの神の子達に優しい涙を流させる事になりましょう。そしてそれは神への愛と祈りに通じる道でもあるのです」
 その言葉にトスカは感涙した。そして法皇に跪いた。法皇は彼女を立たせ言った。
「さあお行きなさい。そして貴女の歌で神の慈愛と信仰を世に広げるのです」
 こうしてトスカは還俗し歌手となった。チマローザの下で育てられ短く切り揃えられた髪も長くなりその歌と美貌は日増しに輝かしいものとなっていった。
 彼女のデビューはパイジェッロの『ニーナ』、タイトルロールであった。幾十とカーテンコールに呼ばれる程の盛況でその話を聞いたスカラ座やフェニーチェ歌劇場にも呼ばれるようになり瞬く間にイタリアを代表するソプラノとなった。その技術は素晴らしくどの様な難解な歌も歌いこなした。美しい舞台姿も評判となり役柄も多かった。
 ローマでも歌った。とりわけ法皇の御前で歌う事が多かったが歌劇場でも歌った。アルジェンティーナ座で師でもあるチマローザの『秘密の結婚』に出ていた時そこで絵を描いていたマリオ=カヴァラドゥッシと会い今に至る。
「何故鍵を掛けていたの!?」
 教会の中を疑わしげに見回す。
「教会の番人がそうしてくれって言ったんでね」
「そう。で、誰とお話してたの!?」
 疑わしげな目でカヴァラドゥッシを見上げる。
「誰とも話なんかしていないよ」
「嘘、話し声がしたわ。他の女の人と一緒だったのでしょ!?」
「違うよ、信じてくれないのかい?」
「信じないわ。貴方みたいな人誰が放っておくというのよ」
「ちょっとフローリア」
 むくれるトスカを宥めようとする。
「そんなに僕はもてないよ。君は一体何でそんなにふくれるんだい?焼きたてのパンじゃあるまいし」
「えっ、それは・・・・・・」
 今度は顔を赤らめた。視線を恋人から外した。
「もてないけれど君一人にもてたらそれでいいさ」
 そう言ってトスカを抱き寄せる。
「駄目よ、いけないわマリオ。聖母様の前でそんな事」
 両手の平で恋人の胸を押し止める。
 
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