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ラ=トスカ

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第五幕その二


第五幕その二

「貴方にお会いしたいという方がおられまして。その方に貴方も是非お会いになりたいと思われます」
「・・・・・・フローリアかい?」
「はい」
 スポレッタはそう言うと指で扉の前に控えていた一人の警官に合図をした。警官により開けられた扉の向こうにはトスカがいた。
「マリオ!」
 トスカは喜び勇んだ足でカヴァラドゥッシの方へ駆け寄る。そして思い切り抱き締めた。
「フローリア!」
 カヴァラドゥッシもトスカを抱き締めた。二人は互いを強く固く抱き締め合った。
「御免なさい、マリオ。私の愚かな嫉妬が貴方を苦しめてしまって」
「いや、謝るのは僕の方だ。いつも君を惑わせてばかりで酷い事も言ってしまった。この君との最後の別れの時になってそれが大いに悔やまれる」
「いえ、これが最後のお別れではないわ」
「えっ!?」
 トスカが小声で言ったその言葉にカヴァラドゥッシは驚いた。
「スカルピア長官に私が頼み込んだの。そして貴方の命は助かったのよ」
「本当かい!?」
 スポレッタは無言で頷いた。彼が人払いをしたのだろう。見れば礼拝堂の中には二人と彼の他は誰もいない。
「貴方は銃殺にされるの。けれど安心して。銃には火薬だけ詰めて貴方を撃つ真似をするだけ。処刑場で兵隊さん達が銃を撃ったらそれに合わせて倒れて。兵隊さん達が引き揚げたら私達はローマを出られるのよ、すぐに」
「けれどそんな事が本当に・・・・・・」
 訝しがるカヴァラドゥッシにトスカは胸元に隠してあった旅券を見せた。
「フローリア=トスカと・・・・・・」
「同行の騎士の自由通行証」
 トスカも一緒になって読んだ。
 ね、貴方は自由の身なのよ」
「本当なのか、信じられない」
 スカルピアのサインに印まである。どう見ても偽者とは思えない。
「信じてよろしのですね、警部」
 カヴァラドゥッシはスポレッタの眼を見て言った。
「はい、信じて下さい。私が保証します」
 その眼は何処となく泳ぎそうになっている。
「そうですか」
 その眼を見てカヴァラドゥッシも察した。だが言わなかった。
「では私は準備を進めに行って来ます。夜が明けないうちがお二人にとっていいでしょうし」
 スポレッタは二人から何気無く視線を逸らしつつ言った。カヴァラドゥッシはそれに気付いていたがトスカはそれには気付いてはいなかった。
「警部さん、本当に有り難うございます。貴方に神の御加護がありますように」
「いえ、そんな・・・・・・。それでは私はこれで」
 スポレッタはそそくさと礼拝堂を後にした。なるべく二人と目を合わせないようにして。
 スポレッタがいなくなるとカヴァラドゥッシはトスカに尋ねた。
「これは一体どういう事なんだい?あの男が僕達に恩恵を初めて与えるなんて」
「そして最後の」
 トスカは旅券を懐に入れながら言った。この時手に何かが当たった。それが何かすぐに思い出した。
「えっ!?」
「あの男は貴方の命か、私の愛かを要求してきたの。じりじりと私に迫って来たわ。何とか拒もうとしたけれど無駄だったわ。そして遂に私は彼と約束をしたわ。私は覚悟した・・・・・・。けどその私の目に光る刃が入ったわ。あの男はこの旅券を作り私を抱き締めに来たわ。けれどその時に私はあの男の胸に刃を突き刺したの」
「君がこの手で・・・・・・。僕の為に・・・・・・」
 トスカの手を取りそう言った。
「その為にこの手が血に塗れるなんて・・・。白く美しいこの手が・・・・・・」
「貴方の為なら私は血に塗れても構わないわ。だって貴方は私が愛する唯一人の人だもの」
「フローリア・・・・・・・・・」
 トスカを思い切り強く抱き締めた。
「チヴィタヴェッキアから海に出ましょう、舟で」
「うん」
「その前に大事な仕事があるわ」
「処刑場だね」
「そう、その時これを持って行って」
 そう言って懐から何か取り出した。
「それは・・・・・・・・・」
 それは十字架だった。普段トスカが首から提げているものとは違い妙に大きい不思議な感じのする十字架だった。
「ファルネーゼ宮である方から頂いたの。緑の瞳をした紅い服の方ね。何かある時必ず護ってくれるだろうって。これから貴方は銃の前に立たなければいけないでしょ。御守りに持って行って」
「けど僕は・・・・・・」
 断ろうとするがその十字架とトスカの真摯な顔を見て彼は考えを変えた。
「有り難う、頂くよ」
「うれしい」
 そしてその十字架を上着の胸の部分にあるポケットに入れた。奇しくもスカルピアが刺されたのと同じ場所だった。
 カヴァラドゥッシが胸に十字架をしまい終えてすぐだった。看守とスポレッタが一緒に礼拝堂へ入って来た。何故一緒だったかというと深い意味は無い。二人共カヴァラドゥッシを呼びに行こうとしてたまたま一緒になっただけである。
「解かってる、用意は出来ているよ」
「はい」
 行こうとするカヴァラドゥッシにトスカがそっと近付いた。そして小声で囁く。
(上手くやってね。最初の銃声で倒れるのよ)
(うん)
 カヴァラドゥッシも答えた。
(そして私が呼ぶまでは立たないで)
(解かったよ。舞台でのフローリアみたいにすればいいんだね)
(そうよ)
 二人に連れられカヴァラドゥッシは礼拝堂を後にした。トスカはスポレッタに自分も付いて行きたいと頼み込んだ。スポレッタはしばし考え込む顔をしたが結局それを認めた。
「けれど、本当に宜しいのですね?」
 暗く悲しげな顔でトスカに念を押した。
「?」
 トスカはスポレッタが何故そんな顔をするのか解からなかった。パルミエーリ伯爵という人物がどの様な人物か知っていたら理解したであろうか。
「はい」
 トスカは笑顔で答えた。
 
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