ラ=トスカ
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第四幕その四
第四幕その四
スカルピアの方を見る。旅券を書く事に心を集中させている。
トスカは意を決した。非常に用心深く気取られない様にナイフを手元に引き寄せた。
取った。そして食卓に寄り掛かりじっとスカルピアを注視しながらナイフを自分の後ろに隠した。
旅券が書き終えられた。スカルピアはその旅券に印を押し、丁寧に折り畳んだ。そして食卓の方にいるトスカに一歩ずつ近付いて行く。
「さて、と。これで私のものだな。では熱い接吻でも・・・・・・」
ゆっくりと手を広げ抱き締めようとする。だがそれより早くトスカが彼の懐へ飛び込んだ。
「これがトスカのキスよ!」
スカルピアの顔が凍り付いた。トスカのナイフが彼の胸を深々と突き刺したのだ。
「ぐおォォォ・・・・・・・・・」
それまでの勝ち誇った顔は何処にも無かった。化け物の様な怖ろしい顔でトスカを見下ろした。
トスカは身を引いた。胸にナイフが突き刺さったまま残った。傷口から鮮血が溢れ出してくる。
「く・・・・・・くそ・・・・・・・・・」
口からも血を噴き出しながらトスカの方へ行こうとする。それまで肩でハァハァと息をしながらスカルピアの様子を見守っていたトスカだが彼が近寄ってきたのを認め扉の側まで退いた。
「ぐふっ・・・・・・・・・」
最後に大きく喀血した。そして前に倒れ込み仰向けになりそのまま動かなくなった。
「死んだ・・・・・・の?」
スカルピアの眼から光が急激に消え去っていく。顔も手も生者の色を失っていき傷口や口から血が溢れ出続けている。
「・・・・・・・・・死んだのね」
見れば手の平に血が付いている。スカルピアの亡骸から目を離さずに食卓のところへ行き、そこにあったナプキンを指洗いに入れてある水に浸して手と指をよく拭いて左手の壁に掛けてある鏡を見て髪の乱れを直した。
鏡越しにスカルピアを見ている。彼が手に握っている旅券に気が付いた。
(そう、旅券)
髪を直し終わるとスカルピアの下へ歩み寄った。そして彼の手にある旅券を手に取り持ち上げようとする。
その時太鼓の音が聞こえた。それは今日死刑が行われる事を知らせる太鼓であった。
トスカは思わず飛び上がった。旅券から手を離してしまった。
再度旅券を手に取り持ち上げた。するとスカルピアの手も一緒に持ち上げられた。
それを見て青くなった。だが必死に気を保ち屍の手から旅券を奪った。
腕はそのまま虚空を掴んだまま崩れ落ち音を立てて床に落ちた。数回撥ねそのまま動かなくなった。
トスカはその旅券をドレスの胸元にしまい込んだ。そして目を大きく見開いたまま苦悶の表情で事切れているスカルピアを見下ろした。
「この男の為にローマ中が震え上がっていたのね」
一言そう呟き立ち去ろうとする。扉の左右に一つずつ燭台があった。
それに灯されている火を消そうと思った。だがふと吹きかけた息を止めた。ある事が彼女の頭の中に閃いた。
左右のそのそれぞれの蝋燭を手に取った。そしてスカルピアの遺体の側まで行き一本を彼の頭の右に、もう一本を彼の頭の左に置いた。
そして次に部屋を見回した。するとスカルピアの机の上に一本の十字架があった。
それを手に取り恭しく運び、スカルピアの遺体の側まで来ると跪いてスカルピアの胸の上にその十字架を置いた。そして祈り胸の前で十字を切りつつ立ち上がった。
二本の蝋燭以外の全ての蝋燭を消した。そして用心しつつ扉を静かに、少しだけ開けた。
様子を窺いつつ身を差し入れた。そして静かに外へ出て扉を閉めた。
扉が閉められた時風が微かに入った。風はスカルピアの遺体のところまで舞い込んで来た。
風で蝋燭の火がゆらゆらと揺れる。両方共もう少しで火が消えそうになる。
だが風が止んだ。かろうじて消えなかった。そして消えずにすんだ火はそのまま静かに燃え続けスカルピアの遺体と部屋を照らし続けていた。
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