| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ラ=トスカ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第四幕その三


第四幕その三

「獣、寄らないで。貴方のものになるなんて・・・・・・・・・。何と浅ましく破廉恥な人」
「それで?だからといって貴女が欲しくなくなるわけではない。さあ窓を見なさい」
 右を見る。今まで真っ暗闇だった空が僅かに明るくなり始めている。朝が近付いてきているのだ。
「もう時間だな」
「待って下さい!」 
 トスカは叫んだ。
「では私のものに?」
 右の人差し指を振り言った。
「・・・いいえ」
「では駄目だ」
「そんな・・・・・・許して・・・・・・・・・許して下さい」
 フラフラと前に進み長椅子の背に倒れ込んだ。
「私は歌に生き愛に生き常に人の為に尽くしてきました。困っている人や子供には手を差し伸べ誠の信仰の祈りと花を捧げました。聖母様のマントに宝石を捧げ天の色彩り々々の星々に歌を捧げました。それなのに・・・・・・・・・それなのにどうしてこの様な報いを私にお与えになるのですか」
 トスカは泣き崩れた。だがスカルピアは冷酷にトスカを見つめたままである。
「さあ決心を」
「私に?」
 トスカは泣き崩れた顔を上げた。
「これ以上何がお望み?私はもう心が壊れてしまったわ。その壊れた心さえ貴方は手に入れたいというの?」
「そうだ、私は貴女の心を欲しいのだ」
 その時ドアをノックする音がした。スカルピアが入れと言うとスポレッタが入って来た。
「何かあったのか?」
「はい、先程スキャルオーネ、コロメッティの追跡隊から連絡が一人来ました。アンジェロッティ侯爵を発見したそうです」
 スポレッタは姿勢を正し敬礼をして報告した。
「そうか、これで私の首も完全に繋がったな。そしてもう一人は?」
「カヴァラドゥッシ子爵ですか?もう何時でも執行出来ます」
 その言葉を聞いてトスカの顔は再び血の気を失くしてしまった。
「そんな、もう・・・・・・」
 それを見逃すスカルピアではなかった。
「待て」
 スポレッタを制しトスカに近付いた。そして小声で問うた。
「いいな」
 それに対しトスカは無言で頷いた。
 スカルピアの表情が勝ち誇ったものとなる。椅子の背に顔を埋め泣き崩れるトスカをよそにスポレッタに近付く。
「待って、あの人を、マリオをすぐに自由にして」
 トスカが顔を上げて言った。スカルピアはそれを左手で制した。
「見せ掛けが必要だ。公然と解き放つ様な事は私にも出来ない。子爵は一度死ななくてはならないのだ」
 そしてスポレッタを指差して言った。
「それはこの男が確実にやってくれる」
 スポレッタは指差されていささか驚いた。だが顔には出さなかった。
「誰がそれを保証してくれますか?」
 トスカは問うた。スカルピアはその疑念を打ち消した。
「貴女の目の前で私が彼に直接与える命令だ。それでも?」
「いえ」
「なら良し。スポレッタ、扉を閉めろ」
「はい」
 その命令通りスポレッタは急いでドアを閉めに行った。そして小走り気味にスカルピアの下へ戻った。
「考え直した。子爵は銃殺とする」
 そう言って一呼吸置いた。
「パルミエーリ伯爵の時の様にな」
 真顔で何か意味ありげにスポレッタを見て言った。
「殺す・・・・・・・・・」
 スポレッタも真顔で言った。だがそれをすぐに打ち消す様なスカルピアの言葉が発せられた。
「いや、見せ掛けだ。パルミエーリ伯爵の時と全く同じ様にだ。寸分違わぬようにな。・・・・・・・・・解ったな」
「解りました。パルミエーリ伯の時と同じ様に」
 明らかに意味ありげな主の言葉にスポレッタは妙に丁寧に答えていた。そして一瞬トスカに目をやった。何か悲しみを帯びた目だったが二人の言葉にのみ気を張っていたトスカは気付かない。だがパルミエーリ伯と同じ様に、という言葉が強く残った。
「よし行け、あとこの御婦人は囚人ではないから城内を自由に歩かれても城内に出られても構わない。階段の下に部下を一人置き後でこの方を子爵のおられる礼拝堂まで御案内するように。四時にこの方が最初におられた部屋に来てな。いいか、四時だぞ」
「解りました」
 そう言って一礼してスポレッタは退室した。部屋を出る時チラリとトスカの方を見たが当のとスカもスカルピアもそれには気付かなかった。閂の落ちる音が二人のいる室内に響き渡った。
「私は約束を守った」
 トスカの方を振り向き言った。そしてトスカの方へ歩み寄って行く。
「いえ、まだです。あの人と一緒にローマを発てる様に旅券を頂きたいのです」
 トスカは涙で崩れた顔で言った。
「宜しい、では望みを適えさせてあげよう」
 心の中で何か思いつつも机のところまで行き立ったまま書き始めるが暫くして手を止めた。
「どの道を?」
「一番近道を」
 トスカはにべもなく答えた。
「チヴィタヴェッキア?」
「はい」
「解った」
 スカルピアはまた書き始めた。彼が旅券を書いている間トスカは食卓へ向かい気を落ち着かせる為先程スカルピアが注いで勧めたスペイン産の赤ワインを取った。だが手が戦慄いている。しかも雪の様に白くなっている。冷たい。その手で杯を口まで持っていこうとする彼女の目に食卓の上のナイフが入った。見れば先が鋭く尖っている。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧