ラ=トスカ
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第一幕その二
第一幕その二
刺客を送ろうと考えた。だが彼の周りは常にフランス軍の兵士達が固めており暗殺は不可能であった。アンジェロッティの方も自身の命が狙われている事は察知していた。その為身の周りを常に用心していた。エマとアンジェロッティの命を賭けた駆け引きは暫く続いた。だがそれも終わる時が来た。欧州の情勢の変化に伴いフランスのイタリア半島における影響力が後退した。それによりフランスの傀儡国家であったローマ共和国も崩壊してしまったのである。
その機を逃すエマではなかった。アンジェロッティの屋敷へすぐさま刺客を送ったがそこに獲物はいなかった。だがエマは諦めなかった。王妃に頼みアンジェロッティの手配状をイタリア全土に配布した。彼の首には大金が掛けられ他の共和主義者達と共に追っ手を差し向けられた。
だがイタリアに大きな影響力を持ち用心深い彼の行方はようとして知れなかった。情報は次々と入ってくるがそのどれもが風聞でありその尻尾は掴めなかった。
そうこうしているうちにナポレオン率いるフランス軍が再びフランスへ攻め入って来るとの話が来た。エマが焦った。このままではアンジェロッティに逃げられてしまう、彼女は次第にその焦りの色を濃くしていった。
やはりナポレオンは来た。瞬く間に北部を席巻しローマへ向けて南下して来る。これにより共和主義者達が活気付くのを怖れた王妃は大軍を北へ向かわせると共に自らの腹心スカルピア男爵を対共和主義者の為の秘密警察総監としてローマへ送り込んだ。
スカルピアは着任早々共和主義者達を次々に捕らえていった。そして片っ端から絞首台へ送り込んだ。ここで捕らえられた共和主義者の中にアンジェロッティもいたのである。彼は自らの本拠地ローマに潜んでいたのだ。
エマは狂喜した。すぐに死刑にしてしまうよう王妃に進言した。大きな影響力を持ち王妃の実家ハプスブルグ家とも関係があるアンジェロッティ家の当主だけにその処刑には難色を示したが家督を教皇領の重職にある彼の弟に継がせる事、そして獄死という形で始末してしまう事で王妃を説得した。そしてその旨をローマのスカルピアに届けた。これでエマはようやく安堵した。その心は過去を知る男への憎悪からエジプトでフランス海軍を破った片目片腕の提督への愛へとなっていった。
アンジェロッティが暗殺されるという話は王妃とエマ、そしてスカルピアだけが知っている筈だった。だがエマが彼に多額の賞金をかけていた事とスカルピアが捕らえた共和主義者達を略式の、既に判決が決せられている裁判の後処刑台に送っている事からアンジェロッティの命が風前の灯にある事は容易に察せられた。アンジェロッティ家としては何としても主を救い出さなければならなかった。
まず教皇に仕えている彼の弟シモンが動いた。兄が投獄されているサン=タンジェロ城の典獄を買収した。トレベリというこの典獄は袖の下に弱く信用の置けぬ人物であったが牢獄の鍵を持っている事から彼を取り込むしか他に無かったのである。
次はアッタヴァンティ侯爵家に嫁いでいる妹マルケサの番だった。兄が脱獄したならすぐにアンジェロッティ家の礼拝堂が有る聖タンドレア=デッラ=ヴァッレ教会に行くよう伝えそこで変装してローマを脱出するよう手配した。無論礼拝堂の中には変装する為の服や小道具を隠しておいた。
二人の手となり足となりアンジェロッティ家の者達は動いた。スカルピアの目を盗みながら主を救出する計画は進められた。
六月十七日、計画は実行に移された。アンジェロッティはサン=タンジェロ城を逃げ出し教会へ向かった。
ドームの中はフラスコ画や豪華な装飾で飾られている。高窓から差し込む光が翳ろうとしている。夕暮れが近付いている。光に照らされている絵画の中にはまだ完成していないものもあり布で覆われている。その下びは絵具や筆等が置かれている。そのすぐ隣に入口がある。木製の大きな扉だ。その扉が少し開いた。外から囚人服を身に纏った男が入って来た。
金色の髪に青い瞳をしている。背は普通位か。汚れてはいるが気品のある整った顔をしている。囚人服はボロボロで所々破れている。肩で息をし何やら震えている。何処からか逃亡してきたようだ。
左右を見回しながら礼拝堂の方へ向かう。礼拝堂の前へ行くと懐から何やら取り出した。
それは鍵だった。鍵で礼拝堂の扉を開けると中へ入っていった。
扉が閉められた。中からガチャリと音がした。
暫くして入口から二人の男が入って来た。一人は白髭を生やした小柄な老人でもう一人は手に籠を下げた若い男である。
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