ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
戦友の血を吸いながら………
すっ、とテオドラを包む雰囲気が一変したのをレンは肌で感じ取った。
空気が帯電したように、ぴりぴりする。
ブランクという名の薄い殻が、音を立てて崩れていくのがはっきりと分かる。
なかば本能的に危険を感じ取り、のどもとの手刀を一気に振り払おうとした。が────
みしっ、という鈍い音とともに手刀は軽い弾力感で阻まれた。
「なっ………ッ!」
見ると、鮮やかなオレンジの過剰光がテオドラの細い身体全体を薄く覆い、レンの手刀を防いでいた。
舌打ちし、素早くバックステップで距離を取り、ゆらりと立ち上がったテオドラと向かい合う。
視線が交錯し、レンの体からもドス黒い過剰光が立ち昇る。
殺気が空間に満ちていく。互いを互いに否定する戦い。空間すらもそれを否定しているかのように歪み、あちこちの瓦礫が悲鳴を上げる。
睨み合う両者。
一瞬の膠着。
一瞬の刹那。
今度も、先に動いたのはテオドラだった。
眩い過剰光を両手両足に宿らせ、周囲のテクスチャが溶け崩れるほどのスピードで上段回し蹴りを出会い頭に打ち込む。さらにその影となり、レンの視界から死角になる箇所から左手による抜き手を隙なく叩き込む。
どちらも、掠っただけで即死するような攻撃。
それをレンは思いっきり状態をのけぞるようにして回避し、その運動エネルギーを利用しながら両足を蹴り上げる。狙うのは人体の急所の一つ、顎。
だが、バヂィイーン!という音とともにテオドラの右掌に受け止められた。
ブワッ、と衝撃波が風のように辺りに散り、地底湖の黒々とした水面を揺らす。足元の石畳が衝撃の圧力に耐えかねたかのように、ボゴン!と丸く凹んで直径十メートルほどのクレーターを作る。
顔を近付けあったまま、テオドラは密やかに、しかし興奮した声音で言う。
「やるじゃねえかよ、レン。まさか二ヶ月ぽっちであたしについて来られるようになってるとはね」
その言葉に、レンも囁き声で返す。
「驚いた?」
「あぁ、驚いた。だからいい加減楽になれっ!!」
「ヤだね!!!」
パァァァァーッン、とそれぞれの腕を無理やり振りほどいた両者は睨みあった。その視線が見つめているのは、決して相手の動向ではない。
そのオーラ。身体から噴出している過剰光だ。
心意の力を使った心意技は、通常長い精神集中が必要不可欠である。しかし、それはある条件下のみに於いて排除される。それは────
強者との戦闘。
「行くぞレン!!《粉砕掌》!!!」
カッ!とテオドラの振りかぶった右手が溢れんばかりのオレンジの光を放つ。
その光はすぐさま明確な集合体として結集し、レン目掛けて一気に解き放たれた。
振るわれた拳から飛び出るのは、先刻レンが浴びたものよりも数倍も太い光のレーザー。
太すぎて、もはやレーザーと言うより、柱である。
それをレンは、何もせずに受け止めた。心意技も使わずに、生身で。
光の源の方で、テオドラが明らかに戸惑ったような表情を顔に浮かべるのが見える。相も変わらず、隠し事ができない性質らしい。
ずずず、と瘴気のようなレンの過剰光が、まるで意思を持っているかのように前方に集まってテオドラの心意技と真正面から衝突した。テオドラの位置からは、自らの過剰光の眩しさに阻まれて見えないが、見るものが見たらきっとこう思うだろう。
まるで巨大な円盾のようだ、と。
瞬間、天地が引き裂かれたような轟音が耳をつんざいた。足元の橋が、端っこから徐々に崩れ消え去っていくのが視界の端に映る。
そして、今度こそテオドラの表情が困惑から驚愕に変わった。
飲み込んでいるのだ。
レンの過剰光でできた盾はテオドラの心意技とぶつかり、一瞬鋭い光を放った。テオドラの心意技は、最初こそレンの盾を侵食するように突き進もうとしたが、すぐに威力がなくなり、じわじわと端っこから光度が落ちていった。
徐々に、ゆっくりと、しかし着実に、確実に。
飲み込み、呑み込んで、のみこんでいる。
侵食しているかのように、テオドラの心意技は端からオレンジの光を失い、明滅し、消滅していく。
まるで、巨大な生物が食事をしているかのように。
食って。
喰って。
クッテイル。
「そ……んな。嘘だ…………」
床にへたり込むテオドラ。四肢を覆っていた過剰光は跡形もなく消え去り、後には半壊状態の橋だけが残された。
そこに、靴音を音高く鳴らしながらレンは近付く。
こつっ、こつっ、と
近付く。
その顔には何の表情もない。ただ
無感情に
無表情に
近付く。
そして言う。
狂気に染まった声で、真っ黒に言う。
「うん、良い心意技だったね。《射程距離拡張》の心意か。射程距離もそこそこ良かったし、威力も申し分ない。だけど、それだけだよ」
極めてつまらなそうに、目を細めながらレンは言葉を続ける。
言葉を、紡ぎ続ける。
「いかに心意技と言っても、その実態は技名発声によって集中深度を増した心意の塊に過ぎない。だとしたら、《心意は心意でしか阻むことができない》。このルールが働くからね。つまり、心意技はそれ以上の心意を使ったら、絶対に防げるんだよ」
そこで、静かにレンは目を伏せた。長めの前髪に隠れてその表情は全く見えないが、それでもテオドラは背中を震わせた。
なぜかは分からない。
しかし、唐突に戦ってはいけないものと対峙しているような気がしたから。目の前にいるモノが、本当に人間なのか。人間の皮を被った、全く別のモノだと思ったから。
そう思うと、身体が動かなくなった。
身体の身体機能がバチン、バチン、と強制的に外され、感覚が仮想体から乖離していくのが分かる。
すうぅぅーっ、と視界が暗くなり、気が付くとテオドラの身体は地面に倒れていた。
しかし、倒れた時の衝撃は一切ない。ただ、視界が横になっただけのようだ。
音も僅かにしか聞こえなくなった。世界そのものから拒絶されたような気がする。
そんなテオドラを、レンは心底侮蔑するような目で見下した。
「《零化現象》…………、か。つまらないね、本当につまらないよ、テオドラねーちゃん。この程度で僕に《呑み込まれた》んだ。昔のテオドラねーちゃんだったら、絶対に恐怖を抱く暇もなく敵に踊りかかって行ったものだったのに」
はぁ、と紅衣の少年はため息をついた。
テオドラは、粘ったい闇の底でそれをぼんやりと眺めていた。胸中で渦巻くのは、深い敗北感と、諦めの心。
《零化現象》は、プレイヤーの精神が深い諦めや喪失感、畏怖といった感情で埋め尽くされた時、負の心意が己の仮想体を《動けない》ように事象の上書きしてしまう現象のことだ。
テオドラ自身も、話には聞いたことがあったのだが自身で体験するのはこれが初めてだ。
───思ったより………ヤな感触だな。
テオドラは、深い闇の中で漂っていた。もうその四肢からは、闘志という名の力は抜けている。
そして、紅衣の少年はゆっくりと、いっそ優しいと言う言葉が出てきそうなくらいにゆっくりと右手を上げた。
戦闘中に出さなかった鋼の糸に、殺意のこもった漆黒の過剰光が纏わりついていく。
それが最後に見た光景。
「さようなら、テオドラねーちゃん。また会えたらいいね」
それが最後に聞いた言葉。
その言葉がレン自身に向けられた言葉とは、誰が思おうか。
テオドラは、その言葉を聞いたとき、ハッと目を覚ました。
なぜかは分からない。分からないのに、目が醒めた。
闇が切り裂かれ、鎖で縛られたようだった五感の感触が戻ってくる。音が耳朶を打ち、ワッと世界に光が戻る。
しかし、それを全部確認する前にテオドラは思わず口を開いた。何を言いたいとか、そんなことは微塵も考えなかった。ただ、声を掛けたかった。
「…………ッ!れ、レン────」
叫びかけたテオドラの言葉を遮るかのように、否定するかのように、拒絶するかのように、レンの口からは言葉が漏れた。己の、最大の心意技の名が。
─────魔女狩《断罪》─────
後書き
なべさん「はい、というわけで始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「何がというわけ、なのかさっぱりわからんが……」
なべさん「(無視)まぁ今回も結局レンくん無双という好きな人は好き、嫌いな人は嫌いといういつものオチで締め括ったわけですが」
レン「自覚あんのなら直せよ!万人受けするシナリオを生み出せよ!」
なべさん「完璧で万人受けするシナリオなどこの世に存在しない!(キリッ」
レン「威張って言うな!」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください!」
──To be continued──
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