ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
橋の上の会敵
カグラに抱えられたキリトとリーファが遠目にもしっかりとルグルーの巨門をくぐったのを確認した後、レンは急いで後退した。
脳裏に浮かぶ謎の追跡者との距離は、もういくばくかもない。
ゴツゴツした通路はすぐに終わって石畳のそれに変わり、その向こうで空間が一杯に開けて青黒い湖水が仄かに光っていた。
ドーム状に広がる天井をちらりと視界の端で捉え、レンは少しだけ胸を撫で下ろした。
閉鎖空間では最大限に効果を発揮するサラマンダーの両手槍突進戦法をかわし、十二人全員を皆殺しにするとは半端ではない。
か弱いとは言い難いが、決して殺意という感情を向けることも向けられることも慣れていないALOプレイヤーとは、文字通り次元が違う。
閉鎖空間が決して得意とはいえないレンのワイヤーは、やはり洞窟の中よりもこういった開放的な空間の方が優位に立てる。
端の中心地点まで一息に飛び、音もなく静かに振り向いた。
空洞の天井まで繋がる巨大な城門にゆっくりと背を向ける。
真っ直ぐな視線が向けられるのは、たった今自分が走り抜けてきた洞窟の通路。ゴツゴツとした岩石が織り成す、天然の暗闇。
ゆらり、と。
その奥が歪んだように滲む。濃密な闇の奥から、何者かが現れようとしている。
「……………来る」
小さく呟いたレンの言葉に対する回答は《光》だった。
眩いばかりのオレンジに発光する光が闇を切り裂き、まるで津波のように洞窟の奥から押し寄せてくる。
「………ッ!……《過剰光》、か!!!」
咄嗟に腕を交差し、防御の体制を取るが、その時にはもう遅かった。
「くぅっぅ、がああっぁああぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」
オレンジの過剰光は、まるで光の柱のごとき勢いで屹立して一瞬の間にレンの小柄の体を飲み込んだ。体中を金属バットでタコ殴りにされたような衝撃が包む。
熱い、いや熱いと言うより、冷たい。
灼熱を遥かに通り越し、寒々とする氷のような冷気が身体を包む。
留める事ができずに、どうしようもなく身体が吹き飛ばされる。
背中に石畳が激しくぶつかって、肺の中の空気をごっそりと持っていく。ボールのように数回バウンドした後、レンはボロボロになった虫のように地面に這いつくばっていた。
顔を上げると、先程までの華麗で荘厳とも言える石畳の橋は跡形もなく、痛々しいドリルで削ったかのような痕が残されていた。幸いながらも射程範囲は少ないと見て、レンが立っていた橋の中心から数メートルのところでその傷跡はフェードアウトして消えていた。
よろめきながら立つと、洞窟の奥から明確で快活でどこか張り詰めたようなな女性の声が響き渡った。
「チッ。やっぱあれくらいじゃ無理、か」
吐き捨てたようなその声と共に、再び闇が揺らいでその奥から人影を吐き出した。
チョコレート色の肌に、後ろで粗野にまとめられた艶やかな黒髪。装備は防御力をまるっきり度外視したようなTシャツにGパン。サイズが合ってないように、苦しげに豊満な胸が大きく揺れる。
素肌で惑わされるが、直感的に分かる。独特な土妖精の感じ。
「……………なんで?」
呆然と、そして眼を鋭く細めながらレンが言う。
その前に、コツ、コツ、と音高くブーツを鳴らしながら現れたノームの女性はゆっくりと近付いて行く。ゆらり、とその細い身体から炎のようなオーラが静かに立ち昇る。
心意技の予備動作ではない。心の内側から漏れ出る闘志が過剰光として発現しているのだろう。
近付くその女性に、レンは一言鋭く言った。
「何でここにいるの?テオドラねーちゃん」
ゆらり、とレンの体からも瘴気のごとき漆黒の過剰光が漏れ出でる。カラスの濡れ羽色だった瞳は、血のような真紅に染まっている。
ゆっくりと放たれたその問いに、現れた《柔拳王》テオドラは迷いなく答えた。
「決まってんだろ、レン。お前をここから連れ戻すためだ」
「連れ戻す?どこに?僕はここにいる、どこにも行かない。マイを救い出すまでは、ね」
即座に言い放たれたレンの言葉に、《柔拳王》と呼ばれた女性はくしゃりと顔を歪めた。
それは痛みを堪えているかのようでもあり、どこか判っていた事に落胆したような顔だった。
「いつまでなんだよ?いつになったらマイを救い出せるんだよ!分かってんのか!?お前の身体はもうボロボロなんだよ!!」
悲痛そうに言い切ったテオドラの言葉に、レンはしばしの間顔を伏せた。しかし、再び上を向いた顔には笑顔が張り付いていた。
張り付いて、貼り付いていた。
「それが?」
「────…………ッ!」
テオドラは息を詰まらせた。
その言葉に込められた、あまりの重さに膝が砕け落ちそうになった。
その様子を見ても、レンの笑みは小揺るぎともしなかった。
無機質に、無感情に笑っている。
透明に、笑っている。
ただ、笑っている。
「そんなボロボロになってまで、マイが助けてもらいたいと思うのか!!」
叫ぶ声に、レンの笑みがギチリと小さく強張る。
「それに、ユウキはずっと心配してたんだぞ!!お前を信じて、何にも、誰にも相談せずにお前が入院してるところに通ってんだ!!!それをお前はどう思ってやがんだぁッ!!!!」
ドオオォォォォオオオオーッッンンン!!!
耳をつんざく轟音と共に、銀の煌きが閃いて橋が両断された。
がらがら、と音を立てて橋が崩れ落ちていく。
その一端が、まるで酸に触れたように白煙を上げて溶けた。テオドラは構える。右腕を前に、左腕を軽く後ろに引いてファイティングポーズを取る。
白煙の向こうからゆっくり現れる小柄な人影。
レンは、キリトやリーファ達と会ってから初めて臨戦態勢を取った。と言っても、両手を力なくだらりと垂らしただけだ。
しかし、テオドラは知っている。それを取ると言うことは、レンが本気で戦うと言うことなのだと。
自然体という名の、あらゆる体術の中で奥義とされてきた構え。相手の一挙一動を一部の隙もなく先読みし、最適な動きを実現できる構え。
殺気という名の情報圧が堰を切ったように溢れ出し、空間を歪めていく。びし、びし、とあちこちで瓦礫にヒビが入る音が聞こえる。
「へっ!やっと本気出しやがったか!」
テオドラがニヤリと、好戦的に、獰猛に笑う。
「あぁ、分かってたさ。お前がこれくらいで止まらないくらいはな。だから────」
両の手の指を軽く握り、また開いた。そしてテオドラは────
「あたしが止めに来たんだよッ!!」
天高く吼えた。
最初に動いたのは、テオドラだった。
刃のごとき鋭さを持つ手刀を槍のように真正面に立て、無言で猛烈な突進を敢行する。一般プレイヤーが見たら、とてもじゃないが眼で追いきれないほどのスピードだ。が────
「遅い」
ぶつり、と雑音の混じった声で呟いたレンはふらりと、倒れこむように一歩前に踏み出した。
そう、テオドラが突っ込んでくる方向に。
「なにっ!!?」
予想外の展開に一瞬躊躇してしまったテオドラは、咄嗟に手刀の威力が解き放たれるべき方向を変えることができなかった。
手刀の脇を通り抜けるように、自然にレンは避ける。
同時に、限界まで引き絞っていた右足の膝をねじ込むように、自分より数倍も高いテオドラの急所に叩き込む。
「っつ、ぐうぅぅっ……!」
さらにしゃがみ込み、マシンガンのごとき連続突き技を出してくるレン。テオドラが体勢を戻す前に、一気に勝負を付ける気なのだろう。
レンは、テオドラを見くびりもしなければ油断もしない。本気を出すに充分な相手だからだ。
だから、全力で。
本気を出す。
一撃目、二撃目は回避された。さすがは零距離戦のスペシャリスト。まるで水を掴むがごとき滑らかさだ。
だが、どれだけ足掻こうが、隙というものは必然的に生まれてしまう。
今はなきSAO時代のテオドラならば、自らの隙をカバーしようとし、どんな手を使ってでも塞いできた。
しかし、ここはあの世界ではない。テオドラの動きはあの頃のキレはなく、レンの目にはテオドラの一挙一動をはっきり目視することができた。
───あの頃のテオドラねーちゃんは、もういないのか…………。
胸中でそっと呟き、ほんの少し悲しい気分になったレンはそれを振り払うように、三撃目を突き出した。
すると────
「…………………………ッ!!」
突き出した左手が、まるで見えないゼリーにでもぶつかったかのような衝撃を伝えてきた。これは、あの世界で何度も経験したことのある感触。
しまった、と思う間もなくレンの小柄な身体がふわっと地面から離れ、吹き飛ばされていた。
数回バウンドし、意思でできた橋の欄干に音高く衝突する。
心意での攻撃ではなかったので痛みはなかったが、背中一杯に不快な衝撃が大いに走り、呻き声が口から漏れ出る。
一瞬ぼやけた視界の向こう側で、猛然とこちらに向かってくる人影が見えた。
テオドラは欄干を砕き、なかば埋もれているようなレンに向かって目一杯に振りかぶった拳を振りぬいた。自分よりも小柄で、小さな生き物に向かっての容赦は一切なかった。
気を抜いたら、殺されると分かっているから。
だが、テオドラの拳が捉えたのは生身の身体を殴る手応えではなく、果てしなく硬質なものをぶっ叩いたかのような凄まじい痛みだった。
「ぐぅっ………!?」
思わず細めていた目をこじ開けると、拳が殴っていたのは、先刻までレンが寝ていた欄干だった。力一杯振りぬいたせいか、テオドラの拳は肘辺りまで欄干に埋没している。
肝心の紅衣の少年の姿はどこにもない。
「どこに………ッ!!!」
きょろきょろと視線を動かすテオドラ。その首元に────
すっ、と音もなく手刀があてがわれた。
「────────ッッッッ!!!!!」
最大級の驚きで固まってしまったテオドラの耳に、静かで幼い、聞きなれた声が響く。
「無理だよ、テオドラねーちゃん。ねーちゃんにはあの世界から帰って来てから今まで、二ヶ月のブランクがある。その間、僕がただ何もせずにこの世界で遊んでいたとか、本当に思ってるの?」
背筋がゾクリとするほどの《ナニカ》を含んでいる声。その声は明確に物語っていた。
二ヶ月と言う、あまりにも長い時間の重さを。
その間にレンがしてきた死闘と修行の数々を。
だからテオドラも、極めて冷静に返した。
「…………さすがだな、レン。久しぶりに痛感したよ。お前の《地走り》」
《地走り》
それは、レンがSAO時代の時に編み出した、システム外スキルである。その特徴は、無音高速移動歩法。
ある一定のリズムを高速で踏むことによって、システムに負荷をかけ、移動の際にかかる音をキャンセルすることができると言うものだ。ちなみに、これを身に付けた者は今のところ、レンただ一人。
リズムがとんでもなく複雑かつ、とんでもなく高速でやる必要があるため、敏捷一極型プレイヤーのレンでも難しいほどなのだ。
「完成、してたのか。たしか成功率はまだ六割とか言ってなかったっけ?」
「その時は、ね」
レンは、テオドラの首に手刀を当てながらさらりと、さもなんでもないことのように言う。
「今は完璧に出せるよ。だから、テオドラねーちゃんは僕には勝てない」
諭すように紡がれたその言葉を聞き
嘲笑するように
吐き捨てるように
哄笑するかのように
テオドラは────
「………はっ、そうだよなぁ、それがお前だ!確かにあたしじゃお前にゃ絶対に勝てねぇだろうなあ。だがな、あたしはそれでもあんたの前に立ちはだかるんだよッ!お前にも待ってる人がいるから立ち上がんだよオォッ!!!」
吼えた。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「まさかのテオドラさん襲来ですか」
なべさん「いえすあいどぅ!」
レン「なぜ英語?」
なべさん「ぶっちゃけ言うと、テオドラさんの出番が少なかった気がしたんだよねえー、SAO編全体を見て」
レン「それを言うならユウキねーちゃんをもう少し出してあげろよ。一応サブヒロインなんだから」
なべさん「主人公がサブヒロインとか言うな!まぁ、ユウキが本格的に出すのはGGOからかなぁ」
レン「なげぇな。ALO編中にも出してやれよ、かわいそうに」
なべさん「うーん、ま、そこら辺はボチボチ………」
レン「アバウトだな~」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね~☆」
──To be continued──
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