変人だらけの武偵高
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4話
「あーあ。どうすっかな」
地面に散らばった残骸を蹴飛ばしながら、キンジは呟いた。
「ほっといても鑑識科が持ってくんじゃないの?」
「まあそれもあるんだけど。完全に遅刻だ、って話だ。新学期早々遅刻とか、元は優等生で通ってた俺のすることじゃねえしな」
普段の学園生活を鑑みればとても口に出来ないような台詞をさらりと言い放つキンジ。
人を食うような態度の彼に、少女は小悪魔的な含み笑いを伴って、言う。
「元は、っていうのは強襲科時代のことかしら、『気狂い』キンジ?」
はっ、とキンジは心底嫌そうな顔をした。
まさかとは思ったが、この少女がたった今思い出した武偵だったなら、確かにその名前を知られていても仕方が無い。気狂いキンジの悪名は、強襲科を中心にして東京武偵高中に広く浅く知れ渡っている。
「なんとまあ、懐かしい名前を持ち出してくれるな。『緋弾』アリア」
「あら、光栄ね。私のことを知っているの?」
くす、と妖艶な笑みを洩らす少女、アリア。やはり、キンジの予想は間違いでは無かったらしい。
緋色の髪に赤紫の瞳。二丁拳銃を手に弾丸のように敵陣に切り込むその姿から、『緋弾』と渾名される武偵の噂はキンジの耳にも届いていたが、まさかこんな小さな少女だとは思ってもみなかった。
「本名は神崎・H・アリア。イギリス貴族の出ながらロンドン武偵局所属の現行Sランク。連続強襲成功回数の世界記録保持者……ええと、記録は幾らだったか?」
「九十九回よ。そう、そんなに私の悪名は轟いているのね」
「勇名さ。まあ確かに協調性に欠ける、とはよく聞く注釈だがな……アンタほどの武偵がウチの強襲科に入ったってのは、一時期かなり話題になってたぜ」
もっとも、キンジとはやや入れ替わり気味に転入して来たため、互いの面識はなかったが。それでもキンジが彼女を知っていたのは、強襲科の面々とは未だ付き合いがあったりもするからである。
ちなみに彼らにはよく強襲科へ戻ってこないかと誘われるが、諸々の事情もあり断り続けていた。諦めがつかず、気狂いキンジの武勇伝を吹聴するヤツがいてもおかしくはない。
「母が日本人なのよ。ちょっと都合が悪くてこっちに来ることになったんだけど……思わぬ収穫があって良かったわ」
アリアは薄く笑った。
アリアの顔立ちは、体型と同じく幼い。キンジでさえ、初めは中学生か、もしくは小学生と勘違いする程だった。そんな幼い少女が見せる大人っぽい笑みは、酷く扇情的でキンジの血流を更に早める。
相性が良い、とはこういうことをいうのだろうか。
「キンジ。あなた、強襲科に戻る気はあるかしら?」
その提案は、キンジの顔色に若干の影を落とす。
「……正直、あまり乗る気はない。退屈ではあるが、探偵科の居心地も悪くないしな」
「そう」
さして残念でもなさそうに、至極あっさりとアリアは納得した。
逆にキンジは、毒気を抜かれたというか、唖然としてしまう。
「……それだけか?」
「何? もう少し勧誘なりして欲しいの?」
「いや。てっきり、そう来るとばかり思っていただけさ」
「別に諦めた訳じゃないわ。さっきあなたも言ったけど、私、ターゲットを逃がしたことはないの」
アリアは自分の小さな右手を、ピストルの形にしてキンジに向ける。
「キンジ。あなたはもう私のターゲットよ。何があっても、絶対逃がさない」
バーン、と可愛らしい声で付け加えて、アリアはにやりと笑った。
悪い笑顔だった。
その後、もう遅刻は決定していたので始業式はすっぽかし、SHRから出席することに決めたキンジは、一般校舎までの道のりをアリアと話しながら歩いていた。
「さっきはああ言ったが、依頼という形を取るなら、俺が武偵である以上断るつもりはない。命を助けて貰った恩もある。報酬なんかは求めないぞ?」
と、割と本気で言ってやったりしたのだが。
「ノン。私が求めているのは任務を忠実にこなす仕事人でも、お金でつるむ仕事仲間でもないの。私に必要なのは、互いが互いを信頼し合う、強固な絆を持ったーーそうね、相棒、とでも呼ぶべき存在よ」
なるほど、キンジは内心で納得する。だから自分を強襲科に誘った訳か。だが、キンジにも少なからず強襲科には戻れない理由もあったため、その辺は保留にしておく。
アリアの意向にはそぐわないが、探偵科のままでも相棒という存在になれないことはないだろう。
それにしても。ちらり、とアリアの方を見下ろす。
そう、見下ろす。アリアの小さな姿を確認するには、一々見下ろさなければならない。
見れば見る程小さな少女である。
失礼な視線に気付いたらしいアリアが、不審そうにこちらを見てくる。キンジは慌てて目を逸らした。
「でも、前いた場所には中々合う相手がいなかった。気質が合っても、実力が噛み合わない人ばかりだったわ」
それはそうだろうな、とキンジは自分を棚上げして思う。
アリアはSランク武偵だが、同ランクの武偵は世界中で七百十二人しかいない。
先進国日本の首都、東京にあるこの武偵高でさえ、Sランク武偵は数人しかいない(ただし、教師は基本的に自らのランクを秘匿する義務があるので頭数に入れていないが)。しかもSランクは多忙で、しょっちゅう依頼が舞い込んで来るためSランク同士で組むことはかなり少ない。
(まあ、俺みたいなランク落ちや格下げもいるし、試験すっぽかしてるヤツもいるがな)
そういう実力を隠していたり、実力はあるのに運に恵まれなかったりするヤツらを掘り起こすのは一苦労だ。今回はたまたま運が良かったらしいが。
「でも、あなたには信頼に足る実力があるわ。あなたなら、きっと私の相棒になれる」
「……買い被り過ぎだ」
「そんなことないわ。キンジ、あなたは自分の実力を誇って良い。日本人には謙遜が美徳らしいけど、あからさま過ぎちゃ嫌味なだけよ」
「そんなもんか」
「そんなもんよ」
と……話し込んでいる内に、一般校舎の校門前に着いた。
春真っ盛りだけあって満開に咲き誇った桜が、景色を桃色に染めている。キンジは桜の花が嫌いではなかったーーというより、好きだった。それは多分、彼の家系の影響もあるのだろう。
「俺は……A組か。お前はどうだ?」
「あら、奇遇ね。私もAよ」
「そうか。なら、時間をずらそう。変に噂を立てられても敵わないからな」
「そう? ……まあいいわ。なら、先に行ってて。私はもう少しゆっくり歩きたいから」
「おう、分かった。じゃあな」
ひらひらと手を降りながら、キンジの姿校舎の中に消えていった。
「……名前、呼んでくれなかったなぁ」
自分は散々キンジの名前を呼んだのに、と一人ごちるアリアだった。
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