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同士との邂逅

作者:日月
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十八 告別

太陽が燦々と屋敷を囲む森に陽光を降り注ぐ。
チチチ…と鳥の囀りが葉風に乗って木立を吹き抜けた。


屋敷の周りをランニングしていた横島の耳にもその鳴声は聞こえてくる。
滴る汗を鬱陶しそうにしながら走り続ける彼に、縁側で座るハヤテが呼び掛けた。
「あと二十五周です、ごほっ…」
「え~!?ハヤテさん、スパルタッスよ」
抗議の声を上げた横島は、ハヤテの次の言葉に押し黙る。
「強くなりたいって言ったのは、横島くんですよ……ごほっ」
「う………」
口を尖らせるもわかってますよ!と半ばやけくそ気味に答え、横島は再び駆けだした。その様子を見ていたハヤテは思わず苦笑を漏らす。



朝一番にハヤテは、どこか神妙な面持ちで「強くなるにはどうしたらいいッスか」と突然問い掛ける横島に気圧された。戸惑いながらも、真剣な声でぽつぽつ話し出した彼の話に耳を傾ける。

「見守るのもひとつの勇気だって言ったじゃないッスか。じゃあ俺はいつでも手を差し伸べられるように強くなる…………その時になって役に立たないなんて情けないッスからね」

ふっきれたような態度の彼に頼まれ、ハヤテはこうして鍛錬の指導をしているのだ。
せめて木から木へ跳び移れるようにならないと!と意気込む横島に、屋敷のまわりを五十周ランニングするよう伝えた。何はともあれ、まずは体力作りである。

ハヤテは横島を必ずしも信用したわけではない。けれど人柄から横島の事は気に入っていた。
それにもうすぐ音と砂が木の葉崩しを決行する。もし忍びではない横島がそれに捲き込まれたら一溜りも無いだろう。だから気休め程度にしかならないだろうが、横島を鍛える事にしたのだ。
子どもの時にアカデミーへ通っていない一般人が忍びになれる事はまずない。けれど意外と身体能力が高いので、木から木へ跳び移る事ぐらいは早く出来るようになるかもしれない。


努力という言葉自体嫌いだった横島が自ら努力する。天才肌である彼は努力することで通常より二倍も三倍も成果を出せる。

木の葉崩しまであと四日。
雀の涙もないほど短い期間、買い物や食事の支度、それにナルトとの約束であるアパートの掃除以外の時間を横島は鍛錬に費やした。













それは偶然だった。
買い物袋をぶら下げ、横島はのそのそと堤防沿いを歩いていた。


アパートの掃除はナルトと一緒にする事でとうに終わらせた。それからはひたすらハヤテの指示に従って鍛錬を続けていたのだ。
今は休憩がてらに出掛けた買い物の帰り道である。


堤防下に広がる川が反射してキラキラ光る。それを眺めていた彼は、前方から聞こえてくる聞き慣れた声に顔を上げた。
「…そんでさ~カカシ先生ってば、まぁた遅刻してきてさ~」
「お前んとこの班はほんとメンドくせーこって」
金の髪がぽわぽわと、たんぽぽの綿毛のように揺れている。その隣で相槌を打つ黒髪が苦笑していた。

「あ」
全身オレンジ色の服という派手な出で立ち。素とは真逆の明るさで朗らかに笑う子どもに横島は思わず声を上げた。

はっと口を押さえる。以前崖からナルトを突き落とした大柄な男の姿が脳裏に浮かび上がり、横島は呼び掛けるのをぐっと抑えた。
あの時も名前を呼んでしまった事でナルトに迷惑が掛かってしまった。だから素知らぬふりをして通り過ぎようと横島は買い物袋を持ち直す。
それでも視線はナルトのほうについ向けてしまう。そしてナルトの隣を歩いている子どもに興味を持った。

里人と違い、ナルトに対して自然と接しているその子ども。仲良さげなその様に横島は目を瞬かせた。
ついマジマジと見ていたようで、髪を頭の天辺で纏めている黒髪の子どもが胡散臭げに此方を見ている。子どもらしからぬその眼つきの鋭さに、横島は思わずたじろいだ。



その時ぽちゃんと水音がした。どうやら川の魚が跳ねたようで、横島とその黒髪の子どもは一瞬そちらに目を向けた。堤防下の川の一角で水の波紋が小さく輪を描いている。

「行こうぜ、ナルト」
「あっ、待てってば。シカマル」
黒と金が通り過ぎる。黒髪の子どもがさりげなく金髪の子どもを庇うように横島の隣をすり抜けて行った。






「………なんだ。友達、いるじゃんか…」

その後ろ姿をぼんやり眺めていた横島は、買い物袋を無意識に持ち直す。傍の木がさわさわと揺れていた。















なんとなく、ふと立ち寄った公園。
夕陽に照らされ赤色に染まる遊具からは長い影が伸びている。

買い物袋を傍の鉄棒に括り付けて、横島はブランコに腰を下ろした。思ったよりも窮屈なブランコが、否でも応でも自分の身体が大きくなった事を実感させる。
「……もう明日でひと月かぁ…」

横島が木ノ葉の里並びこの世界に来て既にひと月。時が経つのは本当に早いと思いながら、ブランコをゆっくりと漕いだ。キーキーと軋む金具の音が人気のない公園でやけに響く。



「――何やってんだってばよ?」

隣から突如聞こえてきた声に、横島は漕ぐのを止めた。
何時の間にか金髪の子どもが隣のブランコを立ちながら漕いでいる。座っている横島より若干高い位置にある金の髪を揺らして、彼はにししと笑った。

「…友達はいいのか?」
「友達?誰の事だってばよ?」
横島の問いに、きょとりと瞳を瞬かせて子どもはぴょんとブランコから跳び降りる。横島の前で仁王立ちしたかと思えば、急に子どもを纏う雰囲気が変わった。


「シカマルなら俺の影分身と一緒だから大丈夫だ」
「影分身?」
「実体である分身体の事だ。さっき魚が跳ねた時に入れ替わった」
確かに一瞬魚の跳ねた方にナルト以外の面々は気をとられた。しかしそれはほんの二秒足らずの出来事である。その僅かな時間中でやり遂げた彼に、横島は思わず苦笑を漏らした。

「そりゃ便利なこって……――――ところでいいのか?こんなところで素に戻って…」
「問題ない。周囲に結界を張った。傍目には無人の公園に見えるだろうな」
「…まあいいや。今日は暗部の仕事は無いのか?」
「あるがまだ時間ではない………お前と話がしたかった」
「へ?話?」
眼をパチクリする横島の隣のブランコに、ナルトは再び腰掛ける。足の爪先で地面を掘っているその様は年相応の子どもに見えた。

「……ハヤテの様子はどうだ?」
「うん?別に普通だよ。文珠を使ったから怪我もきれいさっぱりだし」
それにあの人何気にスパルタだしなと鍛錬に関する愚痴を内心呟いた横島の顔をナルトはちらりと窺い見る。


三日間ぶっ通しで任務を終わらせたナルトは当初の予定通り病院で眠る影分身と入れ替わった。我愛羅がリ―の病室を襲撃するという予想外のハプニングはあったが、後はおおよそ筋書き通りである。そして見舞いに来てくれていたシカマルと一緒に帰っている途中に横島と会ったのだ。


掃除の件が済んでから、暗部任務に追われていたナルトはなかなか帰る事が出来なかった。
ハヤテの看病を横島に丸投げしてしまったという罪悪感が彼の心を締め付ける。しかし文珠という言葉にぴくりとナルトは眉根を寄せた。

「乱用し過ぎているんじゃないのか?」
「え、何が」
「その、文珠の事だ」
突然咎められた横島は、困ったように目尻を下げる。なぜかナルトは横島が文珠を使う事に抵抗があるようだ。ハヤテの治療を渋ったのがいい例である。

「それは、そうだけど――でも文珠のお蔭で命を救われた事も何度もあるし……」
「……記憶を見させてもらった際に思っていたんだが、文珠が原因で大変な事になるのが多々あっただろう?お前自身の命に係る状況ならともかく、滅多に使うものじゃない」
言い方はぶっきら棒だが思いの外心配しているのがわかり、横島は内心苦笑した。
(わかりにくいっつ―の)

横島の記憶によりナルトは、〖文珠を生成できる彼の力は下手に転ぶとデタント〈緊張緩和〉の崩壊を引き寄せかねない〗という前提のもと、彼が一部の上級神魔族から常日頃から命を狙われる羽目になった事を知っている。それ故ナルトは、文珠の能力を持つ横島の身を案じているのだろう。


「………よっと」
ブランコからのめり込むようにして降りた横島は、ナルトが漕ぐブランコの後ろに回った。途端、神業とも言える速さで、横島の顎下にクナイが添えられる。

ナルトは背後を決して許さない。背中を見せる事は命取りに繋がるからだ。だから多少気を許す相手にも本能が身体を動かし、無意識にクナイを突き付けてしまう。

顎下の冷たい切っ先に冷や汗を掻きながらも、まるで猫が警戒してるみたいだなと横島は感傷にひたった。
「なんもしねえって。ただ背中を押してやろうと思って」
「…………背中を、押す?」
訝しげにクナイをおさめるナルトにほっと息をつき、横島は改めて彼の背中に手を伸ばす。


キイと一際大きく揺れたブランコ。ブランコを吊るす金具に慌ててしがみ付いたナルトは目を丸くしている。キイッと反動で返ってきたブランコに向かって、横島はもう一度力を入れた。
「ブランコの楽しさってのは一人で乗る事じゃなくて誰かがその背中を押してやる事だと思うんだよな」

振り子のように大きく、ブランコは夕焼け空へ跳ねる。しっかりと金具を手で握り締めているナルトは、ただただ前方に目を向けていた。

「……別に、楽しくない」
「そうだなぁ。いつも木から木へ跳び移る奴にはこんなの楽しくないかもなあ」
木から木へ跳び移るのってやっぱ難しいんかと軽い口調で横島は話し掛ける。ブランコが再び大きく弧を描いた。

「でもさ…………こう、ブランコで高いとこまで上がるとさ…空に近くなるだろ」
戻って来るブランコを目で追いながら、彼は薄く笑う。

「子どもの時、ブランコに乗るとよく思ったんだ。太陽とか月とか、そういったモノに近くなれるって。たぶん、天に手を伸ばしたかったんかな…なんか強くなれる気がして」
手を空に翳す。黄昏時の太陽が横島の掌を赤く照らした。



実のところ横島はある言葉がずっと心に引っ掛かっていた。それはハヤテと初めて会話した際の、「総隊長とどのようなご関係なのですか?」という設問だった。

横島は月代――ナルトにとって何なのか。友達?仲間?それとも……?答えが見つからぬまま悶々としていた横島に、新たな問題が提起される。

それはナルトを崖に突き落とした大柄な男の「他人は口出しするんじゃない」という一言。思わず「他人じゃねぇ!!!!」と否定したが内心では断言できなかった。その上間髪容れずアパートを襲撃された事で湧き上がった疑問。

陰口に暴言や暴行、罵声に投石…数え上げれば切りが無い仕打ちを受けている子どもに何をしてやれるのか?過酷な状況にいながら頑なに助けを拒む子に自分は何が出来るのか?

煩悶する横島を示唆したのは再びハヤテが言った言葉だった。
[傍にいる]・[見守る]…この二つの単語は横島の考え倦んでいた問題に一点の光を見出した。



「お前はもう天に手が届いてるような強者だと思うけど、その背中を押してやれる奴に俺はなりたいんや」

はたと、地に映るナルトの影を見つめる。その小さな影はとても暗部総隊長には思えない、普通の子どもの影である。それでも彼がこの里で最も強いのだと理解しているからこそ、横島はナルトの心の支えになりたかった。

どれだけ強くともやはりナルトは子どもなのだ。どんな規格外な強さを持っていても完璧な人間などいないのだと、自分自身を顧みて思った。



「………急にどうしたんだ」
「いや、別に……」
誤魔化すように横島は笑ったが、ナルトから滲み出る無言の圧力に促される。

こちらに少し振り向いて尋ねるナルト。その顔の赤さが夕陽に照らされているだけではない事に横島は気づかないふりをして口を開く。照れ臭いのだろう。子どもらしいその反応に思わず喉の奥が鳴った。
「…たいした事ないんだけどさ。ハヤテさんに、お前と何の関係があるのかって聞かれたから」
月代のほうな、という言葉にナルトはきょとりと目を瞬かせる。

頭を掻きながら空を見上げるとその赤が目について、横島は思わず感慨深げに呟いた。
「…どこでも空は一緒やなぁ…」
その独り言のような小さき声に、大袈裟過ぎる程ナルトは大きく肩を揺らす。



「……――――――元の世界に帰りたいのか?」
「え………」



突然横島の手が離れたブランコは、寄せては返す波のように反復し、やがて止まった。

そのブランコの上に座っているナルトは横島の答えを待っているようだ。振り返る素振りも見せない小柄な背中が彼をじっと見つめている。問い掛けられたその言葉の意味を反芻して横島は愕然とした。

そういえば一度たりとも戻りたいと、帰りたいと思わなかった。
(どうして)
思わなかったのだろう。急激に湧き上がる疑問に、横島は胸をぐっと拳で握り締めた。



「………――――――お前は、俺に、帰ってほしいんか」

次いで口から無意識に飛び出した言葉は、思っていた内容とは真逆だった。何も考えずに紡いだそれに横島自身も困惑する。ナルトのほうも酷く驚いた様子で眼を見開かせていた。



「…………………………」
無言がその場を支配する。



夕風が公園をぐるり囲んだ木立を吹き抜けた。その風は横島とナルトの頬をやわらかく撫でていく。カァという鴉の鳴声で我に返った二人は弾かれたようにブランコから離れた。

「………帰るか」

何の考えも無く口にした横島の言葉に、ナルトが反応する。ハヤテさんも心配するだろうしと続けようと思った言葉は、ナルトの激語によって遮られた。


「そうだ、早く帰れ。お前の世界に」



小声だが激しさの込められた一言に横島は動揺する。顔を背け、つき放すような物言いでナルトは続けた。

「……――色々と世話になった。礼を言う…もう充分だ。だからお前は」

ざぁっと二人の間を夕風が駆け抜ける。ニ・三枚の葉が風に乗って空を舞った。


「帰れ」
「…ちが、そういう意味で言ったんじゃ」
「帰れ」
「ナルトっ」
「お前のいるべき場所はココじゃないっ!東京って所だろうっ!お前はGSなんだろ、こんな世界にいても仕方が無いだろう!!」

口早に言うナルトを横島は呆気にとられて見る。どうして急にそんな事を言うのだろうという疑問と共に、寂寥感が募った。

「…なんでだよ。なんでそんなこと、いきなり言うんだよ」
「いきなりじゃない。言うのが遅過ぎたんだ…本当はもっと早く言うべきだったんだ」
どこか自分自身に言い聞かせるようにしてナルトは言う。けれどその事に気づかず、横島は下唇を強く噛んだ。
沈黙し続ける彼に焦れたのか、ナルトが鋭い視線を投げ掛ける。


「……この世界から帰らないなら、この里から出て行け」
「ナ、ル……」
トと名前を言う間も無く、横島はナルトに抱え上げられた。気づけば、公園にいたはずの彼らは草木の生い茂る森の中に佇んでいた。


その場所に既視感を感じきょろきょろと見渡す横島の隣で、ナルトは大木に突き刺さったクナイを抜いている。何か術式が描かれたそれを彼が仕舞いこんでいる間に、横島は今自分がいる場所を思い出した。

(そうだ。ココ…ナルトと初めて会ったとこだ)

暗部任務中のナルトにクナイを首筋に突き付けられた処。
蒼い炎が地を奔り、咽返るほどの血臭が溢れていた場所は、今見ても木立に囲まれた原野に他ならない。


ぼんやりとほんの一ヶ月前の思い出に浸っている横島の前で、ナルトがくいっとある一点を指差した。
「あそこまで行けば里外だ。ココのルートはこの前殲滅した奴らしか使っていなかったから、今は誰も知らない」
一際大きい木を指差すナルト。彼の指をじっと見ていた横島は拳を震わせながら問い掛けた。


「本気で…言ってんのか…」
「……………」
「それで、お前はどうすんだ」
「どうするも何も俺はこの里の忍びだ」
「こんなっ、お前を閉じ込める檻みてぇな里にずっといるってのかよ!!??」
「檻?違う、箱庭だ」

淡々と言うナルトに、横島は最初出会った時の事を思い出す。同じだと、今のナルトはあの時のように感情を取り払った表情をしていると直感が囁いた。

(コイツはまた…道化を被ってやがる…っ)

益々苛立って横島はナルトの腕を掴む。荒々しく爪を立てて握ったのだが、ナルトは何の反応も示さなかった。

「いいんか!お前はそれでっ!」
「…………」

縋るように掴んでくる横島の手をナルトは振り払う。その行動に、料理を盛った皿を叩き払われた三日目の夜の事が思い出されて横島は眉を顰めた。





「…―――さよなら」


くしゃりと顔を歪めてナルトは言う。その言葉が終らない内に、彼は音も無く立ち去った。







先ほどまでナルトが立っていた場所を横島は呆然と見つめる。
握り締めた拳の中で、蛙の財布がぐしゃりと音を立てた。
 
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