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ワルキューレ

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第一幕その六


第一幕その六

「そしてこの輝きは一体」
「一つお伝えしたいことがあります」
 ここでジークリンデは若者に対して言ってきた。
「あの人の、夫の酒はです」
「あの人の酒は」
「眠り薬が入っているのです」
 こう話すのだった。
「今日は特に眠れるようにと入れていたのですが」
「そうだったのですか」
「これは僥倖です。今のうちに」
「今のうちに?」
「そうです。お逃げ下さい」
 また告げるのだった。
「夜の闇に紛れて」
「私に逃げよと」
「そしてです」
 ジークリンデの言葉は続く。
「剣もあります」
「剣が?」
「若しそれが貴方の手に入るのなら」
 こう前置きしてからの言葉だった。
「貴方を勇者の中の勇者と称えましょう」
「私を勇者と」
「そうです」 
 こうまで言うのである。
「まことの勇者だけがその剣を手に入れることができるのです」
「それではその剣は」
「お聞き下さい」
 ジークリンデの言葉がこれまで以上に真剣なものになった。
「私がこの屋敷に入れられた時のことです」
「この屋敷に」
「一族の者達が全て集まったあの日」
 彼女の一族ではない。忌々しげな顔はこうも述べていた。
「彼は盗賊の与えた女を彼女の言葉も聞かずに妻としました」
「それが貴女なのですね」
「そうです」
 同時に己の身の上も語るのであった。
「その宴において私が悲しく座っていた時に」
「その時に」
「灰色の外套を着て深い帽子を被ったその人は」
「その人は」
「片目を隠していました」
 それをというのである。
「ですがもう一つの目の輝きが全ての人に恐れを抱かせ眼差しは男達を驚かせました」
「一つの目で」
「そうです。その目は私には不思議なものを与えました」
 彼女は違うというのである。
「何か甘美な憧れに満ちた悲しみを呼び起こし」
「悲しみを」
「そして慰めも与えてくれました」
 互いに相反するものをというのである。
「彼は私を見詰め全ての人を見渡し」
「貴女をですね」
「そして手にした一本の剣をこのトネリコの木に突き刺したのです」
「それでは」
 ここで若者はわかったのだった。
「この木の幹の輝きは」
「これを幹から抜き取れる者にこの剣は与えられる」
 ジークリンデは彼に語った。
「それを」
「そしてこの剣は」
「一族の男達は皆抜こうとしましたが誰も抜けず」
 抜けなかったというのである。
「訪ねて来た客人も自らを誇る人は挑みましたが」
「それでもだったのですね」
「そうです。この通りです」
 その剣を指し示しての言葉だった。
「そして私は今わかったのです」
「何を」
「あの片目の人が誰だったのか」 
 その訪れた灰色の男のことであった。
「この剣が誰のものになるのか」
「全ておわかりになったのですね」
「そうです。今日ここで私がその人に会えるのなら」 
 若者をじっと見詰めての言葉だった。
 
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