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東方小噺

作者:七織
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毒人形と楽園の素敵な巫女

 
前書き
お題メーカー第五弾
六月三日に出たお題
『メディスン・メランコリーと博麗 霊夢が途方にくれておろおろする話』です
段々話が進むごとに減るおふざけ度合いに危機感を抱く日々。
もっと頭の中ハッピーな内容を書きたい 

 
 郷の東部にそれはあった。
 年式を感じる古びた木造ながら人の手による清潔さを残す建築物。広さに見合わぬ人気なさの境内にあるのは本殿と分社、宝物殿という名のガラクタが込められた倉庫。
 郷の均衡を保つ博麗の巫女が住む昼の博麗神社。巫女の私室もある本殿の一室。そこに身を隠すようにしながら動く小さな影があった。
 里の幼子よりもさらに小さく、膝丈よりも少し大きい程度。大きなリボン、洒落た服、御伽噺の如き赤いトゥーシューズに生気を宿さぬ肌。滲む毒の香。
 命を得た人形、メディスン・メランコリーは足音を隠しながら神社の台所へと向かっていた。
 
「何かないからしら……」

 抜き足差し足忍び足。シューズに合うバレリーナの如きつま先立ちで不格好に動きながらメディスンは台所の周辺を探し回る。

「ああもう、メンドくさい。疲れた」

 思ったよりつま先立ちが疲れたので普通の歩き方に戻し、捜索を続ける。台所のすぐそばの戸を開け、その部屋の中にあるものにメディスンの鼻と眉が動く。

「お酒……かしらね」

 鼻腔から頭に抜けるような芳醇で清涼感を持ったアルコールの匂い。部屋の中には蓋のされた大きな酒樽を始めとし、様々なお酒の瓶や樽や瓢箪が置かれていた。度々ある宴会の残りや、次の宴会用の酒の置き場なのだろう。鬼連中や一部のもはやアル中だろうとばかりの連中を思うに残りの可能性は少ないが。
 部屋の中に入り、何かいいものはないかとメディスンは見渡す。やはり目に付くのは大樽だ。メディスンの背丈では半分にすら満たないその樽の上へとメディスンは近くに落っこちていた木槌を片手に飛ぶ。

「うん、これでいいわね」

 呟き、木槌を両手で持って大きく身を捻る。

「振り子打法!!」

 メディスンの渾身の力を受け蓋がカパッと割れる。酒の匂いが一層増し、メディスンは眉をしかめる。人形であるメディスンの体は一度匂いがつくと取れづらいからだ。
 要件を済ませるべくメディスンは樽の縁に座り、手を酒の中に突っ込む。

「うふふ……これでいいわね」

 用件が終わってテンションが上がるメディスン。調子に乗って他の樽などにも片っ端から手を突っ込んでいく。

「ふふふふ、これで私の――」
「私の家で何をしているのかしら」

 背後から聞こえてきた声にメディスンの体がぴたっと止まる。止まるどころか一瞬で目から光を消し座り込みんでうつむき「私人形だよ! ここには誰もいないよ!」とばかりに取り繕う。それだけ怖かったのである。その声の主が。
 声の主――素敵な巫女さん博麗霊夢は再度言う。

「で、私が掃除をしていた間に何をしていたのかしら。答えないなら更に聞くわ。何の為に忍び込んだの。理由を次の中から選びなさい。私は優しいから罰も選ばせてあげる。
①お腹が減って食べ物を盗みに来た。私から食料を奪おうなんて言語道断。死刑
②巫女である私を狙いに来た。妖怪が舐めるな。死刑
③暇だったからちょっかいかけに来た。私だって暇じゃない。妖怪だし何となく死刑で。
さあどれ? ちなみに答えなかったら死刑で」
「って、どれも死刑じゃ――!?」

――ダンッ!!

 余りの暴虐ぶりに思わず突っ込んでしまったメディスン。そのすぐ傍に御札を付けた針が刺さる。そこに込められ、圧倒的な力を放つ静謐な霊力。それを間近にうけメディスンはびびる。もし普通の生き物だったら確実にちびるレベルでビビる。

「で、どれ?」
「すみませんでした。全部話すので勘弁してください」

 片手に針、片手に御札。指の間に大量に挟み込んで完全戦闘態勢の霊夢の迫力にビビってメディスンは土下座する。溢れ出す霊力に走馬灯が見える程。何事も命あっての物種である。もしこれでダメなら腹を見せて服従のポーズまでありえるレベルである。
 そんな気持ちが通じたのか霊夢は力を抜いて武器を仕舞う。流石に完全降伏した相手を葬るほど霊夢は鬼畜では……一応、鬼畜ではないのだ。

「で、何なの」
「はい。実はですね、私が今日来たのは……」
「取り敢えず起き上がりなさい。腹見せて話すな」

 呆れた声で霊夢は言った。









「酒に毒を入れた!?」
「はい。その通りです」

 ははー、とばかりにメディスンは頭を下げる。
 メディスンが語った話はこうだ。人形を粗末にする人間をどうにかしてやりたい。里の人間はまあいい。問題は力のある人間やそれに力を貸す一部の妖怪の中ですら化物といっていい妖怪たちだ。真っ向勝負は無理なのでちょっと自分の毒がどの程度効くか偵察に来た。博麗神社では定期的にそういった者たちがあつまり宴会をするという。ならばと神社に来てみればちょうどよく酒が。毒を入れて反応を見よう。という次第である。
 あからさまに舐めくさった考えである。

「やっぱり死刑で……」
「すみません! ほんとすみません! 試すだけだったので入れた毒はそんな強くないです!! ちょっと倒れてくれないかな、くらいです!!」

 光る針に恐怖しペラペラとメディスンは話す。実際、メディスンが入れた毒は死に至るほど強いものではない。其の辺は考えて入れたのだ。

「で、どれに入れたかとどんな毒だったか覚えてないと」
「はい。大体このくらい、という感じで入れましたので。野生で取れる毒で痛くて痺れる感じのをイメージしながら適当な樽に入れて……」
「あー……」

 困ったように霊夢は部屋の中の酒を見る。毒が入っている、というのではそれを出すわけにはいかない。分けようにもどれだかわからないのでは……

「近日中に飲む予定あったのよねぇ。どうしよう」
「取り敢えず怪しいの全部捨てるのは……」
「量が量でしょう。しかもその大樽は萃香が造って淹れた酒よ。鏡開きも楽しみにしてたのに」
「萃香って、鬼の伊吹萃香のことよね?」
「それ以外にいるの? 鏡開自体は蓋を別に用意して適当に誤魔化せばいいとして、毒はねぇ」

 絶望的な状況にメディスンは膝を落とす。実物は知らないが鬼の噂は知っている。それに睨まれるなど考えたくもない。ガクブルものである。
 霊夢とて心境は穏やかではない。預かっていた酒に毒を入れられたのだ。楽しみにしていた連中に愚痴を言われるだろう未来は決まっている。つまり、二人して頭を悩ませる状態になってしまった。取り敢えず大樽には代わりの蓋を置いて考え始める。少なくとも、飲んでどの程度の害があるかは分からないと話にならない。

「ちょっとあんた、飲んでみなさいよ。自分の毒でしょ」
「無理よ。人形だし、そもそも私に生き物に効く毒は意味がない。それに飲んだところで毒の種類なんてわからないわ」
「使えないわね。そこらの野良妖怪でも捕まえて飲ませてみようかしら。お燐は……今日は来てないわね」

 使えない、と呟く霊夢にメディスンは戦く。容易く実験台にしようとするその鬼畜さにこいつ寧ろ妖怪じゃね? とまで思う。
 
「庭の草木にでも撒いてみようかしら」
「植物じゃすぐには分からないと思うわよ」
「じゃあ河童がいる河」
「あなたほんとに巫女なの? というか人間?」
「失礼ね。どっからどうみても人間でしょう全く」

 霊夢は頬を膨らませぷんすか怒る。そんな霊夢をメディスンは冷めた目で見る。寧ろ同類を見る目でもある。

「うちにある守谷の分社にお供えしましょうかしら。それともうちの神様へのお神酒にでも……清められて毒消えないかしらね」
「神様が可哀想だからやめてあげて。そういう神徳ないと思うわっよ」
「いっそ現代神の早苗にでもあげましょうか。一周回って常識を大切にし始めるわよきっと」
「少なくともあなたが常識を語ってはいけないと思うわ」

 無言で霊夢に蹴られる。メディスンはゴロゴロ転がって壁にぶつかって止まる。

「何するのよ」
「うるさいわね。……火を入れて消えればいいけど、消えないのも多い。そもそも樽から出すならすぐに飲むか瓶にでも詰めないと……。山から狼天狗でも引張てこようかしら。匂いを嗅がせてどうにか」
「変質してるでしょうし難しいと思わよ。それに来てくれないと思うし」
「なら永遠亭かしら。死なないんだから首根っこ捕まえて飲ませればいいわ。医者もいるし、鈴仙なら貸してくれそうね」
 
 それは鈴仙『が』なのか鈴仙『を』なのか。知らぬ永遠亭の医者のことを思い、メディスンはそれ以上聞くのが怖かった。





 いくつか案が挙がるがどれも難しかったり鬼畜だったり。思わずメディスンの方が霊夢を止める事に。
 結局答えがでないまま時間が流れていく。取り敢えず外に撒いてみたが特に結果は出ない。そうしている内に外は夕焼け色になっていく。

「いっそ紫にでも飲ませれば……大妖怪だし、問題ないでしょ」

 投げやり気味に霊夢が言う。もはやメディスンは何も言えず黙る。止めなければきっとその妖怪が飲むことになるのだろう。元々のメディスンの目的でもある自分の毒のテスト。それが果たされるというのにメディスンの心は複雑だった。

(私、なんの為に来たんだっけ……)

 思わず黄昏る人形、メディスン。危ない思考を垂れ流す霊夢を見て何かもう色々とどうでも良くなっているのだ。寧ろ毒を流すのを止める側に回っている。

(そう言えば、博麗の巫女は妖怪に好かれるって言うわね。みんなこんな気持ちなのかしら)

 絶対に違う。が、今はそんなことどうでもいい。
 自分のことを振り返っているメディスンを無視して霊夢は袖から符を出す。印を切り霊力を込め、符を挟んだ指を振り下ろし空を切る。否、空間を切り裂く。
 亜空穴。霊夢が扱う空間転移技術。縦一文字に切り裂かれた空間の裂け目が暗い穴として霊夢の前に現れる。その穴に向かって一歩進むよりも早く、声が響く。

「おーい、何やってるんだ霊夢」

 霊夢のみならずメディスンの思考も止まる。突如空間から霞のごとく現れた少女、その頭にある二本の角を見て。

「すい、か……」

 霊夢よりもなお小さい背丈。頭の横から生えた二本の少し歪な角。健康的な腕と脇を晒したノースリーブの服。変な趣味と思われそうな体につながれた鎖と鉄球。腰元につけた、小さな瓢箪を持った少女。
 鬼の四天王。伊吹萃香が不思議そうな瞳で霊夢を見ていた。

「どこか行くのか?」
「あ、あーと、その……何でもないわ。ちょっと技の練習してただけ」
「へー熱心だな。霊夢は不真面目って言葉を体現した存在みたいに思ってたけど」
「失礼な。必要ならちゃんと修行するわよ」
「ほんとか? まあいいや」

 にひひと笑って萃香は部屋の中に入り、ひょいと大樽の上に登る。

「あ、ちょ……」
「味見味見。どんな味かな~」

 止めるまもなくどこからか出した柄杓で中の酒を掬い、萃香は酒を飲む。

「ん……?」

 そして不思議そうに首を傾げる。その様子を見て霊夢とメディスンは終わったと確信する。
 霊夢の視線はメディスンへ。こうなったからには事情を説明しメディスンを萃香に売り渡すしかあるまい。それを理解しメディスンの瞳に恐怖が宿る。

「ねえ萃香、実は――」
「なあ霊夢、蛇でも入ったのかこれ?」
「――メディスンが……蛇?」
「うん、蛇。蝮とか」

 柄杓の中身飲みながら萃香は樽の中を指差す。

「蛇酒の味がする。どことなく漢方のような苦味のあるお酒だ。蛇の毒が酒で溶けるとこういう味がする」

 霊夢とメディスンは理解する。メディスンが入れた毒は蛇の毒だったのだ。マムシやハブなど蛇で作られる酒は多い。そういった蛇の毒はアルコールと結合して無害化され滋養強壮作用を持った成分へと変わる。薬用酒として用いられることもある立派なお酒だ。

 不思議そうながら特に不満な顔を浮かべていない萃香を見て霊夢は確信する。これはいけると。蛇が入り込んだ、そういってもいいが嘘を嫌う鬼だ。ここは正直に言ったほうが言い。
 そこまで考え霊夢は視線をメディスンへ。メディスンも自体を理解し萃香の前へと前進。そして土下座。

「すみません、私のせいです」
「うん?」

 訳がわかっていない萃香にメディスンは事情を説明する。自分が毒を入れてしまったことを。萃香はひたすらに酒を飲みながらそれをふんふんと聞き続ける。

「あー、つまりこれはお前のせいなのか」
「すみませんでした」
「確かに腹立たしいところはあるけど、そこまで正直に謝れるとなぁ」

 萃香は困ったように視線を霊夢へ飛ばす。萃香としては自分の酒に勝手に手を出されて腹立たしいのは事実だ。自分と何の関わりもない毒人形一人踏みにじるのはたやすい。
 ここで萃香にとって問題となってくるのが霊夢だ。メディスンとかいう毒人形は霊夢の知り合いらしい。霊夢を好ましく思っている萃香としては無慈悲に踏みにじって霊夢からの印象が変わるのも怖い。
 引きどころを考えるなら、正直に謝ってきた人形を一つ見逃すくらい鬼の器量だと自分を納得させる。

「まあ、別にいいよ。これはこれで美味い酒だ。次はないけどな」
「ありがとうございます!」

 命を繋げられてメディスンは安堵する。そんなメディスンを見て、萃香はふと思いつく。

「お前、毒を操れるんだよな? どのくらいの毒まで行ける」
「一応、私が知っている毒なら一通りはいけます」
「そうかそうか。なら人形、今回のことの罰として私の酒造りに協力しろ。毒というのは考えによっては薬にもなる物だ。薬だけでなく様々なものもな。酒作りの材料代はりに使ってやる」
「分かりました」

 最後に一掬い飲み、萃香は蓋を占めて樽から降りる。

「あの酒は暫くあのままにしておいてくれ。毒が溶けきって全体に味が回るまで置く必要がある。頼んだぞ霊夢」
「はいはい了解。ただ、出来上がったら私にも少し飲ませてよ」
「好きなだけ飲むといいさ。霊夢ならいいよ」

 そう言って優しく、楽しげに笑って霊夢の方を叩き、萃香の姿は宙に消えた。霞となって去ったのだ。
 静かになった部屋の中、することもなくなった二人は部屋から出ていく。時刻はもう夕刻。茜色の日差しが霊夢たちを照らす。

「もう帰るよ。じゃあね、迷惑かけて悪かったわ」
「全くよ。もう来ないでね」

 しっし、と手で払うようにする霊夢の姿にこの人間の態度は変わらないな、とメディスンは苦笑する。

「お酒を飲むことになったら呼んでくれると嬉しいわ。どんな味か気になるもの」
「飲めるの? 人形なのに」
「飲めない、と言った覚えはないわ。頼んだわよ」

 そう言ってメディスンはその小さな足を動かし、霊夢に背を向け去っていく。その背に霊夢の声が聞こえる。

「さっきはああ言ったけど、お賽銭を持ってきてくれるなら歓迎するわよ。暇ならお金持って来なさい。相手してあげる」
「……覚えておくわ」

 それが、本当に最後の会話。
 メディスンは自分の居場所に向かい、振り返らず歩いて行った。
 その身に、微かなお酒の匂いを宿して。
 いつかの日までこの匂いが残るよう、そう祈って。 
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