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東方小噺

作者:七織
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半妖教師と人形遣い

 
前書き
お題メーカー第四弾
上白沢慧音とアリス・マーガトロイドが簡単なゲームをするお話 です
またもや小噺ってなんだっけな分量。何かもう文量とかどうでもいいやうん
今回はアホなのりがないほのぼのなお話です。実際書いてて「あれ、ふざけてない!? 何で!?」って思いました 

 
 どこの誰だったかは忘れたが「本は『止まった時間』の象徴であり、知の歴史」だと言ったものがいる。
 歴史とは決して止めることかなわぬ時の軌跡であり、本とは繋がっているはずのそれを区切り不変の文字として留めたもの。学術であれ文学であれ娯楽であれ、それを記した者が積み重ねた歴史の流れを崩しただの情報として均一化された物だから。読者が受け取るのはその時点、その瞬間までを封じられたものであり、決して中身が変わることはない。歴史はなくなり、その瞬間は永遠の不変となる。ただ、読んだものの時が流れるだけだ、と。

 あの時はそういう見方もあるのだと納得した。そしてもしそれが正しいのであれ、今自分がいるこの空間は正しく、時を止められた知の宝庫であろう。――いや、残骸、というべきだろうか。
 歴史を編纂するもの、上白沢慧音は目の前に広がる散らばった本の山を前に、そう思った。








「失礼する。アリスはいるか」

 晴れた昼時、慧音は森の中の人形遣い、アリス・マーガトロイドの家に訪れていた。
 戸を開けた先、暖炉のあるダイニング。人形かと思ってしまいそうなほど整った美貌の眼鏡をかけた少女が真っ直ぐな金髪を揺らし、慧音を見る。何かしていたらしく椅子に座り、手には人形を持っている。

「あなたが来るなんて珍しいわね。お茶を入れるから、そこらへんに好きに座って」
「お構いなく。今日は頼みたいことがあってきたんだ」
「そう。でもいいのよ、丁度休憩するところだったから」

 森で採った葉の自作のミントのティーバッグを出し、水をポットへ入れて点火。カップを二つ出し、これまた自作のクッキーを籠に入れてテーブルへ。湧いたお湯で一端カップを温めてからお湯を捨て、それからティーバッグを入れてお湯を注いでいく。

「いい匂いだな」
「葉の蒸らしが少し足りない気がするけどね。数をこなさないと丁度いい程度がわからないわ」
「それでもさ。私などそういったことはカラっきしさ。食べる分には問題ないが、それ以外はどうもな」
「時間があるときなら教えてもいいわよ。望むならですけど」
「それはありがたい。だがそれは後にしておこう。今日は別件だ」

 慧音はカップのお茶を一口飲む。確かに香りと舌に残る味が弱い気がするが、それでも充分な味だ。湿った熱気が口の中を温めて膨らみ、落ち着いた花の香りが花に広がる。砂糖を一つ落とし、それをかき混ぜながら視線をアリスに戻す。

「人形のつくり方を教えて欲しい。可能なら、里に来てだ」
「それはまた、どうして」
「子供たちに裁縫を教えることになってな。まあその、色々あって人形を作ることになった。だから、出来るならアリスに教えて貰えれば思ったんだ」
「そう……」

 慧音に続きアリスも眼鏡を外してからカップのお茶を一口。吟味するように少し眉根を寄せるが、どうやらギリギリ合格点ではあったようだ。二口目を飲み、クッキーをかじる。慧音もそれに続きクッキーをパクリ。ナッツが入ったそれをほうばりながらアリスの答えを待つ。

「最近、少し込み入ってるのよね。そんな暇があるわけではないわ」
「そう時間は取らせないつもりだが……駄目か? 礼もさせてもらうが」
「人形作ったことないでしょ。何を作るかにもよるけど、初心者なら結構時間かかるわよ」
「むぅ……そう言われてしまうと何も言えないな」

 困ったように眉根を寄せ慧音はお茶を飲んでクッキーをぱくつく。大人びた彼女のそんな顔が面白くて、ついアリスは意地悪したくなってしまう。

「私の用事を手伝ってくれるならいいわよ。そっちを手伝っても」
「本当か?」
「ええ。魔法式の効率化と魔道書の翻訳ですけどね」
「うう……それは私には荷が重すぎるぞ」
「何なら私がそっちにかかり切りになれるよう、数日家事を引き受けてくれるのでもいいわ。炊事洗濯掃除……勿論人形たちの相手もね。コキ使ってあげましょうか」
「そ、それなら……ああでも、ずっとあっちを空けるわけにも。いやしかし……」
「いいの? 子供たちに約束したんでしょう? あなたに教えられるのかしら。期待していたのに出来上がるのは呪われそうな繕いだらけの物何て、さぞ落胆するでしょうね」
「……そこまで酷くないやい。酷く……ない、はず。うぅ……」

 呟きながら慧音はクッキーをぱくつく。それがアリスには面白い。慧音は無心で気づいてないが、既に出したクッキーの半分ほどを食べている。それだけ気に入って貰えたとはアリスとしては嬉しい限りだ。実を言うと砂糖でなく塩入りのも試しに作って中に入っている。塩分と糖分を一緒に、何て徹夜頭の思考で作ったものだ。紅魔館に行った際メイドに差し入れしたが、興味深そうにしてた。出来ればこの際に在庫処分をして欲しい。まあ、今はそれはいい。
 もっと……可能なら裁縫とか子供のこととかで慧音を弄りたいが、ここらで止めておくかとアリスは決める。それはまた今度にすればいい。

「ふふ、冗談よ。そこまで要求はしないわ」
「寺子屋を空ければ……子供たちは気にしないだろうかだいじょう……ああ、それも嫌だな。だが……うん? 何か言ったか?」
「だから、さっきのは冗談よ。そこまで忙しいわけじゃないし、話を受けてあげるわ」
「本当か?!」
「ええ――――ただし、ちょっとしたゲームをしましょう」

 そう言ってアリスは微笑む。両手で押さえたカップを膝の上に載せ、慧音に優しい視線を向ける。

「ゲーム……?」
「そうよ。それをクリアしたらおなたのお願いを聞いてあげる。ゲーム自体は簡単。ただの隠れんぼ」
「ほう。アリスもそういった子供じみたところがあるんだな。可愛いぞ」
「バカにされてるのかしらそれは……まあ一応礼は言っておくわ。最も、隠れるのは私じゃない」

 その言葉に合わせるようにどこからともなく人形が現れる。アリスの背後に五体、髪の縛られた小さな人形が整列して宙に浮いている。ほかの人形と違い左から1~5の番号の小さなワッペンを胸元につけている。

「シャンハーイ」
「ホラーイ」
「ホントハソンナコト」
「ゲンサクジャイッテネー」
「ソモソモシャベッテナイヨー」
「? 何を言ってるのあなたたち?」

 訳のわからない言葉を言う人形にアリスは首を傾げる。
 人形達は互いに手を取り合いルンタッタルンタッタとよく分からに踊りを踊りだす。自由なものである。

「この子達がこれから隠れるわ。それを日没までに見つけられたらあなたの勝ち。人形作りの講師に行ってあげるわ」
「なるほど。聞きづらいが、負けた時の条件は無くていいのか? こっちが一方的に頼んでいるだけなのに」
「別にいいわよ。強いて言うならこの隠れんぼがその報酬。組み込んだ魔法式に寄る人工知能。それがどの程度の性能かのテストをさせて貰うわ」
「そういうことなら了解した。だがまあ、引き受けてもらった場合はまた別に何か渡さてもらう」
「お好きにどうぞ。ありがたく貰うわ。――では、散開」

 アリスが指を鳴らすのを合図に、人形達は思い思いの方向に飛んでいく。

「隠れていい範囲はこの家だけ。森を入れると途方もないからね。隠れている子を探して「見つけた」って言ったらその子は終わり。このお茶を飲み終わったらスタートとしましょう」
「これでも探し物は得意でな。逃げた教え子を見つけるので鍛えられている。すぐに見つけさせてもらうぞ」
「ご自由に。あの子達は手ごわいわよ。それと、探す上で邪魔になるものがあればある程度は自由に片付けて貰って構わないわ。ただ、壊さしたり汚したりはしないでね」
「それくらいは弁えてるさ」
「それくらいを弁えてないのもいるのよ。態とではないけどね」

 互いにカップを傾け、暫し無言の時間が流れる。決して心詰まるものでなく、機械的な時計の音しか聞こえない落ち着いた安らぎの時間だ。時たま、クッキーをかじるサクサクとした音が聞こえる。

「あ、そうそう。さっきからずっとクッキー食べてるけど、そんなに食べると太るわよ」
「ふぁ?!」











「はあ、ここにもいないか」

 どかした荷物を整頓しつつ、慧音はつぶやく。
 隠れんぼが開始してから既に一時間ほど。まだ一体も見つけられていない。人間の子供と違い人形は小さい。ほんの小さな隙間に入ることも出来る。隠れる場所の選択肢が飛躍的に多いのだ。
 アリスの家は二階建てだ。一階にはキッチン繋がったダイニングに、人形製作の作業場。他に個室がいくつか。二階にはアリスの寝室と他に個室がいくつか。屋根裏部屋もある。それを探さなければならない。
 そして、一番大きな問題もある。

「絶対分かっててやったなあいつ。時間が長すぎると思ったんだ」

 何故か部屋が汚いのだ。数え切れないほどの本が床に散らばり、敷板を埋め尽くしている。部屋の左右には本棚があるが、何かあってそこから落ちたのだろう。それが幾部屋も。部屋によっては服が散らばていたり、良く分からない魔法陣や道具が置かれている部屋もある。
 人形の大きさでは本や服でも十分に隠れられるスペースになる。ある場所を探しているあいだに別の場所に移られでもいたらお手上げだ。なら、少しずつでも整理整頓をしながら荷物をどかしていった方が確実に探せる。アリスもこれが狙いだったのだろう。でなければ家一件分の隠れんぼだというのに日没まで(大凡5時間ほど)というのは長い。そして慧音はその狙い通り部屋を片付けながら探している。しかも几帳面な性格が災いし、そこそこ丁寧にだ。

「はぁ、次の部屋に行くか」

 脇に避けておいた本を棚に詰め直し部屋を出、ドアの目立たないところにテープを付ける。探した印だ。もし剥がれていれば中に入ったということ。このくらいしないと動かれたとき困る。
 次の部屋は物置部屋だろうか? 外開きのドアを開けた先は比較的小さな長方形の部屋で正面に小さな窓がひとつ。右には引き出しの多い壁一面のタンス、左には背の低い棚とその上に並べられたいくつもの人形だ。

「一つ一つ開けていくか。探していいってことは見て大丈夫なものしかないはずだろうしな」

 右上から順番に開けていく。糸や針などの裁縫度具に幾多もの布地。よく分からない乾燥した草。何故あるのか分からない文々。新聞のバックナンバー。ダーツの矢。手裏剣。中々にカオスなラインナップである。
 左端の方を開けようとし、鍵がかかっていることに気づく。中には妖力に近い力(恐らく魔力だろう)を感じるものもある。これは開けてはいけない場所ということだ。流石にこの中に隠れていることはないはずだ。

「一人もいない、か」

 慧音は反対側を見る。こちらは分かりやすい。棚の上に人形が並べられているだけ。十体の人形は皆髪を解かれうつむき、手を前に下ろした格好で項垂れている。天井も見るが何もない。
 後ろを向こうとし、ふと慧音の足が当たり棚が動く。いくつかの人形が、コテン、と倒れる。

「む?」

 慧音の目がふと何かを捉える。僅かな違和感。倒れた人形のうちの一つを手に取り、じっくりと見る。胸元を隠されるように交差されていた腕をどかし、ひょい、と慧音は人形の服の上部を少しだけ裏返す。

「ここにいたか。見つけたぞ」
「ミツカッター」

 出てきたのは3と書かれたワッペン。どうやらこのワッペン着脱可能らしく、隠していたらしい。半ば反則に思えるが、身に付けてはいてくれるようだ。
 見つかった3番の人形は背中からリボンを取り出し髪を結び、慧音の肩に乗る。
 他にもいるからもしれない、と慧音は人形を一通り調べるが、どうやらこの一人だけらしい。他に探す場所もない。肩の上から頬をぷにぷにと突っついてくる人形とともに慧音は部屋を出――ようとし、ぶつかって動かした棚の位置を戻していないのを思い出して止まる。握っていたドアノブをそのまま引き、開けたドアを締める。
 もにゅん

 否、締めようとして変な感触が手に伝わる。

「うん?」

 慧音が見上げた先、ドアの上部には人形の下半身があった。正確にはドアに腰の部分で挟まれ、逃げ出そうとジタバタしている人形がいた。取り敢えず足を掴んでからドアを開け、捕まえる。

「フェイントヒキョウダー」
「見つけたぞ。取り敢えず諦めろ」

 大体の予想はつく。恐らくだが、この人形は最初部屋の中にいたのだろう。ドアが開いて慧音が入ると同時に外へ出て、中から外に出るときに入り誤魔化そうとしたのだ。タイミングさえ見計らえば出来ない事ではない。そして一度調べたはずの場所にまんまと忍び込めるということだ。

「そう言えば飛べるんだったな。本気で探さないと危ないなこれは」

 2のワッペンを付けたそれは3とは逆の肩に乗り怒りを顕にするように慧音の頭をポンポンと叩く。それを見た3の人形がクスクス笑い、2の人形が怒って慧音の頭の上で喧嘩する。

「ほら、やめないか二人とも」
「バーカバーカ」
「ウルセーオマエノカーチャンデベソー」
「オマエノカアチャンヒンニューブライラズー」
「おい、本人には言ってやるなよ。泣くぞ」

 次の部屋に向かう。が、どうやら鍵がかかっているらしいので次へ。その隣の部屋の中は床に描かれた魔法陣に転がる水銀の瓶。何かを書き殴った紙の束に何故かあるデカイ氷。そして『そこそこ危険』と書かれた紙。カーテンも敷かれ棚も荷物もあり、奥からはどうやら別の部屋につながっているらしい。だが、そこを通るには陣の横を通らないといけないようだ。

「はあ……」

 一体時間内に見つけられるのか。慧音は重い溜め息をついた。
 












「片付けご苦労様」
「やっぱり狙いはそれか」

 ダイニングに戻った慧音にアリスは言う。応えた慧音は首をすくめ、椅子に座る。

「こないだ魔理沙が来たとき色々あってね。他に用があったし片付けるのもめんどくさくて。だから、丁度いいかなって」
「喧嘩は程々にしておけ。それと掃除もだ。片付けられるときに片付けておかないと、気づいた時には取り返しがつかなくなることがある。何事もな」
「教師の一言ってやつかしら。肝に銘じておくわ。隠れんぼの方はどう?」
「あと一人だな」

 あれから三時間ほどで見つけたのは4と5の人形だ。一人はアリスの寝室のベッドのふとんと毛布の間で昼寝、もう一人は二階のクローゼットから引っ張り出した服を床に撒き散らしその下に隠れていた。

「そう。いいの? もう余り時間はないわよ」

 既に日は暮れ始めている。日没まであと30ほどといったところだろう。
 だが既に慧音は探せるところは一通り探し終わっている。闇雲にしても意味はないと思い、一旦初心にでも戻ろうとここに来たのだ。

「センセーイチバンガイマセン」
「ウルサイダマレー」
「ダンタイコウドウヲミダスナー」
「グウスウキスウデコウゴニナラベー」
「その子達も楽しそうね」
「私が受け持っている人間の子供に似てるよ。好き放題で手がかかるところもな」

 四体の人形は慧音の両肩、頭、それと胸元にいる。四体目が見つかった際、乗る場所がなかったのと本人が希望したことでそこになったのだ。その為現在慧音の服はボタンが緩められ胸元が少し空き、ふくよかで柔らかい慧音の胸にはさまれた人形が一体顔を覗かせている。時たま何がしたいのか、パンパンと慧音の胸を叩いて満足気な顔だ。

「この人形達はアリスの手を離れて動いているんだよな?」
「……正確にはちょっと違うわね。動力は私の魔力で、行動も魔術式で定義されたものよ。確かに私の意思でなく彼女たち自身で判断して動くわ。けれど、その行動理念は私が組み込んだ式に準じている。そう言った意味では、私が動かしているとも言えるわ」
「ふむ、何となくは分かった。これだけ自由に見えても、完全な自立ではないということか」
「ええ。まだ未完成もいいところよ」

 どうぞ、とアリスに注がれたお茶を慧音は飲む。砂糖を少し多めに入れて一口。甘さが脳に染み渡っているくのを感じる。人形達は出されたクッキーを持ちそれを興味深そうに見ている。時たま、慧音の口に向かってねじ込もうとするので、大人しく食べる。これだけ自由に見えても未完成だというのだ。慧音にとっては理解が及ぶ世界ではない。

「これは本当にまだ未完成。完全な自律人形なんてまだ夢の話よ。意思を持った人形……妖怪としてなら付喪神などがあるけれど、私はそれを作りたい。つまるところそれは、命を作るということ。そう簡単でないわ。トライアンドエラー。何度も試し、研究し、一歩々々進まなければいけないの」
「……何故、作る。何故、そこまで求めるんだアリス。現状でも十分のように私には思えるが」

 アリスの口から出た言葉はやけに力が入っていた。それが慧音は気になった。
 アリスの人形は今の状態でも素晴らしいものだ。彼女の意思一つで思い通りの動きをする。日常生活の補助から戦闘まで。できないことを探る方が難しい。そしてある程度までなら柔軟に対応できることもわかった。そもそも慧音には既に命を得ているようにさえ見える。だが、アリスは違うというのだ。

「そうね。研究者としての性かしら。自分の持てる技量が、どこまで行けるのか。そしてそれが、どんな結果を生み出せるのかを知りたいの。出来るかもしれない、ならやってみよう、ってね。そしてそれともう一つ」

 アリスが、自由に動き回る慧音の周りの人形を見る。

「その子達と、話してみたい。今のままではまだ、私の組んだ論理回路に従った動きから外れることはない。言うならば、私自身の意思と向かい合っているようなもの。他の人から見たら違うでしょうけど、どうしても私は、自分の一人相撲であるイメージが禁じえない。それじゃ嫌なのよ。
 確かな意志を持った彼女たちと会ってみたい。同じ世界を見て、同じもの知って、彼女たちがどんな言葉を話すのか、どんな感情を持つのかを。――――私は、私の子供達と話がしたい」

 それはきっとアリスの夢なのだろう。だからこそ、アリスは前へ進む。自分の子供たちに命が宿る日を信じて。

「……もっとも、その日が来るよりも早く付喪神になっちゃう子も出るかもしれないけどね」
「そうか、理解したよ。叶うといいな。私では手伝えないが、教師としても個人としても応援させてもらう」
「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいわ。嬉しいながらに一つ、隠れんぼのヒントをあげる」
「ヒント?」

 アリスは楽しそうに微笑み、指を立てて慧音に告げる。

「思い出して。私が言った言葉を。私はこの隠れんぼで、”どこに”隠れていいって言ったかしら」
「どこに、だと?」

 慧音は数時間前のことを思い出す。そう、確かあの時アリスは確か……

「隠れていいのはこの家の中、だったよな確か」
「おしい。ちょっと違うわ。勝手な思い込みは人の視野を小さくする。常識だと言い訳し、言われてもいない言葉を勝手に付け足して意味を狭めてしまう。あの子はその思い込みの外にいるわ」
「付け足す……?」

 もう一度、慧音は思い出す。その時言われた言葉をそのままに。

――隠れていい範囲は”この家”だけ

「……あ」

 気づいた慧音に、アリスは静かに笑いかけた。






 家の屋根の上。二階の窓から直接登って行くことが出来る場所。中でもなく外でもない、境界の場所。
 最後の人形は家で一番高い煙突の上に座っていた。

「ここにいたか。お前で終わりだ」
「ミツカッター」

 1と書かれた人形が慧音の胸に飛び込んでくる。

「ああ、ちゃんと見つけたぞ」

 嬉しげに抱きついてくる人形の頭を、慧音は優しく撫でる。五体の人形は顔を合わせ合い、楽しげに笑う。
 顔を上げた先、真紅の夕日が慧音たちを照らす。まだ日は落ちきっていない。ゲームは慧音の勝ちだ。

「私の負けね」
「ああ。そして私の勝ちだ」

 屋根の上に上がってきたアリスが慧音の横に座る。

「約束通り講師は引き受けるわ。もっとも、魔力のこもってない普通の人形だけどね」
「それでいいさ。最初はそこからでいいんだ。まずは物を大事に思う心から育まないと」
「期待しとくわ。完成したもの、粗末に扱わないでね」
「ああ。約束するよ」
 
 闇が近づいてくる。日は慧音たちが見ている先で沈んでいき、太陽は山のあいだへと消えていく。陽炎のごとく揺れるその姿は、酷く悲しくて優しく、心に熱を残す。

「綺麗でしょ。結構ここから見るの好きなのよね」
「ああ、綺麗だ。世界が入れ替わる瞬間か」
「その子達もあなたと見れて嬉しがってるわ」
「そうか。それなら私も嬉しいよ」

 太陽が沈む。人の時間は終わりを告げ、闇が世界を包んでいく。既に月は上りその輝きが夜の到来を告げていた。

「三日月か。……そろそろ私はお暇させて貰うよ。世話になった」
「そう、残念ね。何なら止まっていけばいいのに」
「明日の準備があるのでな。人形の件は後日詳細を教える。恐らくだが、一週間ほど先になると思う」
「そう、分かったわ。それまでに準備しとく」

 屋根から降り、慧音は玄関から出ていく。
 振り返った先、アリスと人形たちが手を振っていた。

「気が向いたら遊びに来なさい。この子達もあなたを気に入ったようだから」
「マタナー」
「ジャアネー」
「ムネデカマタネー」
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
「ふふ、そうさせてもらうよ」

 そうして慧音はアリスの家を去っていった。
 夜の森を歩きながら慧音は思う。今日会った友人を。そして語ってくれた夢を。
 その夢がいつの日か、叶うようにと。
 願わくば、その時自分がそこにいれるように、と。




 夜は更けていく。 
 闇が、幻想郷の全てを飲み込んでいった。 
 

 
後書き
これを書いてて慧音とアリスの組み合わせに目覚めた人がいるそうです。
私です。

これに限らず、書くとその組み合わせがアリに思えてくるから困る。
どんどんマイナーな組み合わせに目覚めていくぜ 
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