形而下の神々
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10日間の小さな行軍記
行軍2日目~後編~
必死で走って逃げるが、冷静に考えて全長5m以上もある怪鳥相手にそう逃げ切れるハズがない。ここはなんとか冷静に、更には公式をフル活用してこの窮地を脱するよりほか無いだろうと思い振り返ると、そこには予想だにしなかった光景が待っていた。
いつの間にか他の傭兵達がダチョウを取り囲んでいたのだ。
そしてそれぞれが投擲鎗を持ってたり、弓矢を構えたり、大砲らしき筒を抱えたりしていた。前に目線を戻すと、グランシェも投石紐を回してる。
「よくやったタイチ!! おかげて奴を囲めた!!」
グランシェが満面の笑みで俺に言う。そして、俺がダチョウから離れると同時に辺りからビュンビュンと槍やら弾やら光線やらが次々にダチョウへと命中してゆく。
ある槍はもう片方の残った目玉を潰し、ある光線は羽を貫き、またある投石はヤツの足をへし折って、それぞれが充分な致命傷をダチョウの魔物であるデュアドに与えていた。
「グエェ……ッ」
力無き断末魔を残して鮮やかに飛び散る鮮血。両目を失ったダチョウは傷付いてもう見えなくなった眼球をグルンと動かして小さく痙攣した後、緑の上に爛々と光る赤の絨毯に倒れ込み、殆ど動かなくなった。
「ガッ、ガッ……」
荒く息をする様にデュアドの小さな呻きが聞こえていた。
と、そこにマストル爺さんがやって来た。
「皆様、お見事です。3名程の死者が出ましたがそのほかは無傷、素晴らしい!!」
いやいや、あの頭突きは痛かったよ? 何気に手首が痛くて動かないし。
「さて、では戦利品を回収しましょうか」
心の中で突っ込んでいると、マストルはおもむろにそう言って死骸へと変わってしまったデュアドの方へと歩き出す。
おいおいジジイ、アンタは何もやっとらんだろうが。
なんて思ったが、これがマスターの権限なのだろう。
普通にみんなダチョウの爪とか嘴とかをマストルの馬車に運んでいた。
不服だがこれも仕事っぽいので俺も運んだ。と、その時他の傭兵さんが話し掛けてきた。
「おいアンタ、あの瞬間移動凄いな!! 俺にも教えてくれよ」
「ダメだよ、教えない」
冗談っぽく軽い会話を交わす。
すると、名前も知らない傭兵は今度は一転して真剣な顔つきになって言った。
「気を付けな。これから戦場になるよ、この部隊は」
「ん? どういう事だい?」
いきなり眉を潜めてマジな感じで話し出したからビックリしたがコイツ、今とんでもないこと口走りやがったぞ。
「ここは狼人の縄張りだろ? 自分の縄張りでいきなりやって来た奴らが狩りをしたら……どう思う?」
まさか、戦利品の回収のせいでその狼人とやら達と戦闘になる、みたいな感じ?
「いやでも、俺達は襲われただけじゃないか」
しいて言えば正当防衛ってやつだろ。
「そんな理屈が狼人に通用するかな? 奴ら亜人だぜ? 俺達人間の理屈は通じない、奴らには奴らの理屈があるんだ」
郷に入らば郷に従えというやつか。
「そりゃあ厄介だね。でも亜人って弱いんでしょ?」
拙い知識だが、今朝亜人は弱いと聞いたばかりだ。が、傭兵さんはありえないと言った顔つきで首をガンガン振った。
「はぁっ!? そんな訳無いじゃんか!! 亜人は人間より遥かに強いよ!!」
えっ、そんなの聞いてないし!!
「で、でも現に人間の方が他の亜人より優位なんでしょ?」
「それは人と亜人で戦争したら人が勝つよってコトで、戦争と戦闘は違うでしょ」
そういう事かよ……。要するに人間は数で亜人を圧倒してるから勝てちゃう訳ね。
いくら公式が有っても、亜人と人とが一対一で決闘したら勝てないと。
なるほどね~。ハイ納得しました。
「って呑気に戦利品集めてる場合じゃねぇ!! 早くここ抜けないと!!」
俺が慌てて言うと、更にとんでもない事実が彼の口から伝えられた。
「いやいや、ここ抜けるのにあと7日はかかるよ?」
「なんですとっ!?」
どうすりゃ良いってんだよぉ……。このまま戦闘になれば、それこそ全滅もありえなくない?
「マストルさんがあの鳥から戦利品を盗らなきゃ助かったかもな。じゃ、俺は死にたくないんでさらば!!」
とか言って運んでた戦利品を俺に押し付け、謎の傭兵は去って行った。
……仕事放棄しやがった。
「なんちゅーヤツだあいつは……」
きっとアイツはこのまま引き返してイベルダで別の依頼でも受けるのだろう。
そういう仕事の態度は全く気に食わないが、あの傭兵が居なかったら危うく俺達は狼人とやらに襲われて壊滅するところだった。
要するに正当防衛であって狩りではないという所を狼人に分からせれば良いんだよな。ならば生き残る為に俺がやるべきことはただ一つ!
早速、強欲ジジイに物申してみよう。
「マスター、お話があります」
言いながらマストルのテントを開けると、ジジイはまたワインを煽っていた。
「あぁ、傭兵の特攻君ですね。何です?」
話し方こそ丁寧だがコイツ、なんて偉そうな物言いなんだろうか。
なんか腹立たしいので、もうストレートに言ってしまおう。
「今回討伐した魔物の戦利品、諦めて欲しいんですが」
「何故?」
マストルはワインのグラスを置いて、不機嫌そうにこちらを睨む。
「この辺りは狼人の縄張りです。そこで我々が狩りを行ったと見なされてしまえば、余計な争いを招きかねません」
言うと、ついにマストルは眉間に皺を寄せて言った。
「たかが亜人に財産を譲れと?」
いつの間にか丁寧さも消えてる。ただの強欲爺さんかお前は。
「お言葉ですが、たかが亜人と言いましても攻められれば壊滅の危険もございますが?」
実際は何にも知らないけど、聞く話によると狼人の方が人より強いらしいし。
「君には人間としての誇りは無いのかね?」
マストルはますます高圧的な態度で俺を睨んできているが、こっちだって命が懸かってるんだ。一歩だって引くわけにはいかない。
「取る物取って全員生きて帰れらるんだったら、是非ともそうしたいものですね」
半分ブチ切れて言うと、俺の言葉に強欲爺さんは苦虫を噛み潰した様な顔になる。
「……ふん、良いだろう。今回は諦めておくことにしましょう」
と、マストルは俺に顔を見ずにワインを煽って言った。
なんかムカつくが、とりあえず命は助かったっぽい。戦利品ごときで人間の誇りとか、ホント意味不明だし。
結局、戦利品とやらを全てダチョウの元に戻して俺達は再び行軍を始めた。
今回の件で明らかにマストルのジジイには嫌われたが、流石は人間の誇りとか言うだけあって食事の量が減るとかは無かった。
「それにしても、何で突然あの奴隷商人はデュアドの戦利品を諦めたんだろう」
夕方、夕食を終えて今日の戦闘していた分の遅れを取り戻す為に行軍を続けていると、珍しくシュナウドの方から話し掛けてきた。
「それは俺が説得したからだよ、命が助かって良かったね」
「……なんて説得したんだ?」
少し考えたが答えが出なかったのか、向こうから突っ込んで聞いてきた。シュナウドは何気に興味津々みたいだ。
「いや、狼人と喧嘩になったら勝てないんだから諦めろと」
「ふーん。それであのマスター、良く諦めたね」
シュナウドは何故かニヤニヤしている。
「え? どうゆうこと?」
ニヤニヤの意味も含めたつもりでそう聞くと、シュナウドはその表情を崩さないままで答えた。
「亜人を理由に利益を損ねる。要するに負けを認めたって事じゃないか。あの爺さんは亜人を毛嫌いしてたはずだけど」
なるほどねぇ。毎回勉強になります。
「まぁ流石の強欲爺さんも命には代えられないんじゃない?」
「……タイチ、アンタって変なヤツだな」
まぁそりゃこの世の人間じゃありませんからね。
と、口を付いて出そうになる言葉を飲み込んで、俺達はまた黙々とした行軍を続ける。
どれだけ歩いただろうか。2日目の太陽も夕日となってその役割を終え、月の薄明かりが緑を照らし始めた頃、今日の予定量を進み終えた俺たちは各々がまどろみの世界に身を投じる。
もちろん、今夜はグランシェとは充分な距離を取って眠りについた。
……その日はグランシェに起こされる事もなく、無事に朝を迎える事が出来た。
行軍2日
残り傭兵26名(死者3名・逃亡者1名)
残り奴隷12名
後書き
2日目も無事(?)書き終える事が出来ました!
これでこの章の全体の8分の1が終わった事になりますが、ここから先が結構濃いです(笑)
まだまだ頑張って書いて行きますので、どうぞのんびりと読んでやってください!
──2013年06月06日、記。
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