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東方小噺

作者:七織
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サトリ妖怪と破戒僧

 
前書き
お題メーカー第二弾
「古明地さとり」と「聖白蓮」が「脱ぐ」話
小噺ってなんだろね。もっと3kぐらいを予想してたのに。
キャラが明後日の方行ってます。さとり様超カワイイ 

 
――何故、こんなことになったのだろう

 命蓮寺と呼ばれる寺の一室の中、私、古明地さとりはそう思った。

 時刻は牛の参り。草木も眠り虫の音さ眠りの底につこかという闇に閉ざされた刻。
 そんな時間だというのに僅かな明かりで灯された部屋の中には住人達。皆、この寺の妖怪僧だ。床に散らばっているのは日本酒をはじめとした酒瓶の数々。寺の戒律はどこに行ったのだろうか一体。

 はあ、と心の中で溜息をつく。悟り妖怪である私にはここの者たちの心が読める。戒律を特に気にかけていないから非常にあれだ。遠くの別室に篭り今日一晩中教を読んでいる信徒の方がよっぽど真面目だ。
 そんな事を考えていると背中にドシンと衝撃が走る。

「お~いどうした? 全然飲んでないぞ?(飲め飲めー)」
(お酒臭い……)
 
 酒臭い息と共に飲んだくれのような思考が頭に入ってくる。村紗、という船幽霊の妖怪だ。セーラー服を着た少女は顔を真っ赤にし、私の背中にのしかかる。

「何か今日は全然飲んでないな~、私の酒が飲めないのか?ええ、こいしよ」

 そう、今私は古明地さとりではなく、妹の古明地こいしとしてここにいるのだ。
 少し前から妹がこの妖怪寺である命蓮寺に時たま通うようになった。宗教寺でもあるここで妹がどんな扱いをされているか気になった。

 さとり妖怪、というのは忌み嫌われている種族だ。妹は第三の目を閉ざし心は読めなくなったが、相手には分からない。さとり妖怪というだけで迫害を受ける可能性もある。寺の噂は聞いていたし、トップは妖怪に優しいということも聞いていた。けれど下の者たちまでそうかは分からない。そもそも表の妖怪にさえ嫌われ地下に追いやられたさとり妖怪。それが同等に扱われる保証もない。

 本来なら妹のこいしの心を読んでそれで判断すればいい。だが第三の目を閉じ、無意識を操れるこいしの心は私でさえ読むことが出来ない。ならばと、実際に自分の目で確かめることにした。こいしの髪の色のウィッグをかぶり、こいしから借りた服を着て、心の目にも細工をし、口調も変える。こいしにも話を通し(非常に面白そうにしていた)命蓮寺に潜り込んだのだ。

 無意識に潜り込み他からの意識から逃れるこいし。その姿が見えるというのは寺の者たちには不思議がられたが「気分」だと答えたら納得された。気ままで姉である私からも何を考えているかわからない妹。それは周りからすれば一層だったようだ。
 寺の者たちの思考を読んだ結果、特に問題はなかった。確かに内心恐怖を抱えていたものはいたが、それを表に出すような者はいなかったし、そもそも恐怖自体抱かないものいた。信仰、というのは大きな力だ。いや、この場合はここのトップである僧、聖白蓮のちからであるというべきだろうか。

 問題があるとすれば私の心だろう。妹のふりをする、ということは妹の挙動や喋り方をするということ。これが意外に心に来た。絶対に黒歴史だ。もし知り合いにでも見られていたら49日は外に出られない。そもそもひょいひょい出るつもりもないし出たこともないが。決して引きこもりというわけではない。正座が辛くて泣きそうだったりとかそんなことはなかった。

 そうして観察を追え、帰ろうと思った夜中のこと。寺の幹部?というべきか、妖怪僧たちに誘われたのだ。――久しぶりに飲もう、と。
 そして今に至る。

 酒臭い部屋にやたら陽気な妖怪たち。人?がいいのはいいが、寺の僧がこれでいいのだろうか。

「(聖にはバレないでしょう。人がいいというか、疑わない人ですから。聖とものみたいなぁ……そういえば、体重を気にしていましたっけ)」
「(姐さんが気づくとかないwww人疑わないwwwそこ大好き愛してるwww酒うまいwww)」
「(私が沈めたいのは酒の海じゃなく水の底……けどいいの、我慢しちゃう。だって僧(艘)だものwww)」
「(聖にバレない様に抑えさせないと……はあ)」

 こんな始末だ。いや、ほんと人はいいのだが……いいのだが……うん。まあ、その、あれだ。一回バレたらしいのにこのザマだ。マトモなのは鼠くらいだ。
 床に転がっている酒の量も妖怪仕様。瓶の山。どこから金を捻出しているのか。というかこれに気づかない聖という僧はよほどのアホか大物か。アホはこいつらだ。
 そして私の手の中にも枡と今にも溢れそうなほど並々と注がれた日本酒が。全く、妹はいつもこんな中で飲んでいるのだろうか。

「ほら、いつもみたいに飲もうよ。静かだけど何かあった? 大丈夫、他の奴らには言わないからさ(ほら言え、言え。酒の肴にするのです)」
「いえ、大丈夫だよ。うふふ、お酒好きー」

 死にたい。何だこれ。何だ今の。そもそもこいしってこんな話し方だったっけ死にたい。私姉なのに。
 心が読めて他人の暴言には強いくせにこういったことには耐性が弱いのだ。外固めすぎて内側は弱いのだ。頼むからこれ以上傷は増やさないで欲しい。外に出られなくなる。
 
(私はこいし、私はこいし……)

 ひたすらに呟き自己暗示をかける。そうでもないとやってられないのだ。呟きながら、手に持った酒を一気に煽る。そう、なんってったって

(私は無意識を操る妖怪、古明地こいしなのだから……!!)

 喉を、灼熱の液体が流れていった。







「飲んでますかー!!」
『オー!』
「悟りたいですかー!!」
『オー!』
「聖は愛してますかー!!!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』
「あ、うん。そう。まあいい、飲むのよー!!」

 私、古明地さとりの音頭で適当に盛り上がる我ら。私も枡のお酒をぐいっと。ああ美味しい。ふらりふらりと体が揺れて、暑くなってくる。わー地面が揺れてる。手で仰ぐが全く涼しくない。ぐいっと胸元を開ける。風が抜けて少し涼しい。

「あ、そっか」

 脱げばいいのだ。

「どしたのこいし?」
「暑いから脱ぐー」
「あひゃひゃ!! いいぞ脱げ、脱げ!!」

 突如上がる脱げコール。期待に応えて脱いでいく。上着にスカートにブラウス、そして

「うふふふふふふふふふ」

 一気に、は駄目だ。風情がない。こういうものは焦らすものだ。
 ちゃんと両手でショーツに手をかけ、ゆっくりと息を吐きながら体を曲げ、ひと呼吸で膝まで。降ろしきってもいけない。ああ、いま後ろからみられたら……想像で顔が赤くなる。風が覆うものは何もない胸をくすぐる。
 そこからゆっくりと片足ずつ。まずは左足から。最初はしっかりと立って半分。そして次は左足で立ち、不安定な体で少しずつ。一端踵にかけ、そこから軽く放る。

「はぅ……ん」

 風に頂きを擽られ、甘い声が漏れる。なだらかな双丘、すらりとした肢体。風が阻まれるものなく上から下へと私の肌を一撫でする。生まれたままの体の私の誕生だ。靴下を残すのは礼儀。
 まだ育ちきっていない体の私では、太もものあいだを風が通り抜けてしまう。ほんの僅かさえ遮るもののない空間。それが少し涼しくて、ついその三角地帯を抑えてしまう。

 宴は一層盛り上がったようだ。気づかれないように、と抑えていた声も少し大きくなっている。皆の視線に晒され、白い肌に赤みが灯る。鼓動が、早くなる。

「はい、これどうぞ!」
「うふふ、ありがとー」

 毘沙門天代理の虎妖怪から笑顔で渡された一升瓶。口に近づけ、先程までのとは違う香りが花をくすぐる。

「蜂蜜酒です。甘くて美味しいですよ」
「へー美味しそう」

 花の蜜から出来た酒。透明な黄金でなく僅かに白濁しているのは、蜜だけでなく巣ごと砕いているからと別の日本酒を混ぜてあるからとか。その味を期待して口を付け一口。流れ込みこくりと小さな私の喉が鳴る。
 わずかにドロリとした重さを感じる液体。舌を包み込むような蜜の甘さと喉を通る冷たさ。幻想の花の香りが沸き立ち、口を満たす。残った甘さについ舌を転がす。口の中に絡みついた甘い白い液体を削ぎ落とすように、一つたりと逃さないように歯に沿わせ絡め取り、こくり。そしてその味が忘れられず、また瓶を傾ける。こくり、こくり。

「きゃ」

 虎妖怪に鼠が置いていった棒で肌をつつかれ、驚きに雫が私の口から溢れる。それは口を汚し私の肌を滑り、白い液体が体を伝わりこぼれ落ちていく。
 
「ああ、勿体無い」
「ふぁ…っ」

 生暖かく湿ったものが私の体を滑る。下に溢れ床を汚すよりも早く、虎妖怪の舌が私から溢れた花の蜜を舐めとる。
 肌を滑る少しザラザラした舌にチュクチュクと嬲られ、甘えた息が漏れる。ぞわりと産毛が総立ち、僅かに電気が流れるような刺激が背を走る。

「ちょっと、何するのもう」
「すみません。汚すと面倒なものでつい」

 痺れを誤魔化すようにヘラヘラと笑う虎妖怪に憤りながら、私は背を向けお酒を呑む。微かに反応してしまったそれに気づかれないように。
 存分に飲み終わり、口を話す。塗れた口ぶりを舌でねぶり喉を鳴らし、空の瓶を虎妖怪へ。

 ああ、暑い。体の中に灼熱の楔を埋め込まれたようだ。見下ろした私の肌は白かった部分もほんのり全身桜色。手を当てれば熱を宿しているのが分かる。裸の胸に当てた手には、逸る鼓動の振動が伝わる。
 ああ、暑い。湧き上がる熱に浮かされ窓際へ。戸を開け風に体を晒す。その涼しさに誘われ、外へ一歩。

「――何をしている!!?」

 聞こえてきた声に振り向けば、所要があるとしばし席を開けていた鼠の姿。見開かれた視線は私を捉え、驚きに声を荒げる。何がそんなにおかしいのか。ただ涼んでいるだけなのに。私の体ごと貫くようなその熱い視線に思わず腕で体を抱く。ああ、そんな目で見ないで欲しい。熱がまた宿ってしまう。

「いいか、そこから動くな。いま連れ戻す」
「それは駄目。私は風になるの」

 こんな熱いのだ。それくらいいいだろう。走り出した鼠から逃げ出すように私もまたよーいどんで走り出す。全裸で。
 ドたん。音に振り向けば鼠が上司である虎妖怪に抱きつかれ転げていた。
 
「ま――お前今の自分の姿を!?」
「ふふ、それがどうしたの」

 私は古明地こいし。無意識を操る能力者。見られたら困るものでも、見られなければ問題ない。私は無意識に全裸で潜り込む。
 立ち上がろうとする鼠の視界から大股ダッシュで逃げ出していく。ああ、風が気持ちいい。

 浮世の熱に浮かされるように、風に抱かれるように、私は寺の境内を走っていく。風が丘の頂きをくすぐり、若草がさわさわと足元をさする。
 誰もいない夜の境内に一人。闇に肌を晒している。見るものだなどいないというのに、見れるものだなどいないというのに。疲れに息があれ、肌が赤く染まる。その開放感と背徳感が背を震わせ、悦楽の汗を流す。腰を下ろした石の冷たさが尻を直に冷やす。

 取り敢えず一周しよう。良く分からない使命感に誘われ再び走り出す。運動がこんなに楽しいものだったとは驚きだ。
そこそこ走ったところで熱くなったので地面に転がる。石畳の冷たさが気持ちいい。凸凹した地面に自分のほんの少し出っ張った部分が擦れ、それもまた。
 どうやら村へと続く階段のある門近くのようだ。視線を動かせば少し先には下へと続く階段とその先にある里の姿。ゴロゴロと転がり階段の一番上まで行って見下ろしてみる。長く続く段差。これを全力で駆け下りたらさぞ爽快だろう。飛べるかもしれない。

 どうせなら里まで行ってみようか。行って駆け抜けようか。そんなことを思う。さぞ無意識である私を見れるものなどいない。人の中を全裸で駆け抜ける私。それなのに誰も気づかない。全てを晒しているのに、それが当然であるかのように周りは動き見放される。想像してみてぶるりと体が震える。いいではないか。背がゾクゾクする。どこまで出来るのだろうか。ああ、無意識って素晴らしい。
 だがまあ、それは後にするべきだ。まずは一周しきってから。良く分からない使命感に立ち上がって私は続きを走り出す。だが少し走った途端、体が震える。下腹部が熱くなる。

「うぅ、トイレ……」

 さっきのゴロゴロで冷えたのだ。お酒を飲みすぎた。漏れそうである。もし腹パンでもされたらチョロッとイってしまいそうである。
 抑えるように股に両手を挟んで抑え内股に。もじもじと抑えるのはいいものの別の感覚に目覚めそうだ。どうしたのものかと辺りを見回す。一端寺の中に戻るべきだろうか。しかし一周が……

――ガサリ

「ん……わんわん?」

 犬である。視線の先の暗闇の中、どこから紛れ込んだか子犬が一匹。舌を出してハッハと走り、草むらで止まる。そして近くの柱に向かって片足を上に。まさかと思うよりも早く子犬はぶるりと体を震わす。
 シー……

「……はっ」

 つい眺めてしまった。気持ちよさそうに立ちションする子犬を羨ましそうな目で見ている少女がいた。私だった。今は夜、私は無意識、ここは無人。別に問題はないんじゃないだろうか。ちょっと隅っこ行ってしていいんじゃないだろうか。子犬もしていることだ。
 こいぬとこいし。こう並べれば似ている。一文字違いだ私もいいんじゃないだろうかというかすべきではないだろうかここにあの子がいるのも必然じゃないだろうかうんきっと。隅っこ行って片足上げて大きく股を開いて全部見せて……

「……いや、流石にそれは」

 足を開きかけ、股を冷やす風にふと冷静になる。犬と同じはマズイ。何か色々失いそうだ。ちょっと背中がゾクッとして甘い息が漏れたのは秘密だ。
 私が思う間に子犬は出し切ってさっさと闇に消えていく。誘惑を振り切って私も走り出す。内股で。
 走るたびに振動が響いてくる。ああ、寧ろ我慢しきれず漏らすのも……

 そう思った矢先、寺の戸が空いているのが私の目に入る。離れの別室だ。ちょっと厠を借りよう。
 何故か残念に思っている心を抑え、私はその戸に向けて小走りで向かう。明かりの灯ったその場所へ。部屋に入った先、中にいた人間と視線がある。
 
「は、はだ!?」

 気づかれたのならしょうがない。私は地を蹴り宙に舞う。

「とうっ!!」
「な……むも!?」

 何故か私に気づいた人間に対し迎え討つは膝蹴り。私の膝が部屋にいたハゲの顔に突き刺さる。

「失礼ね。生えてなくて何が悪い。あなたは頭がツルッツルじゃない」

 倒れ伏したハゲに対して仁王立ちで言い返す。気絶しているようで返事はない。しかし何故気付かれたのだろうか。
 しかしながら修験者を一撃で倒すとは。私も捨てたものではない。もしやこの身には秘めた才能が。その猛りのままに構えを取る。

「鶴の構え」
「ここかー!!」

 スパンと襖が開く。両手に棒を持った鼠である。全くご苦労なことだ。

「私のダウジングからは逃れられん。さあ、傷が浅いうちに捕まってもらうぞ」
「私は鶴。空を飛ぶの。地を這うねずみ風情が捕まえるとは生意気ね」
「地の底から来た奴が何を言うかー!!」

 叫び向かってくる鼠。その歩みは愚直。余りにもまっすぐな、あとを考えない突進の様な体当たりダイブ。避けるのも容易い。

「だが、私には効かないわ」

 ひらり。私は前へと跳ぶ。途端、さっきまでいた場所の左右と背後に天井から彼女の眷属たるたくさんのネズミが降って来る。

「な?!」

 驚きに目を見開らいた鼠は既に目の前。バランスを取り直そうとした相手に向かって私は一息で踏み込む。無理矢理に振り抜かれた鼠のロッド、それを旋回しつつ避け掌底で打ち払う。そして更に一歩踏み込んだ私の大股開けた上段蹴が鼠の顎を打ち抜く。

「おま、裸で、それ、は……」

 鼠が地に倒れる。ふ、甘い。罠など私に聞くと思ったか。丸聞こえだ馬鹿者め。
 もっふもふの鼠耳をもふって勝利の余韻に浸る私。ダウジングロッドも拾ってちょっと自分をツンツン。そこに主を倒されたネズミが体当たりをする。あ、やば。

「ちょ、ちょっと漏れ……忘れてたトイレ~!」

 二つの屍を残しダッシュ。見つけたトイレへ駆け込む。

「ぁ……ふぅ」

 出し切って満足である。さて、これからどうしたのものか。手にあるのは戦利品のロッド二本。二人も倒すとはやはり私には才能があるのでは。

「この寺を制覇しましょう」

 呟き、ダッシュ。全裸でダッシュ。無意識で潜り込む。
 
「な、何だ!?」
「こ、古明地?!」
「は、はだ……がは!!?」

 数多の部屋を私は駆け抜ける。ロッドが向くまま気の向くまま。空き部屋も人間がいた部屋も。何故か気づいた人間には鶴キックをお見舞いして走り続ける。

「む、お風呂ね」

 少し体も冷えてきたところだ。ちょっと寄っていこう。

「ふぅ、いいお湯でした」

 出てきたばかりの聖とかいう僧の横を突っ切って浴室に突入。浴槽へダイブ。

「……って、何してるんですか!!」

 聞こえてきた声を無視して風呂を泳ぐ。泳ぎたいと思ったから泳ぐ。無意識のなせる技だ。

「お風呂で泳いで遊んではいけません!!」

 怒られたのでそっちを見る。少しくらいいいじゃないかと頬を膨らませる。
 お湯から出たばかりなのだろう。プンプン顔の聖の髪はまだ濡れ、体も軽くタオルを巻いただけだ。胸元の二つの大きな脂肪も顕になっている。
 ましゅまろのようにやわらかそうで、手に収まりきらない形のいい大きさの双丘。私怒ってますとばかりに腰に手を当てているもんだから予定強調されてぷるんふよんと揺れる。つい、自分のものと見比べてしまう。

ぽよん、ぽよん
スカッ、スカッ

「お腹なら負けないもん。あんたと違って贅肉なんかないもん」
「……あ?」

 ゾクリ。空気が変わる。聖の纏う雰囲気が様変わりする。笑顔なのに背後に般若が見えてくる。どうやら地雷を踏んだらしい。

「何があったか知りませんが、どうやら教育が必要なようですね……」

 怒られるのは好きでなはい。さっさと出なければ。

「聖、そいつを捕まえ――!!」

 聖がわなわなしている間に逃げねばならない。復活してきた鼠と聖に向かってロッドを全力スローイン。鼠の頭に刺さり、聖には捕まれ……あ、砕かれた。
 取り敢えずその隙をついてダッシュ。凄まじい勢いで薙ぎ払われた頭上をタッチの差で滑り込んで交わし、聖の横を抜ける。
 聞こえてきた爆音さながらの破壊音と衝撃を背中に感じながら、私は走る。水がぽたぽた、絹のような傷一つない肌の上を滑り溢れていく。水も滴るいい女がいた。私だった。

「ちょ、聖!!タオル脱げてます!! 服を着てくださ――」
「追いますよナズーリン早く」
「尻尾は掴むところじゃ……背中熱!! 熱いです!!」

 背後から聞こえてくる追っ手から逃げるように走る。飛んでくる弾幕を避けるためジグザグ走行を駆使しいくつもの部屋を通り抜けていく。部屋にいた人間の驚きの声をBGMにしつつ、ひたすらに逃げる。風は自由でなくてはならないのだから。
 だが流石は向こうのホーム。それに身体能力の差もある。段々と差が縮まっている。後ろを見れば般若がいる。生憎だが、地上の鬼とは知り合いではないのだ。捕まるのは御免被りたい。
 
「はぁ、はぁ、はぁ……」

 ああ、ここまで動いたのはいつ以来だろう。荒れる鼓動が、熱を宿した体が、周囲のものが愛おしい。軽くイってしまいそうである。
 シュイン。明らかに手加減していない弾幕が脇を掠る。良い刺激だが、流石に少し強すぎる。違う意味でイってしまいそうだ。
 もう、捉えられるのも時間の問題だ。だが、捉えられるわけにはいかない。私は、自由を手にするのだ!!
 目の前の段差を飛び越えるために、私は足に力を入れ力強く地を蹴る。

「アイキャン、フラ―――」

 ――ツルッ。
 濡れた足が滑り、私の体が傾く。

 痛そうな段差にダイブしてく者がいた。私だった。

「――ァイ、ぎ!?」

 鋭い痛みと衝撃を最後に、私、こいしの意識は天へと羽ばたいていった。












「……知らない天井ね」

 目が覚めて開口一番、とりあえずのお約束を私、古明地さとりは言った。
 地底とは違う開放的な遠さの天井と、明るさに見てた高さ。鼻に流れ込む静謐な空気に痛む頭を思い起こせば、ここは命蓮寺だと思い出す。しかし一体何故、私はこうして布団で横になっているのだろう。

「あ、起きましたか?」

 声に振り向けば毘沙門天代理、寅丸星が私を見ていた。やはりここは命蓮寺で間違いないらしい。

「体で辛い部分はありませんか?(頭大丈夫かなぁ)」
「何故か頭がガンガンと凄く痛いのだけれど」
「少し、見せてもらえますか?」

 寅丸は私の頭を見てふんふんと納得したように息を漏らす。

「怪我は大丈夫ですね。多分、飲みすぎたんだと思います。どうぞ、お水です(昨日飲んだからなー)」
「ありがとう。ああ、そう言えば確か誘われたわね。そんなに私、飲んでた?」
「うーん、実は私もよく覚えてないんですよね(飲みすぎて何があったか覚えてないなぁ。何かしちゃったらしくて、罰として看病をナズーリンから言われたけど)」
「そう」

 心を深く漁ればある程度の断片は拾えるだろう。だが、酔いに痛む頭でそれをする気にはなれない。まあ、どうせ知ったところで大したことではないだろう。
 水を飲んで少し楽になった頭で寅丸に聞く。

「他の人たちはいるの?」
「あー……ええ、まあ。聖は朝の読経とかでちょっと居ませんが(他のみんなは飲んでたのバレて聖に怒られちゃったしなー)。あ、そうそう。その服はあげますので着て帰って貰って構わないと聖が。あなたの服はまた後日返すそうです」
「服?」

 そう言われ、ふと自分の様子に気づく。来てきた服と違う。寺の僧が切るような、寒色に染められた麻布の服。意外に肌にチクチクせず、軽くて着やすい。貰えるとはまたありがたい話だ。しかし、来てきた服は一体どこへ。

「それと……」

 疑問に駆られる私へ、言いづらそうに寅丸が言う。

「ナズーリンと聖からの伝言です。『起きたのなら、出来るだけ早く帰ったほうがいい。あなたのためにも』です」
「私のため?」
「ええ。何のことだか、私にもわかりません。ですが二人が間違ったことを言うと思えませんので、早く帰ったほうがよろしいかと」

 何かを忘れているような気もするが、思い当たる節はない。まあ確かにあまり長くいるのもアレだろう。頭も痛いし、さっさと家に帰って寝るべきだ。まる一日開けてしまった。残してあった仕事を思うと別の意味で頭が痛い。

「そういうことなら私は変えるわ。じゃあね」
「ええ、さようなら。また機会があれば」

 別れを告げ、重い頭で出口へと向かう。これからあの段差を降りていくのを思うと全く心が重い。

「ああ、飛べばいいのね……」

 忘れていた。だが、この痛む頭で飛んで大丈夫なのだうか。空から虹色のシャワーを出さないとは思うが……念のため、歩いて帰ろう。
 
「あ」
「うん?」

 そんな事を考えていると鼠の妖怪、ナズーリンと鉢合わせした。どうやら向こうは会いたくなどなかったらしく、複雑そうな表情を浮かべている。思い当たるのは昨日のことくらいだ。疑問を抱いたまま帰るのも居心地が悪い。聞けるなら聞いてみよう。

「少し聞きたいのだけれど」
「え、あー……あー、うん。何?(昨日のことじゃないといいなぁ。流石にあれは――)」
「昨日、何があったか教えて貰えない?」

 それが間違いだったのだろう。心を読むよりも早く、ナズーリンの表情でそれが分かった。

「え、いやその。昨日は何もなかったかなー、何て。あはは(昨日は知らないほうがいいよほんと。だって君……って、やば、これ読まれ)」
「……え?」











「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 



























































epilogue




「ねえねえお燐、さとり様こないだからずっと出てこないけど、何があったのかな、かな?」
「あー、うん。何かあったんじゃないかな。例えばそう、黒歴史とか」
「うにゅ? 黒歴史って何?」
「認めたくない過ちってやつさ、お空」
「うにゅ。難しいね、お燐」

 ゆらゆらとしっぽを揺らし、私、お燐はそう友人であるお空に応えた。

 私たちの主、さとり様は数日前にちょっとした野暮用で地上に出て以来、ずっと引きこもり生活を送っていた。穴蔵の中に引きこもるのはいつものことだが、部屋から一歩も出ないのは珍しい。

 実のところ、私は何があったのか大体のところを理解している。とある事件が起こったことによりさとり様は心を傷つけられ、ベッドの上で布団にくるまりバタンバタンと転がる作業に没頭されている。

 事の顛末を知れば確かにそうなるのも無理はない。何か声をかけたいが、完全に自業自得な上、変に声をかけては傷口を抉るだけだ。事実、適当な言葉で慰めようとしたら「うみゅみゅミュみゃああああああ!!! ああああ!!!」と奇声をあげてバッタンバッタン転げ回られた。あれは怖かった。

「こんにちは、お邪魔します」
「はいこんにちは。精が出るねこんなちょくちょく」
「ええ。私の身内の不得手が原因でもありますので……」

 聖白蓮、と名乗った彼女はあの事件の日以来ちょくちょくここ、地霊殿へと足を運んでいる。何でも家の主がああなった理由は自分にもあるからとか。その為にカウンセリング? のような事をしに来ている。旧とかいえ地獄であるここに偉い僧が来るのもまたミスマッチだが、猫の手も借りたい状態だ。猫である私の手が無意味だった以上、ほかに頼るほかあるまい。徳の高い僧ならば少なくとも私よりはいいはず。まったくもってありがたいことだ。
 聖の目が私たちを外れ、奥へと……さとり様の私室へと向かう。

「彼女はまだ……」
「ええ。絶賛引きこもり中です。たまに奇声が上がって怖いです」
「そう……まだ、心の傷が癒えませんよね。少し、声をかけて来ます」
「ええ、お願いします。仕事もたまって来てますので是非」

 こんこん……と静かに戸を叩く聖の姿を一目見て、私はお空を連れてその場を離れる。二人にしたほうが話しやすいだろう。初めて彼女が来た日を思い出す。さとり様は彼女を見るなりジャンピングご下座を決めた後速攻部屋にこもった。あの時の「ごめんなさいごめんなさい私じゃない私じゃないんです忘れてくださいおねが、お願いしますほんとすみませんああああああ」という声が忘れられない。人のトラウマは平気な顔で暴くくせに、自分のトラウマには弱いらしい。

 私は折りたたまれた一枚の新聞を手に取り、外の庭へと出る。はあ、まったく困ったものだ。地獄の仕事自体はお空と私の二人がいれば最低限は出来るが、あくまで最低限。炉を回すだけ。他はさとり様が復帰してもらわねば。

「一体、いつになるかなぁ……」
「いつになるだろうねぇ……。そういえばさお燐、こいし様も見ないよね。どうしちゃったんだろ」
「あの人は前々からそう見る人じゃなかったけどね。まあきっと、このせいだろうね」

 手に持っている新聞に目を通す。私自身、これを見て何があったのか知ったのだ。

「ああ、確かそれ見てこいし様何か言ってたよね。焼き鳥がどうとか。焼き鳥食べたいなー焼き鳥」
「おい烏。それでいいのか鳥類。……こいし様、これ読んですごい怒ってたよね『4ボスの天狗風情が調子に乗りやがって。EXの力見せてやんよ。野郎、ぶっ殺してやる。今夜は焼き鳥だ!』って叫んで走ってったよね」
「焼き鳥もいいけどゆで卵食べたいなぁ……はぁ」

 前々から思っていたがゆで卵が好きというのもどうなのだろうか。色々とした線引きがあるのか、そもそも気にしてないのか。なら焼き鳥もそうなのだろうか。うにゅうにゅ言ってる友人を見てこりゃ考えるだけ無駄だと理解する。
 全く、どうなるのだろうか。

「ま、なるようになるだろうけどさ」
「うにゅ!」

 静かな空間に、元気な声が響いた。
 世は並べて事も無し。今日もまた、変わらず日々は流れていく。
 
 

 
後書き




『文々。新聞  特別外号! 記者は見た、不思議少女の真実の姿!!
 
 里で着々と信徒を増やしている命蓮寺。妖怪にも人にも優しいと評判の寺で事件が起こった。事が起こったのは草木も眠る丑三つ時のことである。旧地獄の主の妹、古明地こいしが時たまこの寺に現れるようになったのは先日伝えたことだが、その彼女がなんと全裸で走り回っていたというのだ。

 この事態を目撃したのは命蓮寺にて泊まり込みで教を読んでいた信徒の方々。彼らが言うには突如一糸まとわぬこいし氏が潜入し、一直線に目の前を駆け抜けていったという。中には惚けている隙に蹴りをくらい倒れた者もいるらしい。また、噂ではこいし氏だけでなく寺のトップである僧、聖白蓮氏までも裸で闊歩している姿が見られたという。

 当記者はこの話を聞き寺の関係者に話を聞きに行ったのだが、関係者はガンとして首を横に振り何も語ってはくれなかった。何もなかったと追い返されたが、果たしてどうなのだろう。風呂場らしき部分が爆心地の如く吹き飛ばされていたのを見るに、何もなかったというのは明らかな嘘だと確信できる。目撃者である信徒にも聞きに行ったが一転、何も見なかったと意見を変えられてしまった。

 古明地こいし氏は心が読めないサトリだ。自分の心もすっからかんであり、それ故意識のない、所謂「無意識」を操れるという。それを利用すれば人の意識から外れ、認識されなくなることも可能だ。だというのに何故、今回はそれをしなかったのだろうか。考えられるとすれば恐らく趣味や性癖であろう。空っぽの心だと評されているがその実、今回のことが事実ならばとんだ変態の好き物である。露出狂、という存在だろう。

 これは追記だが、この仮説を裏付けられるかもしれない可能性がある。実は当記者はその時間帯、偶然ながら所用で命蓮寺の上空を飛んでいたのだ。カッパである河城にとり氏制作の映像を記録できる「びでおかめら」という機械の試作品を手にしてだ。試運転として上空から地上を記録しながらゆっくりと飛んでいたのだ。
 にとり氏によれば暗闇でも問題なく映像は記録できるよう改造してあるとか。地上の事変に気付けなかったのは記者として酷く口惜しいが、この機械の記録を見れば何か証拠が残っているかもしれない。現在はにとり氏協力の元、映像の復元に尽力している。上手くいけば明日にでもこいし氏の秘められた痴態を暴けるだろう。
            
                        文々。新聞 以下次号へ続く





 それから何日もの間、射命丸文の姿を見た者はいない。ただ、彼女の持ち物だと思われるカメラが山の中で無残な姿で見つかったという。その周囲には、夥しい数の抜けた羽が散っていた。 
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