トゥーランドット
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第一幕その一
第一幕その一
第一幕 氷の姫
高い城壁がある。まるで天に達するのではないのか、という程にまで高く、それでいて厚い壁である。
そして城門もまた厚い。鉄で作られたその扉はまるで地獄へ向かう門のようである。
城門の側には一つの銅鑼がある。それは普通の銅鑼よりもずっと大きかった。そしてそのすぐ脇には数本の柱が立っている。
その柱の上には何かが刺さっている。見ればどれも若い男の首である。
皆それを溜息混じりに見ている。何か嫌な思いでもあるのだろうか。
長い歴史を誇り繁栄するこの国の都北京。今この街には一つの厄介な悩み事があった。
「良いか皆の者」
夕暮れの街で鎧兜に身を固めた一人の武官が宮城の門の前で民衆に向かって文を読み上げている。見れば宮城の門も城門と同じく重く厚い。やはり地獄の門に似ている。
「姫からのお達しである」
皆それを聞いてザワザワと声をあげる。
「我がトゥーランドット姫は自らが出された謎を解いた者を夫とすると布告されている」
皆それを聞いて顔を見合わせた。
「若しかして・・・・・・」
皆何かに期待しているようだ。
「だがペルシャの王子は謎を解くことが出来なかった。よって今日の月の出と共に死刑に処される」
「・・・・・・・・・」
皆それを聞いて深い溜息をついた。
「場所はいつもの処刑場である。姫も来られるとのことである。以上」
そう言って武官はその場を後にした。
民衆達は彼の後ろ姿を見て落胆した声をあげた。
「また駄目だったのか」
「一体これで何人目なんだ」
彼等は憂いに満ちた表情で口々に言った。
「どうする、そのペルシャの王子様の最後を見に行くか」
誰かが言った。
「男前の王子様だったけれどな。何か可哀想だよなあ」
「しかし姫様も来られるんだろう、やはり見に行きたいよな」
別の者がそう言った。
「ああ、姫様はお目にかかりたいな」
一人の男がそれに賛同した。
「確かにお美しい姫様だけれども」
その中の一人が言った。
「しかしその心は氷の様に冷たいときたものだ」
皆そう言って落胆した。
それでも処刑場へ見に行く者はいる。だが誰もその表情は晴れない。
「何か暗い雰囲気ですね」
宮城の前を歩く一人の少女が彼等を見て言った。
長く黒い髪を後ろで束ねた小柄な可愛らしい少女である。黒い瞳は大きく愛らしい。
その白い肌は夕陽に映え更に美しく見える。漢人の服ではなく白い胡服を着ているところを見るとどうやら異民族であるらしい。
「そうなのか、わしにはよく見えぬが」
その後ろにいる老人が言った。白い髪に白い髭を生やしている。腰は曲がり顔には深い皺が刻まれているがその物腰からは気品が漂っている。やはり胡服を着ている。
「陛下、やはりご気分が優れませぬか」
少女はその老人を気遣って声をかけた。
「いや、そうではない。ただ今日はどうも目の調子が悪くてな」
彼は弱々しく笑って答えた。
「あまり遠くのものが見えんのだ。耳は聞こえるからよいのだが」
「そうでございますか」
少女は少しホッとしたようである。
「それにしてもここでお会い出来ると思ったのですが」
少女は哀しそうな声で呟いた。
「カラフのことか」
老人はそれを聞いて言った。
「はい。折角この街におられると聞いて文を送りお約束までしたというのに」
彼女はさらに哀しそうな声を漏らした。
「リューよ、そう悲観するものではない」
老人は少女の名を呼んで慰めた。
「あ奴は約束を破るような男ではない。必ずここにやって来る」
「はい・・・・・・」
リューは頷いた。その言葉に少し元気付けられたようである。
「あ奴はこのわしの息子じゃ。だからこそよくわかるのじゃ」
「そうでしたね」
リューはそれを聞きようやく微笑んだ。
「このティムールのな。といってもわしは自分の国さえ守れなかった愚かな男じゃがな」
彼は自嘲を込めて言った。
「いえ、それは違います」
リューはティムールを慰めるようにして言った。
「陛下がお国を守れなかったのは陛下のせいではありませんわ。全ては天の時です」
「そうなのかの、実の弟の邪な企みに気付かず国を追われたのはわしが愚かであったからじゃが」
彼は苦渋に満ちた声で言った。
「お気になされないよう。あの男もいずれ天の裁きを受けます故」
「うむ・・・・・・」
彼は表情を暗くした。どうやら彼は実の弟の反乱により国を追われたらしい。
「父上」
そこで声がした。二人はその声を聞いて思わず顔を上げた。
「あ・・・・・・」
そこには青い胡服を着た若い男が立っていた。
背は高く体格は堂々としている。彫りの深い顔は引き締まり威厳と知性をかもし出している。黒い髪は後ろで下に束ねられている。黒い目には強い光が宿っている。
「殿下・・・・・・」
リューは彼の姿を見て思わず声を漏らした。
「カラフ、無事であったか」
ティムールも彼の姿を認めて思わず声を漏らした。
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