DQ4TS 導く光の物語(旧題:混沌に導かれし者たち) 五章
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五章 混沌に導かれし者たち
5-16船出(仮)と慕情
翌朝、少女とホフマンは早く起き出し、鍛練を開始する。
前日のことがあるため、ホフマンは無理をせず、自分のペースで走り込みを終える。
昨日一日の戦闘で、型にも慣れてきたホフマンに、少女が言う。
「だいぶ、慣れてきたから。素振りだけだと、わからないこともあるし。少し、合わせてみる?」
「え?……ありがたいですけど、少し自信がないですね」
「型の、確認みたいなものだから。ゆっくりで、いいの」
「それなら、なんとかできそうですね!よろしくお願いします!」
少女とホフマンはそれぞれ構えを取り、剣を、槍を合わせる。
少女がゆっくりと打ち込むのにホフマンが応じ、型を、動きを確認する。
勢い良く武器をぶつけ合うようなことは無いが、じっくりと正しい動きを確認するのに、ホフマンの額に汗が浮かぶ。
昨日の反省を踏まえ、ホフマンの消耗具合を見て、少女が終了を告げる。
「わたしは、もう少しやっていくけど。ホフマンさんは、急にやりすぎるのも、よくないと思うから。ここまでに、しよう」
「はい!ありがとうございました!」
少女は素振りを始め、ホフマンは厩に寄ってパトリシアの手入れをし、部屋に引き上げる。
少女も素振りを終え、厩のパトリシアの顔を見てから、部屋に戻って身形を整える。
朝食の席に、一行が揃う。
トルネコが言う。
「昨日お話しした通り、今日は船の操作を、覚えて頂きますわね。朝食を終えたら、ドックにまいりましょう。」
「そんな簡単に、覚えられるもんなのか?」
「簡単にとは、いきませんけれど。冒険者の一行が使いやすいように、工夫された船ですから。一日もあれば、なんとかなりますわ!あたしがひと通り覚えていますから、細かいところは、旅立ってからでもお教えできますし。」
「それなら、なんとかなりそうですね。本当に、助かります」
「あたしは戦いでは、みなさんほど役には立てないと思いますから。他のところは、頑張らないとね。大船に乗ったつもりで、おまかせくださいな!」
「まさに、大きな船に乗るわけですからね!」
「あらやだ。うまいこと言っちゃったかしら!」
「……?船は、おおきい、ね?」
「気にすんな」
「……うん……?」
「大船に乗ったつもりで、というのは、大きな船は小さな船に比べて、難破の心配が少ないので、安心して乗れるということから、頼りになる人に任せることを指すのですよ。今回は、実際に大きな船に乗るので、それとかけているんですね」
「……うん。わかった」
「……真面目に解説されると、気恥ずかしいものがありますね」
「なら、最初から言うなよ」
「いやー、なんとなく、言わないといけないような気がして」
朝食を済ませた一行は、ドックに向かう。
船が完成し、造り主も無事に戻って、不安の解消された親方に陽気に迎えられ、元作業員たちに船の操作法を教わる。
ホフマンは船の構造に興味津々で生き生きと動き回り、ミネアは落ち着いて手順を把握し、少女は真面目に学習に取り組む。
マーニャが溜め息を吐く。
「こういう細けえのは、性に合わねえんだよなあ」
「言うほど、細かくも無いと思うけど」
「実際、やりはじめちまえば、大したこともねえんだろうが。ちまちま確認するってのが、どうもな」
「兄さんは、実践で覚えるタイプだからね」
「そうなんだよな。いっそ、動かしちまえればな」
「あら、そうでしたのね。なら、動かしてみましょう!」
「ええっ!」
マーニャのぼやきにトルネコが軽く提案し、ホフマンが動揺する。
「ま、まだかなり、自信が無いんですけど!」
「大丈夫よ。作業員のみなさんも、横に付いてくれますから。むしろ、効率がいいかもしれませんわね。」
「お、話せるな。そう来なくちゃな」
「動かすの、ね」
「ユ、ユウさんは、大丈夫なんですか?」
「うん。覚えた」
「早くないですか!?」
「そうなの?」
「ユウは賢いですからね」
「そういう次元の話なんですか!?」
「ガタガタ言ってんなよ。早えか遅えかの違いだろ、さっさと始めようぜ」
狼狽えるホフマンを後目に、着々と出港の準備が整えられる。
作業員の檄が飛ぶ。
「おら、兄ちゃん!こっちだ!モタモタすんな!」
「は、はい!」
「嬢ちゃん、手際がいいな!」
「これで、いいのね。」
「お、こうすりゃいいんだな」
「兄さんも、器用なモンじゃねえか!」
「さすがに、勘はいいね」
「こっちの兄さんも、ソツがねえな!」
「さあ!仮ですけれど、出港ですわ!」
既に覚えた手順を淡々と確認するように作業を進める少女、勘で全てを把握していくマーニャ、時折、作業員に確認しながら、あくまで落ち着いて順当にこなしていくミネア、さんざん狼狽え、どやされながらも、なんとか持ち場をこなすホフマン。
作業員の補助もあり、船は順調に海面を滑り出す。
ある程度、作業が落ち着いたところで、船を作業員たちに任せ、甲板に集まる。
「みなさん、お疲れ様でした!少し休んで、航海を楽しみましょう!ほら!天気もいいし、海がきれいですわよ!」
「ほんとね。陸から見るのと、ちがうみたい。海は、ひろいのね。ずっと向こう、空との境目まで、ずっと海なのね。」
「空と海の境目のことを、水平線と言うんですよ」
「水平線。本で、読んだ。これが、そうなのね。」
「ところで姐御は、オレらがいなけりゃどうする気だったんだ?船を動かすにも、戦うにも、ひとりじゃどうにもならねえだろ」
「そうねえ。特に、考えてなかったわねえ。」
「ええっ!?」
トルネコの発言に、また声を上げるホフマン。
「そのときになったら、どうにかなるかと思って。砂漠のときも、そうだったわね。たまたま、通りかかったキャラバン隊を、雇えてねえ。」
「そんな……行き当たりばったりって言いませんか、それ」
「運はいいのよ、あたし。昨日も、お話ししたでしょう。」
「……運、ですか」
「その割に、魔物に狙われてるがな」
「そうなのよねえ。その辺で、釣り合いが取れてるのかしらね。」
「……あの。トルネコ。」
「なにかしら、ユウちゃん?」
「やっぱり。ポポロとネネさんに、……!?」
和やかに、一部脱力感に見舞われて、話し合っていた一行を、衝撃が襲う。
「きゃあっ!?」
「うわっ!?」
「なんだ?」
「魔物だ!」
「……昨日の。」
揺れの収まった甲板には、昨日、灯台で見かけた、トルネコを追う魔物、ミニデーモンの姿があった。
「キキー!見つけたぞ、トルネコ!」
身構えていたマーニャの、緊張が弛む。
「なんだ。昨日の間抜けか」
「油断しないで!間抜けでも魔物だ、魔法も使うんだし。ここには天井もない」
「あー、まあそうだな」
「ミネアさんも結構ひどいですね!」
「ってか、甲板に上がり込まれちまうと、派手な魔法は使えねえな。厄介だ」
今ひとつ、緊張感に欠ける男性陣。
作業員に、ミネアが呼びかける。
「こちらで、対処しますから。みなさんは、船をお願いします」
ミニデーモンは今日も一行の会話には反応せず、トルネコに向かい宣言する。
「お前を食い殺してやるために、ずっと追いかけていたのだ!ここで会ったが、百年目!今こそ、食い殺して」
少女が抜刀し、斬り付ける。
「キ、キー!?」
「やらせない。あなたが死ねば、トルネコは、帰れる。あなたを、殺す。」
魔物はなんとか距離を取り、魔法を唱えようとするが、少女が許さない。
間合いを詰め、フォークで応戦する魔物と切り結ぶ。
暫し呆然と事態を見ていたトルネコが我に返り、魔物の背後に回り込み、少女に加勢する。
「ちょっと!襲うなら、あたしにしなさいな!ユウちゃんに、なにするの!」
退路を断たれた魔物は、少女の斬撃に対応しきれず、身体に刃を受け始める。
魔物の間抜けな印象と、少女の素早い反応に出遅れた男性陣も、戦闘に加わる。
マーニャがルカニを唱え、ミネア、ホフマンも攻撃に参加する。
囲まれて、寄ってたかって斬りつけられ、あえなく魔物は沈黙した。
「ちょっと、可哀想だったかな」
「どうせ殺るなら同じことだろ。甚振ったってわけじゃねえんだ」
「本当に来るとは、思いませんでした!」
トルネコが、少女に駆け寄る。
「ユウちゃん!大丈夫?」
「うん。トルネコは?」
「あたしは、大丈夫よ。ユウちゃんのおかげね。ありがとうね。」
「ううん。よかった。」
「ごめんね、ユウちゃん。」
「なにが?」
「あたしたち人間にしてみたら、あたしたちを殺そうとする魔物を倒すのは、当たり前のことだけれどね。それでも、本当は。ユウちゃんみたいな小さな子に、させてはいけないことなのよ。殺す、なんてことも、言わせてはいけないの。」
「わたしは、大丈夫。わたしは、強くならないと、いけないから。魔物と、戦わないと、いけないの。ずっと、戦ってきたから。だから、大丈夫。」
「そうね。あたしたちが守ってあげられたら、いいのだけど。ユウちゃんを守るには、ユウちゃんが強くなれるように、するしかないのね。だけど。それでも。ごめんね、ユウちゃん。」
「大丈夫」
「ユウちゃん。お願いが、あるのだけど。」
「なあに?」
「魔物が、相手でも。死ねとか、殺すとか。そんな言葉は、言わないでほしいの。」
「どうして?」
「それは、相手を憎む言葉だから。倒す必要があったとしても、憎む必要はないのよ。憎しみに捕らわれて、心をすり減らしてほしくないの。」
「魔物が、相手でも。」
「ええ。」
「誰が、相手でも?」
「ええ。」
少女は俯いて黙り込み、そして振り絞るように言葉を洩らす。
「……ごめんなさい。でき、ない」
「ユウ、ちゃん。」
「わたしは、魔物が。あのひとが、憎い。魔物全部が、では無いけど。みんなを殺した、みんなを殺そうとする、魔物を。あのひとを。憎まないのは……でき、ない」
「……そう。そう、ね。憎まないでいるのは、難しいわね。でも、やっぱり、約束して。あの言葉は、やっぱり、使わないで。」
「……憎くても?」
「ええ。今、憎まずにいるのは、難しくても。ユウちゃんが幸せになるには、いつまでも、憎しみに捕らわれているべきじゃ、ないの。憎しみを、育ててしまわないように。いつか、手放せるように。やっぱり、あの言葉は、使わないで。」
「……使わなければ、いい?」
「ええ。今は、ね。」
「……わかった。すぐ、できるかわからないけど。頑張って、みる」
「ええ。それで、大丈夫よ。」
ふたりのやり取りを見守る、男三人。
「やっぱり、こういうことは、女性だね。それとも、母親だからかな」
「姐御だからじゃねえか」
「やはり、トルネコさんもすごい人ですね!」
少女が意を決したように口を開く。
「トルネコ。」
「なにかしら、ユウちゃん。」
「トルネコを狙ってた、魔物は倒したから。家に、帰れる?」
「……家、に。」
「ポポロは。ネネさんも。会いたいと、思う」
「……」
「少し、だけでも。」
懸命に訴える少女。
迷う、トルネコ。
マーニャが口を挟む。
「ちっとくらい、帰ってやれよ。灯台で見かけたのは、奴だけだったしな。他にいるとしても、すぐには来ねえだろ」
「……」
ミネアも、背中を押す。
「船の操作も、もう覚えましたから。出発は明日の予定ですし、今日くらいは、ご自宅でゆっくりされてもいいのでは?」
「……」
ホフマンが、だめ押しする。
「帰られるなら、ぼくもお供したいですね!団欒のお邪魔はできないとしても、ご主人にご挨拶だけでも!」
「おお、そうだな。連れてく約束もあったし、丁度いいな」
「トルネコ。わたしも、練習して。ルーラで、行けるから。」
総掛かりで説得され、溜め息を吐き、苦笑するトルネコ。
「そうね。それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら。確かに、いい機会だものね。」
「よし。じゃ、港に戻ったら、嬢ちゃんのルーラで、送り届けに行くか」
「うん」
再び、船内作業に戻り、停泊の手順を確認しながら、港に着く。
翌日の出港に備え、積み荷の確認と、不足分の依頼をして、宿に帰る。
身支度を整え、少女のルーラでエンドールに飛ぶ。
ホフマンは華やかな城下町に盛り上がり、置き去りにされそうになって慌てて一行に追いすがる。
預かり所に着き、躊躇うトルネコの背中を少女が押し、兄弟に続いて店内に入る。
すかさず、店主の声がかかる。
「いらっしゃいませ!おや、マーニャさんにミネアさん。数日ぶりですね。ユウさんは、……トルネコ?」
「……あなた。」
「……お帰り、トルネコ。無事だったんだね。本当に、よかった。」
「ただいま、あなた。みなさんと、一緒に旅をすることになってね。とても強い方たちで、早速、追っ手の魔物を倒してくださって。それで、ルーラで連れてきて頂いて、帰ってこられたのよ。」
「そうなんですか。みなさん、ありがとうございます。」
「礼なら、嬢ちゃんに言ってくれ。魔物を倒したのも、ルーラでここまで連れてきたのも、嬢ちゃんだからな」
「そうなんですね。ユウさん、ありがとうございました。」
「うん。また、会えて、よかったね」
「ええ。本当に。この後も、みなさんとご一緒させて頂けるなら、安心です。どうぞ妻を、よろしくお願いいたします。」
「うん。トルネコは、大丈夫。」
「すみません。ぼくも、紹介してもらえませんか?」
「あらやだ、ごめんなさい。そうね、ホフマンさんは、初めてだったのね。あなた、こちらはホフマンさん。砂漠の宿屋の息子さんで、商人の卵なんですって。正式な旅のお仲間というわけではないそうだけど、しばらくはご一緒させて頂くことになるの。」
「そうですか。ホフマンさんも、どうぞよろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします!高名なおふたりにお会いできて、光栄です!」
騒がしい店の様子に、店の息子が奥から顔を出す。
「パパ?お客さん?……ママ!」
「ポポロ!」
カウンターを飛び越え、トルネコに駆け寄り、抱きつく少年。
トルネコも、強く息子を抱き締め返す。
「ママ!ほんとに、ママなんだね!」
「ポポロ!そうよ、本当に、ママよ。」
「ママ!あいたかった!」
「ごめんね、ポポロ。」
「ううん、大丈夫!ぼく、ママの代わりに、たくさんパパのお手伝いしたんだよ!」
「まあ。偉いわね、ありがとうね。」
「ふたりとも。お客様がおいでなんだ。今は、それくらいにしておきなさい。」
「あらやだ、そうね。」
「お客さん?あっ、ユウおねえちゃん!」
少年が、少女に向き直る。
「ユウおねえちゃん!ほんとに、ママに伝えてくれたんだね!どうもありがとう!」
「うん。会えて、よかったね。」
「うん!」
「みなさん。本当に、ありがとうございます。今日は、どうぞ我が家で、ゆっくりなさってください。」
「そうね。それがいいわ。あたしも久々に、腕を振るおうかしら!」
「それは、楽しみだ。僕も、トルネコに食べさせたい料理があるんだよ。」
「まあ!楽しみね!」
「あー、折角だが。久々の帰宅なんだ、今日は家族水入らずで過ごせよ」
「そうですよ。私たちは、トルネコさんをお送りしに来ただけなので。」
「みなさん。そんな、お気遣いは」
「明日、また。迎えに、くるね。」
「今度お会いしたときには、色々とお話を聞かせてくださいね!」
「あら。そんな」
「じゃあな、姐御に、おやっさん」
「失礼します」
「さよなら。」
「お邪魔しました!」
「えっ、ユウおねえちゃん!」
一家の止める間も無く、そそくさと店を出る四人。
追いかけてこられないうちにと、速やかにルーラでコナンベリーに戻る。
「気のいい夫婦だがな。あの空気に放り込まれても、当てられるだけだな」
「ほんとに、仲が良さそうでしたね!うらやましいなあ!」
「一家団欒の邪魔をしてしまうのも、やはり申し訳ない気がしますからね」
「わたしたちは、しばらく一緒にいられるものね。いまは、ポポロとネネさんと、いてもらったほうが、いいね」
「しかし、船のほうが早く済んで、時間が余っちまったな。酒場も開いてねえし、どうするか」
「仕事でもしたら。今なら祝福ムードで、興行にはいいかもしれない」
「だな。財布の紐も、緩んでそうか。いっちょ、やってくるか」
「踊るのね。わたしも、行く」
「ぼくも、行きます!」
「嬢ちゃんは、いいが。ホフマンは、場合によっちゃ燃やすぞ」
「……気を付けます!」
こうして、港町の二日目の夜は、トルネコ抜きで過ぎる。
トルネコがいないため、ミネアはいつものように、マーニャの飲み過ぎを止めるのに苦労するも、いつも通りの夜が過ぎる。
後書き
仮初めの船出を終え、船はいよいよ大海原へ。
少女は成長し、故に苦悩する。
次回、『5-17商人の町へ』。
7/20(土)午前5:00更新。
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