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ファイアーエムブレム~ユグドラル動乱時代に転生~

作者:脳貧
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第四十五話

 伴も付けずにただ一人で現れたクルト王子、いつも通りの冷静な態度であったが……
どうやら帰還(リターン)、あるいは転移(ワープ)の杖で俺を送り返していただけるそうで、コスト的に人数が少ない方がいいからだと彼は語った。
それはもっともだと思い、俺は彼を案内することにしたが、その前に時間をいただいて市場の露店で少し甘い菓子に白樺の樹液、そして貴重品とも言うべき楓糖などをみやげに選んだ。
これでお目にかかるのも最後かも知れませんから、感謝の印として……などと説明すると彼も頷いてくれた。




 その日によっては他愛無い挨拶程度で終わる日もあれば、帰り道が心配になるくらいの時間まで語ったその場所も、とりあえずは見納めになるのかなと思うと寂寥感を感じてしまう。
寄り道をしたせいで彼女を少し待たせたようだったが、俺一人では無く二人連れだったことから彼女は自分の父なのでは無いかと思ったのだろう。

「お人違いでしたらごめんなさい……お父様でらっしゃいますか? わたしはディアドラといいます」
「あぁ、あの人の面影がある……何も知らなくて、すまなかったな」

二人はゆっくりと近寄ると微笑み合う、これが親子だと知らなければ歳の差さえあれ、よく似合うカップルに見えてしまう。
聖痕を確認しあったからだけでは無いであろう、直観的に互いに感じたものがあったようで親子と認識し合うことはできたようだ。
そうして二人はいろいろなことを語り合っていたが、その頃合いを見て彼の方が動いた。
彼は懐から美しい布に包まれた彼女のサークレットを取り出し、彼女の額にかけてあげた。
はにかんだような彼女のその微笑みは湖畔の美しさと相まって、画家や、この世界に居るはずは決して無い写真家の口を借りれば"決定的な瞬間"と、口を揃えたことだろう。
俺は黙ってその様子を見続けていた。

「……お待たせしました。ミュアハ王子、転移(ワープ)の杖でお送りします。今回のあなたのお働きにはグランベル王家としても、そして私個人としてもこの上無い謝意を述べさせていただきます」
「誠にもったいなきお言葉なれど、王太子殿下、少しだけお時間をいただけましたものならば、これに勝る喜びはありません」
「あぁ……ディアドラにですね。 失念しておりました……さぁ、ディアドラ、ミュアハ王子からお前に贈り物だよ。受け取ってあげてくれないかな」

俺は市場で仕入れた彼女へのみやげを手渡し、出来るだけ優しく微笑んだつもりだった。
受け取ってくれた彼女は俺にお礼の言葉を述べてから少しだけ目を伏せて

「……お父様、もし、私のわがままを聞き届けていただけるのでしたら、心ばかりのもてなしをミュアハさんにしたいです。 いままでただの一度も住まいに招いたことはありませんでしたが、今はお父様もおられますし、よいでしょうか」
後から彼女はこう言った、何か予感がしたのだと……





 森の中をどのくらい歩いたことだろう、獣道のようにはなってはいなくともディアドラが歩くと彼女の行く手を遮る邪魔な枝や下生えは自然と道を譲るという不思議な光景を目にすることになった。
開けた場所に出たが草が生い茂り、建物はあっても草や蔦、それに木々に埋もれたものばかりだ。

「ここに、たった一人で………」

俺が思わず独りごとをつぶやいてしまうと、ディアドラは足を止めて胸の前で手を組み

「こうすると……感じるんです。みんなの心を……」

真似てみたがしーんと静まり返った森の静けさとそよぐ風、時には小鳥のさえずりくらいしか感じ取ることは出来なかった。

「どうやら、不心得者のわたしにはみなさんが語りかけてくださらないようです」
「そんな事はありませんよ。 ミュアハさんのこと、歓迎してくれていますよ」

苦笑した俺にディアドラさんはにこっとそう答えてくれた。
若干遅れてクルト王子が追いついてきたので

「では、狭いですが私の住まいはこちらです。お父様はもっと足腰を鍛えてくださらないと」
「そうだねぇ、ハァ、少し、ハァ。そういうことも考えないとね」
「ふふふ」
「恐れ入りますがディアドラ様、お住まいの前に……」
「どうされました?」
「お母君の眠られているところへ、王太子殿下を……」
「……ありがとう。 ミュアハ王子」

俺たちはこの集落の人たちが眠っている墓地へと案内してもらった。
石を積んだもの、木で造られた墓標、土を積み上げただけのものと様々な形式のものがあった。
このあたりは集落のかつて居住エリアだった場所よりは雑草が抜かれたりなど人の手が入った跡がある。
全て彼女によるものだろう……声が聞こえるみたいな事は言っていたが、たった一人で、つらく大変なものではないだろうか。
彼女が指し示したシギュンさんの墓の前で、皆、目を瞑り祈りを捧げた。
俺は先日までの名目上の活動の為にエッダ教の経文を多少なりとも手ほどきされていたので、拙いながらもそれを唱えた。

「ありがとう。 ミュアハさん」
「とんでもない、きちんとしたものじゃ無いので、眠っているお母君のお心を害していなければ良いのですが……」
「気持ち、それが大事なんですって……」
「……王太子殿下には、シギュン様と少し二人きりになっていただきましょうか。……他の方々にもお祈りしてもよろしいでしょうか?」
「是非、お願いします」

俺とディアドラさんはクルト王子をその場に残して他のお墓にもお参りを行いながら、彼が俺たちに合流するのを待っていた。
やがてこちらにやってきた彼が述べた感謝の言葉は、いつもより飾らないものに感じた。




 ディアドラさんの暮らしている住まいは、俺がトラキア城であてがわれていたそれに近いくらいのものであり、その手入れは行き届いていた。
乾燥させた香草(ドライフラワー)などが目立たないよう配されており、その柔らかな香りに心も癒されるほどで、使い込まれた家具や調度品はよく磨かれており、落ち着きのある部屋の雰囲気作りに一役買っていた。

「もてなすなんて言いましたけれど、何一つ準備が出来ていなくてごめんなさい」
「とんでもない、何か手伝えることありましたらご遠慮なく申しつけください」

彼女は炊事場とおぼしき場所へ向かい、水桶から水をやかんのようなものに汲みいれ、釜戸に火をつけようとしていたところ、クルト王子は懐から書物を取り出し、父に任せなさい、なんて言うと(ファイアー)の呪文を調整して発動し、すぐに火を起こした。
マジイケメンすぐる!

湧いたお湯で彼女は手製の茶のようなものを淹れてくれ、俺が先程みやげに渡した菓子と共に少しゆったりと時間を過ごした。

「お父様、ミュアハさんには夕飯くらいはお召し上がりいただきたいのですが……」
「そうだね、そうするといい」

クルト王子は心底やさしげな表情でそう述べた。
手持無沙汰な俺は彼女から許可を受けて、辺りの廃屋に目立つ雑草を抜いたり、井戸があったのでそこから水を汲んだりしながら時間を潰した。
変に気取ったところも無く、穏やかでやさしげな態度の彼女に惹かれるものはあるだけに、気に入られたいという気持ちがあってこんな行動をしていたのかもしれない。



 今日贈った楓糖で少し甘みをつけた麦粥に、香草や根菜で作ったスープや煮豆などの質素ながらも温かみのある夕食を御馳走になった。
こんな夜にいきなり戻るのも俺が困るだろうから、今晩はこの集落で過ごし、明日の朝一番で送ってはどうかとディアドラさんが申し出てくれた。
娘に弱いのだろう、彼女の願いを聞き届けたクルト王子と三人で歓談を続けていたが……

「……ミュアハ王子、今日はありがとう。 本当はもっと早くこうすべきだったのだが、すまない、ずっと休んでくれたまえ。(スリープ)れ!」
突然、クルト王子は携えた杖を俺に向けて魔力の奔流を俺にぶつけた……

突然のことに俺はめまいを起こしてしまった……
ディアドラさんの驚く声が俺の耳に届いてきた。
眠りに落ちることは無かったが様子を見る為に机につっぷし、寝たふりをすることにした……

 
 

 
後書き
いままでほとんど作中に出てこなかったワープやリターンなどは、平時においては厳しく使用や所持が規制されていると思ってくださいましー
テロ対策など治安の維持には必要な措置かなーと・・・ 
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