同士との邂逅
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四 狐の道化 前編
前書き
ナルトの過去編です。ネタバレ満載・捏造だらけとなっています。ご注意ください。
長いので前編・後編と分けます。三代目火影の記憶を横島が読むといった内容のため、火影視点となっています。でも時々横島の感想が入ったりするんで混乱してしまうかもしれません…申し訳ありません。
横島がこの家に来て、四日目の朝。
気だるげにベッドから起き上がった横島は、就寝する前と変わらない部屋に溜息をついた。
(…結局、帰ってこんかったな…)
昨晩の子どもが気がかりだった彼は、夜遅くまで起きて待っていた。外に捜しに行くことも考えたが、なにぶん里の地理も知らないのにましてや夜外出することは無謀だと思い直した次第である。
子どもらしさが欠片も無い狐面の子ども。姿を変えていると言っていたが、横島にはなんとなくアレが本当の姿ではないかと確信していた。
それは実戦で養い、いつの間にか身についた霊視の力である。
(…視られてるな…)
そして結果として、ここ三日間感じた違和感に横島は気づく。実戦の経験が自然と彼の感覚を研ぎ澄ましているのだ。
誰かの視線が、横島の体に纏わりついている。監視というモノだろうが、やはり視られて気分がよい者などいない。
(…誰だよ)
ふと狐面の子どもが脳裏に浮かび、横島は人知れず創っておいた文珠を使用した。
横島とて、ここ三日間何もしていなかったわけではない。霊力を溜めて生成した文珠は、創り手の彼の体にストックされる。ストックされた文珠は、横島が願うだけでその手に現れるのだ。
【逆探】
逆探知で、視線の送り主を探す。
てっきり狐面の子どもだと思っていたが、それは当てが外れた。文珠の能力で映像として脳裏に浮かんだのは、初日に子どもと会話していた老人その人であった。
(…監視か…やっぱ疑われてんだな~)
体はベッドの上。傍目には居眠りか考え事をしているにしか見えない。
文珠の力で精神のみを馳せた横島は、以前床に寝かされたことのある執務室で立っていた。
机の上にでんっと安置されている大きな水晶玉を老人が覗いている。その玉に、先ほどまで横島が座っていたベッドがちらりと映っていた。
(この里で一番偉い火影という里長…ってアイツが言ってたな)
言うならば天皇とか大統領?と若干ズレたことを考えながら、火影をまじまじと見る。威厳よりも人の良さそうな老人の、皺の多さが目についた。
(このじーさんだったら里のことも、アイツのこともよく知ってんだろ~な…)
精神――いわば幽体離脱している横島に、火影は気づかない。横島は未だ効力を持つ文珠を火影の頭部にそっと近づけた。
(悪いがじーさん…こーいう使い方もあるんだぜ)
逆探の内、探の文珠を発動させ、横島は火影の記憶を探った。
探る対象は金髪の子ども……そして月代。
不可能を可能にする力を駆使して、彼は老人の深層心理へとダイブする。
一人の子どもを知りたい、その一心で――――。
当初は、老人が火影に上り詰めるまでの波乱万丈な人生であった。
老人自身の視点から見た映像は、まるで映画のように流れていく。
子どもから青年に、大人から老人に。
稀に女風呂を覗くといったスケベな男の性に、共感を抱いたりしたが。
成長する過程を乗り越え、火影になった彼の人生は「忍び世界の厳しさ」を横島へ教えていた。
……果たしてどれほど経っただろうか…―――。
火影が代替わりしたその頃であった。
老人が金髪の男性と話している。その金髪の男性は、どことなく狐面の子どもや路地裏で虐待されていた子どもに似ていた。
――――場面が変わった。
なにか核爆弾でも落ちたかのようなクレーターが、山のあちこちに出来ていた。
壊滅寸前の里で逃げ惑う人々。彼らを避難させる、忍び装束と思われる服を身に纏った者達。
戦争かと横島が思った矢先に、獣の咆哮のような音が耳に響いた。
声の方向を見遣れば、途轍もない大きなモノが暴れている。
闇の中、大きな九つの尾がゆらゆら揺れているのが見てとれた。
そのまま尻尾で傍の森林を薙ぎ倒しているモノの正体に、横島は目を見開いた。
全身の毛を逆立て、冷たい眼光を向ける血走った瞳。先鋭な牙を剥き出しに唸り、俊敏に動く巨大な姿。
尾一つで崩れる山地。咆哮一つで削られる大地。
九尾の狐。
ふと、己の知り合いの九尾を思い出した。脳裏に浮かぶのは、同じく九尾である玉藻という少女。
けれども彼女とは似ても似つかぬ巨大な化け物に、横島は唖然とした。
そうこうする間にも、映像は流れる。
よく怪物映画であるように、九尾の目前にて立ち塞がった者が戦闘を始めた。
白き衣を翻し、熾烈な闘いを繰り広げるのは、先ほど見た金髪の男性。
彼は途方も無い体の大きさと力の差にもめげず、精一杯闘っていた。
その背中は、男である横島から見ても眩しかった。
しかし、差はやはり大きかった。片や人間、片や大妖。
徐々に圧され始める金髪の男性に対し、妖獣である九尾は疲労の色も窺えない。
そんな折、紅い髪の女性が身体を引き摺りながら現れた。息も絶え絶えの様子の女性は男性と同様九尾と対峙する。
九尾にとっては蟻の如き人間。それでも彼らは大妖に引けを取らず、何かを守りながら闘っていた。
それは、膨らみのある小さな包み。包みを背に、里を背に、二人の男女は闘い続け…―――――。
ぐさり、と何かが貫通する音がした。
牙と同じく研ぎ澄まされた爪が、男性と女性の腹を突き破っている。
……――――誰かが、泣く声がした。同時に、啼く声も。
二人の様を見守っていた者達は、改めて九尾に戦慄を覚える。やはり人が人ならざるモノに勝てるはずがないのだと、ただただ嘆く。
されど金と紅の男女は、腹を裂かれても未だ立っていた。ぽたりぽたりと、黒ずんだ赤い泉が彼らの足元を染め上げている。
崩れ落ちそうになる膝を叱咤しながら、二人は今まで庇っていたモノを見つめていた。包まれているのは、生を受けたばかりであろう幼子。
どこか二人の面影があるそれを愛おしそうに撫で、金と紅の男女は小さく呟いた。
途端、閃光が奔る。
眩しさに目を細めた横島の耳に、どちらの者かわからぬ謝罪の声が響いた。
「ごめんね…ナルト……」
次の瞬間には、九尾の姿は消えていた。
見守っていた人々が息を呑む。静寂が、壊滅寸前の里を包み込んだ。
その静寂を、幼子の慟哭が引き裂いた。
横島の視点が、九尾に抉り取られてできた大きなクレーターへと移る。
焦土と化した大地。散乱する木々を踏み越え、老人は泣き声のする方向へ近づく。
彼の視界に映るのは、窪める場所の中心にて、火がついたように泣いている幼子。
その傍には幼子を守るような形で、金髪の男性と紅髪の女性が息を引き取っていた。
骨ばった無骨な手で、老人は幼子を掻き抱いた。
今まさに生まれたばかりの幼子の腹に、何か呪のような模様が浮かんでいる。
先ほどまで無かったその模様に、多少なりともオカルトを齧っている横島は何かの封印呪だと思い当った。
封印対象は言うまでもないだろう…。
年老いて動かぬ老体が恨めしいと、老人は幼子と共に泣いていた。
九尾の襲来にて、命を落とした者は多く。中でも、金髪の男性の死は嘆かれた。
彼は四代目火影として立派な人物だと、英雄として祭り上げられる。そして対照的に恨みと憎しみの対象として里人は幼子を蔑み、忌み嫌うようになった。
幼子に、親はいない。
保護者として名乗りを上げたのは、四代目亡き今再び火影の座に復帰した老人であった。
しかし三代目火影であり里の長である彼は、九尾の狐によって壊滅寸前となった里の復興に力を注がなくてはならなかった。忙しく、幼子を世話する暇などない。
そこで世話役として乳母や教育係といった使用人を雇い世話を申し付けるが、幼子にとっては悲劇の始まりでしかなかった。
激務の合間に老人が様子を窺いに行った時、乳母である女が幼子の首を絞めている光景を目の当たりにする。
老人の視点から見ている横島も、幼子に対する乳母の血走った眼が尋常でないと感じていた。
幼子をすぐさま救った老人は、乳母と教育係を即座に首にした。そして新しい世話役を雇うが、こちらも同じ結果となった。
世話役達は老人の目を盗んでは、幼子をあらゆる方法で殺害しようとした。
言葉荒に詰っては幼子ひとりに乱暴狼藉。蹂躙し惨たらしく傷つける。毒を盛り首を絞め、刃物で切り付ける…死の一歩手前が幼子の日常だった。
しかし、老人はすぐに気づくことはできなかった。幼子に、傷の痕が見当たらないことが原因である。
何度傷つけても幼子の体はすぐに癒えてしまう。傷は跡形も無く綺麗に消え、毒も効力が次第に無くなっていくといった高い治癒能力。
そのことに横島は感嘆したが、映像内の使用人はますます幼子を異怖し、どうせ治るのだからと暴力を更に振るうようになっていった。
ようやく老人が気づいた時には、幼子は自閉症で声が出なくなっていた。
何度別の世話役を頼んでも、幼子は殺され掛ける。
故に、老人は火影の職務の傍ら、己の手で育てることにした。
火影邸最奥の一間を当てがい、老人は不器用ながらも懇切丁寧に幼子と接した。その成果もあり、二年後には幼子は声が出るようになっていた。
幼さを含む澄んだ声で淡々と言葉を紡ぐその姿は子どもらしからぬ様だったが、それでも他人に心を開き掛けた証拠であった。
だが、老人の努力は一晩で覆される。
ある晩火影邸に忍びこんだ手練の忍び達に、幼子は再び殺され掛けた。
またもや危機を察した火影が救出したが、クナイで斬りつけられた幼子には他人への恐怖が植え付けられた。
その一件以来、老人以外と口を利かなくなり、ただ書棚の本や巻物を読む生活を幼子は送っていた。
いつ危険に晒されるかと危惧した老人は幼子に身を守るすべを伝授し、その度に言い聞かせた。
「ただ、強く在れ」
木ノ葉の里における全ての忍術を把握していた三代目火影は、持って生まれた幼子の忍びとしての才能を見出す。
幼子はまるで大樹が水を吸い上げる如く、様々な術や技を早急に吸収していった。
その成長ぶりに、歴代の火影の中でも最強と謳われた彼の知る全ての術を教え、鍛え上げてしまう。
気づいた時には、書棚の難しい専門書の知識を蓄積した頭脳も加え、幼子は大人顔負けの力をつけていた。
まさに、最強。至高の極み。
火影である老人を越えるべく、幼子は更に精進する。
すでに老人にも手が届かぬほどの力まで手にしているにもかかわらず、あらゆる知識とあらゆる技、忍術・体術・幻術・医療忍術・封印術・秘伝術・禁術、果ては自身が創りだした術を身につけた。
それはただひとえに、老人の言葉を実行する故。
「ただ、強く在れ」
…老人にとっては、そういう意味ではなかったのであろう。逆境にめげないほどの強い心を幼子に持ってほしかった、それだけだったのだ。
しかし、幼子にとっては唯一無二の味方である老人の言葉は絶対であった。
場面はどこかの会議室へと移った。
火影たる老人と、見知らぬ老人達が対峙している。どうやら里の重鎮らしい彼らは、動揺と非難の目を火影に向けていた。
室内を漂う険悪な空気にはピリピリとした緊張感が交わっている。
「……三代目。九尾の器をいつまで放任するおつもりか?」
ようやくその内の一人が口を開く。その一言は静寂に包まれた会議室に滲み渡った。
「申し上げたであろう?一刻も早く幽閉すべきだと」
「それが駄目ならせめて里から隔離すべきだ」
口々に言い募るその場の面々の顔を冷めた目で見ながら、火影は静かに言葉を紡いだ。
「あの子は木の葉の里で生まれた普通の子どもじゃ……器などと呼ぶでない」
火影の言葉に老人達は耳を疑う。
何を考えているんだと呆れ、直後各々が矢継ぎ早に不平を言い出した。
「我らには里人を守る義務がある。三代目よ、貴公は里を恐怖に陥れるおつもりか?」
「今からでも遅くはない。即刻堅牢に幽閉すべきだ」
「封印が解け、九尾に乗っ取られた後では遅いのだぞ!」
火影はただ瞳を閉じ、それらの抗議を黙殺している。
老人達の内一際厳粛な雰囲気を称える老人が詰問するかのような口調で話し掛けた。
「器の幽閉及び隔離という意見に反対しているのは―――三代目、そなただけだ」
そこでようやく火影はうっすらと目を開ける。彼は鷹揚に構えたまま、口許にゆるりと笑みを浮かべた。
「この里は一本の樹じゃ。茂る葉の一枚一枚が里人ならば、若葉たる子どもも木を形作る大切な一人。あの子を合わせて、木の葉の里なのじゃ」
「…里の災厄を、放置するというのか」
「お主らがなんと言おうと、あの子はこの里で生まれた大切な、大切な子どもじゃ」
一言一句噛み締めるように言い切った火影を、老人達は訝しむような表情で見遣る。
「四代目が施した術じゃ。そう簡単に破れはせんよ…もう少し気楽に構えたらどうじゃ?わしのようにの」
食えない笑みを浮かべるが真剣な色を帯びる眼で火影は真っ直ぐに老人達を見据える。彼の視線にその場の面々はたじろぎ、そして悟った。
断固として反対する火影とこれ以上議論を上下しても無意味だと。
「………――――今は火影に従いましょう。しかし九尾の兆しが少しでも垣間見えたその時は―――――」
「即座に幽閉し隔離する」
納得のいかない顔をしながらも椅子から立ち上がった老人達は、火影に背中を向ける。
「いつ封印が解けるか九尾に乗っ取られるか…どちらにせよあの災厄の再現は避けねばならぬ」
「未だに災厄の爪痕が皆の心に残っているというに、器を野放しするとは何をお考えなのか」
火影への不平不満を態と大きな声で言い合いながら、彼らは会議室を後にした。バタンと扉の開閉音が室内に響く。
会議室には先ほどまでの鷹揚とした態度とは裏腹に、苦々しげな表情で扉を睨む火影の姿があった。
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