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同士との邂逅

作者:日月
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二 狐面の子ども


……言い争う声が鼓膜に響いて、意識が浮上する。

耳に届くのは、一方的に捲し立てる子どもの声と、それを諫める老人の声。
その子ども特有の高い声が先ほど聞いた声と瓜二つなことに、夢ではなかったのか、と彼は落胆した。
どこだかの床に寝せられている己の体は、未だ脳震盪でも起こしているのか動かない。
それでも脳が、状況確認のために動け、と指示をする。
夢心地のようなくらくらとした状態で、横島はうっすらと眼を開けた。



瞳に映るは、地味だが趣味のいい広い部屋。
執務室みたいだなぁと思いながら、横島は首だけをぐるりと動かした。
ぼんやりと音信源の方を向くと、机を挟んで狐面をつけた子どもが人の良さそうな老人に食って掛かっていた。その机の上には大きな水晶玉がでんっと安置されている。
物珍しさにその水晶玉を何気なく見ていた横島は、こちらに向ける視線に気づき、慌てて眼を閉じた。
「…里の者ではなさそうじゃな」
顎に手を添えた老人が、床に横たわる横島を観察するように眺めている。
「…人払いはしてたぜ、今回は殲滅だったからな…だからこの姿でいたのに………第一、なんであんな森の中にいたんだか」
老人への返事か、意識が戻っていることを感づいているのか、子どもは横島にちらりと視線を投げた。

「とにかく得体もわからぬ者をココに置いておくわけにはいかないだろ…………殺すか?」



常人には聞こえない声ならざる声で、子どもは問うた。
その雰囲気からなんとなく察した横島は、ざわりと寒気を感じて身震いした。
面を外さぬとも、冷えた空気を纏うその子どもは、まるで鋭利な刃物。
それも諸刃だと、脳内でイメージした横島は、気絶した振りを続行しながら無意識に警戒心を強める。



「…待て」
横島への死の宣告を撤回したのは、眉を顰めた老人の一言だった。



「早まるな、まだ敵と決まったわけじゃなかろう」
「……それで別里のスパイだったらどうするつもりだ。ただでさえ今は…」
不愉快そうに子どもが言う。しかしその一言は、その場の冷たい空気を若干和らげた。
「…なに。一ヶ月後に比べれば、この程度些細な事にしかならんよ。拾ってきた者が責任もって監視すればいいことなんじゃからな」
(…拾われたのって、もしかして俺のことッスか――――っ!?)
内心オギャーと頭を抱え雄叫びを上げる横島の隣では、子どもが忌々しげに老人を見上げていた。

「…………コイツがすぐ逃げ出すのは時間の問題だと思うが?」
「じゃからお主が監視するんじゃろう。同居という名でな」
「…この狸じじい」
食えない笑みを浮かべながら重大な事をひょうひょうとのたまう老人。悪態をつく子どもから、僅かに威圧感が滲み出る。
その威圧感に冷や汗を掻きながらも、老人は命令口調で言い放った。

「……ッ、…ナル…いや暗殺戦術特殊部隊総隊長、月代に告げる。この者を監視下に置き、素性を調べろ。火影の命じゃ」
「………………………御意」
もの凄く長い間、子どもは逡巡したようだったが、諦めたように承諾の意を述べる。
老人に向かって膝をつき頭を垂れるその光景は、両者の立場の差がありありと想像できた。
しかしそれよりも先ほどの老人の言葉、特に暗殺なんたらが気に掛かっていた横島は、状況についていこうと頭を働かせ。
いつ気づいたのか、次の瞬間には子どもに手刀で昏睡させられていた。




「……俺なんかと同居なんて、お前も運が悪かったな…」
―――――――――――遠ざかる意識の中で、子どもの寂しげな声が聞こえた、気がした。











「………………………………はッ!」


次に眼を覚ますと、彼は知らない天井を見上げていた。
ぴちょん、とどこからか水の音が耳に届く。

のっそりと起き上がり、辺りを見渡すとどうやらアパートの一室のようだった。
あの子どもはいない。この部屋の主は留守のようだ。
自宅とあまり変わらないその狭さになんとなく安堵し、彼は部屋を散策し始めた。



「……なんもねえ…」

十分後、横島は寝かされていたベッドに、不貞腐れたように座り込んでいた。
この部屋は本当に寝るためだけのようだ。ベッドしかない。御約束のベッドの下も覗き込んだが、収穫無し。箪笥の中は黒一色。なぜか一着だけオレンジの派手な服があったが。
次に台所。こちらは本当に何もなかった。冷蔵庫もその役目を全く果たしておらず、ただのからっぽの箱である。調理道具はかろうじてあるようだが、一切使われていないようで新品同様。引き出しにも何もない。食材はもってのほか、食パン一枚すら見当たらない。
水道は通っているので、ぴちゃんぴちゃんと水音が部屋に沁み渡る。
殺伐とした部屋だ。痕跡があまりに少なく、本当に人が住んでいるのか疑う。


(…もしかして、監禁された?)
監視、という老人と子どものやりとりに、ひやりと背筋が凍った。
しかしなんの拘束もないのもおかしいし…と考え込んでいると、突然ベッドの傍の窓ガラスが音を立てて割れた。
何事かと慌てて見ると、握り拳ほどの石が床に転がっている。

「狐ヤローがッ!!」 
「死ね!!!」

同時に、外から罵声が飛び交う。
窓の下で、しばらくぎゃあぎゃあとココに向かって複数人が喚いていたが、だんだんと遠ざかって行った。



「な…なんなんだ…一体」
いきなりの展開に頭が働かず、しばし呆然とする。窓からそっと外を覗き込むと…。
「…眼が覚めたか」
「うおうッ!!??」
なんの前触れもなく声を掛けられ、横島は跳び上がった。
声を掛けたのは、屋根の上に平然と立っている先ほどの子ども。相変わらず面はつけたままである。
子どもは割れた窓をちらりと見ると、滑るように部屋に入ってきた。

「お、俺が割ったんじゃないぞ!?石が飛んできて…」
「知ってる」
粉々になった窓の説明をしようと身ぶり手ぶりする横島に、子どもは何の感慨も無く言い放つ。
「…状況を把握する。座れ」
「つーか、なんでそんな冷静なんじゃっ!?」
「いつものことだから」
さらりと答える子どもに、横島は眉を顰めた。
普通石を投げつけられたら困惑、もしくは憤慨するだろう。それを〔いつものこと〕と一蹴する子どもに、どんな生活を送ってるんだ、と横島は心の中で問い詰める。


「…まず、お前の名前は?」
「…よ、横島忠夫だ」
「そうか、よこしまただお…出身はどこだ?」
「お、大阪だけど、今は東京に住んでる」
「おおさか?とうきょう?」
訝しげに首を傾げた子どもに向かって、横島はつっこみたくてうずうずしていたことをマシンガントークにて実行した。

「……つーか、お前の名前は!?ココどこ!?さっきのじいさんは何者!?ってかお前が何者!?とか言いたいことは一杯だけど、なによりそれより…………………………面をとれッッッッ!!!!」
「うるさい黙れ静かにしろ質問は一つに絞れ」
思わず立ち上がった横島を、じろりと見上げて子どもは口を開いた。

「…ココは木ノ葉の里と呼ばれる、いわば忍の隠れ里。そしてこの部屋は俺の家。さっきのじじいは、この里で一番偉い火影という里長……そして俺、はこの里における火影直属の忍者部隊―暗殺戦術特殊部隊、通称暗部の総隊長を務める〔月代〕だ。面はお前を信用していないからとらない」
一切顔色変えず答える子どもに、(ただ者じゃねえ…ッ)と横島はごくり、生唾を飲み込んだ。


「…つーか、暗殺!?暗部、総隊長って………お前子どもじゃねえかッ!?」
「それがどうした?」
心底不思議そうに子どもは横島を見上げる。未だ面はつけたままだが、その奥に蒼色の瞳が窺えた。
「暗殺って…人殺すんだろ!?お前…」
そこまで言って、横島はこの子どもと初対面した時を思い出した。
「じゃ…じゃあ、あの時、お前………」
震える指で子どもを指す横島を、つまらなさそうに見やり。
「…仕事だ」
ただ一言。
そう呟いて子どもは横島から離れ、部屋から出て行こうとする。
「……とにかく今は夜中だ、もう寝ろ。そのベッドを使え」
振り向かずに部屋を出て行く子どもの、流れるような金髪が横島の眼に焼き付いた。


しばし彼は呆然と突っ立っていたが、やることもないので、のろのろとベッドに潜り込む。
悶々と悩む彼の心には、なにか割り切れない思いが渦を巻いていた。
その不可解な渦を抱いたまま、彼の瞼は次第に降りていき…、眠りに落ちた。




割れたはずの窓が、いつの間にか修繕されていることにも気づかぬまま。
 
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