同士との邂逅
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一 遭遇
目覚めれば、ソコは戦場だった。
咽返るほどの夥しい血の匂い。
地表を奔るは蒼き炎。
人の形をした塊が、ソレに次々と飲み込まれ、消えていく。
そして、首筋に押し付けられる冷たい感触。
「なんだ、お前」
背後から耳に響く、子ども特有の高い声。
草木の生い茂る森の中、刃物の切っ先を首に突き付けられながら、彼―横島忠夫は叫んだ。
「なんじゃ、こりゃ――――――――――――――――――――っっっっっ!!!!????」
…すぐに「うるさい、黙れ」と背後の子どもに、力が込められた刃物を突き付けられたが。
事の始まりは、一件の除霊。
比較的簡単な部類のそれを、上司である美神に丸投げされ、珍しく横島一人での仕事。
しかし除霊対象は報告書にあった情報とはまるで違い、遙かに強力なその相手に元々準備不足だったことも加え、彼は圧されていく。
それでも除霊することは出来たのだが、除霊直後の別方向からの強力な攻撃にあえなく撃沈。
攻撃してきた相手の姿に横島は愕然とする。
なんと神族と魔族、両者の姿が彼の眼に映ったのだ。
今回の除霊も、そういった奴らが仕組んだこと。
それらを察した横島は歯をギリリと噛み締めた。
つまり簡単な除霊の報告書はフェイク、全ては横島を誘き寄せるための芝居。
神界・魔界・人間界の三界において、唯一の文珠使いである横島忠夫。
しかしながら、人間を下等とみなす一部の上級神魔族による身勝手な判断により、アシュタロス事件後、常日頃から命を狙われる羽目になっている。
身勝手な判断―[文珠を生成できる彼の力は下手に転ぶとデタント〈緊張緩和〉の崩壊を引き寄せかねない]という前提のもと抹殺指令が神魔界に流れ、同じく人間を軽蔑する者達が我先にと彼を襲う。
そんな緊迫状況に陥っても実のところ横島は、周りの知り合い―美神ですら己が置かれた状態を知らせず、ずっとヒタ隠しにしていたのだ。
というのも、アシュタロス事件以来、彼は信じるという行為が出来なくなっている。情けなく人に頼りっぱなしである反面、内面は無意識に周囲を拒絶してしまうのだ。
原因は大事なものを失う恐怖感。知らず心に膿んだそれは横島をまわりから遠ざける。
それでも周囲に杞憂に思われるのは避けようと、馬鹿でお調子者―つまりいつもの横島忠夫を演じることで彼は日常をやり過ごしていた。
生まれ持っての演技力で周囲は誤魔化され、変わらない横島に皆安堵する。
――――実際は幼き時から誰にも心を開いていない、彼自身の心情を知らずに。
(…あ―…もういーかな―……)
敵の手から放たれる、回避不可能な霊破砲を眼の端に捉えながら、横島は一瞬そう思う。
「でも、ま…色気のある姉ちゃん以外に殺されてたまるかあぁ―――――――っっ!!!!」
そんな雄叫びと共に、最後の一つである文珠発動。
込めた文字は【移】―――流石に態勢を整えるため、別の場所へ移動しようと考えたのだ。
その結果………………………なぜか血だらけの死体が転がる戦場真っ只中に墜ちていた…。
(文珠の光に包まれて…そっからどーなったんだ?どっかのゲリラ戦にでも巻き込まれちまったのか?)
「どこの里の者だ、言え」
「つーか…ここ日本か?なんか木ばっかだし…どこの森……ってぎゃわ―――――っ!!??」
無言で首筋に刃物を更に突き付けられ、横島の首に血が一筋流れた。
「なっななな…なにすんじゃ――――っっ!!??」
「黙れ」
慌てふためく横島を、背後の者が一蹴する。
おそるおそる振り向くと、白い狐の面をつけた人間が立っていた。
黒衣を身に纏い、クナイを横島の首筋に押し付ける子どもの姿。
闇夜の中で月光が差したように、その子の金色の髪がきらきらと輝いていた。
「こ…子ども…?」
「…答えろ。なぜこんな処にいる?」
「いや…それは俺も知りたいな~…なんちて」
ふざけてこの場を逃れようとするが、面の奥で子どもの瞳がすうっと細められる。
「…真面目に答えないなら…先ほど転がっていたコイツらの仲間入り、するか?」
その言葉を反芻してようやく人の形をした塊の事を思い当った横島は、頭をぶんぶんと振って否定した。
「…まあ…容姿からして忍びではなさそうだな」
「忍び…って忍者?…つまりお前は忍者ごっこしてんのか?コレなんかのアトラクションだろ、よく出来てんな~」
それでも緊張感のない横島に焦れたのか、子どもはチッと舌打ちし。
周囲の大木に向かって、さっと手を振り翳した。
途端に10本ほどの木々が、バラバラと薙ぎ倒される。
綺麗な切り口を残す幹の隣で、横島は唖然とした。
子どもを中心とした、大きなクレーターが出来上がったその様に。
「な?ななな…」
「―――いい加減にしないと森ごと吹き飛ばすぞ」
素っ気ない言い方で、子どもは言葉を紡ぐ。
その、なんともいえない威圧感に、横島は思わず唾を呑んだ。
首の後ろがぞわりとする。ゾクゾクとした感覚が背筋を這った。
(ま…マズイこいつぁ…マジもんの殺気だ…)
ぞっと鳥肌が立つ。しかし汗をかく暇もなく横島に向かってクナイが飛躍してきた。
「うおっ!サ…サイキックソーサー!!」
残り少ない霊力を使って霊気の盾を創り、かろうじてクナイを弾く。
寸分違わず頸動脈を狙ってきたことに、本気で横島は焦り始めた。
(こ…殺されてまうっっ!!)
投げられたクナイが一本だったのが幸いした。数本だと確実に避けられなかったであろう。
数々の修羅場を潜り抜けてきた横島も、全く隙を見せない相手に追い詰められていた。
一方サイキックソーサーを見た子供のほうも、驚いていたのか動きを止めていた。
しかしそれも一瞬で、すぐさま冷やかに細めた双眸で探るように横島を見つめている。
ようやく一筋縄ではいかないと警戒する横島に子どもは無造作に近づいて。
横島の体を、掛け声もなしに担いだ。
「…は?」
何の前触れもないその行動に、横島は呆気にとられる。
ぽかんとする彼の言葉も待たず、どこにそんな力があるのか横島を華奢な肩の上に乗せた子どもは音も無く地を蹴った。
「ちょ!?のわああああぁ―――――――――――――っっ!!!???」
「…口を開くな。舌を噛むぞ」
木の枝に見事に着地した子どもはそのまま木々の合間を縫うように走る。
木から木へ飛び移っているのだが、並みの者では視界に捉えることさえできない速度である。
あまりのスピードに横島は思わず身をよじり…木の枝に思い切り頭をぶつけた。
その衝撃に、彼の視界は暗転した。
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