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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
  帰還………そして旅立ち

空気に、匂いがある。

自分の意識がまだ存続していることより、まずそれに驚いた。

鼻孔に流れ込んでくる空気には大量の情報が含まれている。

鼻を刺すような消毒薬の匂い乾いた布の日向くさい匂い。果物の甘い匂い。そして、自分の体の匂い。

ゆっくりと眼を開ける。その途端、脳の奥までを突き刺すような強烈な白い光を感じ、慌てて目蓋を閉じる。

おそるおそる、もう一度目を開けてみる。様々な光の乱舞。

まるでアインクラッド第四十七層《フラワーガーデン》のようだ、とぼんやり思ってから、目に大量の液体がたまっていることに遅まきながら気が付いた。

目を瞬き、それらを弾き出そうとする。しかし、液体は後から後から湧いてくる。そして、気付いた。

これは涙だ、と。

泣いているのだった。

何故だろう。激しい喪失の余韻と、深い脱力感だけが胸の奥に切ない痛みとなって残っている。耳に、誰かの呼び声がこだましているような気がする。

強すぎる光に目を細めながら、どうにか涙を振り払う。そして、半ば癖にもなっている状況確認。

何か柔らかいものの上に横たわっているようだ。

天井らしきものが見える。

オフホワイトの光沢のあるパネルが格子状に並び、そのうちの幾つかは、奥に光源があるらしく柔らかく発光している。金属でできたスリットが視界の端にある。空調装置であろうか、低い唸りを上げながら空気を吐き出している。

………空調装置。つまり機械だ。

そんなものがある訳がない。どんな鍛冶スキルの達人でも機械は作れない。仮にあれが本当に、見たとおりのものだとしたら───ここは───

───ここはアインクラッドではない。

小日向蓮は目を見開いた。その思考によって、ようやく鈍っていた頭のギアが覚醒していく。

慌てて跳ね起きようと───したが、体が全く言うことを聞いてくれなかった。全身に力が入らない。四肢がひどく重く、ピクリとも動かない。

右肩が数センチだけ上がるが、すぐに情けなく沈み込んでしまう。

右手だけはどうにか動きそうだった。

プルプル震えているのをはっきりと自覚しながら、自分の体に掛けられている薄い布からそれを出し、目の前に持ち上げてみる。

驚くほど痩せ細ったその腕が、自分のものだとはしばらく信じられなかった。叩いたら、ガラスのように砕け散りそうな細い腕。これでは短剣さえも、持てるかどうか怪しい。

病的に白い肌をしげしげと見ていると、無数の産毛が生えている。皮膚の下には青みがかった無数の血管が走り、関節には細かいシワが寄っている。

恐ろしいほどにリアルだ。余りに生物的過ぎて、違和感を感じるほどに。

肘の内側には注入装置と思しき金属の管がテープで固定され、そこから細いコードが延びている。コードを追っていくと、左上方で銀色の支柱に吊るされた透明なパックに繋がっている。パックにはオレンジ色の液体が七割がた溜まっており、下部のコックから滴が一定のリズムで落下している。

体の横に投げ出したままの左手を動かし、感触を探ってみた。

すると、自分が横たわっているのは、どうやら密度の高いジェル素材のベッドらしい。体温よりやや低い、ひんやりと濡れたような感触が伝わってくる。

自分、小日向蓮は全裸でその上に寝ている、と言うわけだ。………考えてみたら、凄いシュールな図である。

視線を周囲に向けてみる。小さい部屋だ。壁は天井と同じオフホワイト。

右手には大きな窓があり、白いカーテンが下がっている。その向こうを見ることはできないが、陽光と思われる黄色がかった光が布地を透かして差し込んできている。

ジェルベッドの左手奥には金属製のワゴントレイがあり、籐の籠が載っかっている。籠には控えめな色彩の花が大きな束で生けられており、甘い匂いの元はこれらしい。

ワゴンの置くには四角いドア。閉じられていたそれを見つめていると、唐突にそれが開く。その向こうから出てきたのは、真っ黒な革ジャンを着た暴走族の(ヘッド)にしか見えない男。

「………深瀬(ふかせ)おじさん」

「よっ!やっと起きたか」

約二年ぶりだというのに相変わらずのペースの、職業が画家で属性がヤンキーの男、深瀬明(ふかせあきら)はからからと笑った。漂ってくるヤニ臭い匂いは、涙が出そうなくらい懐かしい。

傍らに置いてある花束を画家は一瞥してあぁ、と言った。

「これは華子が置いてったもんだ。皆心配してるぜぇ?ま、赤坂とかは相変わらずだったがな」

ぽんぽん出てくる懐かしい名前に、蓮は思わず笑顔になる。そして、画家の言うことで否応なく一つのことが判った。

つまりここは───元の世界だ。

二年前に旅立ち、もう戻ることはあるまいと思っていた、現実の世界。

現実の世界。

その言葉が意味するところを理解するのに、時間が掛かった。

蓮にとっては、長い間あの剣と戦闘の世界だけが唯一の現実だった。その世界がすでに存在せず、自分がもうそこに居ないのだということがなかなか信じられない。

では、自分は還ってきたのだ。

───そう思っても、さしたる感慨や喜びは湧いてこなかった。ただ戸惑いと、僅かな喪失感を覚えるのみだ。

ナースコール押すぞー、という画家の言葉は完全に無視し、蓮は一人考える。

そうだ。僕はあのゲームをクリアした。ラスボスであるヒースクリフ、茅場晶彦を倒したのだから。

だから───僕はあのまま消えても満足だった。白熱する光の中で、分解し、蒸発し、世界と溶け合い、彼女と一つに───

「…………………………ぁ………」

蓮は思わず、声を上げた。二年間使われることのなかった喉に、鋭い痛みが走る。視界の端で、何が面白いのか楽しげにナースコールを連打していた画家が訝しそうにこちらを見てくる。

だが蓮は、それすらも意識していなかった。目を見開き、湧き上がってくる言葉。その名前を口に出す。

「ま……………い……」

マイ。胸の奥に焼きついていた痛みが鮮烈に蘇る。

マイ、共に暮らし、共に笑い、共に居て、世界の終焉と共に消滅した少女…………

夢だったのだろうか………?仮想世界で見た、美しい幻影………?ふとそんな迷いに囚われる。

いや、彼女は確かに存在した。一緒に笑い、泣き、眠りについたあの日々が夢であるはずもない。

だがその思考は同時に、蓮にある現実を突きつけていた。それはすなわち、マイが消滅した、ということ。あの純白の髪も、愛らしい金と銀の両の瞳も、あの人懐っこい笑顔さえも。

全てが、消えた。全てが、なくなった。全てを、失った。

そう思った途端、彼女への愛しさ、狂おしいほどの思慕が全身に満ち溢れるのを蓮は感じた。

会いたい。

髪を触りたい。

他愛のない会話をしたい。

あの声で、呼んで欲しい。

訳もなく、全身の力を使って起き上がろうとした。そこでようやく頭が固定されていることに気付く。

顎の下でロックされている硬質のハーネスを手探りで解除する。何か重いものを被っている。両手でそれをどうにかしてむしり取る。

レンは上体を起こし、手の中にある物体を見つめた。濃紺に塗装された流線型のヘルメットだった。後頭部に長く伸びたパッドから、同じくブルーのケーブルが延び、床へと続いている。

これは───

ナーヴギアだ。蓮はこれによって二年もの間、あの世界に閉じ込められていたのだ。ギアの電源は落ちていた。記憶にあるその外装は輝くような光沢を纏っていたのだが、いまや塗装はくすんで、エッジ部分では剥げ落ちて軽合金の地が露出している。

この内部に、あの世界の記憶の全てがある───。そんな感慨に捕らわれて、蓮はギアの表面をそっと撫でた。

そんなレンを隣から面白そうに見ていた画家だったが、ふと何かを思い出したかのようにごそごそ革ジャンの中を探っている。

やがてそこから出てきたのは、大き目の茶封筒。どうでもいいが、何故そんなものが入っているのだ。某青猫ロボットのポケットか。

「そういやぁ、すっかり忘れてた。これ、相馬からだ」

「兄ちゃんから?」

疑問に思いながら、受け取る蓮。

いまだに四肢は重いが、それでもいくらかは慣れた。

受け取った茶封筒は、中に何か硬くて大きいものが入っているようで少しごわついていた。封を開け、中から出てきたのは、一通の手紙と──

「何これ?………ゲーム?」

茶封筒の中から滑り出てきたのは、長方形の手の平サイズのパッケージだった。

形からして明らかにゲームソフトのものだと思われた。プラットフォームは何だろうと目を凝らすと、右上に印刷された《AmuSphere》なるロゴに気付いた。

蓮の見つめていることに気が付いたのか、画家が横から解説した。

「あぁ、そいつは《アミュスフィア》っつーんだ。お前らが向こう側にいる間に開発された、ナーヴギアの後継機だ」

「……………………………………」

複雑な心境で、その二つのリングを模ったロゴマークを見つめる蓮に、画家が簡単な注釈を付け加える。

あれだけの事件を起こし、悪魔の機械とまで呼ばれたナーヴギアだが、フルダイブ型ゲームマシンを求める市場のニーズは誰にも押しとどめることはできなかったらしい。SAO事件勃発から僅か半年後に、大手メーカーから「今度こそ安全」と銘打たれた後継機が発売され、蓮が異世界に捕らわれている間に従来の据置型ゲーム機とシェアを逆転するまでになった。

それがこの《アミュスフィア》で、SAOと同ジャンルのタイトルも数多くリリースされ、全世界的な人気を博しているようだ。

「ふーん、じゃあこれもVRMMOなんだ」

いまだに少し痛む喉を震わせて、蓮は言う。

パッケージに描かれているイラストは、深い森の中から見上げる巨大な満月だ。黄金の円盤を背景に、少年と少女が剣を携えて飛翔している。格好はオーソドックスなファンタジー風の衣装だが、二人の背中からは大きな透明の羽が伸びている。

イラストの下部には、凝ったタイトルロゴで───《ALfheim Online》

「あるふ………へいむ・おんらいん?…………どう言う意味?」

「アルヴヘイム、と発音するんだとさ。妖精の国、っていう意味らしい」

「妖精………、ふぅ~ん」

ここまで来て、やっと蓮は同封の手紙に手を伸ばした。

普通のA4コピー紙には、テンキーで打ったと思われる無機質かつ短い一言が表示されていた。

それを見、緩かった蓮の表情がさっと強張った。

見る見るうちに、その表情が険しくなっていく。

「…………深瀬おじさん」

「………なんだ?」

一転して虚ろな声となった蓮の声に対しても、画家は眉一つ動かさずに答えた。

「兄ちゃんは今どこにいるの………?」

「相馬はとっくの昔に高校を卒業して、ふらっと出て行ったよ。たまーに帰ってくるがな」

ぎりり、と蓮は歯軋りする。これの真偽は、闇の中ということか。

「………行くのか、蓮」

唐突に、画家が言った。その問いに、レンはやけにぎらついた眼で首肯した。

「行かなきゃ」

それから、ふっと力なく笑った。

「ごめんね、おじさん。ただいまはまだ、言えないや」

そんな蓮の言葉に対しても、画家はいつもどおりだった。

「おう。全て終わらして、帰って来い。皆待ってんだからな」

「………うん」

蓮は笑って、表情を改めて画家から視線を外して横を向いた。パッケージを開封し、中から小さなROMカードを取り出した。ナーヴギアの電源を入れ、スロットに入れっぱなしになっていたSAOのカードを引き抜き、代わりにそのカードを挿入する。数秒で主インジケータが点滅から点灯へと変わる。

蓮は再び倒れこむように横になると、両手でヘッドギアを目の前に持ち上げた。

───もう一度、僕に力を。

胸の中で呟き、蓮はナーヴギアを頭に装着した。顎の下でハーネスをロックし、シールドを降ろして眼を閉じる。

かさり、と手の中から手紙が零れ落ちる。そこには素っ気なく、こう書かれていた。

『彼女はここにいる。助けてやれ』と。

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後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「久し振りだねぇ」
なべさん「ホントだね。夏バテで死にかけて執筆が遅れただけなんだけどね」
レン「へたれめ」
なべさん「もうちょっと優しい言葉をかけてほしいなぁ………」
レン「贅沢言うなバカ。えーと、今回は………ALO編の一羽目ってことでいいのかな?さっそく主人公がリンクスタートしちゃってるけど」
なべさん「うんうん、それであってるよーん」
レン「兄の謎がどんどん増えていく………」
なべさん「気にするな。はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね~♪」
──To be continued── 
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