| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

売られた花嫁

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三幕その四


第三幕その四

「本当だったの・・・・・・」
「マジェンカ」
 イェニークの顔が急に真摯なものとなった。そして彼女に声をかけてきた。
「話を聞いて」
「嫌よ!」
 だが彼女はそれを拒絶した。
「それは本当だったのね!」
「ああ」
 彼はそれを認めた。それがマジェンカの心をさらにかき乱した。
「署名したのね!」
「君に嘘は言わない」
「売った癖に!」
「売ってなんかいない」
「それが嘘なのよ!」
「マジェンカ」
 イェニークの声がさらに真面目なものとなった。
「本当に話を聞いて欲しいんだ」
「私の耳は嘘は聞こえないの!」
 彼女はそう叫んだ。
「そして私の口は真実しか言わない!」
「マジェンカ・・・・・・」
 イェニークはそれでも諦めない。何とか話を聞いてもらおうと努力していた。
「本当のことを聞いてくれないのかい?」
「それはお父さんから聞いたから」
「クルシナさんから?」
「そうよ」
 彼が正直者であることはイェニークも知っていた。話がさらにややこしくなると思った。だがそれでも彼は言った。
「それでも聞いてくれないか」
「まだ嘘を言うの!?」
「嘘なんかじゃないんだ」
「それを嘘って言うのよ!」
 そして言った。
「もういいわ、決めたわ」
「何を?」
「私結婚するわ、ミーハさんの息子さんと」
「ミーハさんの息子と」
 それを聞いたイェニークの顔が急に晴れやかになった。マジェンカはそれを見てさらにいきりたった。
「それがおかしいっていうの!?貴女と結婚しないのよ!」
「君は今自分が何を言ったのかわかっているね」
「勿論よ」
 キッとしてそう返した。
「何度でも言うわ。ミーハさんの息子さんと結婚するわ。また言いましょうか?」
「いや、いいよ」
 彼はにこりと笑ってそれを制止した。
「ミーハさんの息子さんとだね。よくわかったよ」
「やっぱり」 
 マジェンカの顔が赤から青に変わった。怒りのあまり血の気が引いてきたのだ。
「私を売ったのね」
「それは違う」
「違わないわ!」
「だから聞いてくれって」
「聞くことなんか!」
「まあ待ちなさい」
 騒ぎを耳にしてケツァルが仲介にやって来た。
「事情はどうあれ喧嘩はよくないですぞ」
「あ、ケツァルさん」
 イェニークは彼の姿を認めて言い争いを止めた。
「丁度いいところへ」
「人々が必要とされるところに現われるのが私ですから」
 彼はにこやかに笑ってそう返した。
「それで何のことでそんなに言い争っておられたのですか?」
「いえ、何」
 イェニークは落ち着いて彼に言った。
「契約書のことでね。三〇〇グルデンの」
「何て白々しい」
 マジェンカはそれを聞いてまた怒りはじめた。だがイェニークは冷静であった。
「あれは間違いありませんね」
「ええ、勿論です」
 ケツァルは笑顔でそれに応えた。
「確かに。マジェンカさんはミーハさんの息子さんと結婚する」
「はい」
「そして貴方は三〇〇グルデンでその権利を譲った。確かにそうあります」
「そうですね。それはケツァルさんもよくわかっておられますね」
「ええ。イェニークさんの御好意は忘れません」
「好意!?何てこと」
 マジェンカは怒ったままであった。
「私を売っておいて」
「まあマジェンカさん」
 ケツァルが宥めるが一向に聞こうとはしない。
「私は彼をもう二度と見たくないわ」
「それで」
 イェニークはそれを聞いて一瞬だけであるがその緑の目を悲しくさせた。しかしそれは一瞬だったのでマジェンカにもケツァルにもわからなかった。
「ミーハさんの息子さんで間違いはないんですね」
「何度でも申し上げますよ」
 ケツァルは上機嫌であった。
「イェニークさんは承諾して下さいました」
「そう」
「三〇〇グルデンで」
「またお金の話!」
 マジェンカはもうお金の話なぞ聞きたくもなかった。
「マジェンカさんとミーハさんとこの息子さんの結婚を認めて下さいました。それに間違いはありません」
「そうです。マジェンカ、聞いたね」
「裏切りを聞かせるつもりなの!?」
 マジェンカは怖い顔になった。まるで魔女のようであった。
「違う、そうじゃない」
「私にはそうとしか思えないわ」
「信じてくれ」
「どうしたらそれができるのか私の方が知りたいわよ!」
「そうじゃない。はっきり言おう」
「何を!?」
 イェニークを睨みつける。
「ミーハの息子は君のことを愛していると。これでもまだわからないのかい」
「そんなに私をあの男と結婚させたいの!!」
 さらに怒りが増した。これも当然であった。どう見ても火に油を注いでいるだけであるからだ。ケツァルもそれを見て流石に首を傾げてしまっていた。
「彼は何を考えているのだろう」
 それが最初の感想であった。
「こんなにあの娘を怒らせて。怒らせても何にもならないというのに」
 彼の考えも当然であった。普通ならそう思う。だがイェニークは全く違ったのである。これは彼が普通ではないからなのであろうか。どうも違うようである。
「いい加減にして!」
「だから信じてくれ!」
「人を呼ぶわよ!」
「呼べばいい!」
 殆ど売り言葉に買い言葉であった。
「それで君がわかってくれるのなら」
「わかる必要はんてないわ!」
「いや、待ってくれ」
 ここで誰かの声が聞こえてきた。
「え!?」
 それを聞いてマジェンカが少し落ち着いた。
「マジェンカ、まあ落ち着いて」
「気持ちはわかるけれど」
 見れば村人達であった。彼等も騒ぎを聞きつけて集まってきたのである。
「皆」
「話は知っているよ。イェニーク」
「うん」
 彼は不思議な程落ち着いていた。少なくとも村人やマジェンカからはそう見える。
「本当に御前さんはとんでもない奴だな。まだ言うか」
「見損なったよ。ここまで腐った奴だったなんて」
「女の子を泣かして楽しいか?」
「別に泣かしてはいないよ」
 彼はしれっとした態度でそう答えた。
「僕はマジェンカに本当のことを言いたいだけなんだ」
「一つ言っておくよ」
 村人の一人がそれに応えた。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧