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ソードアート・オンライン 穹色の風

作者:Cor Leonis
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アインクラッド編
  情報屋とストーカーは紙一重

 巨大なテーブルマウンテンを丸ごと掘りぬいて作られた第二層主街区《ウルバス》がプレイヤーたちに開放されてから、3日が経った。《はじまりの街》のものとは所々で差異が見られ、「新たな層に来た」という気持ちをプレイヤーに与えるBGMやNPCの衣装にも、段々と違和感を覚えなくなり、プレイヤー間の活気も落ち着いてきている。
 そんな穏やかな日の宵の口、マサキは転移門の前にいた。

「遅いな……」

 行き交う人々の雑踏の中で、マサキは小さく呟いた。いつも彼の隣にいる、スポーツ少年然とした顔の両手剣使いの姿が見えない。だが、彼はもうすぐ戻ってくるはずであり、マサキが今待っているのは、彼ではなかった。その証拠に、両手に紙でできた包みを持ったライトブラウンの頭がこちらに向かってくるのを、マサキは目の端で捉えていた。やがて、ライトブラウンの頭はマサキのすぐ前で止まり、手に持った包みの片方を渡す。

「お待たせ~。ほい、これ、マサキの分」
「ああ」

 マサキは差し出された包みを受け取り、表面の紙をめくる。すると、中から小ぶりのハンバーガー(もどき)が顔を出した。同時に立ち上ったスパイシーな香りがツンと鼻を刺激する。それにつられて胃腸が震度し、ぐるぐると音を鳴らす。マサキは素直に口を開けると、手に持ったハンバーガーに噛り付いた。低層なだけあってパンは固く、挟んである肉や野菜も決して上等だとは言えないが、スパイスが効いたエスニックな味付けは、現実では味わったことのない風味ながらなかなかに美味い。

「なかなかイケるな。……低層だからと言って、一概に馬鹿には出来ないということか」
「だろ? ふふん、βテストのときに見つけた穴場なんだ」

 そう言って、トウマは自分もパンにかぶりつく。
 マサキがパーティーを解散しようとしたトウマを引き止めてからというもの、トウマが浮かべる表情のうち、笑顔が占める割合が明らかに増えている。それも、今までに何度か見せた、引きつったような笑みではなく、喉に引っかかっていた魚の骨が取れたような、心の底からの笑顔だった。

(……どうやら、あれだけ薄っぺらい言葉でも、それなりの効果は見込めるらしいな)

 マサキが最後の一口を飲み込むと、喉の奥がちくりと痛んだ。同時に、同じ場所から水分が枯渇していく。
 マサキはストレージから水を取り出して、口をつける。すると、同じく食べ終わったらしいトウマが尋ねた。

「そういえば、まだ来ないのか?」
「ああ。もう十分は過ぎているんだがな……。あいつらしくもない」
「んー、まあでも、たまにはアルゴでも遅刻ぐらいするんじゃないか?」
「……とりあえず、もう少し待ってみよう。リストでも、追跡不可能(グレー)にはなってない」

 そう言って、マサキは取り出した水を再びストレージにしまい、待ち人――鼠のアルゴを待った。
 今日マサキが彼女と会うことに、特に重要な意味があるわけではない。彼女に依頼していた情報が手に入ったから、受け渡しをするというだけのことだ。さして重大な情報というわけではないため、マサキは「情報の受け渡しはメールでも構わない」と伝えてあったのだが、アルゴに拒否された。曰く、 「どんな情報でも、受け渡しはできるだけ直接。これは情報屋として譲れない掟なんだヨ!」らしい。
 と、いうわけでマサキは指定された場所に来ていたのだが……、肝心のアルゴがまだ来ていなかった。ボス攻略の時などに発行している“アルゴの攻略本”によって有名になったため、情報屋としては多忙な日々を送っている彼女だったが、何だかんだ言って仕事には真面目に取り組んでおり、今まで依頼をすっぽかしたことは一度たりともない。

 ――やはり、何かがあったのだろうか?
 マサキの思考がそこまで達したとき、切れ長の目の前に、メールの受信を示すアイコンが表示された。
 すっかりと慣れた手つきでウインドウを開く。すると、差出人は案の定彼女だった。

 From: Argo
 Main: すまなイ、ちょっと行けそうになさそうダ

 一見しただけで相手が何かに追われていることが分かる、淡白な文章。マサキがフレンドの追跡機能を使うと、彼女を示す光点が、第一層フィールドの上をせわしなく動き回っていた。

「どうした?」

 尋ねてくるトウマに対し、マサキはウインドウを他プレイヤー可視状態に設定すると、文面を差し出した。

「これって……マズくね?」
「少なくとも、美味くはないだろうな、まず間違いなく」

 トウマの爽やかな顔が、きりりと引き締められた。ささやく声のトーンが変わり、ピリッとした緊張感が生まれる。

「行こう」
「ああ」

 短く頷きあった後、トウマは目の前の転移門へと向かって走る。マサキも、まだ違和感が残る喉を押さえながら後を追った。
 ――さっきのハンバーガーに、何か喉に刺さりそうなものでも入っていたのだろうか?
 転移門が作り出す幻想的な光のせいか、前を走るトウマの背中が、やけに眩しく見えた。


「さあ、今日という今日こそは、エクストラスキルの情報を教えてもらうぞ!」
「そうだそうだ! 情報の独占は許されないぞ!」
「うちはもう客からコルを受け取ってるんだ!」
「知るカ! だから、その情報は売れないって言ってるだロ!」

 うっそうと茂る木々が空を覆い、太陽からの光をじめじめとした暗闇に変える、第一層《ホルンカ》近郊の森。コケとキノコがあちこちに生えている地面は、昼間でも暗く、ぬかるんでいる。
 そんなこの場所(フィールド)にマサキたちが到着し、アルゴを発見したのは、ちょうどアルゴが何者かに追い詰められ、巨木を背にして喚いている時だった。
 作戦なしに姿を晒すのは危険と判断したマサキは、横のトウマと共に木陰へと隠れ、耳を澄ます。会話の断片から事情を推測した結果、どうやらアルゴを囲んでいる三人は情報屋をしているようで、アルゴしか知らない情報を得ようと接触したが、取引を拒否され、追い掛け回していたらしい。

(全く……いつから情報屋のルビはストーカーになったんだ――ん?)

 呆れたように伏せられたマサキの目が、一瞬硬直した。そして、腰から投擲用のピックを取り出す。レベルアップによってスキルスロットが増えたため、セットしたものだ。

「マサキ、ひょっとして……?」
「ああ。……お前は先に帰っていろ。レベル差があっても、筋力優先の能力構成(ビルド)だと厳しいかも知れん」
「……分かった」

 マサキの考えを悟ったらしいトウマが不安そうに訊くが、マサキは気にせずピックを持った右手を肩の上に持っていく。やがてピックが淡い光をまとい、投剣スキルで最も基本的な《シングルシュート》によって撃ち出された。


「さて、行くか」

 短く呟いたマサキは、相変わらず喚きあっている彼らの許へ向かって行った。


「情報屋ってのは、いつから脅迫まがいのことをするようになったんだ?」

 突如背後から聞こえた声に、アルゴに詰め寄っていた情報屋連中は一斉に振り返った。驚愕の表情を浮かべながら体をビクリと震わせて回転させるその姿は、なかなかに滑稽だったが、マサキはポーカーフェイスを維持する。彼ら全員の視線がマサキとトウマに集まっている今の状況ならば、アルゴの敏捷力を持ってすれば簡単に逃げ出せるのだろうが、それをしない辺り、どうやらアルゴも素で驚いているらしい。

「だ、誰だ!!」
「こっちは今取り込み中なんだ! 帰ってくれ!!」

 苛立ちながら叫ぶ彼らに対し、マサキは両手を挙げて敵意がないことをアピールする。

「まあ、待て。別に俺は、あんたらに介入するつもりはない」
「だったら……」
「が、しかし」

 マサキは一度言葉を切り、全体を一瞥して続けた。

「これは親切心からのアドバイスだが……、あまり大声を上げない方がいい。……と言っても、もう遅かったみたいではあるがな」

 そう言って、マサキはあさっての方向に視線を投げる。すると、この辺りを徘徊している植物型モンスター《リトルネペント》が、大挙して押し寄せてきていた。
 途端、彼らの表情が驚愕から恐怖に変わった。単体ではなく、集団との接敵は想定外だったのだろう、武器も出さずにただ慌てている。そして、マサキはそれを確認すると、すかさず口を開いた。

「まだ十秒程度の時間はあるだろう。さっさと逃げた方が身のためじゃないのか?」
「ぐ……クソッ!」

 口々に捨て台詞を残し、彼らは一目散に逃げ出した。情報屋をしているだけあって、一様に敏捷値が高い。あれなら、確実に圏内まで逃げ帰れるはずだ。
 そう判断すると、マサキはまだ戸惑ったように佇んでいるアルゴに向き直った。

「逃げるぞ」
「エ、ちょっ……わあア!?」

 マサキは小さく言うと、答えを聞かないままアルゴの手を掴み、走り出す。後ろでアルゴの悲鳴が聞こえた気がするが、気にしない。
 と、二人の前に、一体のリトルネペントが立ちはだかった。何本もあるツルを振り上げ、二人に襲い掛かろうとする。この攻撃を受けた場合、その間に他のネペントたちが襲来して、一気にHPを喰らっていくだろう。それを考えたアルゴの表情が一瞬歪む。
 しかし、マサキは全く動じていなかった。脳が凄まじい速さで回転し、敵の予想攻撃ポイントを割り出す。リトルネペントには当然のことながら筋肉がないため、以前ボス戦で使った“筋肉の収縮具合から攻撃を予測する”パターンは不可能だ。だが、それでも予測する方法は存在する。

 ――AIというのは、突き詰めて言えば、“相手がAという行動をした場合、Bという行動を取る”といった思考回路(マニュアル)の集合体だ。そしてその行動は、人と違って常に最善の選択をする。例えば、相手のaという行動に対して、A,B,C,の三つの選択肢が存在し、その中でBが最善だと仮定する。この場合、人はこの三つの中から自らが取る行動を選択することになる。そのため、もしその人物が初心者だった場合、もしくは、思考が追いつかないほどに切羽詰った状態だった場合は、BではなくAやCを選択する可能性がある。
 しかし、AIは違う。この場合、AIならば例外なくBを選択する。なぜなら、AIが行動選択時に使用するのは思考ではなく、自らのプログラムに組み込まれた行動アルゴリズムだからだ。つまり、この場合においてAIにはプログラムに組み込まれていないがためにAとCという選択肢自体が存在せず、したがって選択する行動はB一択となり、完全な予測が成立するのだ。

 マサキは予測結果を地形のデータと参照し、最善の逃走経路を導出、その道を一気に駆け抜ける。振り下ろされるツルが紙一重の空を切るのを確認すると、そのままネペントの横を通り過ぎ、最高速で安全地帯への道を走り抜けた。 
 

 
後書き
今回、風間忍軍を登場させるべきか迷ったのですが……、今後彼らをストーリーに絡ませていける自信がなかったため、ボツとなりました。「ここは風間忍軍だろ!」と思われた方々、また、風間忍軍ファンの方々、誠に申し訳ございませんでした。

ご意見、ご感想等ございましたら、掲示板にて送って頂ければ幸いです。 
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