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美少女超人キン肉マンルージュ

作者:マッフル
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第3試合
  【第3試合】 VS幼女超人キン肉マンデヴィリンス(2)

 マリに促され、中へと入っていくミーノ。
 後からついてきていた凛香はマリとミーノを追い越し、足早に建物の中へと入っていった。

「ああーッ、なんだかすっごく疲れたよーッ」

 建物の奥の方にある小さなリビングスペース。そこで凛香は倒れ込むように寝転がり、体育座りの格好でごろんごろんと転がる。

「凛香ちゃん、お行儀が悪いうえに、だらけ過ぎよ」

「だぁってぇ、本当に疲れたんだもん。いくらマッスルジュエルが戦いのダメージを全部持っていってくれるからって、はじめての超人バトルを連続でだもん……冗談抜きに死ぬ思いだったし、本当に死ぬかと思っちゃったよお」

 マリはやれやれな顔をしながらも、凛香とミーノに優しく笑いかける。

「そんなに疲れたのなら、ふたりでお風呂に入っていらっしゃいな」

 お風呂と聞いて、ミーノは目を輝かせた。

「お風呂ですぅ?! あああ、とっても久しぶりなのですぅ……放浪の身であった私には、とてつもなく文化的な響きなのですぅ」

 ミーノが遠い目をしながら感激している。その裏で、凛香はどんよりした顔をしていた。そして体育座りをしながら、その場から動こうとしない。

「……お風呂、嫌い」

 全くもって動こうとしない凛香に、マリは身を寄せる。

「凛香ちゃん?」

 優しい笑みを浮かべながら、マリは凛香に声を掛ける。

「……お風呂、嫌いだもん」

 両手に力を込めて、凛香はがっちりと膝を抱え込む。
 マリは腰をかがめて凛香の膝に手を置いた。そしてさもあたり前のように、軽々と凛香の膝を開いた。

「……ひぃッ」

 凛香は小さく悲鳴を上げた。
 マリは開かれた膝から顔を突っ込み、凛香に迫力のある笑顔を寄せる。

「凛香ちゃん?」

 凛香は断固拒否と言わんばかりに、身体を丸めて亀状態となる。
 まるで強固な甲羅に閉じこもった亀のように、がっちりとガードしている凛香。しかしマリはまたも軽々とガードをこじ開けた。そして凛香の顔に触れそうなほどに、マリは笑顔を寄せてくる。

「お風呂、入ってきなさい」

「……ひぃうう、承りましたあ」

 凛香は涙目になりながらその場から逃げだすように、風呂に向かって駈け出した。

「はううッ、待って下さいですぅ!」

 ミーノは期待に胸を膨らませて目をぎらんぎらんに輝かせながら、凛香の後を追った。
 “かぽーーーん”という効果音が聞こえてきそうな、昭和臭たっぷりのレトロなお風呂。
 壁と床は一面タイル貼り。つまみをカチンといわせながら回す、いかにも旧時代的な2穴式の湯沸かし器。メタル感が半端ないアルミ貼りの浴槽。
 そんな前時代的かつ絶滅寸前な風呂場で、きゃいきゃいとはしゃいでいる裸のミーノ。

「わひゃああぁッ! お風呂ですぅ! ああ、もう何日ぶり……いや、何カ月ぶりですぅ? ……あああ、全然と言っていいほどにお風呂に入れなかったミーノにとって……冷水を絞ったタオルで全身を拭くのが当たり前だったミーノにとって……文明開化の風が吹き荒れたのですぅ!」

 ミーノは涙を流しながら、愛しそうにアルミの浴槽に頬ずりをしている。
 そんなミーノを信じられないといわんばかりの顔で見つめる、裸の凛香。

「何カ月もお風呂に入らなくていいなんて……羨ましいなあ」

 ぽそりと呟いた凛香に、ミーノは目が飛び出る勢いで詰め寄った。

「ミーノが羨ましいのですぅ? お風呂に入れない日々が、そんなに羨ましいのですぅ? ……凛香様はいったいどれだけ、お風呂が嫌いなのですぅ?!」

「だって、お風呂って面倒くさいし、楽しくないし、すっごく無駄な時間を過ごしてる気がするし……だいたいお風呂に入んなくたって死んじゃうわけじゃないし、立派に生きていけるもん」

 ミーノは凛香の両肩をがっしりと掴み、ずいいと顔を寄せる。
 数センチしか離れていないミーノの顔は、笑顔であるにもかかわらず、とてつもない迫力と気迫に満ちていた。

「うひゃわああぁッ、マリお母さんより凄いかも……」

「凛香様……今からある少女の物語をお話ししますですぅ……むかしむかし、そんなに遠くない昔、あるところに、重要な任務を受けた、いたいけで可愛らしい少女がいましたですぅ」

 どう考えてもミーノのことである。凛香はプフッと吹き出してしまう。

「しょ・う・じょ・が・い・た・の・ですぅ!」

 ミーノは更に顔を寄せ、数ミリしか離れていない状態で口調を強めた。

「……ごめんなさい、もうしません」

 怯えきって涙目になっている凛香を見て、ミーノはにっこりと笑んで話を続ける。

「で! そのプリティな少女は、この広大な宇宙のどこにいるかもわからない人物を、何の手がかりもない状態で探し始めたのですぅ……そして当たり前のように、なけなしの所持金はすぐに底をつき、食糧調達すら困難な状況に陥ってしまったのですぅ……」

 真剣な顔をして語るミーノを、凛香はおっかなびっくりな顔をしながら見つめている。

「そのおしゃまな少女は三度の飯よりお風呂が好き! 食欲よりも入欲……もとい、入浴が好きなほどのお風呂好きでしたので、お風呂に入れない毎日を過ごすのは、お腹がすくのよりも苦痛だったのですぅ」

「そっか、ミーノちゃんは綺麗好きなんだねえ」

 ミーノは笑顔のまま、ぎろりと凛香を睨んだ。

「……ごめんなさい、もう言いません」

 怯えきって鼻水をも垂らしてしまっている凛香を見て、ミーノはにっこにこに笑んで話を続ける。

「そのお茶目な少女は来る日も来る日も、人目を避けるように端っこの方で隠れながら、水道水を絞ったタオルでごしごし、がしがしと、全身を拭いたのですぅ……俗に言うタオル風呂ですぅ……心地の良い適温のお湯に浸かることもできず、冷たいタオルで身を震わせながら、タオルが人肌の温かさになるまで全身を拭いて……石鹸で泡立てたタオルで拭うこともできず、ごわごわに毛羽立ったぼろぼろの濡れタオルで素肌を擦り上げる毎日……少女はいつも最後には、全身を拭ききったタオルで、頬を濡らしている涙をぬぐい取るのですぅ……」

「本当に底辺……じゃなくて、大変だったんだね、ミーノちゃ……じゃなくて、その女の子」

 ミーノはぴくんと眉を動かすも、何事もなかったかのように話を続ける。

「その愛くるしい少女は、本当にもう、どうしていいのかわからなくて、どうしようもなくて、どうにもならなくて、心細くて、ひもじくて、何度もくじけては立ち上がって、何度も泣いて、寒いおもいをして、暑いおもいをして、冷たいおもいをして、熱いおもいをして、とにかくもう、辛くて辛くて………………うわああぁぁああぁぁああぁぁんッ!」

 ミーノは何を思い出したのか、感極まって泣き出してしまった。

「えええぇぇぇえええ!? いきなりの号泣モード?! いったい何がしたいの、ミーノちゃん」

 凛香は泣きじゃくるミーノに、いないいないばぁをしたり、よしよしと抱き締めたり、頭を撫でてあげたりと、泣きやますのに必死になる。

「ひっく、ひぐぅぅ……と、とにかく、そのチャーミングな少女は来る日も来る日も、大変なおもいをして、訪ね人を探し回ったのですぅ。その間、所持金を使い果たした少女は、完全ホームレスな、その日暮らしの放浪生活……もはや旅とは言えない、地獄の日々を過ごしていたのですぅ……」

 凛香はミーノの話を聞いていて、奇妙な違和感にさいなまれる。

「ちょっとまってよ、ミーノちゃん。それって変じゃない? ミーノちゃ……じゃなくて、その女の子は特別な任務を受けてたんだから、当然、資金援助があったんじゃない? っていうか、日々の生活費って必要経費でしょ? そもそもなんで、ひとりで探してたの? 人探しなんだから、単独行動じゃなくて、チームを編成して行動したほうが、全然効率がいいのに」

 ミーノから笑顔が消え、表情が曇る。

「そ、それは………………うわああぁぁああぁぁああぁぁんッ!」

 またも泣き出すミーノ。

「えええぇぇぇえええ!? またも号泣モード?! ミーノちゃん、泣きの確変に入っちゃってるの!?」

 凛香はまたもやミーノを泣きやませるのに必死になる。
 裸の凛香は、裸のミーノをだっこしたり、おんぶしたり、変顔版いないいないばぁをしたりと、まるで手のかかる乳児をあやしているかのようであった。

「わたし達、裸んぼのままで、何してんだろ……」

 状況がいまいち飲み込めない凛香を尻目に、ミーノはひぐひぐと鼻をななしながら、泣き濡れた声で話しだす。

「ひゃっく、ふぐぅ、ひゅぐふぅ……ごめんなさいなのですぅ、凛香様ぁ……実は………………うわああぁぁああぁぁああぁぁんッ!」

「えええぇぇぇえええ!? もうどうにも止まらないよお! ……んもう、こうなったら」

 凛香は泣きじゃくるミーノをお姫様だっこして、そのまま飛び上がった。

“どんぼぼぉぉおおおぉぉぉん!”

 ふたりは浴槽にダイブする。豪快すぎる風呂ダイブは、大きな水柱を立てて大洪水を引き起こした。
 ミーノは目をぱちくりさせながら、びしょ濡れになって湯に浸かっている。
 凛香も目をぱちくりさせながら、ずぶ濡れになって湯に浸かっている。

「プッ、あはははははははッ!」

 ふたりは互いに見つめ合いながら、腹を抱えて爆笑する。

「あはははははッ! で、さっきの話の続きですがぁ」

 ミーノは笑いすぎてひんひんと息を切らしながらも、話を続けようとする。

「はひゅう、そ、それで、はひぃう、その可憐すぎる少女は、実は、ひぃうう、任務を受けていたのではなくて、ひゅみゅうん、勝手に人探しの旅に出たのですぅ!」

 笑いながら語るミーノ。

「あはははははッ! それってつまり、家出同然に飛び出してきたってこと? そうなると、キン肉宮殿では、ミーノちゃん失踪事件になってるかもってこと?」

 ふたりの笑い声がフェードアウトしていく。

「そ、それってダメだよ! ダメダメだよ! ミーノちゃん、それは絶対にダメだよ!」

「うわああぁぁああぁぁああぁぁんッ! ごめんなさいですぅぅぅ!」

 驚きのあまりに声を荒げる凛香は、泣きじゃくるミーノを見て深い溜息をつく。

「それはダメだよ、ミーノちゃん……もう何カ月も帰ってないんでしょう? しかも連絡ひとつしてないんでしょう? 大事件だよ、それって……」

 ミーノはすんすんと鼻をならしながら、腕で目を拭う。

「いえ、きっと宮殿では、ミーノは仕事辛さに逃げ出したのだと、そう思われているに違いないのですぅ……わたしみたいなドジレストな娘、だれも追いかけたりはしないのですぅ……それに今日の戦いはキン肉星でも放送されたと思いますので、ミーノの無事は確認されているはずなのですぅ」

 凛香は目を背けながら話しているミーノの両肩をつかみ、まっすぐに見つめる。

「ダメだよミーノちゃん。きちんと自分から連絡をしないと! 絶対に心配してるよ!」

「あああああああ……そうですよね、やっぱり……」

 意気消沈したミーノは湯船に鼻まで浸かり、ぶくぶくと泡を立てながら困り果てた顔をしている。

“………………キィィィィィイイインッ! ずごおおおぉぉぉおおお!”

 突然、耳をつんざくような高音と、腹が押し潰されそうな低音に襲われる。
 そしてその直後、幼稚園ごと引っくり返りそうなほどの大揺れがふたりを襲う。

「きゃわあああぁぁぁあああッ!」

 ふたりは浴槽内で抱き合いながら、突然の異変に悲鳴を上げる。

「うおおぉぉおおい! ミーノや! どこじゃ!? どこにおるんじゃい?! ミーノや!」

 どたどたと廊下を踏みならす音が聞こえる。そしてミーノを探している様子の、男の声が聞こえる。

「ここか?! ここにおるのか!? ミーノや!」

 いきなり風呂場の扉が開けられた。そして高貴で下品な装飾品と衣服に身を包んだ初老の男が、興奮気味に風呂場に入ってきた。

「おおおおおおッ! ミーノや! こんなところにおったのか! 儂は心配で心配で、心配しておったのじゃぞぉ!」

 女しかいない風呂場に、招かれざる男が乱入。
 あろうことか裸の娘ふたりに向かって、男が突っ込んでくる。
 しかも両腕を開いて、ミーノに抱きつこうとする。

「きゃあああああぁぁぁぁぁあああああッ!」

 凛香とミーノはきゃあきゃあと騒ぎ立てる。
 そして少女ふたりは叫び上げ、鼓膜が破れそうなほどの高音が男の耳を襲う。
 更にミーノは男に向かって、湯をぶちまけた。
 音攻めと水攻めを喰らった男はひるんで、その場に立ち尽くす。

「おわぁ! な、何するんじゃい!」

「何をする! は、こっちのセリフだよお!」

 凛香は怒っていた。アシュラマンの怒り面が笑い面に見えてしまうほどに、凛香は顔を怒りで染め上げる。
 そして凛香は弾丸のように、湯船から勢いよく飛び出した。
 凛香は空中で身をひるがえし、そのままヒップアタックを男の顔に喰らわせる。

「48の殺人技のひとつ、マッスルヒップスーパーボム!」

 マッスルヒップスーパーボム肌色モードとでも言うべきか、凛香は生尻のまま、尻を男の顔に打ちつけた。

「ふぐおおおぉぉぉおおおッ!」

 生尻アタックを喰らった男は鼻血を噴き出しながら、後ろに向かってゆっくりと倒れていく。
 凛香はすかさず身を反転させ、今度はフロント首4の字をきめる。
 男の顔は凛香の生の太ももで締めあげられ、そして顔面は凛香の下腹部に押し潰される。

「ぬふぎょおおおぉぉぉおおおッ!」

 尋常ではない量の血液が、男の鼻の穴から滝のように流れ出る。
 凛香は下腹部に生温いどろりとしたものを感じながらも、男の頭を掴んだ。
 そして凛香は男に体重をかけ、男を後方に向かって倒し込む。

「48の殺人技のひとつ、マッスルメンズブランディング!」

“ぐわらしゃあああん!”

 男は頭頂部を風呂床のタイルに打ちつけられてしまう。
 そしてその衝撃のせいで、男は脳しんとうを起こしてしまった。
 更に顔面を圧迫されていて息が出来ない上に、止めども無く吹き出る鼻血によって、男は窒息しつつ大量失血していく。
 気が遠のいていく男は、ひどく古典的な断末魔を上げる。

「ぎゃふぅぅうん!」

 男はぴくんぴくんと全身を痙攣させ、全く動かなくなった。

「……あ、あれれぇ? ……ままままま、まさかぁ! ……あああああ、あなた様はぁ! ……きききききききききき、キン肉スグル大王様ぁ! なのですぅ?!」

 ミーノの言葉を聞いて、凛香から血の気が引いていく。
 真っ青な顔をしながら、凛香は恐る恐るフロント首4の字を外した。

「ぎゃにゃあああぁぁぁあああんッ! きききききききききききききききききききき、キン肉マン様ぁぁぁあああぁぁぁッ!」

 失血と酸欠と打撲によって完全にのびてしまっている、キン肉マンことキン肉スグル大王。
 慌てふためく全裸の少女ふたりの悲鳴を聞きながら、キン肉スグルは安らかに気を失った。

 ――しばらくして

「あいててててててッ! マリしゃん、すまぬがもう少し優しく……いちちちちちちッ!」

「男の子なんだから辛抱しましょうね、キン肉マンさん」

 マリはオキシドールを含ませた脱脂綿で、キン肉マンの頭にある巨大たんこぶを拭った。

「いやはや、悪行超人が現れたとの知らせを聞いてテレビを見てみれば、行方不明になっていたミーノが映っておるではないか! 儂ゃ卒倒しそうなほどに驚いたわい! それで大慌てで宇宙船に飛び乗って、地球まできたのじゃが……まさか地球についた早々、女子の生尻アタックを喰らうことになるとはのう」

「だって、純潔乙女ふたりが入浴中なお風呂に、いきなり入ってきて……それって普通に犯罪ですよお、セクシャルな! もはや覗きを通り越して、痴漢ですもん。痴漢、いくない!」

 凛香は笑顔でキン肉マンと話をしているが、額には巨大な怒りマークを浮かべていた。

「そんな青スジたてて怒らんでもよろしいがな……」

 キン肉マンはまあまあと呟きながら、両手を揺らして凛香をなだめる。

「そう言えばキン肉マンさんは、宇宙船で来たと言っていましたが、その宇宙船はどうされましたか?」

「宇宙船かの? それなら外に置かせてもらっておるぞい」

 マリはカララと窓を開けた。外には園庭に入りきらずに、道路にまで飛び出してしまっている宇宙船が停船していた。

「キン肉マンさん、これはちょっと、ご近所迷惑になりますので……」

「おお!? す、すまんのう。これでも日本の土地事情を考えて、一番小さな船で来たんじゃが……邪魔だったかのう」

 キン肉マンは宇宙船に向かって声を上げた。

「チビ! ちと月まで行って、そこでハウスじゃ!」

「わおおお~~~ん!」

 宇宙船は犬のような鳴き声を上げながら、住之江幼稚園から飛び立った。

「チビには悪いが、月で待つように言ったから、これで大丈夫じゃわい」

「……チビちゃんて言うのですか、あの宇宙船」

 マリは飛んでいった犬っぽい宇宙船を、見えなくなるまでいつまでも見つめていた。

「それにしても、えーと……凛子ちゃんの義妹さんの、凛香ちゃんといったかのう?」

「ハイにゃん! そうですにゃん! 凛香ちゃんですにゃん!」

「凛香ちゃんよ……なんというかのう……なんで儂にまとわりついてくるのかのう……」

 凛香はまるで子猫のようにキン肉マンにひっつき、まとわりついていた。

「ゴロゴロ、ニャンニャン、ですにゃあん」

「……現役をしりぞいて幾年月、すっかり老いてしもうた儂に、こうまでなついてくる地球人は、この娘がはじめてじゃよ。というか、後にも先にも、この娘しかおらぬだろうなあ」

 キン肉マンは頬を赤らめながら、困り果てた顔をしてマリに言った。

「凛香ちゃんはキン肉マンさんと万太郎さんの大ファンですから」

 マリは優しく笑みながらキン肉マンの前で正座する。

「そのとおりですにゃん! お父様ぁん!」

 凛香はゴロゴロとキン肉マンの顔に頬ずりする。

「ちょ、ちょ、おわあ! 儂がお父様じゃとお?」

「凛香ちゃんの夢は万太郎さんのお嫁さんになることですから」

 マリの言葉を聞いて、キン肉マンはぎょっとした。そして残念な顔で凛香を見つめる。

「うーむ、そうは言ってものう、万太郎が惚れとるのは姉の凛子ちゃんだしのう」

 ゴロゴロニャンニャンとキン肉マンに甘えていた凛香の顔が、この世の終わりのような絶望の顔に変わる。

「うにゅううう……わかってますよお……わかってるにゃん……ひううううう……万太郎様と凛子お姉ちゃんがお似合いのカップルなんてことは、全宇宙の誰でも知ってることだもん……」

 気落ちしている凛香を見て、キン肉マンはおろおろしながら慰めようとする。

「あー、そのー、なんというかのう、こればかりは万太郎と凛子ちゃんの問題じゃからして……」

 キン肉マンにまとわりついていた凛香は、いつの間にかキン肉マンの背後にまわっていた。そしてキン肉マンの背中にびったりと身体をひっつける。

「……キン肉マン様ぁ……凛香にお父様って呼ばれるのは、ご迷惑ですかあ?」

「いや、ご迷惑というかなんというか、そう呼ばれる筋合いはないというか、言われはないというか、のう」

 凛香はゆるゆるとした動きで、背後からキン肉マンの首をさする。

「うひひひひひッ、く、くすぐったいのう」

 キン肉マンはむずがゆい奇妙な気持ちにさせられた。

「……やっぱり迷惑……なんですね……」

 凛香は重苦しい声でささやきながら、ぬるりと腕をキン肉マンの首にまわした。そしてじわじわと、ゆっくりと首を絞めていく。

「お、おわあ! な、なにをするんじゃあ?」

 困惑するキン肉マンを無視するように、凛香は腕に力を込めていく。

「……どうしようもないですよね……わかってます、わかってますって……でも……でもお……」

 泣き声のような水っぽい声で話す凛香は、ひどくゆっくりとした動きでキン肉マンの首を締め上げていく。

「……凛香は物心ついた頃からキン肉マン様の大ファンで……将来の夢はキン肉マン様のお嫁さんでした……」

「そ、そうじゃったのか。それは嬉しいのう。アイドル超人のはしくれとして、そこまで想ってもらえるとは光栄の極みじゃわい」

 凛香の細腕がキン肉マンの首に食い込み、頚動脈を容赦なく圧迫する。

「ちょ、おい! しゃれにならんぞ! 本当にきまっておるぞ! この首絞め!」

「……凛香はキン肉マン様のことが好きすぎて……物心ついた頃から、キン肉マン様との甘い蜜月なる夫婦生活を毎日のように想像して……凛香の脳内では結婚から晩年までの生涯を、それはもう何兆万回と想像して……それなのに……それなのにい……実は既婚者だったなんて……」

「ビビンバか!? ビビンバのことなのか?! しかしのう、わしが結婚したのは、凛香ちゃんが生まれる前の話じゃぞ?」

 キン肉マンは背後から凍るような気配を感じた。
 それは気配というよりは妖気、ひどく禍々しい気配であった。
 まるで絶対零度の中に全裸で立たされているような、死を感じずにはいられないほどに強烈で静かすぎるオーラを感じた。

「……凛香の夢は最初っから破れてたんだよ……叶うわけない夢を追い続けてたの……それを知ったとき、凛香は絶望したよ……マントルまで届きそうなほどの地の底に落とされた気分だったよ……でもね、そんな地の底にいた凛香に、光が射したの……希望はあったんだよ……キン肉マン様にはご子息がいる、万太郎様というひとり息子が……だからね、凛香はね……万太郎様と結婚することにしたの……」

 キン肉マンは背中に凛香の温もりを感じつつも、全身が氷漬けになったような寒気を感じていた。息は白くなり、身体中がかじかんできた。
 このままではまずいと思ったキン肉マンは凛香を引き剥がそうとする。しかし身体が動かない。キン肉マンは原因不明の金縛りにあっていた。

「……凛香はね、ずっとずっとね、想っていたの……万太郎様を、お慕いしていたの……幼い頃から、会った事もない万太郎様を想い続けていたの……大好きなの……ずっとずっと、本当に大好きなの……万太郎様が好きで好きでたまらない……それなのに、それなのにぃ……」

 凛香は女のおどろおどろしいドロんドロんの怨念を込めながら、キン肉マンの首をねじ切る勢いで絞めていく。
 更に両足でキン肉マンの下腿部をホールドし、脱出を困難にする。

「このままではいくら儂でもおとされてしまうわい……こうなったらカメハメ師匠直伝のホールド外しで抜け出さねば」

 キン肉マンは凛香の腕をつかみ、ホールド外しを試みる。

「……万太郎様は……凛子お姉ちゃんを選んだ! 凛香じゃなくて、凛子お姉ちゃんを! ずっとずっと好きだった万太郎様は、凛子お姉ちゃんを好きになっちゃった! 凛香、またも夢やぶれる!!」

 突然、凛香の全身がピンク色の光に包まれる。そして凛香はキン肉マンルージュに変身した。

「お、おわぁ! そ、そんなのありか!?」

 ただの人間から超人キン肉マンルージュに変身した凛香は、身体能力が飛躍的に上がった。
 キン肉マンの顔はみるみるうちに真っ青となり、チアノーゼを起こしてしまう。
 焦ったキン肉マンはカメハメ師匠直伝のホールド外しを仕掛けて、首絞めを解除しようとする。

“ごおおおぉぉぉおおおッ”

 凛香は光の塊となり、シルエットが変化していく。
 そして髪はクアッドテールになり、コスチュームは変化し、とても濃密なマッスルアフェクションに全身が包まれる。

「ちょ、うそじゃろう! ここで火事場のクソ力パーフェクションを発動じゃとお!」

 命の危険を感じたキン肉マンは思い切り踏ん張り、懸命になって首絞めを解除する。真っ青だった顔は真紫に変色し、全身から脂汗が流れ出る。
 しかし、そんなキン肉マンの決死の努力も虚しく、キン肉マンの頚動脈は凛香に潰されてしまう。そしてキン肉マンは意識を奪われ、泡を吹きながら白目を剥いた。

「ぎゃふうううううん」

 キン肉マンは悲しい断末魔を上げながら、静かに気を失った。

「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル! マッスル守護天使、キン肉マンルージュ!」

 凛香は堂々と勝利のポーズを決めた。
 しかし凛香の頬は、たくさんの涙と鼻水で濡らされていた。

「うわあああああん! 悲しくなんてないもんッ! うわあああああん! 悲しいよおおおおおッ!」

 昇天してぐったりと寝転んでいるキン肉マンの傍らで、凛香は泣き崩れてしまう。

「うわあああああん! 48の殺人技のひとつ、マッスル乙女大号泣! うわあああああん!」

 凛香は床上浸水しそうな勢いで、大量の涙を放水しながら激しく泣き上げる。
 キン肉マンVSキン肉マンルージュの一戦が終わった、その奥で、ミーノは凛香に負けない勢いでわぁんわぁんと泣きじゃくっていた。

「うわあああああん! ごめんなさいぃぃ! ごめんなさいですぅぅぅ!」

「悪い子だ! 悪い子だね! 悪い子だわわ! おまえって子は勝手なことをして! 本当に悪い子だ! 悪い子だね! 悪い子だわわ!」

 現役時代のサンシャインを彷彿させるほどの巨体を誇る、メイド服を着た老女。
 ミーノはたくましすぎる巨老メイドに抱きかかえられて、激しく尻を叩かれていた。

“ずばぁんッ! ずばぁんッ! ずばぁんッ! ずばぁんッ! ずばぁんッ! ずばぁんッ! ずばぁんッ! ずばぁんッ! ずばぁんッ! ずばぁんッ!”

「いにゃあああああああああッん! ご、ごめんなさいなのですぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!」

 ミーノはパンツを下ろされて生尻をさらしながら、巨老メイドに尻を打たれまくっている。
 あまりの痛みに耐えきれず、ミーノは涙を流し飛ばしながら、ばたばたと暴れている。

「ミーノや! お仕置きだわわ! こんなにも大王様を心配させてからに! 大王様だけじゃないよ、キン肉王宮のみんなが心配していたんだわわ!」

 ずばんずばんと尻を叩く打肉音が、幼稚園外にまで響いている。
 叩かれすぎたミーノの尻は真っ赤になり、薄ピンク色に発光していた。

「ごめんなさいですぅ! で、でも、テーバ様、ミーノはいつもいつもみんなに、多大な迷惑をお掛けしてばかりで……だからどうしても、力になりたかったのですぅ! ミーノはお世話になっているキン肉王宮のみんなに、恩返しがしたかったのですぅ!」

 テーバと呼ばれた巨老メイドは尻を叩く手を緩めることなく、容赦なく尻を叩き続ける。

「いい子だ! いい子だよ! いい子だわわ! その気持ちは嬉しいだわわ! いい子だ! いい子だよ! いい子だわわ! だがねえ、だからって自分勝手なことをして、みんなに心配を掛けさせてたら世話ないんだわわ! やっぱりおまえは悪い子だ! 悪い子だね! 悪い子だわわ!」

 非情なる尻叩きは、終わりなく続く。
 そんな修羅場真っ最中なミーノの元に、いつの間に正気を取り戻したのか、キン肉マンが寄り添っていた。

「テーバよ、もうそのへんで許しておやり。ミーノも反省しておるようだし」

「だまらっしゃい、スグル坊! これはあたしらお世話係の問題なんだわわ! 余計な口出しするんじゃないだわわ!」

「おわぁ! そ、そんな青スジたてて怒らんでもよろしいがな……」

 テーバに怒られてしまったキン肉マンは、身体をスケール20分の1ほどの大きさにまで小さくして、ぶるぶると震えながらマリの後ろに隠れてしまった。

「んのう、テーバは儂が赤子だった頃からの、儂のお世話役だったでのう……今まで戦ってきたどんな悪行超人どもよりも、儂はテーバの方が怖いんじゃわい……」

 マリは茫然と周囲を見渡す。
 凛香はわぁんわぁんと泣きわめきながら、四つん這いになって涙を大放水している。
 ミーノはぎゃんぎゃんと泣き叫びながら、尻を腫らして涙を大放出している。
 キン肉マンはマリの足にしがみつき、ぶるぶるがたがた震えながら、涙を流し飛ばしている。

「あは……あはははは……どうしましょうね、この状況……」

 泣き上げるふたりの少女の涙で、部屋はどんどんと浸水していく。身長が10数センチしかないキン肉マンは、わっぷわっぷと涙の海で溺れていた。
 マリは苦笑いしながら、困り果てた顔をして状況を見守っている。
 
 

 
後書き
※メインサイト(サイト名:美少女超人キン肉マンルージュ)、他サイト(Arcadia他)でも連載中です。 
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