| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

椿姫

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三幕その三


第三幕その三

「まさかとは思うけれど」
「奥様」
 ここで使用人が彼女の側にやって来た。
「何かしら」
「ヴィオレッタ様が来られました」
「そう」
 彼女はそれに頷いた。
「一人かしら」
「いえ」
 だがこの使用人はこれには首を横に振った。
「ドゥフォール男爵と御一緒です」
「そう」
 それを聞いて外面上は静かに頷いた。
「どうしたものかしら」
「?何か」
「あっ、何でもないわ」
 呟きにはっとして尋ねてきた使用人に対してこう返した。
「有り難う。じゃあ休んでいていいわ」
「有り難うございます」 
 この使用人にチップを与えたうえで下がらせる。そしてヴィオレッタを迎えた。彼女は薄い水色の絹のドレスを身に纏いその胸には白い椿を飾っていた。そしてその隣に背の高い立派な外見の男を連れていた。彼がドゥフォール男爵である。
「マダム」
 彼は部屋に入ると隣にいるヴィオレッタに声をかけてきた。
「はい」
「彼がいますよ」
(えっ)
 その言葉にはっとなり部屋の中を見回す。するとカードのテーブルのところにアルフレードが座っているのが見えた。それを見て顔が一挙に蒼ざめる。
(そんな)
 ヴィオレッタはこの時この宴に来てしまった自らの迂闊さを呪った。だがそれは顔には出さない。男爵はそんな彼女に声をかけてきた。
「御気をつけ下さい」
 ヴィオレッタを気遣う言葉であった。
「彼には近付かないように。宜しいですね」
「はい」
 ヴィオレッタは蒼い顔のままそれに頷いた。そしてフローラの前にまでやって来た。
「ようこそ」
「はい」
 フローラに挨拶をする。
「まずはこちらに。色々とつもるお話がありまして」
「わかりました」
 フローラはヴィオレッタを自分の下に寄せ二人で話をしようとした。
「どうやら私はお邪魔なようですな」
 男爵はフローラがヴィオレッタを護っているのを見て安心した。そしてこう言った。
「それではこれで。席を外させて頂きます」
「有り難うございます」
 フローラは彼のそんな気遣いが有り難かった。にこりと笑って彼に下がってもらった。そしてヴィオレッタと二人になった。
「あちらでお話になられませんか?」
 フローラは奥の部屋を指差してこう声をかけてきた。
「ここでは何ですし」
 ヴィオレッタを護る為であった。
「御気持ちは有り難いですが」
 しかし彼女はこれを断ろうとした。
「今はここにいたいのです」
「そうですか」
 それを聞いて残念そうな顔になった。その間にアルフレードはポーカーで勝ち続けていた。
「よし、ファイブカードだ」
「ちぇっ、負けだよ」
 ガストーネは苦い顔をして自分のカードを放り出した。
「ワンペアが二つか。今日はついていないな」
「逆に僕はついている」
 アルフレードはニヤリと笑ってこう言った。
「カードにはついているね」
「それは何より」
「もっとも恋にはついてはいないけれどね」
(まずいわね)
 フローラはそれを聞いて悪い予感がした。そしてヴィオレッタの方を見た。
「あの」
「何か」
 だが彼女は素知らぬ顔でフローラに顔を向けてきた。とりあえず動揺した顔は彼女には見せなかった。それを見てフローラもそれ以上言おうとはしなかった。
「いえ、何も」
「そうですか」
 アルフレードはその間にも勝ち続けていた。そしてシニカルに笑い続けていた。
「人間とは欲しいものは手に入らないものなんだね」
「お金は欲しくはないのかい?」
「最初は欲しかったさ」
 彼は言った。
「けれどもっと欲しいものがあったんだ」
「それは?」
「恋さ」
 ヴィオレッタの方をチラリと見て言う。
「不実な人の恋をね。不実な人にそんなものがあるのかどうかは疑問だけれど」
「浮気女にでも恋をしたのかい?」
 事情を知らない客の一人がこう尋ねてきた。
「その通りさ」
(私のこと)
 ヴィオレッタはそれを聞いてまた顔が青くなるのを感じていた。
(わざと言っているのね)
 その通りであった。アルフレードはなおも言う。
「そんなものに全てを捧げるのはね。馬鹿なことだと気付いたんだよ」
「それでここに来たのだね」
「そういうことさ。浮気女にはそれ相応の報いを与えてやる」
「それがいい」
 その事情を知らない客がまた言った。
「不実な女には思い知らせてやれ」
「そうするとしよう」
(何をする気だ」
 それを聞いたフローラと男爵は不吉なものを感じた。そしてヴィオレッタを気遣わざるにはいられなかった。
「男爵」
 フローラは男爵に声をかけてきた。
「わかっております」
 男爵はそれに頷いた。そして静かにカードのテーブルのところにやって来た。そして言った。
「あの」
「あっ、男爵」
「これはようこそ」
 客達は彼が参加するものと思い早速席を一つ作った。
「男爵もどうですか」
「確かお好きでしたよね」
「ええ」
 彼はあえてにこやかな笑みを作りながらそれに応じた。
「それでは御一緒させて頂いて宜しいですかな」
「どうぞ」
「共に楽しみましょう。ポーカーで宜しいですね」
「はい」
 彼は答えながらもその心はポーカーには向けられてはいなかった。アルフレードに向けていた。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧