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椿姫

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第三幕その一


第三幕その一

                    第三幕 夜会
 パリの夜は長い。そして華やかである。それはかつて貴族達が繁栄を謳歌していた頃からであり今もそうであった。それはこのフローラの屋敷においてもそうであった。
 みらびやかな屋敷であった。豪華な色とりどりの装飾が部屋や廊下を飾り宴の部屋は天井に豪奢なシャンデリラがあった。そしてその周りには天使達の絵が描かれている。その何処か中性的な顔で下を見下ろしている。まるで宴を見守るかのように。
 壁にもまた絵が描かれていた。それは宴を謳歌するローマ貴族達の絵であった。寝そべり、風変わりな食べ物を口にする貴族達。彼等は今の宴を当時のローマ貴族達になぞらえているのであろうか。
 確かにそこには繁栄があった。楽しく、優雅であった。
 だが同時に空虚であった。何時終わるかわからない宴。それが夜の世界の宴であったのだ。
 それを現わすかのようにこの宴の間には賭博用のテーブルが存在した。そこにはカードが置かれている。その隣には食事や酒が置かれたテーブルがある。食事自体は軽食がメインであったが酒は多かった。これがこの宴の性格を如実に現わしていた。そこに正装した紳士淑女達がいた。彼等はそれぞれ宴を楽しんでいた。まるで花に集まる蜂や蝶の様に。
「皆さん」
 屋敷の主であるフローラが言った。
「楽しんで頂いているでしょうか」
「勿論です」
 彼等は皆そう答えた。
「今宵は尽きることのない憂いを晴らしましょう。そして束の間の楽しみを」
「永遠のものとしましょう」
 それにガストーネが応えた。
「ええ」
 客達はそれに頷いた。そしてフローラは宴の中に入って行った。
「ところで」
「はい」
 フローラはガストーネの言葉に顔を向けた。
「今宵の宴にヴィオレッタとアルフレードを招待したそうですが」
「ええ、それが何か」
「これは聞いた話ですが」
 ガストーネはそう前置きをしたうえで言った。
「あの二人は別れたそうです」
「まさか」
 だがフローラはそれを聞いても信じようとはしなかった。
「昨日二人の家に言ったのですけれど」
 側にいた客の一人が言った。
「物凄く仲がよかったですよ。はたから見ても羨ましい程」
「あくまで聞いた話ですが」
「しかし」
 それでも彼等は何か信じ難かった。
「あの二人に限って」
「まあそれはすぐわかることでしょう」
 ガストーネはこう言った。彼等の後ろでは催しがはじまっていた。
「星に願いを計れば」
 ジプシーに扮した若い娘達が歌いながら踊っていた。
「どんなことでもわかりましょう。未来も何もかも」
「そう、未来ですな」
 ガストーネはそのジプシーの歌に応えるかのように言った。
「もうすぐわかる未来です、全ては」
「それはそうですが」
「全てはヴェールに覆われていても」
 ジプシー達の歌は続いていた。
「神は全てを御存知なのです」
 そう歌いながらその場から去って行く。そして後から今度は闘牛士が姿を現わした。
「ほう、マタドールですか」
「ええ」
 フローラはガストーネの言葉ににこりと笑って頷いた。
「趣きを変えまして」
「我等ははるばるマドリードから来ました」
「何の為に」
 客達は歌い踊るマタドール達に対して問うた。
「騒ぎを楽しむ為に。パリは素晴らしいところと聞きましたので」
「確かにその通りです」
 彼等はそれを認めた。
「その楽しさに心打たれてお話したいことがあります」
「それは一体」
「我々の恋のことです。我々は今まで恋をしてきました」
「どのような恋を」
「スペインの情熱的な娘達を。この娘達は言ったのです」
「何と」
「一日で五頭の牛を倒して欲しいと。もしそれができたならば妻になると」
「それはまた凄いお話で」
「そして我々はやりました。それぞれ一日で五頭の牛を倒しました。そして娘達を妻としました」
「それは素晴らしい」
 素直に賛辞の言葉を贈った。
「それが闘牛士なのか」
「そう、闘牛士は愛と戦いを好むもの」
 彼等はそう歌った。
「他にも楽しむものがあります」
「それは何ですかな」
「酒です」
 彼等はニコリと笑ってこう言った。
「そしてカードを。これから如何でしょうか」
「是非共」
 客達はそれに頷いた。
「それでは御一緒に」
「はい」
 こうして客達はマタドール達と共にカードと酒に入って行った。先程のジプシー達も出て来てそれに加わる。正装の紳士や淑女と風変わりだがみらびやかな服の者達が混ざり合う。そして彼等は共に楽しむのであった。
 
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