最期の祈り(Fate/Zero)
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無題
前書き
お久しぶりです。何とか仕上がりましたよ。
鮮血を垂らしたような紅い夕日が差し込む保健室の中、ただ静かに寝息をたてる二人がいた。セシリア・オルコット、凰鈴音。2日と少し前、彼女達はラウラ・ボーデヴィッヒという純然たる力の前に敗北した。彼女達はただ守りたかっただけだ。自分の愛しい男を。ただ貶され、彼にその刄が向けられるのを座して見ていることは出来なかった。その想いは人として当然のもので、尊い。だが、それで何かを守れる訳では無い。往々にして、正しいものこそ、圧倒的暴力の前に敗北するものだ。
――正義で世界は救えない――
嘗てある男が洩らした、嘆きとも取れる独白だ。
――あぁ、正義で世界が救えたらどれほどいいのだろうか――
その男は、たくさんの人を救うため、多くの命をないがしろにした。人の尊厳すら泥をつけて踏みにじり、ゴミの様に扱う事もあった。そうしなければ、守れない命があった。そうまでして、救いたい命があった。だが、人を救うため人を殺す、そんな事を是とした事は――是と言えた事は一度も無かった。その残酷を受け入れよう。許容もしよう。しかし、それは必要悪であり、何処までもいっても悪でしか無い。だから、断じて悪を許容し、身をおとす自分を赦さなかった。綺麗事では終わらない、しかし、綺麗事で全てが救われるなら、そこには命を賭ける価値がある。要するに、彼は誰よりも正義に憧れ、羨望し、嫉妬し、絶望したのだ。
だが、どれほど其を嫌い、貶そうとも、男はその貴さを否定する事は出来なかった。だって、そんな奇跡を誰より追い求めたのも、男だったから……
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「切嗣、お願いだから少しは休んで……」
切嗣がセシリアと鈴の病室で看病し続けて62時間が経過しようとしていた。空の支配者が闇に変わって久しい。時計の針も、丑三つ時を指している。
「……いや、未だ大丈夫だ」
椅子に座り込む切嗣の顔色に陰りは無い。が、シャルロットには無理を押し隠しているようにしか見えなかった。
「切嗣が良くても僕が心配なの!」
そんな切嗣に対し、珍しくシャルロットが怒鳴る様に声を挙げた。しかし、切嗣の態度は一向に変わらない。
「今回のラウラ・ボーデヴィッヒの行動は異常に過ぎる……予測できる範疇を大幅に超えている」
確かに、今回切嗣のアクションが少し遅れていれば、二人は死んでいてもおかしくなかった。
「なら、最大限の注意と警戒を払うべきだろ?」
「それでも切嗣がずっと付き添う必要なんて――」
「悪いが、仮にラウラが襲ってきた場合、対処出来る人間は限られている。アレはISに乗らなくても強い。純粋な肉弾戦で彼女に対抗出来るのは織斑先生くらいだろう」
だが、肝心の千冬は今大会の総括責任者で一部の生徒に対し付きっきりで居るわけにはいかない。そうなると、ラウラを確実に退けられる人間は彼しかいなくなる。
「解ってる……そのくらい解ってるよ……けどっ」
彼女の頬を一滴の涙が伝った。
「切嗣が、心配で……」
セシリア達の状態は、大分回復に向かいつつあった。今は寝ているが、昼などは起きて、病人食に文句を言えるだけの気力がある。……しかし、彼女達のISは修復が完了せず、彼女達自身、普通の生活を送れる程には回復していない。今誰かに襲われたら、為す術は無い。切嗣が護衛につくのは、当然と言えば当然だった。そんな道理はシャルロットも解っている。しかし、そんな道理が受け入れられないのも事実だ。そんな役目が、何故自分が好意を寄せている男にまわるのか……。何故、大切な――大好きな人がずっと傍にいないのか。
「……ごめん。心配させたみたいだね」
シャルロットの涙を見た瞬間、漸く自分が蔑ろにしようとしたものに気付いたねか、切嗣は謝罪の言葉を口にした。
「だけど、それでも誰かが二人を見ておかないといけないんだ」
あぁ、なんと酷い人なのだろうか。自分に想いを寄せてくれているヒトの言葉を酌みつつも、それでも他の女の為に意思を貫く非道。
方法論としては、二人を護衛するのではなく、ラウラを監視するなり何なりすると言う手もある。しかし、切嗣はその案を破棄する。
『確実では無い』
別に二人をラウラから守るのは割合難しくない。ただし、それは敵をラウラのみとした場合だけだ。
――過去に、セシリアも鈴音も謎の敵に襲われている。セシリアは呪いの泥、鈴音は無人IS。共通点はどちらも黒幕が掴めていないという一点。仮に敵の狙いが二人の命なら、学園より安全な場所は無くなる。それも、泥に唯一対処出来る切嗣の側を除いて。だから、切嗣はセシリア達の傍にいる。事情を知っていれば理解は出来よう、だが、知らなければ他の女の傍にいる口実に聞こえなくも無い。故に、其を知らせるか切嗣を悩ませる。
(どうする……?ある程度の事情はシャルに話しておくべきか……だが、それは彼女も完全に巻き込むことになる)
それは、避けたい事態だ。いや、
「もう、遅いか……」
既に、シャルロットは切嗣と多くを共有し過ぎている。寧ろ、無知であることは危険だ。
(くそっ……)
心の中で吐き捨てる。甘くなっている。人としての喜びに浸り過ぎたと。以前の彼なら機械的にメリットとデメリットを嗅ぎ分け、感情を交えず判断を下した筈だ。今の自分はどうだ?
「……解った。少し事情を話す」
甘くなったとしか言いようがない。
…………
結局切嗣は、自分の秘密に関わりそうな部分は上手く誤魔化し、フェイタルな情報以外をシャルロットに話した。しかしその間も、中から沸き上がる罪悪感に苛まされ、まともにシャルロットの顔を見れなかった。
――謝りたかった。巻き込んでしまって、ごめん。そう一言、告げたかった。
確かにこれは衛宮切嗣では無い。自身すらを機械の様に扱う嘗ての彼からは考えられない愚だ。
……しかし、確かに紛れも無く『衛宮切嗣』だ。心の奥底に眠る、刃物の様に鋭い良心が――人として誰もが持つ心が、彼を苦しめる。何故、大切な――シャルロットを危険に晒すのか……
彼は機械なんかじゃない、人なのだ。他者の痛みすら、我が事の様に解し嘆く人なのだ。どうして、シャルロットが自分の手で危険に晒されるのを許容出来ようか?
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「そう、だったんだ……」
粗方の事情を語り終えた末、シャルロットは漸く納得の意を示した。
「……だから、こうする以外無いんだ」
鉄仮面を被ったまま、切嗣は話を締めくくった。
――嫌いだ。僕は、切嗣のこの顔が大嫌いだ――
しかし納得したとは言え、シャルロットは未だ不服だった。目には見えないが、切嗣は疲労を押し隠しているのが解ったからだ。いや、疲労だけでは無い。
――感情を消し、全てを硬く冷たい殻の中に封ずる彼が嫌いだ――
「ねえ、切嗣。事情は解ったけど、少しは休んで」
なら、僕は硬い殻を破ろう。
「とは言っても、何が起こるか解らない訳だし……」
切嗣にとって、一瞬は命取りだ。一瞬も有れば、彼なら危機を脱する事が出来る。だが、事後の事に関しては、限り無く無力だ。彼が寝ている時を狙い、呪いの泥を降らせる事も可能だ。
「じゃあ、ずっと不眠不休でセシリア達の傍に居るつもり?」
「……一応、休みは入れている」
恥じ入る様に、言葉が弾かれた。
それは、事実だが正しくない。もし、切嗣の最近の生活を知ったら、医者が激怒するだろう。そんな生活を送っていたのだ。そんな生活を見せられていたのだ。
――まるで、擦り切れた心を、無理に嗣いだみたいだ――
だから、
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シャルロットが彼を押し倒すのに苦はなかった。
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ドスンと、二人分の体重を受け止めた床が悲鳴をあげた。幸い椅子は床に固定されていたので、倒れて大きな音を出すことは無かった。
だが、それ以上の衝撃が切嗣を襲った。正面を向けば、金髪の可愛らしい女の子が自分に覆い被さる様に跨がっている。
「普段の切嗣なら、こんなにも簡単に押し倒されなかったよ……」
状況とは裏腹に、甘い吐息が切嗣の顔にかかり、脳を麻痺させる。
「そんな状態で、誰かを守れるの……?」
問われる間でも無い。無理だ。まさかシャルロットがこんな行動をとるとは予想出来なかった、という事を指し引いても、今の切嗣は余りに脆かった。肉体面もそうだが、何より彼の心が押し潰されそうだったから……
もう、以前の衛宮切嗣には戻れない。最愛の妻を犠牲にしてまで、何も得られなかった彼には、以前の鉄の心は宿らない。
――それほど迄に、彼は傷だらけだった――
今、シャルロットが切嗣をどうこうするのは赤子の手を捻るより容易い。その口を自身の口で覆うことも、喉笛を噛みきる事も容易い。傷だらけのまま誰にも悟らせず、ただがむしゃらに手を伸ばし続けた愚者が切嗣だ。
そんな大馬鹿者を愛してしまったのが、シャルロットだった。
「切嗣がどんな過去を背負っているかは解らない。もしかしたら、昔好きだった人が居たかも知れない」
切嗣が何らかの過去を背負っているのは、薄々勘づいていた。ただ、あまり触れて欲しくは無さそうだったし、軽々しく触れて良さそうな物でも無かったので何も言わなかった。
だが、今は違う。彼と一緒にい、自分の殻を破ると誓ったのだ。
――恐らく、切嗣は自分から誰かに想いを告げる事も無ければ、受け入れる事も無いだろう。それは、一種の防衛反応であり贖罪だ。幸せを享受すればするほど、過去の罪を意識させられ、彼の心をやすりで削っていく。
思えば、彼に安寧の地など約束されていなかった。目の前に居る少女と祭りを楽しんだ時でさえ、彼の言いも為し得ない部位を、罪悪感という名の凶器がじわじわ彼を傷みつけたのだ。そもそも切嗣は自分が救済に値する人物だとも思っていない。別に、悲劇のヒーローを語る訳では無い。彼も表面的には救済を望んでいる。だが、無意識的に幸福を拒む自我があった。自分の行動を鑑みるなら、あの火事の中、たった一人の子供を救えただけでも過ぎたものだと。これ以上の何を望み得ようか、と。そう諦めていた。
全ての幸福や優しさを退け、ただ一人棘の中をあてどなくさ迷う。そんな楽園とは程遠い地獄こそが、彼に唯一用意された安寧の地なのだから。
そんな彼を救う方法など、限られている。奪い、支えるのみ。
「んぐっ!?」
切嗣の唇をシャルロットの口が覆った。
ん……
そのまま、彼女の舌が切嗣の舌に絡み付く。
抵抗は、出来なかった。
ただ、シャルロットは自分の想い通りに行動した。彼の舌を弄ぶ様に嘗め回し、ただその行為に没頭した。
一分程たったのち、呼吸をするためシャルロットが口を離した。漸く切嗣が言葉を話す。
「し、シャル……!?」
いや、動揺していて思考が追い付いていない。
切嗣はそういった色事と無縁だったかと言えば、そうではない。アイリスフィールを始め、舞弥とも口を付けあったことはある。慣れていると言えば、慣れている。
だが、シャルロットとのそれは、何かが違った。舞弥とも違う。アイリスフィールとですら、何かが違う。……いや、そうではない。切嗣はこの感覚に覚えがあった。そう、彼女と共に戦った最期の2週間……
しかし、彼の思考はシャルロットの二度目の接吻でうやむやになった。
――ねえ、切嗣。約束して――
シャルロットの手が、彼を地面に押さえ付ける。
――今度の闘い、僕が勝ったら――
強引に口を開けさせ、舌を再度入れる。
――解っているよね。其までは我慢してあげる。だから――
今の二人を見るものはいない。セシリアと鈴音はベッドに伏し、月すらもその光を雲に隠し、彼らを闇夜の静寂に浮き上がらせる。そこから何があったかは知る由が無い。だが、一つ確かな事がある。
時は跳んで今、衛宮切嗣は傍に布仏本音を控え、シャルロット・デュノアと黒い死神――ラウラ・ボーデヴィッヒを相手にしている。
ただ、それだけだ。
後書き
投稿が遅れてすみません。一応次話は、5日前に出来てはいたのですが、あまり面白くなかったので、ボツって書き直していました。R-15には収まっている筈……
次回はラウラ戦です。切嗣のIS完全に公開します。お楽しみに。
追記
この作品作る上で今世紀最大のミスをやってしまいました(笑)
これは修正されていますが、気になる人はメッセージの方で訊いて下さい。お教えします(笑)
後、感想。全力で待っています。他の方が書かれる通り、感想は作者の糧です。やはり、感想が書かれたら嬉しい物です。(※要約、感想下さい)
……(^。^;)(苦笑)
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