好き勝手に生きる!
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第二十一話「男の過去なぞ根掘り葉掘り聞くものではない」
前書き
思いのほか好評で驚き。
「さあ、どういうことなのか説明して頂戴。今日こそは洗いざらい話してもらうわよ!」
現在、私たちはオカルト研究部に集まっていた。ゲームは私たちの勝利という形で終わり、リアスの婚約も破棄された。
ソファーにも座らず立ったリアスは腕を組んでとある男性睨んでいる。その男性はソファーに腰掛けて目を瞑り、優雅に紅茶を飲んでいた。
ダークブラウンの短髪に青色の瞳をしたその男性はリアスの声に片目を開ける。
「静かに。話はするさ。する気が無かったら俺はここにいない」
落ち着いた低い声。私はその声を一度、耳にした記憶がある。
やはり、彼が――
「では確認だけど、貴方は本当に姫咲レイなのね?」
リアスの声に沈みかけていた思考が浮き上がる。いけない、今はこちらに集中しないと。
「その問いは是だ。あのときにも言ったが、俺は姫咲レイだよ。まあ、君たちの中では姫咲レイといったら“あの時の俺”だろうから、理解しがたいだろうが」
「その割には別人のように見えるけど」
「この身体のことを指すなら、これは俺の昔の身体だ。姿形は自由に変えられるのでね。この精神状態になるとどうしても当時の身体が引っ張られてしまう」
彼はカップをテーブルに置くと改めて私たちを見渡した。
「大方、君たちが訊きたい内容は『俺が何者なのか』、『俺の力』、『この姿と精神状態について』、『サーゼクス・ルシファーとの関係』といったところか?」
その問いに私たちは揃って頷いた。やはり改めて訊いても彼が“あのレイくん”と同一人物度とは思いにくい。それほどまでに外面的、内面的な変化の差が激しかった。
「……わかった。全てというわけにはいかないが、ある程度、俺について話そうか」
彼が指を鳴らすと飲み終わったカップの中から紅茶が湧き出した。……手品のようですわね。
「俺が何者か、これは俺は俺としか言いようがないな。まあ元人間とでも言っておこう」
「元人間ってどういうことだ?」
イッセーくんが怪訝そうに訊く。木場くんたちも身を乗り出して興味深そうに聞いていた。今まで何一つ自分のことを話そうとしなかったのですもの、当然興味があるに決まっていますわ。私も一言一句聞き逃さないつもりで耳を傾ける。
「人としてのかつての俺の夢は『最強』を目指すことだった。人の身でどこまで高みを目指せるか。その高みに何があるのかを知りたかった。そのために俺は体を鍛え、体術を修め、魔術を極めた。全ては夢のために」
紅茶で喉を潤した彼は目を細めて窓から外を眺めた。人間だった頃に思いを馳せているのでしょうか。
「そして、俺はついに高みに上り詰めた。世界最強とまで言われたな。だが、高みから見下ろした景色は色褪せて見えたよ。上り詰めても何もない、あるのは『最強』という座と虚無だけ。夢を実現させた俺のそれからの日々は退屈だった。
人生の全てを夢の実現に費やしていたからな。それが達成した時、生きる意味を失ったとでも言うか、それに等しいくらいの虚無感が日々の生活に付きまとっていた」
再び、紅茶で喉を潤す。普段の彼を知る私たちにとって、彼の話す内容は驚愕の一言に尽きた。生きる意味を失うというほどの虚無感、それを想像することしかできず、共感できないのがもどかしい。
「しかしある日、ふと俺は思いついた。この世界ではない世界、今ではない時代なら、俺に新たな目標を――夢を見させてくれるのではないかと。この考えに至った俺はとある魔術を完成させた。それが俺の力の源、原点だ。名を『虚構と現実の境界線』という。俺は縮めて『虚現』と言っているがな。
こいつは魔術の到達点の一つだ、秘奥中の秘奥。その力は『虚構を現実に現実を虚構に変える』。この魔術で俺は世界という枠から外れ色々な異世界を渡った。自身の寿命を虚構に変えてな。だから俺はもはや人間とは呼べない存在となっている。骨の髄――いや、魂の髄まで魔術に浸してあるからな。いわば、俺自身が魔術と言ってもいいかもしれん」
言葉が無かった。彼自身が、魔術……? けれど、それなら彼が不死身なのも、転移魔方陣なしで転移することも、どこからともなく炎を出したのも、全て説明がつく。
「まあ、俺が何者なのかと力に関してはこのくらいでいいだろう。さて、次は今の俺の姿と精神状態か」
それも気になるところですね。いえ、私的にはこちらの方が気になります。固唾を呑んで見守っていると、彼がふと微笑んだ。
「――なにをそんなに緊張しているんだ君たちは。これでも飲んで肩の力を抜け」
彼が再び指を鳴らすと私たちのテーブルの前に紅茶の入ったカップがどこからともなく現れた。これもその『虚現』という力によるものですか。確かに便利ですわね。
「……美味しい」
一口飲んだ小猫ちゃんが思わずといったように感想を零す。それを聞いた彼は嬉しそうに笑った。その笑みに思わず胸が高鳴る。
「それは良かった。では、肩の力も抜けたところで話を進めるかな。――さて、俺の今のこの姿および精神は先程説明した通り、昔のものだ。もう一万年も前の姿だがな」
「一万年!? お前って何歳なんだよ?」
「ん? そうだな……正確な年齢は覚えてないが、ざっと三万歳くらいか?」
イッセーくんが驚く。私たちも彼の年齢を聞いて目を見張った。話の内容から高齢とは思っていましたが、三万歳……。
「まあ、その内の一万は寝ていたがな……。っと、そんなことより話を戻すぞ。当時の俺と今の俺とでは見ての通り性格に落差がある。何が切っ掛けでそうなったかは忘れたがな。君たちも知っての通り、今の俺は少々、精神的にも幼稚なところが見受けられるだろう。今回の婚約騒動のようになにか重大な出来事があった際に茶々を入れ兼ねない。そう思った俺はこれを用意した」
そう言って懐から取り出したのは一つの小瓶。中には液体が入っていた。
「これは『反転浸酒』という。これを飲めば一万年前の昔の俺――まあ今の俺だな――の精神と入れ替わることが出来る」
「精神ですか、人格ではなくて?」
今の彼を見ていると人格が入れ替わったかのように見えるのですが。
「そう、あくまで精神だ。今の俺の精神的に幼稚な部位は性格が反映している。面白いことを第一に考えているからな、頭では判ってはいるが、あえて空気を読まずどうしてもかき回したくなるんだ。記憶や思考回路といった面は今の俺も昔の俺も変わらない。共有しているといった方がイメージがつくかな?」
なるほど、それで……。それにしても今と昔ではこんなにも違うのですね。
どこか考え深い気持ちで彼を見ていると、視線が合った。
「ちなみに、この『反転浸酒』を再び造った切っ掛けは姉さんが原因だ」
「私、ですか?」
「そうだ。姉さんに対して並みならぬ好意を寄せているからな。ゲームで姉さんに喜んでほしくて造ったんだ」
「そ、そうですか」
顔が赤くなるのが自分でも分かる。今の彼にはっきりと好意を寄せていると言われるだなんて。それに『姉さん』と呼ばれると、す、少し照れますわね。
リアスが隣でニヤついた笑みを向けてきたのが頭にチラついた。
「で、最後にサーゼクスとの関係だったな。友人だ。以上」
一言で終わらせた彼はもう話すことは無いとばかりに目を瞑って紅茶を飲み始めた。
「って、友人の一言じゃわからないでしょう! もっと詳しく説明しなさい!」
「ん? 詳しくと言っても友人以上に適切な言葉が見当たらないが」
「そうではなくて、いつ知り合ったとか、どこで知り合ったとか、どうして友人になったとか、色々あるでしょ!」
「ああ、そういうことか。いつ知り合ったかというのは……いつだったかな? かなり昔だったとだけ記憶している。どこで知り合ったかというのは、冥界でだな。どうやって友人になったかというのは話していたら意気投合して気が付いたら友の関係に」
淡々と述べる。確かに性格は違うのでしょうが、彼は間違いなく彼ですわね。リアスも同じ印象を受けたのか額に手を当てていた。
「貴方がレイということはよく分かったわ」
「そうか? それはなによりだ。それで、他になにか質問はあるか? 答えられる範囲でなら答えるぞ」
イッセーくんが手をあげる。
「レイが使うその『虚現』ってのは、どこまでが有効なんだ? 例えば時間を止めたり、生き返らせたりはできるのか?」
「ふむ。時間を止めるというのは範囲を限定すれば可能だな。しかし、生物の蘇生や創造は出来ない。俺の魔術は言ってみれば世界という相手を騙し、誤認させるものだ。致命傷を無かったことにすることや、存在しないはずの物を造り出すことは出来ても、一度死んだ命を生き返らせたり、生み出すことは出来ない。世界の理に反した行動だからな、流石に騙しきれん。これに逆らおうものなら俺は異分子ということで消滅させられるだろう」
彼の魔術にそんな秘密があったのですか。確かに命を創るなどの行為は個人としての能力を越えますわね。しかし、それを差し引いてもその力はあまりに強大ですわ。
「他に質問はあるか? …………無いようなら俺はこれで失礼させてもらうぞ」
彼が立ち上がる。それを見た私は慌てて止めようとするが、
「ちょっと待ちなさいレイ。朱乃から大切な話があるそうよ。邪魔になるだろうから私たちは少し外に出ていましょう」
リアスがイッセーくんたちを引き連れて外に出る。突然の行動に唖然としていると、小さく「今回だけよ……頑張りなさい」との声が。
――もう、リアスったら。……感謝しますわ。
「ふむ? よく分からんが、話があるなら聞こうか」
再びソファーに座る。その目は真っ直ぐ私を射抜いていた。
――そういえば、二人きりなのですね。
室内には自分と彼しかいないのだと改めて認識した私は高鳴る動悸を抑えながら、口を開いた。
「……十三年前のことを覚えていますか?」
「十三年前?」
「はい。十三年前の夏、とある神社で一人の女の子と女性を助けたことを、覚えていますか?」「神社、女の子……?」
顎に手を当てて考え込む彼を固唾を呑んで見守る。出来ることなら覚えていてほしい。思い出してほしい。
「………………ああ。そういえば、堕天使に襲われていた女性と女の子を助けたことがあったな。もしかして――」
覚えていてくれた! 零れそうになる涙を堪えながら笑顔で頷く。
「はい、私があの時の子供です。一言、お礼を言いたかった……」
ダメだ、やはり堪えきれない。
私はポロポロと涙を溢しながら頭を下げた。万感の想いを込めて。
「あの時は、ありがとうございます」
――助けて下さってありがとうございます。
――家族を救って下さってありがとうございます。
――出会って下さって、ありがとうございます。
「気にするな。ただ偶然通り掛かっただけに過ぎない。ただの気紛れだ」
そう言うと彼はそっぽを向いた。
ふふっ、照れているのですね。こういった所は私のよく知るレイくんと同じですわね。
滅多に照れることがないレイくんも照れるとそっぽを向く。そういった仕草がまた母性本能を擽られるのだけど。
「――? どうした?」
席を変えて彼の隣に座る。きょとんとした目がなんだか可笑しかった。
――私はレイ(彼)くんが好きだ。
それは弟に対する家族愛だけれど、最近は男性としても意識をし始めている。けれど、相手は血が繋がっていないとはいえ弟。しかも本来は中学生の十五歳。異性として好きになっていいのだろうかと悩んだこともあった。
子供っぽい言動が目立つけれど、とても友達想いなのを私は知っている。
レイ君の笑顔を見ると胸が温かくなる。時々、どこか遠くを眺めるような目を見ると胸がキュッと締め付けられる。
そんなレイくんが、初恋のあの彼と同一人物なのだと知った。
嬉しかった。泣きたくなるほど嬉しかった。
もう自分に嘘は付けない。この思いが向かうまま、自分の気持ちに正直でいよう。
「ねえ、レイくん。レイくんは私が好き?」
「好きだが? ……この話、前にもした気がするな」
好きだと言ってくれた、その言葉が私の胸を高鳴らせる。
以前のレイくんは私と小猫ちゃんを姉として、友人として好きだと言っていた。この“好き”という言葉も異性愛ではなく家族愛からくるもの。
「……構いませんわ。必ず振り向かせてみせます」
「――?」
首を傾げる彼の腕を抱え密着する。この胸の鼓動が伝わるように。
レイくんに気がある女の子は見たところ小猫ちゃんだけ。リアスも最近妖しいから注意したほうがいいでしょうね。アーシアちゃんはイッセーくんに首ったけだから、こちらはノーマークでも大丈夫でしょう。
「負けませんわ」
――私は彼が好きなのだから。
後書き
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