失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】
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原作開始【第一巻相当】
第十七話「修業開始」
「ほぅ、良い目をする……」
「え?」
「いや、なんでもない」
怪訝な顔をする青野に頭を振り、改めて説明する。
「さて、青野には一カ月で自衛手段を身に付けてもらう」
「一カ月!?」
素っ頓狂な声を上げる青野に頷く。
「そう、一カ月だ。ただし、外の世界で換算するとだ」
「外の世界?」
「この魔方陣の先は異世界に繋がっている。――ああ、異世界だと聞いて驚くのは分かるが、今は難しく考えるな。そういうものだとそのまま受け止めろ。でだ、その世界とこちらの世界とでは若干時間軸にズレがあってな。簡単に説明すると、こちらの一月が向こうの一年に相当するんだ」
目を白黒させる青野に簡略的に説明する。要はその時間軸のズレを活かし、一月の間に一年の濃密な修業を行ってもらうという話だ。
転移先の世界は六つあり、今回は比較的危険が少ない場所。青野でも問題ないレベルだ。
「とはいえ、青野も学生の身。学園には通い続けてもらう。十二日周期で一旦修業を切り上げてこっちに戻り学園に直行。授業が終わったら再び修業の日々だ。このサイクルを一年間続けてもらおう」
「あの、衣食住とかは?」
「それも心配ない。向こうに別荘がある。生活空間も整えてあるし、食糧も五年分はある。ちなみに向こうは無人だ」
「え? 人いないんですか?」
「ああ、現状確認されていない。人はな。……話もここまでにして行くか」
魔方陣の中央に青野が乗るのを家訓した俺は魔力を流し、術式を起動させる。魔力に反応し魔方陣が青白い光を放った。
一瞬の浮遊感。
いつの間にか閉じていた目を開けると、俺たちは鬱蒼と茂る森の中に突っ立っていた。
太陽は真上に昇り、木々の隙間から差し込む光が木漏れ日となって降り注ぐ。
都会では味わえない新鮮な空気が肺胞を満たした。
「すごい……ここが、異世界……?」
「こっちだ」
呆然と周囲を見回している青野に声を掛けて先に進む。
五十メートル程離れた距離に一軒のログハウスがある。ここが今日から青野が住む家だ。
二階建てであり中は吹き抜け式。一階がリビングとキッチン、個室が四部屋、トイレ、風呂場。二階には個室が五部屋、バルコニーとなっている。
「この家にある物は自由に使ってくれて構わない。さっきも言った通り、食料も五年分あるから好きに使ってくれ。聞くが、自炊は?」
「えっと、一応最低限は……」
「なら大丈夫だな。先生も色々と用事があるから、つきっきりで手取り足取りというわけにはいかないが……まあ、そこのところも話しておこう」
リビングに出てテーブルに着くように促す。ハクはいつの間にか器用にも肩の上で眠っていた。陽気な日差しに中てられたか?
「俺が青野に教えるのは戦い方だ」
「戦い方、ですか?」
今一つピンと来ていないのか首を傾げる青野。
「そうだ。青野は『力』と聞いたら何をイメージする?」
「えっ? ええっと、うーん……ぶわぁーっとしたやつ、とか?」
渋面で頻りに首を傾げてなんとかイメージしようとする。少し難しい課題だったかな。
「今一説明が足りていないが、言いたいことは伝わった。要するに無形のエネルギーのようなものを漠然と浮かべたな?」
「あっはい、そうです」
「なら、青野も『力』を持っていることになる」
「えっ、本当ですか!?」
見込みがあると思ったのか、目を輝かせる青野に目を細めた。
「ああ、本当だとも。ちなみに、生まれてすぐの赤ん坊も同様に『力』を持っていることになるな」
「ええっ!?」
――混乱しているな。流石に分かり難かったか。
すまんすまんと笑いながら改めて説明をすることにした。
「この世には魔力、妖力、気と呼ばれるエネルギーが存在する。生きとし生ける者にはこれらのどれかが生まれつき備わっているんだ。種族的に言うなら、人間だと気、妖だと妖力といった感じでな」
実際に視覚化できるまで圧縮した気を掌の上に浮かべる。
「これが気だ。気は人間なら誰もが持っている。質や量を除いてだがな。他にも動物や植物なんかにも気を宿しているな。これが妖だった場合、気は妖気となる。そして魔力は人間が有しているものだが、これがなかなか稀有なものでな。生まれつき魔力を持っている人間とそうでない人間がいるんだ」
ちなみにこれが魔力だ、ともう片方の手に件の魔力の塊を浮かべる。俺の気は青色なのに対して魔力は紅い色をしている。
ここまではいいか、と尋ねると困惑しながらもしっかりと頷き返してきた。
「よし、なら話を進めるぞ。青野も人間だから気は持っている。が、見たところ魔力は宿していないみたいだ」
「やっぱり……ちょっとは期待したんですけど」
目に見えて肩を落とし落胆の色を浮かべる。そんな青野に苦笑しつつ、慰めの言葉を掛けた。
「まあ、そう腐るな。人は生活するなかで気を認知するようなことはあまりない。ましてや認知した上で扱うとなると尚更な。青野にはこの気の使い方と、それを用いた戦闘術を教えようと思う」
「気を使った戦闘術……」
「そうだ。ドラゴンホールは知ってるよな?」
「あの漫画のですよね? 孫悟空が主人公の」
「そうそれ。似たようなことが出来るぞ。さすがに舞〇術や瞬間移動は出来ないけどな」
それを聞いた途端、目を見開いた青野は並ならぬ関心を抱いた。やはり男の子はすべからくドラゴンホールに憧れるのだろうか……。
「ええっ!? じ、じゃあ、か〇は〇波とか打てるんですか!?」
「おお、気弾としてな。だが、そこまで扱えるようになるには相当の修練が必要だ」
おぉぉぉ、と声にならない歓声を上げる。現金な奴だと苦笑した俺は
「さて、具体的なスケジュールを説明するぞ。青野に付き合ってられる時間はこちらの時間で一年しかない。だから少しハードな修業内容になるから覚悟するように」
「はいっ」
「ん、良い返事だ。さて、まずは基本中の基本、これが出来ないと話にならない気を認識するところから始めよう。これを一週間で行えるように。それが出来たら気を使ったとある技を教えるから、なるべく早期に覚えられるようになれ。ベストは五日だ」
緑豊かであるここは良質な気で満ちているから、自身の気を認識すること自体はそんなに難しくないはずだ。
青野を連れて外に出た俺はまず、定番の座禅を組ませるところから始めた。
† † †
「……」
木々に囲まれた緑の中。一本の大木の前で座禅を組んだ俺は先生に言われた通り瞑想を続けていた。
無心になって体のなかを廻る気の流れを感じ取れって先生は言っていたけど、これが結構難しい。まず無心を維持するのが大変だ。
俺は自分でも集中力が続かない方だと思う。いつも勉強をしていても数十分もすると雑念で思考が乱れ、息抜きと称してゲームや漫画を読む。そんなのだから成績はいつも中の中だったのだろうけど……。
そんな俺が一時間以上も心を無にするなんて、ましてやその状態で気の流れを読むなんてかなり難易度が高いと思う。
「ぬぐぐぐ……」
先生に修行をつけてもらって早三日。あれで先生も結構忙しい身らしく、頻繁に『外』に赴く。その間、先生のペットのハクが監視役として残るんだけど、いつも丸まって寝ているか毛繕いしているだけ。話しかけても機嫌が悪いのか素っ気ない態度を取られる始末だ。俺って嫌われてるのかなぁ……。
「だぁー! 全然だめだー!」
集中力が切れた俺は大きく息を吐いて大木に背中を預けた。気の流れなんてまったくと言っていいほど感じられないよ!
脱力する俺に離れたところで丸まっていたハクが小さく鼻を鳴らした。
「たかだか一時間も座禅することが出来ないなんて、根性のない人間ですね」
その小馬鹿にしたような言い方に思わずカチンときてしまった。
「なんで君にそこまで言われなくちゃいけないの? 君なんて先生に見といてって言われたのに、ただそこで寝転がっているだけじゃないか!」
「ちゃんと見てますよ。ただ、まったくと言っていいほど変化が無いから、少々飽き飽きしていただけです」
「ぐっ……」
悔しいけれどぐうの音が出ない。押し黙る俺にハクが溜め息をついた。
「はぁ……千夜もなんでこんな人間の面倒を見るんですか。大して取り柄のない人間の相手をしても時間の無駄なだけでしょうに」
「むぐぐぐぐぅぅ……っ、くそっ! 絶対に見返してやる!」
「どうぞ、精々頑張ってください」
澄ました顔のハクにむかっ腹を立てた俺は気炎を吐いた。
とはいえ、何かが劇的に変わるはずもなく、結局気を感じることが出来たのはそれから五日後のことだった。
† † †
「予定より一日オーバーしたか。まあ許容範囲内だろう」
いつものスーツ姿で現れた先生がボルヴィックの水を投げ渡しながら微笑んだ。肩を駆け上る小狐に先生が訊ねる。
「それでハクから見てどうだ? 青野は」
「ダメダメですね。根気も才能も無いようですし」
「相変わらず辛辣だな……。すまないな青野、気を悪くしないでくれ。この子も色々とあってな、人間に臆病なんだ。気長に接してやってくれないか?」
「う~ん……先生がそう言うなら」
腕を組んで難しそうな顔をする青野。どうやら俺がいない間に一悶着あったようだ。
「むっ、臆病とはなんですか臆病とは。なぜ私が人間ごときを相手に臆病にならなくてはいけないんですか! 私は臆病なんかじゃありません、人間が嫌いなだけです! ……貴方もなに流されて頷いてるんですか。私はあなたのような脆弱で気弱な人間なんかと仲良くするつもりはありませんからね!」
「なっ……人がせっかく歩み寄ろうと思ってたのに! ああいいさ! そっちがその気なら俺だって仲良くしないもんね!」
「「ふん!」」
――この子たち、意外と相性がいいのでは?
二人の様子に苦笑した俺は手を叩いて仲裁に入り、修業の続きへと移ることにした。
「気を知覚したら今度はコントロールだ。気というのは体内だけでなく大気中にも微量ながら存在している。今はまだ出来なくてもいいが、最終的には大気中の気も操れるようになれ」
「先生、実際にはどんなことが出来るんですか?」
「体内の気を操ることで主に身体能力の強化や耐久性および治癒力の向上が図れる。放出すれば気弾としても活用できる。このようにな」
二十メートルほど離れた場所にある木に向けて手を翳す。水を汲み取るイメージでもって、翳した掌に気を集め圧縮。これ繰り返すと瞬く間に拳大ほどの大きさの気弾が出来上がった。
青白い光を放つ気弾を放出すると、轟音を響かせて標的もろとも周囲を吹き飛ばした。
「え……えぇぇえええええ!?」
口をあんぐりと開けている青野を尻目に首を傾げる。
「ちょっと強かったか……。とまあ、やろうと思えばこんなこともできる。青野も早くできるといいな」
説明もこのくらいにして、早速やってみるか。一文は一見にしかり、一見は一行にしかり。
「まずは体内の気の流れを意識するんだ」
「はい!」
座禅を組むと言われた通りに己の内側の世界に潜る青野。その様子を背後で見守りながら言葉を続ける。
「通常、気というのは体内を血のように巡っている。が、中でも巡りの良いところと悪い所がある。まずは巡りの悪いところを自覚するんだ」
「……」
「気の巡りの悪いところと良いところは必ず存在する。個々によって感じ方は様々だが、何かしら感じ入るところがあるはずだ。血の流れを意識しろ。頭頂からつま先に至るまで隅々に違巡る図をイメージするんだ」
「……………………んん? これ、かな?」
眉根を寄せた青野が小首を傾げた。
「気の巡りが悪いのはどこだ?」
「……左足と……右のお腹辺りです」
自信なさ気に答える青野に一つ頷いた俺は次の指示を出す。
「気の巡りが良いところを探すんだ」
「…………左胸です」
「よし。では今度はそれらを均一にする。仮に巡りが良いところを十、悪いところを二としたら、これらをすべて満遍なく五にするんだ」
「どうすればいいんですか?」
「これも単にイメージがものをいう。イメージの内容は人それぞれだが、目的に沿ったものが好ましいな。水平線や水面などはセオリーだな」
このイメージは個人によって千差万別。知り合いの退魔師はロードローラーで地面を轢いている図を浮かべている者もいた。
ちなみに俺は海を想像した。深い夜を思わせる深夜の海で、海面が揺れている図だ。
青野は何を思い浮かべるのか。うんうん唸る生徒の頭を見下ろしながら、若干楽しみにしていたりする。
後書き
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