ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
白と黒
「ふぅ~ん……、そうゆーことだったんだ」
レンはそう言って、ゆっくりと煙を吐き出す。その手には、いつもの煙管。
「そうなんだよ!だから変なことを勘ぐるのはもう止めてくれ!」
キリトが必死の弁明を繰り返す。
始まりの街、東七区の教会一階の広間。
巨大な長テーブル二つに所狭しと並べられた大皿の卵やソーセジ、野菜サラダを、三十人の子供たちが盛大に騒ぎながらぱくついている。
少し離れた丸テーブルに、ユイ、マイ、サーシャという名らしい眼鏡の女性と一緒に座ったアスナは、我関せずとばかりに微笑しながらお茶のカップを口許に運んだ。
レンが一息つく。
「……まあ、事情は解かったけどね。一瞬本気でSAOの子作りシステムの有無について考えちゃったよ」
「考えなくていい………」
はあ、とキリトは盛大にため息をつく。その横では、アスナとサーシャがこちらのことはきっぱり無視して話し込んでいた。
「子供、好きなんですね」
アスナが言うと、サーシャは照れたように笑った。
「向こうでは、大学で教職課程取ってたんです。ほら、学級崩壊とか、問題になってたじゃないですか。子供たちを、私が導いてあげるんだーって、燃えてて。でもここに来て、あの子たちと暮らし始めてみると、見ると聞くとは大違いで……。彼らより、私のほうが頼って、支えられてる部分のほうが大きいと思います。でも、それでいいって言うか……。それが自然なことに思えるんです」
「何となくですけど、わかります」
アスナは頷いて、隣の椅子で真剣にスプーンを口に運ぶユイとマイの頭をそっと撫でた。
昨日、謎の発作を起こし倒れたユイは、幸い数分で目を覚ました。
だが、すぐに長距離を移動させたり転移ゲートを使わせたりする気にならなかったアスナは、サーシャの熱心な誘いもあり、教会の空き部屋を一晩借りることにしたのだった。
今朝からはユイの調子もいいようで、アスナとキリトはひとまず安心したのだが、しかし基本的な状況は変わっていない。かすかに戻ったらしきユイの記憶によれば、始まりの街に来たことはないようだったし、そもそも保護者と暮らしていた様子すらないのだ。となるとユイの記憶障害、幼児退行といった症状の原因も見当がつかないし、これ以上何をしていいのかもわからない。
そして、偶然ながらも居合わせたレン。そして、マイという真っ白な少女。
ユイとマイが姉妹、と言うことが判り、驚愕したが、同時にそんな血縁関係になる二人が別々の場所にいて、しかも片方は記憶を失っているのか。ユイが倒れる前に言った白い場所、というのも一致するが、そんな場所はキリトも、アスナも、レンの記憶にさえない。
謎は深まる一方だった。
だがアスナは、心の奥底では気持ちを固めていた。
これからずっと、ユイの記憶が戻る日まで、彼女といっしょに暮らそう。休暇が終わり、前線に戻る時が来ても、何か方法はあるはず───
ユイの髪を撫でながらアスナが物思いに耽っていると、キリトがカップを置き、話しはじめた。
「サーシャさん……」
「はい?」
「……軍のことなんですが。俺が知ってる限りじゃ、あの連中は専横が過ぎることはあっても治安維持には熱心だった。でも昨日見た奴等はまるで犯罪者だった……。いつから、ああなんです?」
サーシャは口許を引き締めると、答えた。
「そう昔のことじゃないです、『徴税』が始まったのは。軍が分裂してるな、って感じがし始めたのは半年くらい前からです……。恐喝まがいの行為をはじめた人達と、それを逆に取り締まる人達もいて。軍のメンバーどうして対立してる場面も何度も見ました。噂じゃ、上のほうで権力争いか何かあったみたいで……」
「うーん……。なにせメンバー数千人の巨大集団だからなぁ。一枚岩じゃないだろうけど……。でも昨日みたいなことが日常的に行われてるんだったら、放置はできないよな……」
そうぼやくキリトに、煙管を吹かし、綺麗な輪っかの煙を吐き出して子供達にウケているレンが言った。
「ねえ、キリトニーちゃん。現《六王》第三席としては、この事態どーするの?」
「今は一時脱退してるけど、まあいいや。………うーん、俺は入ってばっかだからよく解からないんだが……、アスナ」
「なに?」
「奴はこの状況を知ってるのか?」
奴、という言葉の嫌そうな響きでそれが誰を意味するか察したアスナは、笑みを噛み殺しながら言った。
「知ってる、んじゃないかな……。団長は軍の動向に詳しかったし。でもあの人、何て言うか、ハイレベルの攻略プレイヤー以外には興味なさそうなんだよね……。キリト君のこととかずっと昔からあれこれ聞かれたけど、オレンジギルドが暴れてるとかそんな話には知らんぷりだったし。多分、軍をどうこうするためにギルドを動かしたりとかはしないと思うよ」
「まあ、奴らしいと言えば言えるよな……。でも俺たちだけじゃ出来ることもたかが知れてるし、そもそも圏内じゃ暴れようもないしなぁ」
眉をしかめてお茶を啜るキリト。
その時レンが、若干目を細めてドアの向こうを見ながら言う。
「…誰か来るよ、一人」
「え……。またお客様かしら……」
サーシャの言葉に重なるように、館内に音高くノックの音が響いた。
腰に短剣を吊るしたサーシャと、念のためについていったキリトに伴われて食堂に入ってきたのは、長身の女性プレイヤーだった。
銀色の長い髪をポニーテールに束ね、怜悧という言葉がよく似合う、鋭く整った顔立ちのなかで、空色の瞳が印象的な光を放っている。
髪型、髪色、さらに瞳の色までも自由にカスタマイズできるSAOだが、もともとの素材が日本人であるため、このような強烈な色彩設定が似合うプレイヤーはかなり少ないと言える。アスナ自身も、かつて髪をチェリーピンクに染め、失意のうちにブラウンに戻したという人には言えない過去がある。
美人だなぁ、キリトくんこういう人が好みなのかなぁという穏やかならぬ第一印象ののち、改めて彼女の装備に視線を落としたアスナは、思わず体を固くして腰を浮かせた。
鉄灰色のケープに隠されているが、女性プレイヤーが身にまとう濃緑色の上着と大腿部がゆったりとふくらんだズボン、ステンレススチールふうに鈍く輝く金属鎧は、間違いなく「軍」のユニフォームだ。
右腰にショートソード、左腰にはぐるぐると巻かれた、黒革のウィップが吊るされている。
女性の身なりに気付いた子供たちも一斉に押し黙り、目に警戒の色を浮べて動きを止めている。だが、サーシャは子供たちに向かって笑いかけると、安心させるように言った。
「みんな、この方はだいじょうぶよ。食事を続けなさい」
一見頼り無さそうだが子供たちからは全幅の信頼を置かれているらしいサーシャの言葉に、皆ほっとしたように肩の力を抜き、すぐさま食堂に喧騒が戻った。
その中を丸テーブルまで歩いてきた女性プレイヤーは、サーシャから椅子を勧められると軽く一礼してそれに腰掛けた。
事情が飲み込めず、視線でキリトに問い掛けると、椅子に座った彼も首を傾げながらアスナに向かって言った。次いで、一応レンのほうも見てみるが、素知らぬ顔をして肩をすくめるだけ。
「ええと、この人はユリエールさん。どうやら俺たちに話しがあるらしいよ」
ユリエールと紹介された銀髪の鞭使いは、まっすぐな視線を一瞬アスナとレンに向けたあと、ぺこりと頭を下げて口を開いた。
「はじめまして、ユリエールです。ギルドALFに所属してます」
「ALF?」
初めて聞く名にアスナが問い返すと、女性は小さく首をすくめた。
「あ、すみません。アインクラッド解放軍、の略です。その名前はどうも苦手で……」
女性の声は、落ち着いた艶やかなアルトだった。常々自分の声が子供っぽいと思っているアスナはさらに穏やかでない気分になりながら、挨拶を返す。
「はじめまして。私はギルド血盟騎士団の──あ、いえ、今は脱退中なんですが、アスナと言います。この子はユイ」
「俺は、えぇと……この肩書き苦手なんだよな。………《六王》第三席のキリトです」
「僕はレンホウ。この子はマイ」
時間をかけてスープの皿を空にし、シトラスジュースに挑んでいる最中だったユイとマイのコンビは、ふいっと顔を上げるとユリエールを注視した。わずかに首を傾げて互いに顔を見合すが、すぐにニコリと笑い、視線を戻す。
ユリエールは、《六王》の名を聞くと、驚きにに目を見張った。
「な、なるほど《六王》の……。道理で連中が軽くあしらわれるわけだ」
連中、というのが昨日の暴行恐喝集団のことだと悟ったアスナは、ふたたび警戒心を強める。
レンは、そんなシリアスな空気などお構い無しにのんびりとした声で、ユリエールに声を掛ける。
「……つまり、おねーさんは昨日の件で抗議に来た、ってこと?」
「いやいや、とんでもない。その逆です、よくやってくれたとお礼を言いたいくらい」
「……?」
事情が飲み込めず首を傾げるキリトとアスナ、レンに向かって、ユリエールは姿勢を正して話しはじめた。
「今日は、お二人にお願いがあって来たのです。最初から、説明します。ALF……、軍というのは、昔からそんな名前だったわけじゃないんです……」
「軍が今の名前になったのは、かつてのサブリーダーで今の軍の実質的支配者、キバオウという男が実権を握ってからのことです……。最初はギルドMTDって名前で……、聞いたこと、ありませんか?」
アスナは覚えが無かったが、キリトは軽くうなずいて言った。
「MMOトゥデイだろう。SAO開始当時、日本最大のネットゲーム情報サイトだった……。ギルドを結成したのは、そこの管理者だったはずだ。たしか、名前は……」
「シンカー」
その名前を口にしたとき、ユリエールの顔がわずかに歪んだ。
「彼は……決して今のような、独善的な組織を作ろうとしたわけじゃないんです。ただ、情報とか、食料とかの資源をなるべく多くのプレイヤーで均等に分かち合おうとしただけで……」
そのへんの、「軍」の理想と崩壊についてはアスナも伝え聞いて知っていた。多人数でモンスター狩りを行い、危険を極力減らした上で安定した収入を得てそれを均等に分配しようという思想それ自体は間違っていない。
だがMMORPGの本質はプレイヤー間でのリソースの奪い合いであり、それはSAOのような異常かつ極限状況にあるゲームにおいても変わらなかった。
いや、むしろだからこそ、と言うべきか。
ゆえに、その理想を実現するためには、組織の現実的な規模と強力なリーダーシップが必要であり、その点において軍はあまりにも巨大すぎたのだ。
得たアイテムの秘匿が横行し、粛清、反発が相次ぎ、リーダーは徐々に指導力を失っていった。
「そこに台頭してきたのがキバオウという男です」
ユリエールは苦々しい口調で言った。
「彼は、体制の強化を打ち出して、ギルドの名前をアインクラッド解放軍に変更させ、さらに公認の方針として犯罪者狩りと効率のいいフィールドの独占を推進しました。それまで、一応は他のギルドとの友好も考え狩場のマナーは守ってきたのですが、人数を傘にきて長時間の独占を続けることでギルドの収入は激増し、キバオウ一派の権力はどんどん強力なものとなっていったのです。最近ではシンカーはほとんど飾り物状態で……。キバオウ派のプレイヤー達は調子に乗って、街区圏内でも徴税、と称して恐喝まがいの行為を繰り返すようにすらなっていました。昨日、あなた方が痛い目に会わせたのはそんな連中の急先鋒だった奴等です」
ユリエールは一息つくと、サーシャの淹れたお茶をひとくち含
み、続けた。
「でも、キバオウ派にも弱みはありました。それは、資財の蓄積だけにうつつを抜かして、ゲーム攻略をないがしろにし続けたことです。本末転倒だろう、という声が末端のプレイヤーの間で大きくなって……。その不満を抑えるため、最近キバオウは無茶な博打に打って出ました。ギルドの中で、もっともハイレベルのプレイヤー十数人で攻略パーティーを作って、最前線のボス攻略に送り出したんです」
アスナは、思わずキリトと顔を見合わせた。74層迷宮区で散ったコーバッツの一件は記憶に新しいところだ。
「いかにハイレベルと言っても、もともと私達は攻略組の皆さんに比べれば力不足は否めません。パーティーは敗退、隊長は死亡という最悪の結果になり、キバオウはその無謀さを強く糾弾されたのです。もう少しで彼を追放できるところまで行ったのですが……」
ユリエールは高い鼻梁にしわを寄せ、唇を噛んだ。
「こともあろうに、キバオウはシンカーをだまして、回廊結晶を使って彼をダンジョンの奥深くに放逐してしまったのです。ギルドリーダーの証である『約定のスクロール』を操作できるのはシンカーとキバオウだけ、このままではギルドの人事や会計まですべてキバオウにいいようにされてしまいます。むざむざシンカーを罠にかけさせてしまったのは彼の副官だった私の責任、私は彼を救出に行かなければなりません。でも、彼が幽閉されたダンジョンはとても私のレベルでは突破できません。そこに、昨日、恐ろしく強い三人組みが街に現れたという話を聞きつけ、いてもたってもいられずに、お願いに来た次第です。キリトさん、アスナさん、レンホウさん───」
ユリエールは深々と頭を下げ、言った。
「どうか、私と一緒にシンカーを救出に行ってください」
長い話を終え、口を閉じたユリエールの顔を、アスナはじっと見つめた。悲しいことだが、SAO内では他人の言うことをそう簡単に信じることはできない。
今回のことにしても、キリトとアスナ、ついでにレンを圏外におびきだし、危害を加えようとする陰謀である可能性は捨てきれない。
通常は、ゲームに対する十分な知識さえあれば、騙そうとする人間の言うことにはどこか綻びが見つかるものだが、残念ながらアスナ達は『軍』の内情に関してあまりにも無知すぎた。
キリト、レンと一瞬目を見交わして、アスナは重い口を開いた。
「──わたしたちに出来ることなら、力を貸して差し上げたい──と思います。でも、その為には、こちらで最低限のことを調べてあなたのお話の裏付けをしないと……」
「それは──当然、ですよね……」
ユリエールは僅かに俯いた。
「無理なお願いだってことは、私にもわかってます……。でも……『生命の碑』の、シンカーの名前の上に、いつ線が刻まれるかと思うともうおかしくなりそうで……」
銀髪の鞭使いの、気丈そうなくっきりとした瞳がうるむのを見て、アスナの気持ちは揺らいだ。信じてあげたい、と痛切に思う。
しかし同時に、この世界で過ごした二年間の経験は、感傷で動くことの危うさへ大きく警鐘を鳴らしている。
キリトを見やると、彼もまた迷っているようだった。じっとこちらを見つめる黒い瞳は、ユリエールを助けたいという気持ちと、アスナの身を案じる気持ちの間で揺れる心を映している。
レンはと言えば、相も変わらず煙管を吹かしている。キリトと同様のその漆黒の瞳からは、何の感情も読み取れない。
──その時だった。今まで二人で仲良くはしゃいでいたユイとマイが、ふっとカップから顔を上げ、言った。
「だいじょうぶだよ、ママ。その人、うそついてないよ」
「だいじょーぶなんだよ、レン」
アスナはあっけにとられ、思わずキリトと顔を見合わせた。
発言の内容もさることながら、昨日までの言葉のたどたどしさが嘘のような立派な日本語である。
「ユ……ユイちゃん、そんなこと、わかるの……?」
顔を覗き込むようにして問いかけると、ユイはこくりと頷いた。
「うん。うまく……言えないけど、わかる……」
その隣では、レンがマイに対し、同じような光景を繰り広げている。
「マイちゃん、何でわかるの?」
レンのその当然とも言うべき問いに、マイはにへへっと笑う。
「なんとなく」
その言葉を聞いたレンは右手を伸ばし、無言でマイの頭をくしゃくしゃと撫でた。そしてこちらを見て、にやっと笑う。
同様の笑みを浮かべ、キリトが言う。
「疑って後悔するよりは信じて後悔しようぜ。行こう、きっとうまくいくさ」
「……あいかわらずのんきな人達ねえ」
首を振りながら答えると、アスナはユリエールに向き直って微笑みかけた。
「……微力ですが、お手伝いさせていただきます。大事な人を助けたいって気持ち、わたしにもよくわかりますから……」
ユリエールは、空色の瞳に涙を溜めながら、深々と頭を下げた。
「ありがとう……ありがとうございます……」
「おねーさん、シンカーってゆー人を救出してからだよ」
レンが笑いかけると、いままで黙って事態のなりゆきを見守っていたサーシャがぽんと両手を打ち合わせ、言った。
「そういうことなら、しっかり食べていってくださいね! まだまだありますから、ユリエールさんもどうぞ」
後書き
なべさん「始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「やっと買えたね、十二巻」
なべさん「そーなんだよ、やっと買えたんだよ!」(むふむふ)
レン「その気色悪い笑いをやめろ。マツゲ引っこ抜くぞ」
なべさん「怖えぇよ、後半!」
レン「んで、ご感想は?」
なべさん「まず、表紙のオンナノコ誰だ!?って思った」
レン「どれどれ………うわホントだ。しかも、またキリトにーちゃんと一緒か」
なべさん「まぁ、キリトですから」
レン「うん、キリトにーちゃんだからね」
なべさん「という感じにまとまったところで、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね♪」
──To be continued──
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