ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
マイとユイ
教会から飛び出したサーシャは、腰の短剣をきらめかせながら北に向かって一直線に走りはじめた。キリトと、ユイを抱いたアスナもその後を追う。
走りながらアスナがちらりと後ろを振り返ると、大勢の子供たちがついてくるのが見えたが、サーシャも追い返す気は無いようだった。
林の間を縫うように走り、やがて現れた東六区の市街地の裏通りを抜けていく。最短距離をショートカットしているようで、NPCショップの店先や民家の庭などを突っ切って進むうち、前方の細い路地を塞ぐ、見覚えのある制服を身にまとった男達の一団が目に入った。
どうやらその向こうで、狩りに出ていた教会の子供たちを取り囲んでいるらしく、威圧的な胴間声が漏れ聞こえてくる。
路地に走りこんだサーシャが足を止めると、それに気付いた軍のプレイヤーたちが振り返り、にやりと笑みを浮べた。
「おっ、保母さんの登場だぜ」
「……子供たちを返してください」
硬い声でサーシャが言う。
「人聞きの悪いこと言うなよォ。すぐに返してやるよ、ちょっと社会常識ってもんを教えてやったらな」
「そうそう。市民には納税の義務があるからな」
ひゃははは、と男達が甲高い笑い声を上げた。固く握られたサーシャの拳がぶるぶると震える。
「ギン! ケイン! ミナ!! そこにいるの!?」
サーシャが男達の向こうに呼びかけると、すぐに怯えきった少女の声でいらえがあった。
「先生! 先生……助けて!」
「お金なんていいから、全部渡してしまいなさい!」
「先生……だめなんだ……!」
今度は、しぼり出すような少年の声。
「クッヒャッ」
道をふさぐ男の一人が、ひきつるような笑いを吐き出した。
「あんたら、ずいぶん税金を滞納してるからなぁ……。金だけじゃ足りないよなぁ」
「そうそう、装備も置いてってもらわないとなァー。防具も全部……何から何までな」
男達の下卑た笑いを見て、アスナは路地の奥で何が行われているか咄嗟に察した。たぶん兵士たちは、少女を含む子供たちに、着衣も全て解除しろと要求しているのだ。
アスナの内部に殺意にも似た憤りが芽生える。
サーシャも同時にそれを察したらしく、殴りかからんばかりの勢いで男たちに詰め寄った。
「そこを……そこをどきなさい! さもないと……」
「さもないと、何だい、保母先生? あんたがかわりに税金を払うかい?」
にやにや笑う男達は、まったく動こうとするそぶりを見せない。
街の内部、いわゆる街区圏内では、犯罪防止コードというプログラムが常時働いており、他のプレイヤーにダメージを与えることはもちろん、無理矢理移動させるような真似は一切できない。
しかしそれは裏を返せば、行く手を阻もうとする悪意のプレイヤーも排除できないということであり、このように通路を塞いで閉じ込める《ブロック》、更には直接数人で取り囲んで相手を一歩も動けなくしてしまう《ボックス》といった悪質なハラスメント行為の存在を許す結果となっている。
だがそれも、あくまで地面を移動する場合においてのみ可能な行為だ。
アスナはキリトを見やると、言った。
「行こう、キリトくん」
「ああ」
頷きあい、二人は地面を蹴った。
敏捷力と筋力のパラメータを全解放する勢いで跳躍した二人は、呆然とした表情で見上げるサーシャと軍メンバーの頭上を軽々と飛び越え、数回建物の壁を蹴りながら飛翔すると、四方を壁に囲まれた空き地へと降り立った。
「うわっ!?」
その場にいた数人の男達が驚愕の表情で飛びすさる。
空き地の片隅には、十代なかばと思しき二人の少年と一人の少女が固まって身を寄せ合っていた。
少女は白いキャミソール一枚、少年たちも下着姿だ。アスナは唇を噛むと、子供たちに歩み寄り、微笑みかけながら言った。
「もう大丈夫よ。早く服を着なさい」
少年たちはこくりと頷くと、慌てて足元から着衣を拾い上げ、ウインドウを操作しはじめる。
「おい……オイオイオイ!!」
その時、ようやく我に返った軍プレイヤーの一人がわめき声を上げた。
「なんだお前らはァ!! 邪魔すんのかコラァ!!」
「おっ、待て待て、この女いけるじゃん」
アスナの顔をじろじろ見ながら、ひときわ重武装の男が進み出てきた。どうやらリーダー格らしい。
「姉ちゃん、見ない顔だけど、俺たちの邪魔すっとどうなるか、わかってんだろうな? 逃がしゃしねえぞ。本部でじっくり話、しようや」
「おお、それいいねぇ」
周囲の男達が追従するように笑い声を上げる。調子に乗って近寄ってきたリーダーは、夏みかんの皮に切れ目を入れたようなごつごつした顔を突き出してアスナの顔を覗き込み、次いでアスナの腕の中で眠っているユイに視線を落とした。
ぴゅう、とヘタな口笛を吹き、言う。
「うほっ、これ姉ちゃんのガキかよ?」
再び、野卑な爆笑。
「ま、姉ちゃんがあいつらのかわりに税金払ってくれるなら文句はねえや。さ、本部いこうか。そのガキもいっしょになァッ──!!」
その時、ゴッ!というとてつもなく重い音がし、リーダー格のプレイヤーがボールみたいに遠くへバウンドしながら飛んでいった。
ヒュッ!という風切り音。あっけにとられているアスナの前に、小さな影が空から音もなく降り立つ。
「ひっさしぶり~、アスナねーちゃん」
軽い声とともに、血色のフードコートを着、マフラーに顔を埋めた少年、レンは再度遠慮の欠片もなく腕を振るう。
再びの風切り音。また一人、吹き飛ばされる。
「な、なっ!……こ、このガキャァー!」
そんな時になって、やっと状況が把握できたのか、他の男達が次々と腰から大ぶりのブロードソードを引き抜く。剣の表面が低い西日を反射してぎらぎらと輝く。
一度の損傷も修理も経験していない、新品の武器特有の輝き。
その輝きを受けて、レンは一人笑っていた。何ヶ月も心の奥底に沈みこんでいた《鬼》が、少しだけだが顔を覗かせる。
「そ」ん『ナニ見つめ「んナよ。照レチマうじゃ』ねェかよ」
にィ……ッ、と引き裂けたような笑みを浮かべる少年は、何も言わずとも大の男達を気圧していた。
そしてそれは、背後にいたキリト達も同じだった。
『そレ」によォ、「剣ヲ振ッた』コトもな「イヤ』ツが、剣士ジミたコトヲ言ウナよ「なァ』
レンの、レンの体を借りた《鬼》が嗤う。その瞳が徐々に真っ赤に染まっていく。
ヴヴンッ!というこれまでとは違う風斬り音。パキリ、と軽い音がして男達のブロードソードが真っ二つになる。
三度の風斬り音。
周囲を染める紫色の閃光。爆発にも似た衝撃音。
手近な男の重そうな体が宙をくるくると回りながら吹き飛び、数メートル離れた石壁に激突して再び紫の閃光を撒き散らした。
圧倒的な力、圧倒的な暴力。
「安心してよ、おじさん達。HPは減らないから」
血色のその少年の声からは、もうあの狂気じみたエフェクトはなくなっていたが、それが逆に怖い。
まるで、明らかに異常なものが無理やり平常に戻ろうとしているかのような。
地面に座り込んで、両目を限界まで丸く見開いた男の前まで歩み寄ると、レンは再び右手を閃かせた。
閃光。
轟音。
リーダーの体が地面をごろごろと転がる。
容赦ない歩調で三たび歩み寄るレンの姿を見上げ、リーダーはようやくレンの意図を悟ったように唇をわななかせた。
犯罪防止コード圏内では、武器による攻撃をプレイヤーに命中させても見えない障壁に阻まれてダメージが届くことはない。
だがこのルールにも裏の意味があり、つまり攻撃者が犯罪者カラーに落ちることもないということになる。
それを利用したのが「圏内戦闘」であり、通常は訓練の模擬戦闘として行われる。
しかし、攻撃者のパラメータとスキルが上昇するにつれ、コード発動時のシステムカラーの発光と衝撃音は過大なものとなり、また両者のステータス差があまりに大きいと、発生する衝撃によって宙を吹き飛ぶような事も起こりうる。
慣れない者にとっては、HPが減らないとわかっていてもその恐怖はおおよそ耐えられるものではない。
「ひあっ……ぐぎゃっ……やめっ……」
衝撃によって宙を舞うたびに、リーダーはだらしない悲鳴を上げた。
「お前らっ……見てないで……なんとかしろっ……!!」
そんな声が掛かるも、他の男達にはどうしようもない。武器はもうないのだから。
南北の通路からも、予想外の事態を察したブロック役のプレイヤー達が走りこんでくる。
半円形に周囲を取り囲む男達に、レンはPKKとして名をはせたあの頃に戻ったような爛々と光る眼を向けた。
物も言わず地面を蹴り、集団に突っ込んでいく。
たちまち、轟音と絶叫の連続が狭い空き地に充満した。
数分後───
我に返ったレンが足を止め、両手を降ろすと、空き地にはわずか数人の軍プレイヤー達が失神して転がるのみだった。
残りは皆リーダーを見捨てて逃げ出したらしい。
「ふう……」
大きくひとつ息をついて、ワイヤーを収め、振り返ると──そこには、絶句してレンを見つめる眼鏡の女性と、子供たちの姿があった。
そして、「すごーい」などとちょっとズレた歓声を上げているマイ。
「あ……」
レンは息を詰めて一歩後ずさった。先程の、怒りに身を任せた修羅のごとき荒れようは、さぞかし子供たちを怯えさせただろうと思い、悄然とうつむく。
だが突然、子供たちの先頭にいた、赤毛で逆毛の少年が、目を輝かせながら叫んだ。
「すげえ……すげえよお前ぇ!! 初めて見たよあんなの!!」
「……さすがだな」
にやにや笑いながらキリトが進み出てきた。
左手でマイに良く似た黒髪の少女を抱き、右手には剣を下げている。どうやら数人は彼が相手をしたらしい。
「……あ、あっははは」
困ったようにレンが笑うと、子供たちがわっと歓声を上げて一斉に飛びついてきた。眼鏡の女性も両手を胸の前で握り締め、両目に涙を溜めて泣き笑いのような表情を浮べている。
その時だった。
「みんなの──みんなのこころが──」
細いが、よく通る声が響いた。アスナがはっとして顔を上げた。キリトの腕のなかで、先ほどまで寝ていた黒髪の少女が宙に視線を向け、右手を宙空へと伸ばしていた。
アスナはあわてて、レンはつられるようにその方角を見やったが、当然ながらそこにあるのは重い第二層の底蓋だけだった。そこには何もない。
「みんなのこころが──ひかりに……」
「ユイ! どうしたんだ、ユイ!!」
キリトが叫ぶとユイという名の少女は二、三度まばたきをして、きょとんとした表情を浮べた。
アスナもあわてて走りより、ユイの手を握る。
「ユイちゃん……何か、思いだしたの!?」
「……あたし……あたし……」
眉を寄せ、うつむく。
「あたし、ここには……いなかった……。ずっと、ひとりで、白い場所にいた……」
何かを思い出そうとするかのように顔をしかめ、唇を噛む。と、突然──
「うあ……あ……ああああ!!」
その顔がのけぞり、細いのどから高い悲鳴がほとばしった。
「!?」
ザ、ザッという、SAO内で初めて聞くノイズのような音がレンの耳に響いた。
直後、ユイの硬直した体のあちこちが、崩壊するようにぶれ、振動した。
「ゆ……ユイちゃん……!」
アスナも悲鳴を上げ、その体を両手で必死に包み込む。
「ママ……こわい……ママ……!!」
かぼそい悲鳴を上げるユイをキリトの腕から抱き上げ、アスナがぎゅっと胸に抱きしめる。数秒後、怪現象は収まり、硬直したユイの体から力が抜けた。
「なんだよ……今の……」
キリトのうつろな呟きが、静寂に満ちた空き地にかすかに流れた。
「……ママ…………?」
レンが一人、大幅にズレたことで首を傾げていた。
後書き
なべさん「始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「うんうん、だーいぶ終盤戦っぽくなってきたね。これは、ユイ編か」
なべさん「まあね。やっぱマイちゃんとユイちゃんは切って放せない関係だからねぇ。…………あれ?これって百合?」
レン「ちげーよ!でも、僕ふと気付いたんだが……」
なべさん「ん?なんだ?」
レン「クラインとの絡みって、あったか?」
なべさん「…………………は?い、いいやいやいや。んな訳。………………………………」
レン「な?」
なべさん「うん、ない………。てかこれってアニメ一話みたいじゃね?」
レン「知るかよ。んでどーするつもりだ?これってやばくね?」
なべさん「…………………な、なんとか」
レン「なんとか?」
なべさん「なるかなぁ?」
レン「(頼りねぇ……)はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね」
──To be continued──
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