アラベラ
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第二幕その二
第二幕その二
「私はその写真を見て忽ち心を奪われました。その写真に私は恋を覚えずにはいられませんでした」
彼は言葉を続ける。
「深い森の中にいて悲しみに閉ざされた心を開いてくれたのです。貴女が」
「私が」
「ええ。そして私はここまで来ました。貴女に御会いする為に。この街に出て来たのです」
言葉を続けようとする。だがここでまた邪魔が入った。
「フロイライン」
ワルツが終わったところであった。大柄な男がアラベラの側に来た。
「こちらの方は」
「ラモーラル伯爵ですわ」
マンドリーカに説明する。二人は会釈をする。
ラモーラルはそれが終わるとアラベラをワルツに誘った。だが彼女の返事は先程と同じであった。
また二人になった。華やかなワルツの調べと踊りが後ろを飾る。
「あの」
アラベラは彼に対して声をかけた。
「はい」
「お掛けになりませんか。貴方のお話を詳しくお聞きしたいですから」
「よろしいのですか?」
「喜んで」
アラベラは微笑んでそれを了承した。二人は側にあるテーブルに向かいに座った。
アラベラは優雅な微笑みをたたえてマンドリーカを見ている。彼はそれを受けて内心ホッとしていた。
(話は聞いてもらえるようだな)
「あの」
まずはアラベラが口を開いた。
「はい」
「では詳しいお話を」
「わかりました」
彼はそれを受けて話をはじめた。
「私には叔父がおりました。かって貴女の御父上と共に騎兵隊におりました」
「父とですか。それはもうかなり前のことでしょう」
「はい。その頃私は幼かった。そして何も知らなかった」
話す彼の心の中に森が浮かんだ。
「そして当然貴女のことも知らなかった。当然ですが」
「それはまあ」
アラベラはそれには苦笑するしかなかった。
「それから時が経ち私は今の姿になった。そして孤独に沈んでいた」
「奥様のことですね」
「ええ。そんな時に私のところに一通の手紙が届けられました。本来は叔父のものでしたが」
「叔父様はどうなされたのです?」
「亡くなりました。急な病で」
「そうでしたの」
アラベラは問うてはいけないことを問うたと思った。思わず顔を伏せる。
「申し訳ありません、酷いことを尋ねてしまって」
「いえ、いいのです」
だがマンドリーカはそれを気にはとめなかった。
「叔父は安らかに旅立ちましたから。私はそれを見て叔父が天国の平和を得たのだと思いましたから」
「そうなのですか」
「はい。その手紙は本来は叔父に宛てられたものでした。ですが一人となった私が受け取ったのです」
「そこに私の写真が入っていたのですね?」
「そうです。そして私はこの街に来ました。貴女に御会いする為に」
「まあ」
アラベラはそれを受けて顔を明るくさせた。
「嬉しいですわ。私なぞの為に。ですが」
彼女はここでためらいがちに顔を伏せた。
「私にそこまでして頂く価値はありませんわ」
「いえ」
だがマンドリーカはそれに首を横に振った。
「私にはあります。貴女はそれ程素晴らしい方なのですから」
「またそのような」
彼女は身を引くそぶりを見せた。だがマンドリーカは真剣であった。
「私の全てを貴女に捧げましょう。それが偽りだと思われるなら・・・・・・」
彼はここで一旦言葉をとぎった。それから再び口を開いた。
「私は永遠に貴女の前から姿を消しましょう」
「そこまで思われているのですか」
「はい、この想い、神にかけても誓いましょう。永遠に変わらないと」
彼の声は次第に強くなってきた。アラベラはそれを受けて頷いた。
「わかりました」
そしてこう言った。
「今まで私は待っていました。私を心から愛して下さる方を。私を力強く愛して下さる方を」
マッテオにも他の三人の伯爵達にもそうした愛はなかった。彼等はただ彼女を崇拝する愛であった。
だがアラベラはそれを本当の愛とは思えなかったのだ。マンドリーカの様に純粋で、それでいて力強く自分に向かって来てくれる、そんな愛を待っていたのである。
「では・・・・・・」
「はい、私は元々決めておりました。今日で娘時代に別れを告げるつもりだと」
「別れを、ですか。娘時代に」
「ええ。そして新しい時代に足を踏み入れるつもりでした」
「それが今日」
「そうです、そしてその永遠の伴侶を選ぶつもりでした。そしてその人が今日私の前に姿を現わして下さると信じておりました」
彼女はそう言いながらマンドリーカを見据えていた。目の光が強くなっていた。
「そして今姿を現わして下さいました」
「それは・・・・・・」
「貴方ですわ」
アラベラは微笑んでそう言った。
「ようやく私の前に姿を現わして下さいましたね」
「はい」
マンドリーカはそれを受けて頷いた。
「私を選んで下さったのですね」
「いえ、違いますわ」
アラベラは首を横に振って答えた。
「貴方が私を選んで下さったのです、永遠の伴侶に」
「では・・・・・・」
「はい。貴方の申し出を謹んで受け入れさせて頂きます」
それで全ては決まった。アラベラの娘時代が今終わりの始まりに入った。
二人はその終わりの始まりの中に足を踏み入れた。だがそれはあくまで終わりの始まりであり全てが終わったわけではないのである。
「それでは水が必要ですね」
「水?」
「はい、これは私の故郷の習わしなのですが」
マンドリーカはそれについて話をした。
「結婚が決まった娘は自分の家からコップに一杯の清らかな水を夫となる者のところへ運んで来なければならないのです。結婚を清める水を」
「そんな習わしがあるのですか」
「はい、私の故郷だけでしょうが」
彼は熱い声で語った。
「美しい習わしですよ。これにより二人は清められ神の祝福を得られるのですから」
「そして晴れて結ばれるのですね」
「はい」
彼は答えた。
「是非私も貴女から水を受け取りたい、清らかな水を」
「わかりました」
アラベラは微笑んで答えた。
「ではその時に」
「わかりました。ではその時に」
二人は頷き合った。そして心は今その水を受け取っていた。だが本当の水はまだであった。
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