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ホフマン物語

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第二幕その二


第二幕その二

「人間じゃなかったら何だっていうんだ。人形のわけがないじゃないか」
「身動き一つしなくてもか」
 ニクラウスはそう言って上にたたずむオランピアを指差した。
「今まで彼女が動いたことがあったか?」
「僕達が気付かなかっただけだろう」
「声を聞いたことがあるか?」
「無口なんだろう。スパランツェーニ先生は静かなのが好きなんて」
「それで納得できると思うのかい?」
 そう問われた。
「これで納得できなきゃ何に納得するっていうんだい。君の言っていることはやっぱりおかしいよ」
「そのうちわかるさ」
「そのうちって」
「人間と人形の違いが」
 ここが重要なのだが。わからない者はわからない。
「今の僕にはわかっていないっていうのかい」
「その通りさ」
 そして言い切った。
「このままだと後悔することになるぞ」
「後悔なんかしないさ」
「何でそう言い切れるんだい?」
「僕にはわかるんだ」
 そう言ってまたオリンピアを見上げた。
「彼女は本物だ。本物の女神だ」
「馬鹿馬鹿しい」
 ニクラウスはその言葉を一笑に伏した。
「女神なんて案外側にいるものなのに」
「側に。彼女のことだ」
「いや、それは違う」
 違うと言われた。
「じゃあ誰だ」
「そうだね。実は男に化けているかも知れない。若しかしたらね」
「それが君だったら面白いんだけれどね」
「面白いと思うかい?」
 ニクラウスはそれにやけに真面目に応えてきた。
「本当に。そう思うのかい?」
「どうしたんだ、急に態度を変えて」
「いや」
 しれっとした態度になって誤魔化す。
「ちょっとね。からかってみたくなっただけさ」
「人が悪いな、相変わらず」
「長く生きているとね、意地も悪くなるものさ」
「よく言うよ、僕と大して変わらない癖に」
「まあいいさ。それじゃあ後悔はしないんだね」
「ああ」
 ホフマンは頷いた。
「もとよりそのつもりさ。何で後悔するんだよ」
「それじゃあわかった」
 ニクラウスは自分が決心したように頷いた。
「じゃあ君に任せる。いいね」
「あ、ああ」
 ホフマンは戸惑いながらも頷く。何故ニクラウスが急に態度を変えたのかわからないからだ。
「ただ、いつも側にいるから。いいね」
「助けてくれるのかい?」
「若しかしたら、ね。そんなことはなって欲しくはないけれど」
 それは友人としてホフマンを気遣う気持ちだった。ホフマンもそれに応える。
「それは僕もさ」
「じゃあちょっと飲み物を買って来る。何がいい?」
「ワインといきたいけれど。この辺りに酒屋はったかな」
「まあなかったら水でも飲んでいればいいか。それじゃあね」
「ああ」
 こうしてニクラウスは左手に消えて行った。ホフマンはその後ろ姿を黙って見送っていた。そして上にいるオランピアを見上げていると隣からすうっと出て来る者がいた。
 怪しげな男であった。長身で鞭の様な身体を白い科学者の服で包んでいる。だがその下にある服はどれも黒であった。
 ネクタイもカッターも靴も全て黒であった。黒々とした髪を後ろに撫でつけ、吊り上がった黒い目を持っていた。とかく黒い男であった。その彼が突如としてホフマンの横に現われたのである。
 そしてホフマンに気付かれないように彼に近付いてきた。それから声をかけてきた。
「もし」
 地の底から聞える様な低い声であった。
「ホフマンさんですか」
「おや、貴方は」
 ホフマンは彼に声をかけられて顔を向けてきた。そしてその名を呼んだ。
「コッペリウスさんじゃないですか。どうしたんですか?」
「いえ、ちょっとね」
 彼はその手に持っている黒い鞄を弄びながら笑っていた。
「スパランツェーニに用事がありまして」
「先生に」
「ええ」
 コッペリウスはそれに答えて頷いた。丁度そこにニクラウスも帰って来た。
「赤を二本買ってきたよ」
「ああ、有り難う」
「あれっ、コッペリウスさんもいらしてたのですか」
「はい」
 彼はにこやかな笑みを作ってニクラウスにも挨拶をした。
「スパランツェーニに用事がありましてな」
 そしてまた言った。
「一体何の用事ですか?」
「いや、大したことはありません」
 笑みを作りながら言う。
「売りたいものがありまして」
「売りたいもの」
「気圧計や温度計、湿度計ですよ。いいものを作りまして」
「けれど先生はもうそういったものは全て持っておられますよ」
 ホフマンが答える。
 
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