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ホフマン物語

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第二幕その一


第二幕その一

                   第二幕 オランピア
 そこは豪華な家具や調度品で飾られた書斎であった。重厚な樫の木の扉は壁掛けによって閉ざされており、それが沈黙をあらわしていた。見れば部屋の中にはギターやハーブといった書斎にはいささか場違いなものまで置かれていた。だがそれでも沈黙が支配する世界であり蝋燭の灯りで照らされた部屋はぼんやりとした朧な雰囲気を漂わせていた。しかしそこには何か得体の知れないものまで存在していた。
「よし、ここだ」
 その書斎の下から低い声が聞こえてきた。
「奴のせいでかなりの金を失ったが。今度こそ取り戻してやる。あの二枚舌にも負けはしないぞ」
 どうやらペテンにかかって財産をう失ってしまったらしい。その声からは無念さが滲み出ていた。
「あの悪質な人形師が。そもそも何であんな奴がこのローマにいるんだ」
「先生」
 そこで若い男の声が聞こえてきた。この書斎に誰かがいればそこから誰が来たのか見下ろしたかも知れない。そこにはホフマンがいたのである。ここはローマのある道の側にある書斎であった。そこには白い科学者の服を着た白髪の男がホフマンと並んで立っていた。いささか小柄で滑稽な黒い目と浅黒い顔の男であった。
「おお、ホフマン君」
 彼はホフマンの姿を認めて嬉しそうな声をあげた。
「よく来てくれたね」
「少し早く来過ぎたようですが」
「何、これ位がいいのさ」
「宜しいのですか」
「そう、物理学は速さを求める学問だからな」
 彼は笑いながらホフマンに対して言った。
「その点君は合格だ。君には素質がある」
「有り難うございます」
「詩や音楽だけではない。君には物理の才能もある。このままいくとこのスパランツェーニを越える大学者になれるな」
「いえ、そこまでは」
 これだけおだてられると謙遜してしまった。
「先生、褒め過ぎですよ」
「わしは人を褒めたりはせんよ」
 それでも彼は笑いながらこう返した。
「まずは家に入ってゆっくりと話をしよう。少し待っていてくれ」
「はい」
 どうやらこの書斎がある家はスパランツェーニの家であるらしい。彼はいとおしそうにこの家を見ていた。
「やることがあるからね。話はそれからだ」
「わかりました」
 こうしてスパランツェーニは一人家に入った。ホフマンはそれを見送った後で家を見上げた。すると書斎の隣の部屋に人影が見えた。ほっそりとした女性の影であった。
「今日もいるんだな」
 彼はそれを確かめて笑みを浮かべた。
「そしてまた彼女に会えるんだ。今は勉強中だけれど」
 どうやら彼は真剣に物理学を学んでいるらしい。
「彼女に釣り合うだけの学者になって。それから愛を告白するんだ」
 彼は青雲の志に燃えていた。そしてそれで以って愛を成就させようとしていた。だがそこにまた一人やって来た。
「ホフマン、そこにいたか」
「ニクラウス」
 見ればニクラウスがそこにやって来たのであった。ホフマンは彼に顔を向ける。
「捜したぞ、全く」
「また何でだ」
 少し肩で息をする彼に対して尋ねる。
「僕の居場所はわかっていたと思うけれどね」
「だけどだ。全く、酒場と彼女にぞっこんみたいだな」
「酒はまた特別だけどね」
 彼は粋に笑ってこう返す。
「けれど。それだけじゃないんだ、今は」
「彼女か」
「そう、彼女さ」
 彼は頷いてから言った。
「オランピア。君も彼女のことは知っているだろう?」
「ああ」
 うっとりとした声のホフマンに対してニクラウスの声は覚めたものであった。
「一応ね」
「何かあまりよさそうな言葉じゃないね」
「君は彼女をどう思っているんだい?」
「天使さ」
 彼は言い返した。
「それ以外の何だっていうんだい」
「あのなあ」
 ニクラウスはそれを聞いて呆れたような声を漏らした。
「君はそこまで言える程彼女を知っているのかい?」
「勿論だよ」
 ホフマンは胸を張って答えた。
「そうじゃなきゃどうしてこんなことが言えるんだい」
「僕にはわかっていないから言えるとしか思えないね」
 彼はそれに対してこう返した。
「わかってない、僕が」
「そうさ」
 そして答えた。
「何もかも。そもそも話だってしていないんだろう?」
「そんなの話さなくてもわかるよ」
「ホフマン、悪いことは言わない」
 今度は忠告めいてきた。
「一度よく見てから考えるんだ」
「何を考えるっていうんだい」
 しかしホフマンはまだわからなかった。
「僕は物理学で名を挙げたいんだ」
「それはいい」
「そして彼女に告白するんだ。それの何処が」
「それを待てと言っているんだよ。いいかい、君は物理学と同時に法律、そして詩と音楽、あと絵を学んでいる」
 色々学んでいる。ホフマンは多芸と言っていい男だった。
「うん」
「けれど恋についてはまだ知らない。彼女のエナメル色の目を知っているか」
「エナメル色!?」
「そうだ。これが人間の目の色か」
「まさか。まるで人形じゃないか」
 ホフマンは笑って答える。
「そしてそこの大通りにある時計屋」
「うん、あそこだね」
「あそこにある木製の大きな時計だけれど。そこから出て来る小さな鶏は彼女に似ているんだ。どういうわけかね」
「一体何を言っているんだ」
 ホフマンには訳がわからなくなってきていた。だがそれでもニクラウスは言う。
「その鶏も。エナメル色の目も。人間のものではない」
「そんなこと位わかるよ」
「どれも機械だ。彼女はそれにそっくりなんだ」
「つまり君は彼女が人間じゃないって言いたいのか。馬鹿馬鹿しい」
 ホフマンはそう言って彼の言葉を否定しようとした。
 
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