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エヴァンゲリオン REAL 最後の女神

作者:竜牙
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使徒大戦
第二章
  2.03

 
前書き
先にPIXIVに公開してしまいましたが、こちらにも投稿します。
PIXIV版とは章立てが少々異なりますが、気にしないで下さい。中身は一緒です。 

 
2.03

 司令室。
 不自然なほど広い空間と、天井・床に描かれたセフィロトの樹が異様である。それは他者を威圧しようというゲンドウの演出である。
 本来ならばそこには司令の執務机しか置かれていないのだが、必要に応じて床面に隠された応接セットがせり出してくるようになっていた。
 参加人数が多いのと、シンジから長い話になるとあらかじめ前置きがあったため、それを使用することになった。
「まず、ここから始めないといけないと思うんだけど……僕たちは使徒になった。それはカヲル君も同じ。綾波はもともとそうだったようだし。それは父さんは承知していたのだよね?」
 シンジのいきなりの爆弾発言にミサトとリツコは思わず腰を浮かせた。驚愕に声もないようだ。しかし、ゲンドウと冬月はそのまま。ただわずかに冬月が痛ましそうにため息をついただけだ。
「……ああ、知っている」
「活性化した使徒を刈って、その因子を収集するのがエヴァの役目。サードインパクトなんて嘘なんだろう?」
「……」
 沈黙するゲンドウをシンジは睨みつけた。
「父さん、この期に及んで隠し事は無しにしようよ。もう補完計画とやらは最終局面に入ってる。いや、そうじゃなくて計画そのものがカヲル君の手によってつぶされてしまってる可能性も高い。そして僕たちは使徒として覚醒した。使徒としての知識も有る程度持っている。初号機が持っていたものと槍から得られたものと」
「槍から?」
 リツコが口をはさんだ。
「うん。槍は本来ボクのモノのはずなんだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、なんでシンジ君が槍の持ち主なのよ!」
 ミサトも黙っていられなくなったようだ。
「それも説明する前に、父さんに確認とっておきたいんだ。ここにいるメンバーは、ここから先の戦いの中心になる。それなのに秘密ばっかりじゃ協力を求めることもできない。だから腹を割って話そうよ」
「そうじゃなきゃ、あの変態ホモには勝てないわよ。あいつはアタシたちと同じく使徒の因子を全て持っているし、四号機もある。他にも隠し球を持っていてもおかしくないわ」
 とシンジを補足するのはアスカ。その表情から険はとれているものの、もともとの攻撃的な性格は残っているようだ。口調が強気のままで変わっていない。
「そうなんだ。それにカヲル君は因子を得て使徒に覚醒する前に、槍を従えていた。それはつまり神人として覚醒していたってことだよ」
「神人?」
「父さん!」
 重ねて詰問するシンジにゲンドウは瞑目した。
「碇……これ以上事実を伏せておく意味はないのじゃないか?」
 冬月の言葉にも応えず、しばらく沈黙していたが、やがてテーブルについていた腕をといてシンジを見つめた。
「わかった。確かにおまえの言うとおりだ。事態はオレのシナリオを既に離れてしまっている……。本来、補完計画を進行していたネルフの上部組織──人類補完委員会という名前に隠れていたゼーレという組織が、ほとんど壊滅状態なのだ。フィフスと四号機によるものだろう」
「えっ……」
 それはシンジも初耳だった。まさか自分たちがコアに溶けていた一週間足らずの間に、カヲルがそこまで大胆に行動していたとは。
「つまり現時点で補完計画を進行しようとしている者はいない。こちらの手のうちを隠さねばならない敵対組織が存在しないのだ。フィフスはおそらく単独だろうしな。そしてこの局面が終われば、もう機密など存在する意味がない」
「そうなのか……とりあえず、父さんが賛成してくれたのは助かるよ。父さんたちの協力が得られないと勝算もなにもあったもんじゃないからね。それでさっきの話に戻るけど、カヲル君はどうもボクの同タイプクローンじゃないかって思うんだ。それも、より神人の遺伝子に忠実な……」
「シンジ君! クローンって!」
 リツコが驚愕の叫びをあげた。ミサトも言葉を無くしている。
「そんなことでいまさら驚かないでくださいよ。リツコさんだって機密のかなり深いところまでふれてる身分でしょう」
「それより、神人ってなんなの? 遺伝子って?」
「ミサト、アンタはロンギヌスの槍ってなんだと思う?」
「そんなの私に分かるわけないじゃない。聖書ではその名前はイエス・キリストを殺した死刑執行人の槍だけど……」
「正解よ。その槍には神の子の血痕が残っていた。でも保存状態が悪すぎて遺伝情報が全部読みとれなかった」
「その欠損部分を父さんの遺伝子で補ったうえで、母の卵子と受精させたのがボクというわけだよね、父さん」
「……そうだ」
「ええっ!」
「じゃあシンジ君はキリストのクローンってこと? 救世主?」
 その科学者らしからぬリツコの台詞に思わずシンジとアスカが吹き出す。
「あはは、そんなんじゃありませんけどね。聖書の記述がまるっきり事実のみってわけないじゃないですか。たしかにイエスは通常人とは違う能力を持っていました。でもそれは神の使いなんかじゃない。むしろ神の使いとは敵対する立場ですし」
「つまりさ、神様ってなんだと思う?」
 ちょっと得意そうにアスカ。
「神さまねえ……」
「いろいろ定義があるな」
 と、もと人文学者らしい答えを返すのは冬月だ。
「ごく限定的にいうと、神というのは造物主。でも世界、宇宙という物を作った存在と、この地球の人間を含めた生命をつくった存在は別。宇宙を作ったのが誰かは知らないけれど、生命を作ったのは、種をまいたのは誰かは分かっているわ。アダムよ」
「アダムは太陽系ができたての頃……一億年くらいのころかな、集積中の原始地球にぶつかって砕けた。いちばん巨大な欠片ははじかれて天空に。その次に大きな二つが南極と日本に。そして小さな欠片たちは世界中に。それがファーストインパクトだった」
「えっ、ファーストインパクトは恐竜が滅んだやつじゃないの?」
「恐竜滅亡の隕石説なんて、20世紀の末にはとっくにすたれていたわよ。そんな昔の学問をよく持ち出してきたもんだわ。いくらウソだって言っても、もう少しそれらしいことを言えばいいのにね。そんなので騙されるのはミサトくらいよ」
「……リツコは知っていたの?」
「ええ……月ができたジャイアントインパクトがファーストインパクトだってことだけはね」
「ん? ……てことは、月がアダムなのっ?」
「それは分かりません。いまアダムの反応は無くて……使徒化したボクたちにも所在がつかめないんです。だからこそこの地下にいたリリスを間違えて使徒が来たわけなんですが……。月ができたのはアダムの衝突ですが、月はそのとき抉られた本来の地球の欠片なのかもしれませんね」
 ゲンドウも冬月も口をはさまない。既知の情報であるし、面倒な説明は二人に任せてしまえというつもりであるようだ。
「衝突で飛び散ったアダムの欠片は、それぞれの本来の役割から派生した生命として芽吹きました。それが使徒であり、この地球の生物であるわけです。アダムというのはよほど高次の生命体だったんでしょうね」
「じゃあ地球の生命はみんな使徒なの?」
「そうであるとも言えますし、そうでないとも言えます。それは使徒の定義によるんですが……アダムから派生し、アダムへと回帰しようとするものを使徒と呼ぶならイエスです。ですが、ひときわ大きな欠片……生命の中で本来のアダムの機能の一部を司る部分だったもの。本来のアダムを再生させるために必要不可欠な存在を使徒というならノーになるわけです。ネルフが戦ってきた使徒はこの意味ですね……」
「その使徒を全部倒してしまったから、もうアダムの復活はないというわけね?」
 どうも今まで持っている情報がもっとも少なかったせいか、ミサトが質問役になるようだ。もっとも、リツコにしても断片的にしか有していなかった部分もあり、その検証と確認のため聞き役に徹しているというのもある。
「いえ、逆です。高次生命であるアダムにとっては生と死は状態の変化にすぎず意味がありません。ただその状態変化に必要な因子さえ集積されればいいのです。てっとり早いのは一カ所に集まって融合ですが、共食いとかでもいいのでしょう。そしてエヴァはその共食いを目指して作られたもののようです」
「黒い月と呼ばれるアダムの大きい破片がこの地に飛ばされてきたときから、その部分──知恵の実と呼ばれてるわ。それを司る使徒リリスはずっと眠っていたの。それを、司令たちが掘り起こして改造して初号機にしたわけね。他のエヴァはそのデッドコピー。地下のリリスはその残りカスを培養したものってわけ。使徒がここに寄ってくるのは、リリスが最重要構成体で、アダム本体と同じくらいの比重を持っているからね。ちょっと概念が違うからたとえるのが難しいんだけど、奥さんとか伴侶って意味合いに近いんだと思う。アダム本体は力の実を、リリスは知恵の実を司っていたのよ」
「そこまでは父さんたちの認識と合致してるかな?」
 無言で頷くゲンドウ。
「で、補完計画ってのはなんなの? エヴァで使徒の因子を集めてアダムを復活させたかったの? でもそんなことしたらアダムによって全生命体は集積されてしまう。つまりより高次の存在であるアダムの一部になってしまうわけだけど……」
「うむ……本来の人類補完計画というのはまさにそれだ。ゼーレの老人たちにとって、世界は閉塞に向かっている滅びゆくものだった。人口増加、食糧危機、異常気象、環境破壊、そういった全てを人類は自律的に解決できないと考えたのだ。人間に対する絶望が、人間という器を捨てさせ、アダムという高次存在の一部になることで人間であるよりも高みに行こうとしたのだ。それがすなわち進化であると」
「……くっだらないわねえ」
 アスカが鼻で笑う。
「自分たちが絶望したからって全人類を巻き込んで自殺しようなんて、迷惑もいいところよ。溶けあっていっしょになったって、それはもう人間としての意味はないわ。あるいはそれが幸せと感じる人もいるのかもしれないけど、アタシはごめんだわ。現世で幸せになる努力を放棄するつもりはないわよ」
 そのための伴侶もゲッチュしたことだしね、と言葉に出さずに続ける。
「父さんもそれに賛成していたの?」
「いや……」
「シンジ君、碇は口べただし、言いにくいこともあるだろうから、私から説明させていただくよ。いいかね」
 シンジがゲンドウを見ると、重々しく頷く。まあ最初から期待はしていなかったが、それでも本来自分でしなければならないことを他人に任せるのだ、『頼む』の一言くらいあってもよいのではないだろうか。冬月の苦労が偲ばれて、申し訳なくなるシンジだった。
「すみません、よろしくお願いします」
「我々もゼーレも、最初のスタート位置は同じなのだ。現在の人類が進化の袋小路にいるという認識、その打開手段を模索するという。このままでは人類は遠からず滅ぶ。そしてそれを回避することは自律的、自然的には無理なのだよ。そしてゼーレは滅亡を回避できるのではないかという可能性を持っていた。裏死海文書という……」
「なに、それ? 死海文書なら知ってるけど」
「うむ、死海のほとりで発見されたため、カムフラージュもかねてその名を冠しているが、本来は文書ではない。先史文明の記憶媒体……いわゆるオーパーツなのだよ」
「……我々は先史文明の遺産の解読をゼーレに依頼された学者集団だったのだ、本来は……その指揮をとっていたのがユイだった」
「うむ、ユイ君の碇家はセブンシスターズと呼ばれるゼーレの主要家系の傍系に連なる身だったのだ。そのつながりで我々がその研究を任されることになった。もちろんユイ君やその友人たちが飛び抜けて優秀だったというのもある。その記録媒体は、いまよりも発達していた先史文明の遺産が眠っていた……」
「ちょ、ちょっと待って、そんな発達した科学文明がなんでいま、なんの痕跡もないわけ? いくら滅んだって言っても跡形もなくなるわけがないじゃない」
「それも理由は分かっている。彼らはわれわれ今の人類よりも上の階梯……簡単に言うとより進化し、精神的にも成熟していた。彼らの文明は地球を汚染しないような配慮がすみずみまで行き届いていた。文明を構成する物質は自然に帰るということを最優先にされていたのだ。そうでなければ、いまの地球のように廃棄物で地球が埋まってしまう、ひいては地球自体を消費し尽くしてしまうということが分かっていたんだろうな……。その記録媒体は、彼らが地球をあとにし、次の階梯への模索の旅に出たときに、聖地として残すこの地球に後発の知的生命、文明が発祥したときに警鐘を鳴らすために彼らが腐朽金属を用いて残していってくれたものなのだよ……」
「そんな、それにしても何も残らないなんてあるんでしょうか?」
「ミサトさんの疑問は当然だと思うけど、その先史文明の種族が僕たちとは違う種である以上、その考え方を僕たちが真の意味で理解することはできないと思います。それに何も残ってないわけじゃないんじゃないかな。オーパーツって場違いな出土品って意味だっけ? それがいくつか見つかっているじゃないですか」
「ふん……シンジにしちゃあ、ずいぶん説得力のあることを言うじゃないの」
「ま、そう言わないで。槍からの情報にもそれらしいことはあったから……。冬月さん、その記録媒体からどんなことが分かったんですか?」
「うむ、シンジ君が違う種族といったが、じつは違うと言ってもそんなに違わないということがまず分かった。現住人類と遺伝子の違いは0.11しかないのだ」
「それって、使徒やエヴァと同じってことね」
「ああ、知恵の実を宿しうる条件なのかもしれないな。その記録には、黒き月と白き月の記述があった。不完全な知恵の実しか持たない我々と違い、先史文明種族は白き月に眠る巨人から力の実の因子のみを取り出すことに成功した。それにより次の階梯に進んだのだ」
「ちょっと待って、人間の知恵の実が不完全ですって?」
 リツコが珍しく口を挟んだ。知恵が不完全、といわれて科学者としてのプライドが傷ついたらしい。
「知恵の実が完全ならば、いまの閉塞した状況に追い込まれるまでもなく、人類は悔い改めて自らの行動を自省しているだろうよ。知識はある。それを突き詰めようとする意思も。用いようとする意志も。しかし知恵は足りないとは思わないかね。人間はそれをしたらどうなるか、という想像力が決定的に欠けているのだよ。だから地球を簡単に滅ぼせる核兵器が大量にあっても全く気にせず日常生活を送ることができる。ゴミが増えればその始末に窮することを知っていても消費社会は続く。枯渇することが分かっている資源を乱費する。考えてみればこれは異常ではないかね?」
 リツコは黙る。それは常々思っていたことであるからだ。
「それはともかく、槍はそのために先史文明が作ったデバイスですよね、その記述も当然あったんでしょう?」
「ああ、槍は使徒から因子を効率よく取り出すために作られた。だからATフィールドも貫通するのだ」
「先史文明のようにそれを用いて因子を回収するというのが補完計画なんですか?」
「いや、シンジ君のさきほどの話に戻るのだが、不完全なシンジ君の遺伝子では槍を制御できるかどうか分からなかったのだ。すまん、不完全とは言葉は悪いな……」
「いえ、そのへんは槍からの情報で自分が何者かは分かっていますし、生まれは関係ないですよ。ボクはボクであり、それ以外の何者でもないのですから」
 そう、そしてそれを肯定してくれる伴侶も得たのだしね、とシンジは心の中で付け加える。
「ちょっと待って、その不完全な遺伝子って、さっきの神人とかいうものに関わることでしょ、その説明を受けてないわ」
「ああ、そうだったわね、話が途中からそれてしまったから。じゃあ元に戻すわ。ミサト、神=造物主がアダムだとして、その神を貫くことができる槍がロンギヌスの槍。じゃあ実際にそれに貫かれた人間はなんだったのかしら?」
「同じく、神? いや、そうじゃないわね、さっきアスカが神と敵対する存在だって言っていたわけだし……」
「ただの人間でもアレに刺されたら死ぬでしょうけどね」
 リツコが冷静なツッコミを入れる。
「それでもあれをつかうのが十分条件ではなく、必要条件だった存在と考えればいいのかしら」
「正解です、リツコさん。イエスの正体は突然変異体で、0.11パーセントの違いを超えて先史文明種族に近い遺伝子を持っていました。彼は先史文明の遺産を使用することができたのです」
「そうだ、イエスはいまよりもたぶん多く残っていた遺産を使用することで、奇跡の数々を起こしたのだろう。その一部が聖書の記述として残っているわけだ。ミュータントであり、先史文明種族にきわめて近い遺伝子を持つ彼は知恵の実を完全に近い形で有していた。ひょっとしたら力の実か、もしくはそれの変わりになる手段も手に入れていたのかもしれない。ATフィールドによると思われる重力遮断の描写が聖書の記述にあるからな」
「間違いないわ。槍の記憶にあったもの」
「そしてATフィールドを貫けるのは槍だけというわけか……」
「なるほど」
「でも実はそれは一つ、重大な見落としがあります。イエスは槍を制御下に従えることができたのです。そのイエスが槍で殺されるなんて不自然だと思いませんか? まあ、これは話の本筋からはずれますから、簡単にいっちゃいますけど。イエスは奇跡を自分のために使ったわけじゃない。他者のために使っていたわけなんですが、それをよく思わない為政者によって邪魔者扱いされました。ATフィールドがある以上、命の心配はないわけですが、イヤになったんでしょうね。ですから槍が自分のフィールドを貫けるというデモンストレーションをして、一芝居うったんでしょう」
「なーる。死んだことにしちゃえば楽になれるってわけか。それがあの復活劇の真相なのね」
「話を戻しましょう。ボクはその神人=イエスの血痕から解析された遺伝子をもとに生まれました。ボクはその欠損部分を父さんの遺伝子で補完されましたが、カヲル君はおそらくそのまま……あのアルピノであるところなどはその影響なんでしょう。他にもたぶん、人として不完全な部分が多いのだと思います。あるいは彼がボクとの一体化を望むのも、使徒の因子を収集するのを急ぐのも、その欠損を埋めようとしているのかもしれません」
──それだけじゃない、ひょっとしたらカヲル君に残された時間自体が少ないのかもしれない……。
 だがそれは希望的観測にすぎない。いまこの場で言うのは不適当と思われた。
「カヲル君は人間としては不完全ですが、そのぶんより純粋に先史文明種族に近い存在です。だから槍の支配力もボクよりも強い……」
「まあ、そうは言ってもシンジも槍の主人であることに違いはないわ。アタシの予想では、シンジの意志力が強くなれば、カヲルの槍に対する制御に干渉できるようになると思うの。実際あの槍に貫かれた瞬間、シンジはカヲルの支配に干渉したじゃない」
「あれは……その、火事場の馬鹿力だよ」
「どういうことだね?」
「そうよ、そこが聞きたかったのよっ!」
「えーと……あの槍が投擲されたとき、ボクはアスカをかばおうと、槍の射線上に飛び込みました。とっさのことですから体勢もフィールドも不十分で、けっきょくアスカの弐号機ごと串刺しにされちゃったわけなんですが。その刺さった瞬間にですね、槍がプラグを貫通したんです。ボクはプラグの正面ディスプレイを突き破って目の前に迫る槍の穂先をはっきり見ました。その瞬間、『いやだ、こんなことで死ねない。アスカも綾波も助けられないで』と思ったんです。そうしたら、槍がボクのATフィールドに同調したんです……どうやったかはちょっと説明できないんですが。そしてボクは槍とフィールドを一時溶けあわせて同化しました。そして弐号機のコアに。ボクはコアが損壊するナノセコンドの間にコアの中にいたアスカのお母さんの魂に干渉してアスカのシンクロ率を400パーセントに上げ取り込ませた上で、その情報を全てコア経由で槍から吸い上げたんです」
「なんでそんな面倒なことを?」
 と訪ねたのはもちろんリツコだ。
「コアに干渉できるならアスカのシンクロをカットすれば、エヴァの死にアスカが引きずられて危険が及ぶこともないんじゃないかしら」
「それも確かに考えました。でもコアを貫かれた使徒の半数ほどが爆発していることを考えると、そんな危険は冒せない。弐号機が爆発したときにそれに耐えられるのはエヴァだけでしょう。だから初号機の中にひっぱりこむしかなかったんです。まあ、とっさのことですから、ゆっくり考えればもっといい案があったかもしれませんが……」
「そういうわけで、アタシはいったんシンジと溶けあってしまったのよ。おかげであんなことや、こーんなことも、乙女の秘密をぜーんぶシンジに見られちゃったわけ。もうお嫁にいけないわよ」
「なに言ってるんだよ、ボクのことも全部見たくせに。だいたい溶けあって一つになったときに、自然と分かり合う表層の部分だけじゃなくて深層までどんどん掘り下げて見まくってたじゃないか。ボクはそんなことはしてなかったのに」
「まあまあ、シンジの本音をぜーんぶ知りたかったのよ。将来の旦那さまの身上調査ってとこね」
「な、なに言ってるんだよアスカ……!」
 真っ赤に染まってしまうシンジの顔面。ヤカンを載せたら湯が沸きそうだ。こういうところは使徒化しても変わらないらしい。
「まあ、見られてうんぬんってのは冗談よ。アレのおかげでアタシたちはわかりあえたわけだし、感謝してるわよ。分かってるんでしょ、バカシンジ……」
「う、うん」
「……むぅ、シンジと弐号機パイロットはそういう仲なのか」
「ふ、女房の尻にしかれるところなぞ父親に似なくてもいいと思うがねえ」
「ふっ、冬月先生! それはどういう意味ですか?」
「言葉通りの意味だよ」
 そう中年漫才を繰り広げている一方で、女性陣も目を丸くしていた。
「あらあらあら。アスカも変われば変わるもんねえ。旦那だまですってよ?」
「そうね……。でももともとあの子たちが惹かれあっていたのは分かっていたわけだし。心の鎧が剥ぎ取られてしまえば無理もないことかもしれないわ」
 そう言いながら、二人の女性の脳裏に共通して浮かんでいた切実な問題とは──アスカに先を越されるかもしれない、というものだった。
 笑うなかれ、三十路前の女性にとっては深刻な問題である。
「こほん」
 思わずゆるんでしまった場を引き締めようと冬月が咳払いした。
 慌てて姿勢を直す面々。しかしシンジとアスカの手がしっかりつながれたままなのはご愛敬というところだろう。
「どこまで話がすすんだかな……そうそう、補完計画の説明の途中だったな」
「我々は先史文明の記録媒体から多くの情報を引き出した。そして結論としてはやはり不完全である知恵の実の補完は必須であるということになった。だがその先がゼーレと我々で大きく違ったのだ……」
「ゼーレはもともと世界経済を裏から支配してきた一族で構成されている。あの老人たちは人類に絶望したと言いつつ、その本音のところはこの世に退屈しきっていただけなのではないだろうか。およそなにもかもが自由になる世界。先史文明の遺産のおかげで、機械的な補助をつけさえすれば、驚くほどの長寿も望める。全ての願望が達成されるとすれば、飽きるだろうさ。だから全人類を巻き込んで、いまだ見ぬ未知の世界、進化というものに魅力を感じたのではないだろうか」
「迷惑な話ねー。で、義父様のほうの計画はどうなの?」
「お、おとうさま?」
 いきなりの不意打ちに目を白黒させるゲンドウを見て、冬月は思わず苦笑する。こういうところが可愛いとユイ君が言っていた部分かもしれんな、と。リツコは、無様ね、と思っていたが。
「我々の補完計画でも、知恵の実は必須だ。だがアダムに回帰するのは認められない。人は使徒の因子だけを取り込み、覚醒すればよい。とはいえ、因子を集積する課程は同じなので、ゼーレの計画に乗ったフリをすることにしたのだ」
「でも、乗ったフリをしているうちに事態が進行しすぎちゃったり、イレギュラーが発生したりで、アダムに回帰まっしぐらになっちゃったらどうするつもりだったの?」
「そうだよ、危険すぎない?」
「ふ……問題ない」
「もちろん我々もその危険は重々承知の上だ。だから三重の安全装置を考案した。一つはシンジ、おまえだ。そしてレイ」
「ボクは本来の補完計画とははずれた存在だったのか……」
「ああ、槍と神人を用いた補完計画もあったが、早期に破棄されていた。なぜなら、槍に残っていた遺伝子サンプルが不完全だったし、それが完全であったとしても神人が槍をどの程度支配下におけるかも未知数だったからな。それに神人は人類とは考え方が違うかもしれない。制御を離れる危険性があるものを、ゼーレは好まない」
「そうして計画は破棄されたが、私は必要だと考えていた。ゼーレの補完計画を止める安全装置になりえると。そのとき、ユイの妊娠が発覚したのだ……。私はユイと話しあって、その受精卵に遺伝子改造を施した。おまえが言うとおり神人の遺伝子を用いて。だが、おまえは自分が遺伝子操作で作り出された存在だと思っているようだが、それは違う……」
「そんな……ボクが作られた存在だから父さんはボクを遠ざけたんじゃないの?」
「それは違う……」
「シンジ君それは間違っているよ。碇がシンジ君を預けたのは、ゼーレに遺伝子改造を施したことを悟られないためだ。表向き、碇は利用価値のないものに興味がない男だと思われている。それを逆に利用して、シンジ君から目をそらさせようとしたのだよ。碇は君をちゃんと愛しているよ」
「……父さん」
 シンジが思わず見つめると、碇は顔をそらした。だが、その頬が赤く染まっている。
「よかった……」
 シンジの頬に涙がつたった。
「よかった、ボクは父さんに嫌われていると思っていたよ。よかった……そうじゃなかったんだね」
「血を分けた子を本心で嫌える親がいるものか……」
 ぶすっとした表情でそう言い放つゲンドウだが、それが照れ隠しであることは誰の目にも明らかだった。
「よかったね、シンジ……」
 シンジの腕にすがりついたアスカの瞳からも、大粒の涙がこぼれていた。シンジが父親と和解できたことが自分のことのようにうれしい。
 その喜びの中には、将来の舅との仲が改善されたことに対する女性らしいしたたかな喜びも含まれていたのだが。

 場の湿度が上昇し、深刻な話がしずらくなったのと、すでに夜半をすぎ、時刻が遅くなったことから、いったんお開きになることになった。結局今回の会合では現状までの経緯を確認しただけで終わってしまった。話あわなければならないことはまだまだたくさんある。
 だが、シンジ自身も身体を再構成しなおしたばかりで疲労を感じていた。栄養補給の必要もある。焦る気持ちはあるが、現状でカヲルの動向がつかめていない以上、できることはないのだ。初号機も破損箇所の修復が終わっていない。
「わかったよ、父さん。今日はいったん帰って休む。明日また続きをしよう……」
「大丈夫なの、シンジ。対策ができてない状態であの変態ホモが責めてきたらヤバイじゃないのよ」
「それはないと思うんだ。カヲル君は全ての用意ができるまではボクと対峙しようとはしないんじゃないかな。それをするくらいなら、あのときとどめを刺していっただろう? たぶん、アダムの所在がつかめて、その因子を手に入れるか、少なくとも手に入れる方法が分からない限りは、大丈夫じゃないかな。とは言っても、そんなに時間が残されているとも思えないけどね……」
「そう言われてみればそうね……いまは何もできないんだから、割り切って燃料補給しに行きましょう。アタシハンバーグがいいな」
「ええっ、ボクが作るの? ボクも疲れてるんだけどなあ……」
「だめ? アタシ外で食べるより、シンジの料理のほうがいいなあ」
 上目遣いの甘えんぼアスカちゃん攻撃が炸裂した。もちろん体をすり寄せてサービスするのも忘れない。
 その破壊力にシンジはあっけなく撃沈。真っ赤になって、ぶんぶん頷いた。
「う、うん、わかったよ! じゃあ買い物して帰ろう!」
「うんっ!」
 その答えにうれしそうに笑うアスカを見て、シンジは疲れなんて吹っ飛んでしまうのだった。
──アスカったらいつのまにあんな技を? 末恐ろしいわ。もう完全に操縦してる。
 ミサトは戦慄していた。アスカの戦略家としての才能は家庭でもいかんなく発揮されるらしい。もっともアスカにそんなつもりは毛頭なく、ただたんに本当に甘えているだけだった。今まで強気で弱みをみせないで生きてきたアスカにとって、誰かに甘えるという行為自体が新鮮で楽しいのだ。
 だからシンジを操縦しているつもりはまったくない。無意識にやっているからこそ恐ろしいという意見もあるが。
 というわけでシンジとアスカは帰宅することになった。ミサトは残る。
「今日くらいは邪魔しちゃアスカに殺されちゃうわよ」
「分かってんじゃない、ミサト。たまには使えるわね!」
 相変わらず一言多いのは変わってないのね、とミサトは苦笑した。そういうこと言うなら邪魔するわよ、と意地悪をしたいところだがそうも行かない。
 大人たちは大人たちで都合がある。今日シンジから得られた情報の検証と、今後の方針を子どもたち抜きである程度話あっておきたかった。子どもたちが既にほとんどの情報を持っているとしても、やはりできるなら聞かせたくないことも多い。政治とは綺麗なものではありえないのだ。
 
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